年の瀬も近づいてきた12月の後半。今日は玲さんのコンサートがあるため、結束バンドのメンバーで待ち合わせをして向かうことになっています。
例によって先にひとりさんと合流した私は、手を繋いで賑わう街中を集合場所に向けて歩きます。
「すっかり年の瀬の雰囲気ですね」
「あっ、ですね。このなんていうか、変に忙しそうな感じが年末っぽいです。あっ、そっ、そういえば有紗ちゃん、コンサートってこの格好で大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。コンサートホールによってはドレスコートが定められている場所もありますが、今回は特に服装に制限がある場所ではありませんので、よほど奇抜だったりしない限りは普通の服で大丈夫ですよ」
「……あっ、わっ、私の普段のジャージだった場合は?」
「う~ん。駄目とは言われないでしょうが、目立つのは目立つと思いますね」
現在のひとりさんの服は、以前にハイブランドの服を購入した際にお揃いで購入した服であり、カジュアルながら上品さもある服装です。
そしてもちろん私とはペアルックなわけです。恋人同士ですから、ペアルックでもまったく問題はありません。
そんな風に話しながら歩いていると集合場所に到着しました。既に虹夏さんとリョウさんと喜多さんは来ていました。
「こんにちは、お待たせさせてしまいましたか?」
「ううん。私たちもほんの数分前にきたばっかりだよ……てかペアルックじゃん!?」
「大胆! でも、ひとりちゃんも有紗ちゃんも凄く似合ってる! 写真撮っていい?」
私たちの服装を見て虹夏さんがツッコミを入れ、喜多さんは目を輝かせながら私とひとりさんの写真を撮っていました。
その反応に苦笑していると、ひとりさんが恥ずかしそうな表情を浮かべながら口を開きます。
「あっ、いや、ペアルックというか……ジャージ以外の私服の選択肢があまりにもなかったといいますか……」
「ペアルックである事実は変わらないのでは?」
「いっ、いや、確かにその通りですけど……ちょっ、ちょっと違って、こっ、こう守備寄りのペアルックといいますか……」
ひとりさんの言葉にリョウさんが淡々とツッコミを入れ、ひとりさんは混乱しているのか、ペアルックに攻守の概念を持ち出し始めました。
その言葉を聞いたリョウさんは軽く頷いたあとで私の方を向いて口を開きます。
「……有紗、こう言ってるけど?」
「ラブラブペアルックです」
「有紗ちゃん!! すっ、少しは躊躇を!? もっ、もうちょっとこう手心みたいなのを……」
私が自信を持って……なんならラブラブという部分を強調しながら告げると、真っ赤な顔をしたひとりさんが慌てて抗議してきますが、なんというかその姿も大変に可愛らしいです。
「まぁ、ふたりがラブラブなのはいつも通りだし、ちゃっちゃとコンサートホールに行こう」
「ですね。ただ、いまから行くとまだ開催まで時間が結構空きますよね? お昼でも食べていきます?」
虹夏さんの宣言で移動を開始します。いま居る集合場所はコンサートホールの最寄り駅なので、ここから歩いて10分かからずにコンサートホールには着きます。
しかし、喜多さんの言う通りまだ時間は早いので昼食を食べてから行って丁度いいぐらいですね。道中になにかしらの飲食店があればそこに寄る形になりそうです。
「あっ、そういえば、有紗ちゃん? 玲さんに挨拶しに行ったりした方がいいんですかね?」
「いえ、不要です。というか、玲さんはコンサート前はたとえ親であっても会わないので、行っても取り次いでくれないと思いますよ」
「あぇ? そっ、そうなんですか?」
「ええ、玲さんは大抵のことは適当ですし、考えなしに行動することも多いのですが、ピアノに関してだけは徹底しています。演奏するコンサートホールには必ず足を運び、広さや音の聞こえかた反響などを完璧に頭に入れてから、薄皮を一枚一枚積み重ねるように集中力を高めていって、本番にそのピークを完璧に持って来ます」
