玲さんと入れ替わるように現れたひとりさんの表情を見るに、先ほどまでの玲さんとの話はほとんど聞いていたとみていいでしょう。
おそらく私の姿が見当たらなかったので探しに来たタイミングで、図らずも私と玲さんの話を聞くことになったのでしょうね。
「……あっ、有紗ちゃん。ごめんなさい、盗み聞きしちゃって」
「いえ、特に聞かれて困る様な話でもありませんしね」
ひとりさんが聞いてたことには驚いたものの、先ほどまでの玲さんとの話を聞かれて困るかと言われれば……別に困りません。仮にひとりさんにどこかで質問されていたら答えたでしょうし、内容的にも特に隠す必要がある様なものはありませんね。
ひとりさんは私の隣まで歩いて来て、私と向かい合うような形で立って少しだけ迷うような、言葉を考えるような表情を浮かべました。
しかし、それも本当に少しのことで、すぐになにやら決意の籠った目でこちらを真っ直ぐに見つめながら口を開きました。
「あっ、最近有紗ちゃんが悩んでたことって、それだったんですね」
「ええ、迷いと言えば迷いかもしれません。以前虹夏さんの誘いを断った際には、私の空っぽで技術が高いだけの音楽は結果的に結束バンドにとっては悪影響でしかないと、そう思っていました。ひとりさんもそうですが、結束バンドの皆さんの音楽には強い想いが籠っていますからね」
「あっ、そっ、それは私も分かります。ライブとかで演奏してると、皆がいろんな想いで演奏しているのが分かる気がします」
「ええ、なので無駄に技術だけ高く心の無い私の音楽は、その魅力を壊してしまうと思っていましたが……その理由はもう無くなりました。私個人の感覚ではありますが、いまの私の音楽には想いが宿っています」
そう、最初に虹夏さんの誘いを断った時の理由は既に無くなってしまっています。実際に私は実質的に結束バンドの5人目のメンバーとして扱ってもらっていますし、演奏以外の様々な場面に関わってきました。
演奏メンバーとして所属しない理由は無い……と同時に、いまから改めて所属する理由も無いように感じているところもあります。
「結束バンドはレーベルと契約して順調ですし、来年からさらに活動の幅も増えていくでしょう。現状で演奏メンバーを追加するような大きな変更を加える必要も無いのではと、そう思う部分もあります。現状のように演奏以外でも皆さんのサポートを出来る部分は多いですしね」
「なっ、なるほど……」
私の言葉を聞いたひとりさんは納得したように頷きつつ、一歩私に近付いて言葉を続けました。
「……あっ、私はいつも本当に有紗ちゃんにはいっぱい助けてもらってます。結束バンドのメンバーの中でも、一番私が有紗ちゃんのお世話になってると思いますし、バンド以外でもいつも助けてもらってばかりです。有紗ちゃんは、きっと気にしないでいいって言ってくれると思いますけど、本当に凄く感謝しています。いまの私があるのは、有紗ちゃんのおかげだって思ってます……有紗ちゃん、いつも助けてくれて、本当にありがとうございます」
「……ひとりさん」
「けっ、けど、そんないっぱいお世話になってる有紗ちゃんに迷惑を掛けちゃうかもしれないんですけど……私のワガママを聞いてくれませんか?」
「ええ、なんでしょう?」
正直言ってしまえば、私とひとりさんの仲です。もう、ひとりさんがなにを私に求めてくるかは想像が出来ていましたし、それを私が断らないこともひとりさんは分かっていると思います。
たぶんというか、間違いなくひとりさんは私を演奏メンバーに誘おうとしているのでしょう。そして、ひとりさんの願いであれば私にとっては、これ以上ないほど背中を押すきっかけになると、そういうわけですね。
そう、ある程度話の流れは予想していました。ですが、当たり前ではありますがどんなに親しい相手であっても、その相手のすべてが分かるわけではありません。
その後にひとりさんが告げた言葉は、私が予想していなかったものでした。
「……あっ、そっ、その、有紗ちゃんはずっとずっと私のこと好きだって、言ってくれてました。けど、私はその恋愛とかよく分からなくて、ずっとなにもちゃんと返事もできて無くて……」
「特に私は急かす気はありませんよ。私の中では将来ひとりさんと結婚することは確定しているので」
「あっ、ふふ、有紗ちゃんらしいですね。でっ、でも、えっと……本当は違うんです。本当はずっと、もっと前から分かってて……見ない振りをしてました。有紗ちゃんが急かさないでいてくれるから、それに甘えてずっと……」
話しながらひとりさんの顔はどんどん赤くなっていきますが、それでもひとりさんが私から目を逸らすことは無く真っ直ぐに強い意志の籠った目で見つめ続けていました。
自然と私の胸も高鳴るのを感じました。だって……ひとりさんが次に言おうとしている言葉は、きっと私がずっと待ち望んでいたものだと思えたからです。
「……わっ、私は! 有紗ちゃんが、すっ、好き……大好きです! そっ、その、とっ、友達としてとかじゃなくて、有紗ちゃんと同じ意味で……」
「ッ!?」
言葉が出ないとはまさにいまのこの状態のことでした。恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、それでも真っ直ぐに好意を伝えてくれるひとりさんの言葉、それが嬉しくないはずもなく目の奥がジーンと熱くなっていくのを感じました。
