時間となり開始となった結束バンドによるクリスマスイブの自主企画ライブ。先陣を切ったのは、猫々と恵恋奈のコンビである「エレ&ネネ」だった。
「メリークリスマスイブー!! 一夜限りのえれちゃんとの即席バンドエレ&ネネです! 数ヶ月間頑張って1曲練習しました!!」
ふたりはそれぞれ猫々がギターを恵恋奈がベースを担当しており、ドラムは存在しないためリョウがパソコンでドラム演奏を打ち込みした音源を利用して演奏を行う。
ふたりの演奏はまだまだ拙く、ミスも多かったが非常に楽しそうに演奏しており、ふたりの友人たちの応援の声もあってなかなかの盛り上がりを見せていた。
なんだかんだで面倒見がいいリョウは、指導したふたりの晴れ舞台にハラハラと心配そうな表情を浮かべていたが、最終的になんとか乗り切ったのを見て満足気に頷いていた。
続く2番手はSTARRYをホームとして活動するしじみ帝国であり、爆発的な人気こそないものの堅実に活動を続けてきたことでしっかりと固定ファンも多く掴んでいる発展途上のバンドである。
「しじみ帝国でーす。なんか1番手が盛り上がって、2番手はちょっとプレッシャーな雰囲気ですが頑張ります。引き続きそのノリでお願いします!」
しじみ帝国はさすが何度もライブを経験しているだけあって慣れたもので、1番手が盛り上げた空気をしっかり繋ぎつつ、更なる盛り上がりへと導いていた。
そして、演奏は終わり最後にMCで店長である星歌への誕生日祝いのメッセージを送る。
「店長誕生日おめでと~。これからもSTARRYでいっぱいライブするね!」
言ってみれば自分のライブハウスで成長したと言ってもいいバンドからの祝いのメッセージに、星歌は感動しているのか目からは涙を流しており、まだ開始して2組という状況で泣いている星歌には虹夏からツッコミが入っていた。
そして、3番手として有紗が壇上に上がると、観客からは少しのざわめきがあった。それもそのはず、今回は結束バンドの自主企画ライブであり、観客はやはり結束バンドのファンが中心である。
結束バンドのファンにとっては有紗は周知の存在ではあるが、いままでステージに立つことは一度も無かったのだから……。
「初めまして、というにはいささか私を知っている方も多いとは思います。普段は結束バンドのサポートをしている時花有紗です。今回はフランスに住んでいる友人と一緒に初めて、STARRYのステージに立つことになりました」
「REIで~す! バンド名はAR! ふたりの名前の頭文字取っただけだよ~。ボクもライブハウスのステージって初めてで、楽しみだよ!」
「拙い演奏かとは思いますが、楽しんでいただけると幸いです」
サックスとキーボードというライブハウスではあまり見ない組み合わせのコンビであり、開始前は少し不安げな空気も流れたが……演奏が始まるとそれは一変した。
そもそも、ライブハウスのステージは初めてではあるが玲は数々の舞台を経験しており、サックスに関しても音楽の日などに路上で演奏を行ったりもしている上、本人の音楽センスが高いため見事な演奏を披露していた。
だが、それ以上に有紗の演奏が圧巻だった。彼女が結束バンドのサポートメンバーであることを知っているファンでさえ「なんで演奏メンバーじゃないんだ?」と思ってしまうほどであり、高い技術とセンスに裏打ちされた圧倒的な演奏に、非常に目を惹く整った容姿と……ステージ上で煌めいているかのように見えるその姿を、ひとりは観客席で見つめていた。
その頭の中には、ぼんやりとあるイメージが浮かび上がっていた。有紗が自分たちと同じステージに立って演奏する姿が……いつかそれが叶えばいいと、そんな風に思いながらステージ上の有紗を見るひとりの目には、確かな愛情が宿っているように見えた。
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結束バンドの自主企画ライブは、非常に素晴らしい盛り上がりのまま続いていく。有紗と玲が更に会場を盛り上げ、それを引き継いで直樹が率いるバンドが渋い演奏を披露する中……有紗は、玲に誘われて店の外に出ていた。
クリスマスイブの夜ではあるが、賑わう店内とは違って外は人も少なく静かな空気に包まれている。
「あ~楽しかった! ライブハウスのステージもいいね!」
「そうですね。私も、あそこに立って演奏するのは初めてでしたが、ひとりさんたちが普段見ている景色が見れて楽しかったです」
