ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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九十九手収録のレコーディング~sideB~

 

 

 初めてのレコーディングを終えて家に戻ってきた虹夏は、なんだかんだで疲れた表情を浮かべていた。レコーディング自体は順調だが、やはり慣れない作業というのは疲れるものだ。

 

「ただいま~」

「お、疲れた顔してんな? レコーディング上手くいかなかったのか?」

「ううん。むしろ順調で、当初の予定より進んだよ。けど、思ったより疲れたよ」

「なんだ、つまんねーな」

「……今日は疲れたし~晩御飯作るのやめよっかなぁ?」

「初めてのレコーディングだから心配してたんだが、順調なようならよかった!!」

 

 伊地知家の食卓を握っているのは虹夏であり、星歌は料理はサッパリ……最低限の物は作れるが、基本的に不器用なのであまり得意ではなかった。

 なので、虹夏に拗ねられてしまうと必然的に食事のランクが下がってしまうので、若干青ざめた様子で発言を撤回した。

 

「え~本当に心配してたの?」

「してたしてた。上手くいってないようなら、助っ人でも呼んでやろうかと思ってたところだ」

「助っ人?」

「うん? ああ、ほら、リナだよリナ」

 

 星歌が告げたリナという名前を聞いて、虹夏はキョトンとした表情を浮かべた。

 

「……リナさん……リナさん……あっ、お姉ちゃんのバンドのドラムだった!」

「お前、いま一瞬忘れてただろ? 薄情なやつだな、いちおうお前のドラムの師匠じゃないのか?」

「い、いや、忘れてないよ!? すぐにピンとこなかっただけで……だって私がリナさんに最後に会ったのって小学生の頃だし……」

「あ~そういやそうだったな。私の方はたまに連絡してたから……アイツいまはスタジオミュージシャンやってんだけど、ちょっと前に未確認ライオットのことを知って連絡してきたんだよ。で、そん時にお前がレーベルに所属したこととか話してな、力になれることがあればいつでも言ってくれって言ってたんだよ。んで、レコーディングに苦戦してるようなら呼ぼうかと……」

「ん~レコーディングには苦戦してないけど、リナさんにはまた会いたいかなぁ~。先輩ドラマーだしね」

 

 星歌の元バンドメンバーであるリナは、虹夏にドラムの基礎を教えてくれた相手でもあり、星歌から話を聞いていると昔を思い出して懐かしい気持ちになった。

 星歌が8年ほど前にライブハウスを作るためにバンドを辞めてから、ほぼ会うことは無くなったがまた会いたいという気持ちはあった。

 

「んじゃ、今度お前らのライブでも見に来いって言っといてやるよ」

「やった! 楽しみ!」

「懐いてたもんな。そういや、お前……世界一のドラマーになったら、一番前にドラムを置く法律を作るとか言ってたっけな~」

「お姉ちゃん!? そ、それは若い時のアレという奴やつで……」

「世界一のドラマーになっても法律は作れねぇけどな~」

「お姉ちゃん、今日のおかず一つ減らすから……」

「え? あ、ちょっ……」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべて台所に向かう虹夏の表情からは、いつの間にか疲れは消えているように見えた。

 

 

****

 

 

 2週目のレコーディングも近くなった日、虹夏がリョウと共にSTARRYにやってくると、酒瓶を片手に持って床に座って飲んでいるきくりが緩い笑顔で声をかける。

 

「あ~ふたりともおかえり~」

「げっ、廣井さん……」

「げって酷くない? どんどんお姉ちゃんに似てくるよねぇ……もっと優しく対応してくれてもいいのにさ~」

「お前ら丁度いいところに来た。コレ外に捨ててこい」

 

 きくりを見て虹夏が「また来たのか」と言いたげな表情を浮かべ、カウンターの椅子に座っていた星歌がパソコンを操作しながら片手できくりを指差しながら告げる。

 

「……せんぱ~い? 指差す方向間違えてないですか? ゴミ箱じゃなくて私のこと指差してるんですけど~?」

「いや、合ってるよ。床に転がってる腐れ酔っ払いベーシスト捨ててこいって言ってるんだからな」

「後輩に対する情が無い!?」

 

