迎えた2週目のレコーディングでの、皆さんの調子は良く順調に進んでいきました。
「お疲れ様~いいテイクだったよ。この調子でどんどん進めちゃおう!」
上村さんが上手く皆さんのテンションを高く保ってくれるので、いい集中力で収録に臨めている状態です。やはりこの辺がエンジニアとしての腕の良さなのかもしれません。
私も演奏には参加しませんが、意見を出せる場面では積極的に気付いたことなどを進言しています。
「……ひとりさん、次の曲なんですが、スタジオの音の聞こえ方を考えると、この部分は普段よりピッチを下げた方がいいと思います」
「あっ、えっと、ここですね……どのぐらい下げればいいですかね?」
「ほんの僅かで大丈夫です。調整する程度で」
「あっ、はい。わかりました!」
当然ではありますが練習スタジオやライブハウスとは似ているようで環境が違うので、音の聞こえ方も若干変化はします。
細かい調整で難しい部分なので、相談して意見をすり合わせつつ調整するような形です。
「有紗、私のオクターブチューニングズレてないか確認してもらっていい?」
「ええ、大丈夫です……ふむ、まったくズレてないですよ。押さえの力も適切です」
「ん、了解。ありがと」
ベーシストにとってオクターブチューニングは僅かなズレで音程がズレてしまうリスクがあるもので、リョウさんもかなり気を使っている印象です。
特にオクターブチューニングは弦を押さえる力が強すぎたりすると、弦が伸びて音程が上がってしまう可能性もあります。今回の様なレコーディングでは、演奏に力が入りがちになってしまうので、第三者である私に確認を頼むことで、力の入り具合を調整しているのでしょうね。
そんな風に時折意見を出しつつレコーディングは進んでいき、予定されていた全ての曲の収録が完了しました。
「よし! 全曲録り終わったよ~皆お疲れ様~。1曲試しにラフMIXしちゃうね~!」
「お疲れ様です。皆さんは、出来るまで自由にしてていいですよ」
無事にレコーディングが終わり上村さんのラフMIXが完成するまでは自由にしていて構わないと都さんが言ってくださったので、私たちは休憩室に移動して雑談をします。
皆さんある程度疲労はあるようですが、レコーディングを終えた達成感で、どこか満足気な様子でした。
「MIXって時間かかりますかね? この間にご飯食べに行きます?」
「う~ん、そんなに時間かからないと思うんだけど……有紗ちゃん、大体どのぐらいかかるか分かる?」
「エンジニアさんの力量によっても変わりますが、おおよそ30分~1時間だと思いますよ」
ラフMIXは仮のものであり、今回の場合はプロデューサーである都さんが一度持ち帰ってレーベルで確認する用の音源ですので、比較的短時間で完成します。
その持ち帰ったラフMIXを検討し、問題が無ければ正式なMIXに進みます。これは、レコーディングスタジオという設備の整った特別な環境で聞くのと、普通の部屋などでCDを用いて聞くのでは同じ音源でも聞こえ方が違い、スタジオでは気付けなかった課題や修正箇所に気付く可能性があるからとのことです。
「食事に関しては、この後事務所が打ち上げしてくれるでしょ? JOJO苑とかがいいな、お肉食べたい」
「あっ、そっ、そうなんですか? あっ、あんまり予算無いって話ですけど……」
リョウさんの言葉にひとりさんが首を傾げます。私もひとりさんと同じく少し疑問に感じていますね。それほど潤沢な予算があるとは思えないので、打ち上げに回す予算があるのでしょうか?
これが仮に、CDがよく売れた結果の2度目のレコーディングであり、次も期待されているという状態なら打ち上げの予算を用意してくれるかもしれませんが……現状では厳しいでしょうね。
そんなことを考えていると、ラフMIXが完成したようでスタジオに移動して音源を聞くことになりました。プロのエンジニアさんが作成したMIXはやはり素晴らしく、上村さんの腕がいいこともあって素晴らしい完成度でした。
「すごーい!」
「あっ、カッコいいです」
「プロみたいです」
虹夏さん、ひとりさん、喜多さんが完成した音源に感動した様子を浮かべて喜んでいます。リョウさんも満足気ではありますが、微妙に納得していない表情なのは聞いてみて課題を見つけたのでしょう。音楽に関してはストイックな面もある人ですし、冷静に考えを巡らせている様子です。
「エンジニアさんってやっぱり凄いんですね!」
「音の魔法使いみたいです!」
「高校生は反応が素直でいいね~。そんなに褒めてくれるなら、こ~んなオプションも付けちゃうぞ~。もちろんちゃんと請求も上乗せしちゃうぞ~」
「……おい」
虹夏さんと喜多さんに賞賛された上村さんが嬉しそうにオプションを追加し、都さんからツッコミを喰らっていました。
その光景を見つつ、私は近くに居たリョウさんとひとりさんに声をかけます。
「どうでしたか?」
「あっ、えっと、不安でしたけどカッコよくMIXされてよかったです。あっ、けど、やっぱり少しズレてるところもあるので、もっと練習が必要だって思いました」
「私も正直まだ実力不足に感じる部分もあって、プロとのレベル差を感じる」
ひとりさんもリョウさんもラフMIXの音楽に満足しつつも課題を感じている様子で、向上心を感じる雰囲気に私も思わず笑顔になります。
虹夏さんや喜多さんも同じようにそれぞれ課題を感じているのは雰囲気で分かりますし、結束バンドそのものもこれからもっと成長できるという幅を感じました。そういう意味でも、このレコーディングはいい経験になったと思います。
