その日の全てのライブが終わり、ライブハウスが閉店するころには雨や風もすっかり落ち着いており、どうやら台風は通過し終えた様子でした。
私たちはライブ成功の打ち上げということで星歌さんに連れられて、居酒屋にやってきました。
「今日はよく頑張った。私の奢りだから飲め」
「お姉ちゃんありがと~」
「……あの、星歌さん。私までご馳走になってよろしいのですか?」
「ああ、気にしなくていい。それに、有紗ちゃんには前に変な疑いもかけちゃったから、そのお詫びも兼ねてな」
「そういうことでしたら、ありがたくご厚意に甘えさせていただきますね」
虹夏さんの提案を受けて、有事の際にサポートスタッフとして活動する約束をしたとはいえ、私は正式に結束バンドのメンバーというわけでは無く、今回も特になにもしていません。なので、私までご馳走になっていいのかと思いましたが、星歌さんは気にするなと微笑んでくださいました。
せっかくのご厚意とあれば、受け取らないのも逆に失礼ですし、今回はありがたくご馳走になることにしましょう。
そして何故か当たり前のように居るきくりさんの自己紹介も終わり、料理を注文する流れになりました。メニューを見て注文する品を決めていると、手早く注文を決めたひとりさんが喜多さんにメニューを手渡し、喜多さんもメニューを見てすぐに注文を決めた様子でした。皆さん、早いですね。私は結構迷ってるのですが……。
「じゃあ、私アボカドとクリームチーズのピンチョス。あと、スパニッシュオムレツのオランデーズソース添えください」
「スパニッシュオムレツ……スペイン料理もあるのですね。では、カルソッツなどもあるのでしょうか?」
「あるわよ。カルソッツも美味しいよね! 私、アヒージョとかも好きなんだけど……でも、注文するのはちょっと……」
「ああ、ニンニクが多く使われてるので、注文するのは少し躊躇いますね」
「そうっ! 美味しいんだけど、ニンニクが……」
喜多さんは明るく話し上手な方なのもあって、ついついスペイン料理の話で盛り上がってしまいました。私たちの話を聞いてた星歌さんが、なにやら少し困惑したような表情を浮かべて口を開きます。
「……年の差か? 最近の女子高生の会話についていくのは難しいな」
「いや、お姉ちゃん。このふたりは私たちの中でも飛びぬけて陽の属性だから……」
「陽? ま、まぁいいや……ぼっちちゃんはなに頼む?」
星歌さんがひとりさんに話を振ると、私の隣に座っていたひとりさんがスッと表情を変えるのが見えました。なにかわかりませんが、並々ならぬ決意を感じます。
「まっ、マチュピチュ遺跡のミシシッピ川グランドキャニオンサンディエゴ盛り合わせで……」
「ふんふん、マチュピチュ……どこだ?」
「フライドポテトだそうです」
「逆になんで有紗ちゃんは、いまのぼっちちゃんの発言で分かるんだ!?」
「愛の力です」
「そ、そうか……ま、まぁ、いいや。有紗ちゃんはどうする?」
困惑しつつ何かいろいろと呑み込んだような表情で星歌さんが頷き、私に注文を促してきました。実はまだ完全には絞り切れていなかったのですが、あまり待たせてしまうのも申し訳ないです。
「……かなり迷いましたが……焼き鳥をお願いします」
「え? あっ、有紗ちゃん? 焼き鳥でいいんですか? もっ、もっとこう、お洒落な、エッフェル塔なんとかとか、サンシャインなんとかじゃなくて?」
「はい! 焼き鳥はテレビなどでは見たことがあるのですが、実物を食べるのは初めてでとても楽しみです。他にも一度も食べたことがない料理が多くて、かなり迷いましたが……」
「はうぁっ!?」
「ひ、ひとりさん?」
私の注文を聞いて戸惑った様子で声をかけてきたひとりさんに返答すると、ひとりさんはビクッと背筋を伸ばしたあと、なにやら衝撃を受けたような表情を浮かべていました……なぜ?
