ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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十手成長のライプ~sideB~

 

 

 嫌な予感が当たりライブ日と台風が重なることとなってしまい客足が少ないSTARRYの中、そろそろ控室に移動しようというタイミングでひとりは有紗と会話をしていた。

 

「天候は残念でしたね」

「あっ、はい……ある程度覚悟はしていましたが、やっぱり少し残念です。でっ、でも、こんな天気の中でも来てくれる人たちはいますから」

「そうですね。見ましたか? 何人か、ひとりさんが作った宣伝フライヤーを持っている方が居ました。効果、出てるみたいですね」

「だっ、だとしたら……配ってくれた有紗ちゃんのおかげ、ですね」

 

 実際天候を考えると少ないながらもそれなりの客は来ている。宣伝フライヤーがどこまで効果があったのかは不明ではあるが、間違いなく数人を呼ぶ切っ掛けにはなっていると言える。

 その話を聞いても、ひとりは己の手柄だとは感じられなかった。なにせ、コミュ症のひとりだけではフライヤーを作ろうとも配ることは出来ず、人の手に渡ることなんて無かったはずだ。

 

「どうでしょう? そもそも、ひとりさんが宣伝フライヤーを作らなければ私が配ることもなかったわけですし……いえ、これでは水掛け論ですね。ここはひとつ、ふたりで頑張ったおかげということにしませんか?」

「あっ、そうですね……一緒に頑張ったから、ですね」

「はい」

「えへへ……」

 

 有紗と顔を見合わせひとりの表情には小さく笑みが浮かぶ。不思議なものだった。ライブが間近に迫り、緊張はしているが……初ライブの時のような恐怖で全身が震えるという感覚はなく、緊張の中にあってもどこか冷静でいられているような……自然体で集中できている感覚があった。

 

「あっ、私、そろそろ控室に行きますね」

「はい。私はここで、結束バンドの演奏を楽しみにしています」

「そっ、それでは……」

「ひとりさん」

「あっ、なんでしょう?」

「頑張ってください。応援しています」

「……はい!」

 

 有紗が微笑みながら告げた言葉にひとりはしっかりと頷いた。なんだか、有紗の応援しているという言葉には不思議な力があるような……本当に優しく背中を押してくれているような感覚があり、ひとりはその優しい声で告げられる応援の言葉が好きだった。

 なんとなく今日のライブは上手くいくような、そんな予感を胸にひとりは控室に向かっていった。

 

 

****

 

 

 なにごともなくライブ開催、結束バンドは万全のコンディションでライブへ……とは、残念ながら行かなかった。

 偶然ではあるが他のバンド目当てで来ていた客の「知らないし、興味ない」という言葉を聞いてしまったことで、結束バンドのメンバーたちの中に妙な力みが生まれてしまった。

 音楽の演奏というのは演者の精神状況に大きく影響を受ける。期待されていない場に立つというのはプレッシャーであり、経験の浅い彼女たちの肩には重く圧し掛かることとなった。

 

(なんだか、よくない感じ……皆、力が入り過ぎているような)

 

 意外なことに、その状況で一番落ち着いていたのはひとりだった。もちろん彼女も緊張やプレッシャーを感じてはいるが、それでもある程度自然体で準備を行えていた。

 そして同時に、他のメンバーからいつもとは違う妙な緊張を感じ、嫌な予感を覚えていた。

 

 果たしてその予感は、演奏が始まってすぐに現実のものとなった。

 

(虹夏ちゃんのドラムが少し遅れてる。喜多さんもいつもより声が出てないし、リハで出来てたところをミスしてる。リョウさんもミスこそ無いけど、ドラムの虹夏ちゃんと音が合ってない……低音がブレてる)

 

 明らかに歯車が噛み合っていない感じであり、4人の息が合っていない。それぞれがバラバラに演奏しているかのようなズレ。それはすぐに観客にも伝わる。

 ある観客はつまらなそうな表情で手元のスマホに視線を落とし、ある観客はため息を吐いてステージから視線を外し、ある観客は不安そうな表情を浮かべる。

 上手く行っていない感覚は、演奏している結束バンドのメンバーにも伝わり、更に力んでしまうという悪循環を生もうとしていた。

 

(このままじゃ……でも、どうすれば……)

 

 どうにかしなければとそんな焦燥感を覚えつつ、ふいに観客席に視線を向けたひとりの目に映ったのは、真っ直ぐにひとりを見ている有紗の姿だった。

 彼女は不安そうな表情を浮かべることもなく、ただ真っ直ぐにひとりを見ており、目が合ったことに気付くと、小さく笑みを浮かべた。

 

――信じています。頑張ってください。

 

 不思議と、有紗の声が……優しく背中を押してくれる声が聞こえた気がした。

 

 かつて、ひとりがSTARRYにて初ライブを行った際、有紗の送ったメッセージがほんの僅かに彼女の背を押してくれたことがあった。だが、その時はまだ本当に少しだけだった……しかし、いまは違う。

 そう、あの時とは違う……いまの後藤ひとりにとって、時花有紗という存在は……心の支えになりうるだけの大きな存在に変わっていた。

 

(うん、私、頑張るよ。有紗ちゃん)

 

 思えばひとりが最初から緊張の中にあっても自然体でいられたのは、有紗が居るという安心感が彼女の心にあったからかもしれない。

 有紗の存在がひとりに一歩踏み出す勇気を与えてくれる。

 

 ひとりの目に強い光が宿り、彼女の演奏のギアが明らかに上がる。それは力強い旋律となって、ライブハウスに響く。決して突っ走るような演奏ではなく、バラバラになっているメンバーの音楽を導くような力強い演奏。

