秋も中盤となりようやく夏の残暑も落ち着いて涼しくなってきたころ、私は放課後にひとりさんと喜多さんと合流して一緒に歩いていました。
この後駅で虹夏さんとリョウさんとも合流して、5人で新宿FOLTにSICKHACKのワンマンライブを見に行く約束をしています。
「SICKHACKのライブ楽しみね!」
「あっ、でっ、ですね。なんだかんだで、結構久しぶりな気がします」
「以前聞いたのは未確認ライオットのサードステージの際にゲスト出演した時ですから、もう数ヶ月前になりますね」
「月日が流れるのってあっという間よね~」
SICKHACKは未確認ライオットのゲストに選ばれることからも分かるように、インディーズとしてはトップレベルの実力を持つバンドです。実力だけなら本来ならメジャーデビューしていてもおかしくは無いのですが……まぁ、実力以外のところに問題があるというか……問題はほぼきくりさんというか……そういった感じのバンドです。
ただ、実力は間違いなく本物なので、そのライブを見るのは結束バンドとしてもかなり勉強になるでしょう。特にいまは初のレコーディングを終えて、皆さんさらなる成長を求めているタイミングでもあるので、刺激を受けるのは最善と言えるかもしれません。
そんなことを話しながら歩いていると駅に到着し待ち合わせ場所に移動すると、そこには虹夏さんとリョウさんと……なぜか恵恋奈さんがいました。
「あ、3人ともこっちだよ~」
「有紗様! 今日も顔がいい! 尊みの光が溢れて、まるで太陽のようです! 今日も存在してくれてありがとうございます!!」
「こんにちは、恵恋奈さん。今日も生き生きとしていますね。恵恋奈さんもFOLTに?」
「はい! すきぴとデートできる機会を逃すなんてできませんし、SICKHACKも大好きなので……あ、もちろん最推しは結束バンドですけどね!」
「……なんで有紗は、この宇宙人に引くことなく平然と対応できるんだ?」
「あっ、有紗ちゃんはメンタル最強なので……」
恵恋奈さんは素直でテンションの高い方ではありますが、しっかりと節度はわきまえている人で、相手が本当に嫌がる様な事をするタイプではありません。
まぁ、そのテンションの高さからひとりさんやリョウさんは若干苦手意識があるみたいですが……。
「ああ、それと恵恋奈さんが来るのは知らなかったので用意していないのですが、他の皆さんの分のチケットはあるので先に渡しておきますね」
「推しがえれを気遣ってくれてるっ……あ、大丈夫です。えれも元々行くつもりでチケットは持ってますので!」
「なるほど、それならよかったです」
「……え? というか、有紗ちゃんチケット用意してくれたの? 当日券買う予定だったんだけど……」
私が5枚のチケットを取り出すと、虹夏さんが驚いたような表情を浮かべました。いえ、私としても特に先に購入する予定は無く当日券で入るつもりだったのですが……。
「いえ、それが……今日ライブを見に行くことをきくりさんに連絡したら、なぜか土下座をして人数分のチケットを渡してきたので……いえ、もちろんちゃんとお金を払って購入しましたが……」
「例の件で完全に頭上がらなくなってる!?」
まぁ、そんなことがあってチケットを先んじて手に入れることになったので、皆さんに渡し……当初の予定だった5人に恵恋奈さんを加えた6人で新宿FOLTに移動しました。
****
新宿FOLT前は、流石に人気のSICKHACKのワンマンライブとあって、開店前から列ができており賑わっている様子でした。
「わ~今日もいっぱいだね~流石SICKHACK」
「あ、同志が……すみません、ちょっと挨拶してきますね」
「同志? うん? オタク友達?」
私たちも列に並ぶと、そのタイミングで知り合いを見つけたらしい恵恋奈さんが挨拶をすると言って移動していきました。
「推しの金づるさんまた会いましたね~」
「しゅきピの養分になりたいオタクさんじゃないですか~! ちょまっ、あっ、あそこにいるのは……」
「ふふふ、そうなんです! 今回は結束バンドの皆さんと一緒に来たんです!」
「い、いったいどれだけの徳を積めばそんな極楽浄土に……ちょわっ!? おきゃわわわわ!! あ、有紗様とぼっちさんが手を繋いで……あああああ、尊いオブザイヤー決定!!」
相手の方も恵恋奈さんと同じく推し活に熱心な方で、同時に結束バンドのファンでもあるみたいで時折こちらを見ながらふたりで楽し気に盛り上がっていました。
「……ああ、同志って、有後党か……」
「そういえば、最近なんかオリジナル推し活タオルとか作ってましたし、独自のファングッズも作ってるみたいですよ」
「どういう組織なんだ有後党……」
虹夏さんの納得したような言葉に、喜多さんとリョウさんもしみじみと頷いていました。
その後しばらくしてFOLTが開店し、私たちも入場しました。すると丁度そのタイミングでフロアに来た志麻さんと会って、軽く挨拶をします。
恵恋奈さんもSICKHACKのライブにはよく顔を出しているみたいで、メンバーとも顔見知りのようで非常にテンション高く接していました。
特にイライザさんと仲が良いようで、恵恋奈さんがSTARRY以外でバイトしているコンセプトカフェの常連だとかで、非常に仲良さそうにしていました。
そして、志麻さんたちは控室に向かいもうすぐライブの開始時間となったのですが……そこで少々トラブルが起こりました。
ライブは静かに見たい派であり、恵恋奈さんのテンションを苦手としているリョウさんのイライラが募っていたのか、恵恋奈さんを避けるように奥でひとりで見ると宣言しました。