 きくりが酔っぱらっているのも、星歌がきくりに対して辛辣なのもいつも通りであり、虹夏とリョウは顔を見合わせて苦笑し、少し離れた場所に居たPAも口元を隠して苦笑する。

 そんな困った大人であるきくりを放置しつつ、虹夏とリョウが練習スタジオに向かおうとしたタイミングで、入り口の扉が開き、有紗がやってきた。

 

「こんにちは」

「あ、有紗ちゃん、こんにちは~」

「やっほ~」

 

 微笑みながら挨拶をする有紗に、虹夏とリョウが挨拶を返す。結束バンドのメンバーとしては、ひとりと喜多、虹夏とリョウ、そして有紗という形で別々の高校に通っているので、放課後にSTARRYに来る際は、有紗は単独で来ることが多い。

 それはいつも通りなのでまったく問題ない。だが、いつもと違った反応をする者がひとりいた。

 

 有紗が現れると、先ほどまで床に寝転がっていたきくりがスッと立ち上がり揉み手をしながら有紗に近付いていった。

 

「あ、有紗ちゃん、こんにちは~。今日もお疲れ様、喉渇いてない? お姉さんがなにかジュースとか奢ろうか?」

「こんにちは、きくりさん。いえ、お気持ちだけいただいておきます」

「そ、そっか~なんか私に出来ることがあったら、なんでも言ってね」

「はい。ありがとうございます」

 

 明らかにおかしい反応だった。どう見ても、有紗に対して後ろめたいというか、頭が上がらない雰囲気のきくりを見て、星歌を始めとした店内にいた面々は怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「なんだお前、ようやく自分の立場的なものを理解したのか?」

「いやね、先輩。私はね、もう有紗ちゃんには頭が上がらなくなっちゃったんですよ……」

「むしろいままで頭が上がると思ってたのが驚きなんだが……まぁ、それはそれとして、なんかしたのか? したんだろうな……お前本当に、有紗ちゃんが優しいからって迷惑かけすぎだぞ」

「説明する暇すらなく、断定された!?」

 

 いま話を聞いている者の中で共通しているのは、間違いなくきくりがなんらかの迷惑をかけて、それが原因で有紗に頭が上がらないという認識だった。

 そしてそれは間違いではないのか、きくりは若干気まずそうに目線を逸らしながら口を開く。

 

「……いや、事の発端は酔い潰れて道端で寝てて警察に職質されてる時に、偶然通りがかった有紗ちゃんに引き取ってもらって、そのままタクシーで家まで送ってもらったことから始まるんですが……」

「廣井さん、タクシー代は?」

「有紗ちゃんが払ってくれたよ~」

 

 虹夏の質問にきくりがゆるい口調で答えると、星歌がゴミを見る目できくりを見ながら口を開く。

 

「……いや、というか、発端もなにも、既に頭が上がらない理由としては十分すぎるやつが来たんだけど?」

「あ、いや、それに関してはいままでも何回か同じようなことをしてもらってるんで……」

「……お前もう、有紗ちゃんの前では常時土下座しとけよ」

 

 泥酔して警察のお世話になっているところを助けられ、タクシー代まで出してもらった上で家に送ってもらっている。それも10歳近く年下の女子高生にとなれば、星歌だけでなく虹夏やPAの目線が冷たくなるのも必然だろう。

 その絶対零度の視線に若干気圧されつつも、きくりは話を続ける。

 

「ま、まぁ、ともかくそれは何回かあったわけなんですけど、今回のは少し違ったんです。いつもは、有紗ちゃんも用事とかあるので、タクシーの運転手に目的地とか告げてお金を渡して送り出してくれる感じで……あ、そういえば、いつもおつりは私が貰ってたけど、返した方がよかった?」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ」