しかし、ひとりさんの言葉はそこでは止まりませんでした。
「そっ、それで! そんな大好きな有紗ちゃんにお願いがあるんです!! わっ、私は、結束バンドの皆とビッグになって、いつかドームで満員の観客の前でライブしたいって、そう思ってます! それがいまの私の夢です!! そっ、それで、私は……その夢が叶う瞬間に、有紗ちゃんに一番、誰よりも傍に居てほしいんです!!」
「……ひとりさん」
「だから、凄くワガママなお願いをします。有紗ちゃん、結束バンドに演奏メンバーとして入ってください。もっとずっと、私の傍に居てください……私の……私と……『同じ夢を追いかけてください!!』」
それは、まさに殺し文句といえる言葉でした。私に夢という気持ちを教えてくれたヒーローがありったけの想いを込めて、私に同じ夢を追いかけて欲しいと手を伸ばしてきています。その手を握り返さない選択など、ある筈がありません。
気づいた時には私は、ひとりさんの体を力いっぱい抱きしめていました。目が熱く、嬉しいはずなのに涙が頬を伝わるのを止めることができません。
「……そんな情熱的な口説き文句を言われてしまっては、答えなんてひとつしかないじゃないですか……」
「あっ、有紗ちゃん……じゃあ……」
「はい。いままでよりもっと、ひとりさんの傍に居させてください。いつか愛しい貴女が夢を掴む瞬間を一番近くで見て、同じ喜びを共有させてください。ひとりさん、大好きですよ」
「あっ、わっ、私も……大好きです」
背中に手を回して抱きしめ返してくれるひとりさんの体温は心なしかいつもより高い気がしました。いえ、あるいは私自身の体温がいつもより高くて、そう感じているのかもしれません。
「……ところでひとりさん、私たちは両想いということでいいんですよね?」
「え? あっ、はい。そっ、そうですね」
「つまり、今後は恋人という認識で大丈夫ですか?」
「あぅ……はっ、はぃ」
「……なるほど」
「あっ、あれ? あっ、あの、有紗ちゃん? 気のせいですかね? いま、獲物を狙う鷹みたいな目になってませんでした?」
若干慌てたようなひとりさんの声が聞こえますが、ここは冷静に返答をしているだけの余裕がありません。なにせ、ひとりさんと想いを伝えあって友人から恋人になれたのです。
つまりこれは、いままではちゃんと恋仲になってからと思っていたことも実質的に解禁されたと言っていい状態です。
「ひとりさん、私はいままで友人関係だからと我慢していたことがあります」
「……あっ、なっ、なんか嫌な予感が……まっ、待ってください有紗ちゃん、いきなりそれはハードルが高いというか、恥ずかしすぎて死んじゃうというか……あひゃっ!? なっ、なな、なんで、無言で頬に手を……」
「ひとりさん、キスをしていいですか?」
「あっ、いっ、いちおうちゃんと確認はしてくれるんですね。あっ、でっ、でも、その、やっぱりキスはまだ心の準備が……いっ、いや、駄目なわけじゃなくて……だっ、段階を……あっ、あの、顔近付いて来てるんですけど!?」
「嫌でしたら、避けてくださいね」
「それはズルいです!! 本当にずるいです!!」
我慢の限界と言いますか、むしろこれだけ愛らしいひとりさんを前によくぞ今まで我慢したと己を褒めてあげたいぐらいです。
ゆっくりと顔を近づける私に対して、ひとりさんは焦った様子で視線を右往左往させ……少しだけ唇を前に突き出して、目をぎゅっと閉じました。
「んっ……ぁっ……」
そして、数秒の後に私とひとりさんの唇が重なり、表現するのが難しいほどの幸福が頭を駆け抜けました。唇に感じる柔らかく微かに湿った感触は、どこか甘さを感じる印象で、唇から伝わる干渉が脳に痺れとして伝わってくるような……そんな錯覚を覚えました。
叶うのならいつまでもこうしていたいと思えるほどに幸せな時間でしたが、なんとなくひとりさんが限界のような気がしたのでゆっくりと唇を離しました。
「……あぅ……はぅ……」
「ひとりさん、改めてこれからもよろしくお願いします」
「はひぃ……はっ、はい、こちらこそ……あっ、意識が遠のいて……」
「あ、待ってくださいひとりさん! このあと、結束バンドの出番があるんですから気絶しては駄目です。頑張ってください」
「わっ、分かってはいるんですけど……あっ、頭が沸騰しそうで……」
「……もう一度すれば目を覚ますでしょうか?」
「それは本当に気絶しちゃうので勘弁してください!?」
そう言って真っ赤な顔で叫ぶひとりさんが愛おしく、思わずまたキスをしそうになりましたが……そこはグッと我慢して、ひとりさんの体を包み込むように抱きしめました。
チラリと時計を見れば、もう少しの時間であれば大丈夫そうなので……もう少しこのまま、クリスマスイブの夜風が火照った体を少し冷ましてくれるまで、しばしひとりさんとふたりきりの時間を楽しむとしましょう。
時花有紗:ついに願い通じて、ぼっちちゃんと恋仲に進展。合わせて結束バンドへの所属も決定した模様。
後藤ひとり:さすがはヒーロー、決める時はしっかり決めると言わんばかりに、ガッツリ有紗を口説き、聖夜に初キッスも済ませた。パーフェクトだぼっちちゃん。