困惑する私の前で、ひとりさんは額に手を当てて絞り出すように呟きます。
「……あっ、浅はかだった。こ、これが真のハイソサエティ……私はなんて浅はかな……」
「あの、ひとりさん? その、元気出してください」
う、う~ん、私もひとりさんのコンプレックス反応が全て分かるわけでは無いので困りました。それなりの付き合いと愛の力である程度は察することができるのですが、今回はあまり詳しく分からず、曖昧に慰めるしかできませんでした。
やはり未来の妻として、もっとひとりさんへの理解を深めなければなりませんね。
幸いひとりさんの調子は料理が運ばれてくるころには回復し、打ち上げはワイワイと楽しく進行していきました。
「ねぇ、もしかして時花さんってイソスタやってる?」
「ええ、殆ど更新はしていませんがアカウントは所持してますよ」
「じゃあ、友達になりましょ!」
「はい、喜んで」
「やった! あっ、一緒に写真撮ってアップしてもいいかな?」
「かまいませんよ」
先ほどスペイン料理の話で盛り上がったこともあってか、嬉しそうに話しかけてくる喜多さんと一緒に写真を撮ります。
「喜多ちゃん楽しそうだね~。私たちの中で喜多ちゃんパワーに付いていけるのって有紗ちゃんぐらいだし」
「虹夏も頑張れば行ける。私とぼっちは絶対無理」
「いや、私も、あのレベルの会話は難しいかなぁ……」
そんな風に楽しく会話をしつつひとりさんの方に視線を向けると、ひとりさんも口数こそ少ないものの楽しんでいる様子でした。
しかし、途中でカウンターに座っていたサラリーマンらしき方々に視線を向けたかと思うと表情を青ざめさせ、ガタガタと震えはじめました。
あっ、今回は大丈夫です。だいたいひとりさんがなにを考えているかを察することはできました。
「ひぃやぁぁぁぁあ!?」
「ぼっちちゃんまたいつもの発作……ノールックで肩掴んで抱き寄せたやつが居るんだけど?」
「あはは、流石有紗ちゃん~」
とりあえず倒れて頭を打ってもいけないので、ひとりさんが叫んだタイミングでひとりさんの肩に手を回して私にもたれ掛からせるように引き寄せます。
そしてもう片方の手でひとりさんの頭を撫でつつ、慰めます。
「ひとりさん、大丈夫ですよ。ひとりさんはいま、将来高校在学中にデビューできずに就職し、向いてない営業職に回され、精神を病んで退職して引きこもってしまった未来を想像してショックを受けたのだと思いますが……」
「……だから、なんでそこまでわかってるんだ? 有紗ちゃんって人の心読めるの?」
「たぶんぼっちちゃん限定でね~」
星歌さんと虹夏さんが呆れたような表情を浮かべていますが、とりあえずいまはひとりさんの精神状態の回復が優先です。ひとりさんにそんなことを不安に感じる必要はないと理解させないと……。
「大丈夫ですよ、ひとりさん。決してそんな未来は訪れません」
「あっ、有紗ちゃん……」
「凄く単純なお話です。高校在学中にデビューできなければ、その時は私と結婚すればいいんです」
「……おい、なんか変な方向に話が進み始めたぞ」
「先輩、言っとくけど、マトモそうに見えて有紗ちゃんも結構ヤバい子だからね~」
バンドとしてのデビューは運次第な面があります。いえ、それこそ私がお父様の伝手などを利用すればすぐにメジャーデビューも可能でしょうが、後のことを考えればそれはいい結果にはならないでしょう。
実力を認められてデビューしなければ、どこかしらに歪は生じてしまうでしょうし、それが結束バンドの内部の亀裂などに繋がったりすれば目も当てられません。
しかし、だからと言って愛しいひとりさんに辛い思いをさせるつもりもありません。
「私と結婚すれば、私がひとりさんに何不自由ない生活をさせてあげます。辛い労働なんてしなくていいんですよ」
「あっ、有紗ちゃんと……結婚……辛い思いしなくて……いい……」
「ぼっちちゃ~ん、落ち着いて、冷静になろうね。いま、妄想の未来を回避するために、とんでもない未来を確定させようとしてるよ」
「虹夏さん、大丈夫です。ここでのひとりさんの返答が何であれ、私にとっては確定した未来なので」
「……そっかぁ」
私の言葉を聞いた虹夏さんは、どこか諦めたかのような遠い目を浮かべて苦笑しました。
そのまま少しすると、ひとりさんの精神状態も回復してきました。しかし、一難去ってまた一難というべきか、今度は思わぬ方の精神状態に異常が発生することになりました。
