ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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百二手襲来のピアニスト~sideB~

 

 

 とあるビルの応接室。17歳にしてパリを拠点に活躍する世界的ピアニストでもある琴河玲は、年末に日本で行う予定のコンサートに向けての打ち合わせと下見のために日本に来ていた。

 現在は当日コンサートホールで配布するパンフレットに掲載する記事用のインタビューを受けているところだった。

 

「琴河玲さんは、普段パリを拠点に活動されていて日本のでコンサートは久々ということですが、率直な気持ちをお聞かせください」

「はい。やはり久々に日本に来ると不思議と帰ってきたなぁという気分になります。フランスやヨーロッパを中心に各国でコンサートを行うことはありますが、やはり故郷だからでしょうか? 日本でのコンサートは少し特別な気持ちになりますね」

 

 記者の質問に17歳とは思えない落ち着いた様子で答える玲。青空のような色合いの髪に、片目だけ色素の薄いオッドアイも相まって、その佇まいからはどこか神秘的な魅力を感じた。

 その後も順調に取材は進み、予定通りの時間で終了となった。記者と軽く握手を交わしたあとで、玲はマネージャーである女性と共に出版社のビルを後にする。

 

 マネージャーが運転する車の助手席に座った玲は、先ほどまでの落ち着いた雰囲気はどこに消えたのかというほどに気の抜けた表情を浮かべる。

 

「は~疲れた~。甘いもの食べたいな。マネージャー、どっかでどら焼き買おう!」

「はいはい。けど、少し休憩したらすぐにコンサートホールの下見、それから打ち合わせ、そのあとで宣伝ポスター用の写真撮影よ」

「うへぇ、キツキツじゃん」

「貴女が、どうしても自由行動できる時間が欲しいっていうからスケジュールを詰めたのよ。つまりは、自業自得ね」

 

 そう言って苦笑するマネージャーに玲はなんとも言えない表情を浮かべた。ことピアノに関して、玲は非常に徹底している。

 コンサート会場となる場所には必ず事前に直接足を運ぶ、コンサートホールの広さ、舞台からの見え方、音の反響などを確認するためだ。

 彼女曰く環境もすべて把握しなければ「最高の演奏」は作れない。自身の体調や精神状態、環境や会場の性質などすべてを把握し、薄皮一枚一枚を重ねるように研ぎ澄まし、当日その会場で演奏をするという条件において最高の状態を作り上げるという徹底ぶりは、若くして世界一の呼び声も多い稀代の天才ピアニストだけはある。

 

「見てみて、このクラシック雑誌ボクが表紙だよ。天才ピアニストだってさ……」

「相変わらず天才って呼び名には露骨に嫌そうな顔するわね?」

 

 もっとも、当の本人はその呼び名を好んではいなかったが……。雑誌の表紙を飾る己の姿を見つつ、なんとも微妙な表情を浮かべた玲に、マネージャーは再び苦笑する。

 するとその言葉を聞いて、玲は軽くため息を吐きながら言葉を返す。

 

「いや、だってボクは天才なんかじゃないしね。ボクのレベルは、まぁ、そうだね……誰でもとは言わないけど、そこそこの才能がある人なら辿り着ける領域だと思うよ」

「あら、それはそれは、ずいぶん基準の高いそこそこね」

「ん~いや、実際に音楽の才能……もっと狭くピアノの才能ってのがあるとして、ボクが生まれ持った才能は10段階で言えば7か8ってところだよ。普通の人よりはずっと才能があるけど、上はまだまだあるって感じかな?」

 

 マネージャーにしてみれば、既に世界レベルのピアニストである玲の才能がそこそことは何の冗談だろうと問いたいところではあるが、玲の表情は真剣そのものである。

 

「ただし、ボクはその7か8しかない生まれ持った才能を、ピアノにすべてを捧げることで10にしてる。他の才能なんてなにひとついらない、なにもできなくていいってレベルでピアノに全振りした結果の10だよ。だから、出来るかどうかは別としてボクと同じぐらいのレベルに成れる才能を持った人はそれなりに居ると思う」