「さっすが有紗ちゃん! ……おっと、先輩だけじゃなくて皆の目が冷たいぞ? ゴミクズを見る目になってる気がするなぁ……」

「まさに現在進行形で、人間のクズを見てるんですよ」

「虹夏さんに同意です」

 

 虹夏とPAの冷たい目に、きくりは冷や汗を流すが……まだ本題を語っていないため、若干気まずそうに視線を泳がせつつも話を続ける。

 

「……ま、まぁ、とりあえず普段はそんな感じなんですけど、前回は有紗ちゃんにたまたま時間があったのか、家まで同行してくれたんですよ」

「いえ、時間があったというか……いつも以上に酔っぱらっていて運転手さんに変な絡み方をしていたので、そのまま送り出すのも問題かと思った結果です」

「……本当に申し訳ありませんでした」

 

 冷静に告げた有紗の言葉に、きくりは流石に罪悪感があるのか姿勢を正して土下座を行ってから話を続ける。

 

「それで、私のアパート見て有紗ちゃんが絶句して、私の部屋見てもう一度絶句してました」

「お前マジでどんなとこ住んでるんだよ……」

「築50年のお化け屋敷みたいなアパートでしたよ。通路に穴とか開いてますし、壁もボロボロですし……んでまぁ、有紗ちゃんが生活環境改めた方がいいですよ~ってガチで心配して言ってくれたんですよ」

「いえ、本当にあそこに住んでいてよく病気になったりしないものだと、感心するレベルでした」

 

 きくりの住むアパートは家賃が激安である代わりに、相応の場所である。いまにも崩れそうな外観に、風呂無しトイレ共用、お化けが出るとの噂もありきくり以外に住人がいるのかも怪しいようなアパートだった。

 

「んで、借金あるしお金ないし、このぐらいの激安アパートにしか住めないって話を泣き上戸的に語った結果……いや、なんと、有紗ちゃんが持ってるマンションの一室を、前のアパートの家賃と同じ金額で貸してもらえることになりまして~先日引っ越しました! いや、部屋も広いし綺麗だし、風呂もトイレもあるし、防音もしっかりしてるから室内で楽器も演奏できるしで最高ですよ~」

「お前マジで……ほぼ、有紗ちゃんのヒモ状態じゃねぇか……」

「あ、あはは……そんなわけで、有紗ちゃんには頭が上がらないなぁと……」

「むしろ、なに気安くちゃん付けで呼んでやがる。様付で呼んで敬語使えって言いたいレベルなんだが……」

 

 唖然とした表情で告げる星歌の言葉を聞いて、当の有紗は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、丁度きくりさんの誕生日も近かったので、誕生日プレゼントも兼ねてという感じですね」

 

 実際とんでもないプレゼントではあるのだが、本当に有紗にしてみれば大したことではない様子で特に気にしたりしている様子もなかった。

 

「こんにちは~って、大集合ですね」

「あっ、こっ、こんにちは」

「ひとりさん、喜多さん、こんにちは」

「あっ、有紗ちゃん……」

 

 そして直後にひとりと喜多がやってきたことで、きくりの話は終わりとなり……有紗は嬉しそうにひとりの元に近付き、同様に笑顔を浮かべたひとりと楽し気に会話を始めていた。

 

 

 




時花有紗:きくりへの誕生日プレゼントは、前のアパートと同じ家賃での部屋の提供と引っ越し費用の負担。別に本人にしてみれば大したことではない様子。

後藤ひとり:有紗と一緒に行動していることが多いので、一緒にきくりを助けたことも何度かある上、有紗から話を聞いていたのできくりの件は知っていた。余談だが、だいたいいつもSTARRYに来た時は、有紗がいるとあからさまに嬉しそうな顔になる。

廣井きくり:築50年のお化けアパートから引っ越し済み、かなりいいマンションの一室に……流石に、世話になりまくっている自覚はあるのか、有紗には頭が上がらない模様。

世界のYAMADA:きくりを馬鹿にできないぐらい自身も有紗に世話になりまくってることを自覚しているのか、虹夏たちが冷たい目線できくりを見てるさいにも、気まずそうに目を逸らしていた。
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