「レコーディングってのは大抵どんなバンドでもこんなもんでね。プロでも必ずといっていいほど、毎回反省点が出てくるんだよ。けど、それが正解! いまの音楽に満足しちゃったら、バンドの成長もそこで止まっちゃうからね!」
「そうですね。今回感じたことは次のレコーディングで活かせるようにしてくださいね」
「次? 都ちゃんも期待してるんだね~でも、売れなかったらもう出せないんでしょ? 私としては、これからも一緒にお仕事したいし、頑張ってほしいけどね~」
「そ、そうでしたね」
上村さんの言葉に少しうっかりしていたという表情を浮かべる都さんですが、上村さんの言う通りかなり期待してくれているのでしょう。いまからもう、ミニアルバムが発売したあとについていろいろ考えてくれている雰囲気を感じました。
そうして、レコーディングは終了となり上村さんに改めてお礼を言ってスタジオの外に出ます。すると、喜多さんがはしゃいだ様子で都さんに話しかけました。
「それじゃあ、打ち上げに行きましょ~!」
「そんな予算はありませんが?」
「……え?」
やはりというべきか、打ち上げに使う予算は無いようです。キッパリと告げる都さんの言葉に皆さんも一瞬落ち込んだような表情を浮かべましたが、その後に即座に動いたのがリョウさんでした。
リョウさんは私の方を向いて祈るように両手を組み、目を潤ませて訴えかけてきます。
「あ、有紗……私たち、頑張ったと思うんだ……」
「そうですね。皆さん慣れないレコーディングを2週に渡り頑張りましたし、いい気持で今日を終えたいですね。それでは、特に他に希望が無ければリョウさんの要望通りJOJO苑で打ち上げにしましょうか」
「やっぱり、有紗は最高。流石ぼっちの嫁」
「あっ、ちっ、違います。まだ……」
リョウさんがなにを希望しているかも分かった上での返答。リョウさんだけでなく他の皆さんも私が打ち上げ代を持つことを察してくれている様子です。ああ、都さんとやみさんは少しキョトンとした表情を浮かべていますね。
「都さんとやみさんも一緒にいかがですか? 場所はJOJO苑の予定で、打ち上げ代に関しては私が負担します」
「え? いえ、ですが、私たちまで行ってしまうと……」
「食べ放題とかじゃなくてJOJO苑はヤバいって、あそこの金額は学生がそうそう手を出せるような……手を……普通の学生なら……手が出ないはずなんだけど……えっと……」
「あっ、有紗ちゃんはJOJO苑のことリーズナブルな価格の店って言ってました」
「……あ、そ、そうなんだ……私の知ってるリーズナブルと違う」
都さんもやみさんも戸惑っていた様子でしたが、最終的には一緒に打ち上げに行くことに決まり、私たちと共にJOJO苑に移動しました。
美味しい焼肉を食べながら、レコーディングの反省点や感想を語り合い、非常に楽しく打ち上げを行えたと思います。最初は少し口数の少なかった都さんややみさんも、後半はかなり楽しげな様子でしたので、誘ってよかったと思いました。
「……ブラックカード持ってるんだけどあの子……」
「そういえばチラッとうちの主要大株主になれるだけの株式を確保したとか言っていたような……あれは……冗談ではなかったんですね」
「さすが、スタンウェイ所持者……」
ただ、会計時には以前のケモノリアやSIDEROSの皆さんのように、どこか遠い目をしていたのが印象的でした。
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レコーディングからしばらくして、完成した音源が送られてきました。その際には私はたまたまひとりさんの家に遊びに来ていたので、一緒に完成音源を聞く流れになりました。
さっそく準備をしようとするひとりさんを見て、私はふと思いついたことがあったので声をかけました。
「ひとりさん、待ってください」
「あえ? はっ、はい。どうしました?」
「ひとつのイヤホンをふたりで一緒に聞くというのをやってみたいのですが……」
「あっ、ありますね……そういうやつ……せっ、青春感が凄い……いっ、いや、別にいいですけど……」
そう、恋愛映画などでたまに見る互いに片方ずつのイヤホンを耳に付けて、身を寄せ合って音楽を聴く……素晴らしいです。これをやらない手はありません。
そう思って提案すると、ひとりさんもすぐに了承してくれて互いに片方ずつのイヤホンを付けて身を寄せ合うようにしました。
「あっ、おっ、思ったより顔が近い……」
「ひとりさんの顔が近くて嬉しいです」
「だっ、だから、そういう恥ずかしいことを平然と……もっ、もう、再生しますよ」
「ふふ、楽しみですね」
「あっ、はい……ですね」
そう言って顔を見合わせて笑い合った後、聞こえてきた完成音源の音楽を聴きながら、肩を寄せ合って目を閉じてしばし流れる音をひとりさんと共に楽しみました。
時花有紗:結束バンドの誇る最強パトロン。JOJO苑も数度行ったので「私もチェーン店に詳しくなってきた」とそんな風に思っているとか思っていないとか……あと隙あらばいちゃつく。
後藤ひとり:前よりさらにいちゃつく頻度が上がったというか、すぐにイチャイチャを了承することも多くなってきた。
司馬都&14歳(仮):STARRYの面々、SICKHACK、SIDEROS、ケモノリア、後輩たちと同じように圧倒的財力の差をわからされた。