「……なるほどね」

 

 そこで玲は一度言葉を止め、どこか懐かしむような表情を浮かべて口を開く。

 

「……ボクのピアニスト人生において最も幸運だったのは、変なプライドが凝り固まる前に有紗と知り合えたことだよ。当時ボクはまだ小さな子供だったけどさ、それでも理解できた。理屈じゃなくて本能でとでも言うべきかな? ああ、駄目だって……この子に勝つには、ボクは全てを賭けなければならない。他の全てで負けてもピアノひとつにすべてを注がなければ、勝負することすらできないってね……本当の天才ってのは、そのぐらい理不尽な存在だよ」

 

 玲が天才という呼び名を嫌う理由はシンプルだ。彼女は己を天才とは思っておらず、同時に真の天才と呼ぶべき存在を知っているから……己が才能を全振りしてようやくたどり着ける領域に、軽々と足を踏み入れる理不尽なほどの才能の塊を知っている。

 玲にとって天才とは有紗を指す言葉であり、己を指す言葉ではない。

 

「ふふ、理不尽というわりにはずいぶん楽しそうに話すのね」

「そりゃ、有紗はボクの自慢の親友だからね!」

 

 理不尽と称しながらも、有紗のことを話す玲の表情はどこか誇らしげで、まるで「ボクの親友は凄いでしょ!」と自慢しているようにも見えた。

 そんな玲の様子を微笑まし気に見たあとで、マネージャーはふと思い出したように口を開く。

 

「確かに有紗さんは私でも分かるほど凄い才能を持つ子だけど、実際に直接対決では貴女が勝ってるんでしょ?」

「うん? あぁ、まぁ、1回だけだけどね。というか、有紗も別にすべてにおいて無敵で完璧ってわけじゃないし、ピアノっていうか音楽に関しては『明確に足りないもの』があるからね。一緒にコンクールに出た時のボクと有紗の演奏技術はほぼ互角だったけど、そこの差で勝った感じかな? 少なくとも、あの頃の有紗が相手なら100回勝負してもボクが100勝すると思うよ」

「……明確に足りないもの?」

「うん。まぁ、有紗自身も自分に足りないのがなにか分かった上で、それを手に入れるのは無理だろうって割り切ってる感じだったけどね~。ああ、いや、直接聞いたわけじゃないから、あくまでボクの感覚だけどね」

 

 実際に玲も、当の有紗も当時のコンクールにおいて勝敗を分けたのは『ソレ』であると認識していた。大抵の相手ではそもそも演奏技術が違い過ぎて勝負にはならないが、玲のように同格の演奏技術を持つ相手との戦いではその足りないものが決定的な差となり得る。

 

「……まぁ、昔の話だよ。いまは、そうだね……条件次第なら、負けちゃうかもしれないね」

 

 玲のその言葉にマネージャーは驚いたような表情を浮かべた。玲はピアノに関しては非常に強いプライドを持っており、少なくとも「誰かに負けるかもしれない」という類の発言を聞くのは、長い付き合いの彼女であっても初めてだった。

 

「あくまで、条件次第だけどね。とはいえその条件でも簡単に負けるつもりはないけどね……ボクはピアノ以外は全然すごくないよ。ピアノ以外はポンコツだって自覚してるし、それでいいって思ってる。けど、だからこそ、ピアノにおいてはボクが――世界一だ。そこに関しては、相手が誰でも譲る気は無いよ」

 

 静かにピアノにおいては己が最強だと宣言する玲の表情は17歳とは思えないほどの貫禄に満ちており、マネージャーは思わず息を飲んだ。

 

(……やっぱりなんだかんだ言って、貴女もまぎれもない天才だと思うわ。まぁ、嫌がるから言わないけど……)

 

 

****

 

 

 コンサートホールの下見や打ち合わせ、写真撮影を終えたあとで玲はマネージャーに車で送ってもらって下北沢に来ていた。

 