正体がバレないように、夜でもサングラスをかけたままで話す玲に、有紗も微笑みながら言葉を返す。玲は近くの植え込みのレンガに腰かけながら、ぼんやりと空を見つめつつ、まるで何事もないかのように呟いた。
「……有紗はさ、なんで結束バンドに入らないの?」
「……」
「リハーサルや動画サイトで結束バンドの演奏は見たよ。いいバンドだな~って思った。音も綺麗な色してたしね……ただ、結束バンドはそれぞれの個性が強いバンドだよ。上手く噛み合うと実力以上の力を発揮する反面、どこかバラバラって印象も与えやすい。メロディを安定して支えるキーボードがいると、もっとずっと良くなると思うんだよね」
「そうですね」
玲の言葉に特に反論することは無く、同意する有紗……その表情は静かであり、なにを考えているかまでは読み取ることはできなかった。
「バンドにおけるキーボードってさ、ボクの個人的なイメージだと何でも屋って感じなんだよね。いろんな事ができるけど、強い個性は出辛いサポート向きの楽器かな? キーボードが居なくてもバンドは成立するけど、本当に上手いキーボードが居れば音の幅は凄く広がる。でもその分、結構難しいと思う。状況によっていろいろな音を切り替えて、必要な場所のフォローに入って忙しいのに目立ちにくい」
「何でも屋という表現は言い得て妙ですね。上手くやらなければ器用貧乏になるというのもありそうですが……」
「そうだね~。まぁ、あくまでボクの印象だよ。キーボードってそういう役割だから、有紗みたいな献身的でメンタル強くて安定してる子に向いてると思うんだよね。いや、実際演奏凄かったしね!」
玲の言葉に有紗はどこか考えるような表情を浮かべていた。実際彼女は過去に虹夏にバンドメンバーに誘われたこともあり、その時とは心境も変化してはいる。故にどうするべきか迷っているという部分もある。
「……有紗の演奏の欠点も克服されてるしさ」
「……誰かに、話したことは無かった気がしますが」
「うん。聞いたことは無いよ……けどまぁ、なんとなくそうじゃないかなぁってのはあるけどね」
「玲さんには敵いませんね」
玲の言葉に苦笑を浮かべつつ、有紗は玲と同じようにぼんやりと空に視線を向ける。今日はやや曇り気味の空ということもあって、星などを見ることはできない。
そのまましばし沈黙したあとで、有紗は独り言のように話し始める。
「……昔、貴女と一緒に出たコンクールで貴女の演奏を聞いて、私は衝撃を受けました。感動したといってもいいでしょうね。玲さんの演奏には、絶対にピアニストになるという決意や渇望、願いや夢といったとても強い感情が籠っていて、ああこれこそが本当に素晴らしい音楽なのだと思いました……反面、私の音楽にはそれは無く、ただ上手いだけで空っぽだと感じました」
「まぁ、確かにね。有紗は圧倒的な技術はあったけど、その演奏に熱は無かった。物凄く綺麗な機械音声を聞いてるみたいな感じで、大抵の相手はその技術で圧倒できるけど、同格相手だとその欠点が明確な差になるって感じかな。あの時のボクと有紗の演奏の差は、確実にソコだったね」
己の演奏は空っぽだったと告げる有紗に対し、玲も同意する。有紗は音楽は演者の心の在り方で変化すると認識しており、だからこそ彼女はコンクールにおいて玲の演奏を聞いた際に、自分では生涯ピアノで玲に勝てることは無いだろうと、そう感じていた。
「……私はどうしようもなく恵まれています。裕福で尊敬できる両親の確かな愛情、優しくこちらを思いやってくれる人の多い交友関係、人並み以上に優れた容姿、多くの才能や知識、様々な場面での幸運……ひとつでも持っていたら人から羨まれるものを、私はたくさん持っています」
「ホントね。神様の依怙贔屓すごいな~ってレベルでね」
「凄く、嫌味な言い方になってしまいますが……なにかをやろうと思って出来なかったことはありません。欲しいと願うまでも無く大抵のものは手の中にありました。人が苦労して手に入れる筈のものを、私は少し手を伸ばすだけで簡単に掴めてしまいました」
「……確かに、普通なら苦労して頑張って手に入れるものでも、有紗にとって少しの労力で手が届く。それぐらい、有紗って桁違いの天才だと思うよ……でも、だからこそ、なんだよね?」
玲の確信に満ちた問いかけに、有紗は苦笑を浮かべる。玲の考えが当たりだと、そう答えるように……。