その際に恵恋奈さんにかなりキツイ台詞を言って去っていきました……まぁ、恵恋奈さん自身は気にしていない様子でしたが、リョウさんの方は勢いで言ってしまったものの言い過ぎだったと感じているので、奥の席に座りながらも少し落ち込んでいるようにも見えました。
「あっ、有紗ちゃん……リョウさん、大丈夫ですかね?」
「たぶんですが、本人も言い過ぎたと思っているみたいですね。リョウさんはああ見えて少し繊細なところがありますので、少し自己嫌悪しているかもしれないので、そこが心配ですね」
「あっ、そっ、それちょっと分かります。勢いで言っちゃった台詞に、後で落ち込むとか、私も何度か経験しました」
「まぁ、少し頭を冷やしたあとでふたりが話せるようにしましょう。恵恋奈さんも少々癖はありますが悪い方ではないので、落ち着いて話せばすぐ仲直りできると思いますよ」
人付き合いというのは些細な認識の違いで拗れてしまうことも多いですし、特に当人たちにはなかなか察しにくい部分もあります。
そういった際は周りにいる私たちがサポートして仲を取り持つのが重要ですね。今後も接する機会の多い相手になるでしょうし、上手くリョウさんと恵恋奈さんの仲を取り持ちたいものです。
そう思いつつ、始まったライブを鑑賞していると……ふと気になる光景が目に留まりました。
「……おや?」
「あっ、有紗ちゃん? どうかし……あれ? リョウさん、誰と話してるんですかね?」
「分かりませんが、あまりいい雰囲気ではないですね」
奥の席に座るリョウさんの前に見覚えのない女性がいて、話の内容までは聞こえてきませんがなんとなくよくない雰囲気のように感じました。
さすがに放置しておくわけにもいかないので向かおうと思ったのですが、私より早くリョウさんの元に向かっていく恵恋奈さんを見て思い留まりました。
ひとりさんと顔を見合わせて、少しリョウさんのいる場所に近付くと、恵恋奈さんとリョウさんに話しかけていた女性との会話が少し聞こえてきました。
するとおおよその事情は見えてきました。どうもその女性はリョウさんが結束バンドの前に所属していたバンドのファンだったようで、それもかなり熱心に応援していたみたいです。
本当はただ単純にリョウさんのファンであるということを伝えて話したかっただけだったみたいですが、実際にリョウさんと話すと前のバンドが好きだったという気持ちが抑えられず、結束バンドを否定するような言葉を発しかけてしまい、そこを恵恋奈さんが止めに入ったようでした。
その女性も悪い方というわけでは無い様子で、恵恋奈さんの話を聞いて自分が間違っていたとリョウさんに謝罪して、これからも応援していくことを伝えていました。
「……どうやら、問題なく解決したみたいですね」
「あっ、よっ、よかったです。そっ、それに……リョウさんと日向さんも仲直りできたみたいですね」
「そのようですね。変に拗れる前に解決してよかったです」
その後リョウさんも恵恋奈さんに先ほどの発言を謝罪し、恵恋奈さんに対する認識を改めていました。雨降って地固まるという言葉がピッタリくるような雰囲気で、この様子ならこれから先は互いに仲良くできそうだと、そんな風に感じました。
「……そういえば、リョウさんは恵恋奈さんを少し苦手にしていましたが、ひとりさんは大丈夫ですか?」
「あっ、私はあんまり……なっ、なんていうか、えっと……別に苦手だったりとかはないです。声が大きいとびっくりしたりはしますが……」
「ふむ。ひとりさんもかなり精神的に成長していて、様々な相手を受け入れるだけの度量が付いてきているのかもしれませんね」
「……あっ、いや、そうじゃなくて……押しの強い相手にある程度慣れているというか、いま目の前にいるというか……そっ、それで多少耐性がある感じです」
「……え? んん?」
「ぷっ、あはは……あっ、有紗ちゃんが、そんな風にキョトンとするのは珍しくて、なんか可愛いです」
どうやらひとりさんが恵恋奈さんにあまり苦手意識が無いのは、グイグイ押してくるタイプは私という前例があるのである程度慣れているということらしいです。
なんとも微妙な心境ですが、過去の行いを考えると否定もできないのでつい言葉に詰まってしまいました。すると、ひとりさんは私の反応が面白かったのか、どこか楽し気に笑っていました。
「う、う~ん、過去の行いを考えると否定もできないですし、時折暴走した自覚もあるのでどうにも気恥ずかしいですね」
「あはは……あっ、でも私はそんな有紗ちゃんが……」
「うん?」
「あっ、いっ、いい、いえ、なんでもないです!? さっ、ライブ見ましょう!!」
時花有紗:メンタル鬼つよなので、恵恋奈のテンションにもまったく動じず普通に対応する。過去に暴走したことは反省しており、若干気恥ずかしくも思っているので、珍しく照れていた。
後藤ひとり:原作と違って補習を受けていないので、普通に皆と一緒にライブを見に来た。有紗がそもそも押しが強くてグイグイくるタイプなので、恵恋奈に対してもある程度耐性があるためそんなに苦手意識は無かった。最後にポロッとなにか言いかけてた……。
シリアス寄りのイベント:百合いちゃいちゃとあまり関係ないので、容赦なくダイジェストで飛ばす。
小ネタ:リョウが結束バンドの前に所属していたバンド名は「ざ・はむきたす」という3ピースバンド。アニメ第4話で閉店したCDショップに寄った際に、貼ってあった「ダ・ダ・ダ 対バン」と書かれたポスターにリョウの所属していたバンドが映っていたので、知らない人は探してみよう。