本人曰く、ピアノに魂を含めてすべてを捧げているとのことですが、実際それも過言ではないと確信できる程、玲さんはピアノに関しては真摯かつ妥協をしません。
ピアノに必要な知識は分野問わず積極的に仕入れますし、コンサート前は食事の献立や食べる時間まで徹底して準備をしています。
「今回のコンサートは私たちにとっても非常に勉強になると思いますよ。玲さんは間違いなくプロフェッショナルであり、友人としての贔屓目もありますが、私は世界一のピアニストだと思っています。例を挙げてみると、皆さんは未確認ライオットのファイナルステージでのヨヨコさんを覚えていますか?」
「あ、うん。なんかピリッと空気が張り詰めたっていうか、貫禄みたいなのを感じたわ」
そう言って答える喜多さんに頷きつつ、私は説明を続けます。
「ええ、あの時のヨヨコさんの状態は本人のメンタルやシチュエーション、集中力が綺麗に噛み合って一種のゾーン状態になったようなものです。ただ、玲さんに言わせるとあの状態はせいぜい8割とのことです。玲さんはあの時のヨヨコさん以上の、究極の集中ともいえる状態を本番に計算して持って来ます。なので、玲さんのコンサートはいつも必ず、その時点でその場所で演奏するという前提条件において最大値と言っていいレベルです」
「すっ、凄そうですね」
「実際、凄いですよ。コンサートの時の玲さんは普段とは全く違って、怪物のような圧倒的な存在感と雰囲気を放っています……まぁ、私たちもいずれプロとなることを考えれば、学べることは非常に多いかと思います」
玲さんは紛れもなく世界トップレベルのピアニストですし、ジャンルは違えど同じ音楽に携わる者として、結束バンドにとっては非常にいい勉強になると思います。
プロとしてデビューするなら、一種の貫禄のようなものを今後身に着けていく必要もありますし、今回のコンサートがよい切っ掛けになるといいなぁとは思っています。
「まぁ、いろいろ言いましたが、玲さんの演奏は間違いなく世界トップレベルなので、あまり深くは気にせずレベルの高い演奏を楽しみましょう」
「あっ、はい。楽しみですね」
はにかむ様に笑うひとりさんに、私も笑顔を浮かべて手を繋いだままでコンサートホールへの道を歩いて行きました。
****
皆さんと一緒に食事を食べてからコンサートホールの中に入り、指定された席へと移動します。玲さんが私たちに用意してくれた席は、かなりいい席でありステージが非常によく見えました。
「こっ、ここ、すごくいい席ですよね?」
「ええ、間違いなくホール内でも最高の席でしょうね。まぁ、玲さんが主役なわけですし、その権限を使って用意してくれたのでしょうね」
そんな風に会話をしつつ演奏開始の時間を待ちます。ほどなくしてホール内にアナウンスが聞こえて照明が暗くなり、ステージ上のピアノにスポットライトが当たります。
そして、少しして舞台脇から玲さんが姿を現すと、隣のひとりさんや皆さんが息を飲んだのが伝わってきました。
その理由は理解できます。現れた玲さんの雰囲気に圧倒されているのでしょう。玲さんは比較的小柄ですが、まるで天を突くほど巨大なのではないかと感じるほどの存在感があります。
ただ歩いてピアノに向かうという行為だけで、会場中の視線を集め自然と観客たちを聞く姿勢にさせます。ひとりさんたちも感じているでしょう。超一流のピアニストである玲さんがその集中力を究極の段階まで高めた雰囲気は凄まじいですからね。初めて見ると驚くでしょうね。
そして、いよいよ玲さんの演奏が始まりました。
時花有紗:ひとりちゃんとラブラブペアルック、大事なので力を込めて言った。ラブラブペアルック。
後藤ひとり:珍しくジャージじゃなくて、有紗ちゃんとお揃いのハイブランド。さらっとメンバーの前でも恋人繋ぎしたままである。