 彼女の、ひとりの担当するリードギターはバンドにおけるメロディラインの中核だ。彼女の音が乱れてしまえば、それがバンド全体にも影響を及ぼす極めて重要なパート。

 だが逆に、バンドの全体の音楽が崩れた時にそれを支え導けるだけの力と存在感もある。

 

 熱の籠ったひとりの演奏に俯きかけていたメンバーたちが顔を上げた。スマホに視線を落としていた観客が視線を上げ、席を外そうとしていた観客が足を止め、不安そうだった観客の表情が少し明るくなる。

 まだ完全に持ち直したわけでは無いが、ひとりのリードギターが導く演奏には、これから先を期待させるような熱が宿っていた。

 

 そして、一曲目が終わるとひとりは咄嗟に本来の予定にはないギターソロを入れた。それはメンバーたちに一呼吸入れさせ、気持ちを切り替えるための時間を作るため……。

 ひとりの思いはメンバーたちにもしっかりと伝わっており、虹夏とリョウが顔を見合わせ頷き合い、喜多が一度目を閉じて深呼吸する。

 

(……さっきまでのよくない感じが消えてる。うん。これならきっと、大丈夫……)

 

 メンバーたちの精神状態が持ち直したのを感じ取ってひとりはギターソロを締めくくる。そして、固さの取れた喜多がMCで2曲目を告げ、再び演奏がスタートした。

 ズレていた歯車がカチリと噛み合う音が聞こえ、バラバラの演奏ではなく結束バンドの音楽として観客に向けて響く。

 

 それは人を惹きつけるだけの魅力を持った演奏だった。ある観客がスマホを鞄にしまい、ある観客は軽く足でリズムを取り始め、ある観客は楽しそうな笑顔を浮かべ、一様に結束バンドのライブを楽しんでいた。

 

 

****

 

 

 結束バンドのライブは大成功と言っていい形で終わった。基本的にライブハウスは対バン形式……複数のバンドがライブを行うため、楽屋や控室は次の出番のバンドなどが利用する。

 本格的な撤収作業などは全てのライブが終わった後で行うため、出番を終えた結束バンドの面々は簡単な片付けだけをして、他のバンドの演奏を見るために客席に移動していた。

 ひとりも客席に移動して、有紗の元へ向かった。

 

「ひとりさん、お疲れ様です」

「あっ、はい」

 

 微笑みを浮かべて迎えてくれた有紗と並ぶように立って、ステージに目を向けると次の出番のバンドが準備を行っているところであり、あと数分で演奏が始まりそうな感じだった。

 

「……素晴らしいステージでした」

「あっ、ありがとうございます」

「特に崩れかけていた演奏を導いて立て直したのは、凄かったです。今回の成功は、ひとりさんのおかげですね」

「あっ、う、うへへ……そそ、そんな、大したことはしてないですよ」

「そんなことはないです。今回で言えば、きっとひとりさん以外には立て直すことはできなかったでしょう。誇っていいと思いますよ」

「うっ、そ、そこまでストレートに褒められると、少しいたたまれないというか……わっ、私だけじゃなく、皆が頑張ったおかけですよ」

 

 有紗の惜しみない賞賛の言葉に嬉しそうな表情を浮かべつつも、あまり褒められ過ぎるとそれはそれで気恥しくなってしまう。

 照れて頭をかきながら苦笑するひとりを見て、有紗も優し気な微笑みを浮かべた。

 

「……ひとりさん」

「……はい?」

「楽しかったですか?」

「……はい! その、まだまだ駄目なところもいっぱいあったと思います。私も、多少はマシになりましたけど、普段通りの演奏は出来てませんし……けど、えっと……一番初めにしたライブより、もっとずっと……楽しかったです。お客さんたちも喜んでくれて、またやりたいなって……そう思えました」

「それなら、よかったです。ライブが成功したこともそうですが、私はなによりひとりさんが心から楽しんでライブを行えたのが、一番嬉しいです」

「……有紗ちゃん」

 

 優し気に微笑みながら告げられた有紗の言葉に、ひとりが少し顔を赤くしたタイミングで次のバンドの準備が整い、ライブがスタートした。

 音楽が鳴り響くライブは椅子の客席、ステージの明かりに照らされる有紗の横顔を見ながら、ひとりは小さな声で呟いた。

 

「……ありがとうございます。有紗ちゃん」

「うん? なにか、言いましたか?」

「あっ、えっと……なんでもな……くは、無いです。えっと……その、私が頑張れたのは、有紗ちゃんの応援のおかげで……だからその……あっ、ありがとうございました」

 

 面と向かって口にするのは気恥ずかしかったが、それでもちゃんとお礼を伝えたいとそう思った。だからこそ、ひとりはところどころ詰まりながらもハッキリと、有紗へのお礼の言葉を口にした。

 その言葉を聞いて有紗は一瞬キョトンとしたあとで、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、そうですか……では、どういたしまして、ですね」

「……はい!」

 

 有紗と顔を見合わせて笑い合ったあと、心地よい疲労感と言いようのない達成感を胸に、ひとりはステージ上で行われるライブを見続けた。

 

 

 

 




後藤ひとり:ぼっちちゃん。初ライブの時より段違いに有紗と親しくなっていることで、有紗が心の支えになっており、かなりいい精神状態でライブに望めたため、原作より早いタイミングで動いてバンドの音楽を引っ張ることができた。有紗への好感度がどんどん上がっている感じである。
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