「飛行機の時間もあるから、あんまり長居はできないわよ」

「大丈夫大丈夫、今回はSTARRYってライブハウスで12月の予定を聞くだけだから……」

「あら? 有紗さんに会うんじゃないの?」

「ううん。別に連絡してないよ。そりゃ、有紗が居れば嬉しいけど……一度結束バンドのライブを見てみたくてね。もう12月のライブ予定も決まってるだろうし、それ聞いてその日に合わせて日本入りしようかな~って、だからすぐ終わるよ」

「そう、なら終わったら連絡してね。あと、変装はしっかりしていくこと!」

「了解~。じゃ、いってきま~す」

 

 マネージャーの言葉に頷き、キャスケットを被ってサングラスをすることで、特徴的な髪と目を隠した玲はウキウキとした気分でSTARRYにやってきた。

 もちろんアポなどは一切取っていなかったのだが、彼女にとって幸いだったのは丁度STARRYを訪れたタイミングで有紗が居たことだった。

 

『あ! 有紗~!! やっほ~!!』

『な、なんで貴女が……玲さん!?』

 

 偶然とはいえ有紗が居たことに玲は嬉しそうな笑顔を浮かべて、そのまま小走りで有紗に近付いて飛びついた。

 

『有紗~!』

『っと……玲さん、なんでここに?』

『年末に日本でコンサートやることになってね。その下見と打ち合わせに来たんだよ! そのついでにSTARRYに寄って行こうと思って……驚いた?』

『ええ、本当に驚きました……あと、皆さんが混乱しているので、日本語で話してください』

 

 飛びついてきた玲を受け止めつつ、若干呆れた表情を浮かべる有紗に玲は楽し気に笑う。有紗に会うのがメインの目的ではなかったとはいえ、親友である彼女に会えたのは非常に嬉しかった。

 

「おっと、ごめんごめん。どうもやっぱりフランス生活が長いと、そっちで話すのが癖になっちゃうね」

「あっ、あの、えっと、あっ、有紗ちゃんの友達ですか?」

「ああ! 写真で見た顔……君が後藤ひとりちゃんだね!! 初めまして! ボクずっと君に会いたかったんだよ!!」

「ぴぃっ!? あっ、あえ? はっ、はい!?」

 

 突然の玲の登場に困惑しつつひとりが尋ねると、玲はパァッと表情明るくしてひとりに近付き、ひとりの手を掴んでブンブンと振りながら嬉しそうに話す。

 もちろんそんな勢いで来られてひとりがまともに対応できるわけもなく、ビクッと体を動かして困惑していたが……。

 

「君と有紗の結婚式では、ボクが友人代表スピーチするから! あとあと、ピアノも演奏するつもりなんだけど、なにか曲のリクエストとかがあったら早めに教えてね!!」

「あえ? はっ、えっ、いっ、いったいなにを……あっ、有紗ちゃん?」

 

 ものすごい勢いで嬉しそうに話す玲にひとりは完全に気圧されており、その助けを求める視線を受けた有紗が玲をひとりから引きはがしたことで、ひとまずは落ち着いたが……STARRY内の空気はなんとも言えない困惑した状態だった。

 

 

 




時花有紗:玲いわく理不尽なほどの天才ではあるが、音楽に関しては明確に足りないものがあるとのことで、それが結束バンド入りを断った要因の模様。どうやら、その辺がキーになる可能性……。

後藤ひとり:唐突に現れて有紗に抱き着いた玲を見て、なんかちょっとモヤッとしたのか、極めて珍しく初対面の相手に自分から話しかけに行った……ら、想像以上の勢いで自分の方に食い付いてきたので、完全に気圧されてた。

琴河玲:ピアノに才能を全振りしたタイプ。実際のところは彼女も間違いなく天才なのだが、比較対象が悪い。有紗からひとりに関する惚気話を散々聞かされていて、ずっとひとりに会いたかった。
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