たしかに有紗は環境も才能も運も、なにもかもを兼ね備えている。それこそ本当に神に愛されていると言えるほどに……でも、だからこそ持っていなかったものもある。
「……私は、夢や目標を持ったことがなかったんです。なんでもできましたし、なんでも手に入りました。だから私は、未来になにかを願うことは無かったです。実際のところは分かりませんが、そういったものを持ったことが無かったから、私の演奏には想いが宿らなかったのではないかと思っています」
「ふ~ん。けどさ、ボクの勘違いじゃなければ有紗はその事を自覚してたし、ついでに諦めてたよね?」
「そうですね。玲さんの言う通り、夢や目標、願いや渇望を私が持ってないことには昔から気付いてましたし、別にそれで構わないと思っていました。私は恵まれていますし、夢や目標が無くとも日々は充実していて満足していましたからね。私には必要ないものだと、そう思ってました……ひとりさんに出会うまでは……」
玲は流石に付き合いの長い親友だけあって、有紗のことは正確に把握していた。有紗が己の欠点に気付いていることも、気付いた上で自分には必要ないと割り切っていたことも……そしてそれらが、全て過去の話であることも……。
「きっかけは一目惚れでしたが、いまになって思い返してみれば……私はあの時初めて、ひとりさんと共に在る未来を願いました。こうなりたいという、夢を持ちました。気づいたのはもっとずっと後になってからですがね。ひとりさんに乞われてピアノの演奏をした時に思いました。もしかしたら、私はいまなら玲さんに勝てるかもしれないと……ひとりさんのために行った私の演奏には、無かったはずの想いが宿っていました」
「あはは、愛の力ってやつだね。いいじゃん! つまり、ひとりちゃんは有紗に夢を教えてくれたヒーローって感じでしょ?」
「ふふ、確かにそうかもしれませんね。無くても構わない、問題は無いと思っていたはずなのに……ひとりさんと出会ってからは、いろいろなものがそれまで以上に色鮮やかになった気がして、毎日がどうしようもなく楽しく幸せに感じられるようになりました。本当に、ひとりさんに貰ったものが多すぎますね」
そう言って語る有紗の表情は本当に心底幸せそうであり、それを見て玲は優し気に微笑みを浮かべたあとで最初の話題に戻る。
「じゃあ、別に結束バンドに入らない理由とかないじゃん?」
「そうですね。最初に断った時は、まだ自分の音楽は空っぽだと思っていた時でしたし、そんな私が所属しても迷惑になるだけと思ったからでした。いまはたしかに、心境は変化していますが……う~ん。特に現状のままの立場でも問題ないと思う自分も居て、悩んでいるところではありますね」
「なるほどね。所属しない理由は無くなってるけど、だからって所属する理由ができたわけでもないか……あはは、なるほど、なるほど……」
「玲さん?」
有紗の話を聞いた玲は楽し気に笑顔を浮かべて座っていたレンガから立ち上がった。そして不思議そうな表情を浮かべる有紗に対して、ニヤリと笑みを浮かべて告げる。
「ボクの役目はここまで。有紗の本音を引き出したところで終わり! あとの説得は……有紗のヒーローに任せることにするよ! じゃ、先に中に入ってるね~!」
「え? どういう――ひとり……さん?」
楽し気に笑いながら去っていく玲を戸惑いながら見送ろうとした有紗は、途中で驚いたような表情を浮かべた。
その理由はSTARRYに向かう階段……先ほどまで有紗と玲がいた場所からは丁度死角になっていた部分から、有紗にとって最愛の相手であるひとりが顔を出したからだった。
いつから話を聞いてたのかは分からないが、その目にはどこか覚悟を決めたような、強い光が宿っていた。
時花有紗:なにもかもあらゆるものに恵まれてはいたが、天才過ぎるが故に夢や目標を持ったことが無かった。過去に聞いた玲の夢への希望や渇望の籠った演奏を聞いて、これこそが音楽であり自分には持てないものだと感じて、以後コンクールなど表舞台で演奏することは無くなっていた。それでも現状に十分に満足はしていたが、ひとりと出会って一目惚れをしたことで未来を願い夢を得て、考え方にも変化が出た。
後藤ひとり:有紗にとっては夢や希望を与えてくれたまさにヒーローといえる存在であり、迷う彼女に切っ掛けを与えられるとしたらやはりひとりしかいない。そして覚悟を決めた顔……やるんだな、ぼっちちゃん。いま、ここで……。