きっかけはリョウさんが喜多さんに対して告げた一言でした。リョウさんが「郁代」という喜多さんの下の名前を口にして、その名前にコンプレックスのある喜多さんはショックで弱ってしまいました。
そして、先ほど未来を考えてショックを受けていたひとりさんにきくりさんや、星歌さん、PAさんたち大人の方々が、夢を叶えていく過程を楽しむようアドバイスをしていました。
その話の仮定で星歌さんがやっていたバンドに関する話に移行したタイミングで、ひとりさんがキョロキョロと視線を動かして、誰かを探しているような仕草を見せましたので、声を掛けます。
「ひとりさん、虹夏さんなら先ほど店の外に出ていかれましたよ」
「あっ、ありがとうございます」
おそらく少し前に席を外した虹夏さんを探しているのだろうと声をかけると、どうやら正解だったみたいでひとりさんはお礼を言ったあとで立ち上がり、店の外に向かっていきました。
「いえ~い、有紗ちゃんも飲んでる~?」
「未成年なのでお酒ではないですけどね。きくりさんも、お酒ばかりではなく水も飲んでください。また二日酔いになりますよ」
「え~だいたいいつも酔ってるから、大丈夫だよぉ」
「間に水を挟んだ方が、お酒も美味しく飲めますよ。はい、どうぞ」
「ん~じゃ、いただきま~す」
例によってずっと飲んでおり、脱水症状なども心配されるきくりさんに水を飲ませます。
「ったく、有紗ちゃん、そいつは雑に扱っといでいいぞ。酔いつぶれたら、その辺に転がして帰るつもりだしな」
「え~先輩酷~い。有紗ちゃ~ん、先輩がイジメる。慰めて~」
そう言ってしがみついてくるきくりさんの頭を軽く撫でつつ、酒を取り上げて水を飲ませます。まぁ、殆ど常に酔っていることを考えると酒豪であることは間違いないのでしょうが、それでも注意するべきでしょう。実際に最初に会った時は、倒れてたわけですし……。
「きくりさんを見てると心配になります。ひとりさんが、将来お酒に呑まれてしまわないように、注意しないといけませんね」
「……有紗ちゃんはひとりちゃんが私みたいになるかもって思うんだ?」
「どうでしょう? そこまで分かりませんが、ひとりさんときくりさんは本質的に似ている部分が多いですから、不安はありますね」
「……へぇ」
私の言葉を聞いたきくりさんは、どこか感心した様子で不敵な笑みを浮かべました。その表情は泥酔しているとは思えないほど鋭く、なかなか食えない方だなぁという印象を覚えます。
「まぁ、ひとりさんに関しては私が居る限り酒に溺れさせたりしませんよ」
「あはは、そっか~いいなぁ、ひとりちゃん。ちょっと、羨ましいよ……私にも有紗ちゃんが居れば、酒に頼らなくてもよかったのかなぁ……」
「さぁ? それは分かりませんが……私のような存在が居なかったからこそ、得られた大切なものもいっぱいあるのでは?」
「まっ、確かにね」
「ただし、それはそれとして健康のためにも、お酒はもう少し控えた方がいいと思いますけどね」
「う、う~ん、返す言葉もないなぁ」
私の言葉を聞いたきくりさんは、どこか楽しそうな笑顔を浮かべました。するとそのタイミングで、少し前に注文しておいたドリンクがふたつ届きます。
「あれ? それは?」
「ジュースですよ。私ときくりさんの分です。気のいい大人のお姉さんは、高校生のワガママに付き合って、一緒にジュースを飲みながら雑談をしてくれるのではないかと思いましてね」
「……あはは、そうきたか~まいったなぁ。そう言われちゃうと断れないよね。あ~あ、雑談が終わるまでお酒はお預けか~まっ、たまにはそういうのも……いいかな」
このジュースを飲み終わるまでは、酒を控えて世間話に付き合ってほしいという私の意図を察したきくりさんは、心底楽し気に苦笑したあとで、ジュースの入ったジョッキを手に持って軽く掲げました。
「じゃ、かんぱ~い」
「はい」
そして、軽くジョッキを打ち鳴らしたあと、しばらくの間、私との雑談に付き合ってくれました。
「……すげぇな、有紗ちゃん。一時的とはいえ、アイツに酒を止めさせてるよ」
「コントロールの仕方が上手ですよねぇ」
時花有紗:落ち着いててマトモそうに見えるが、相変わらずぶっ飛んでるところもある。ぼっちちゃんの思考は大体わかるのだが、分からない部分もある。初めて食べるものが多くて、実はちょっとはしゃいでいた。
後藤ひとり:ぼっちちゃん、有紗が居るおかげであまり気絶したり燃え尽きたりはしていない。こういう席の時は自然と有紗の隣に座る模様。
喜多郁代:インドア派が多い結束バンドメンバーや関係者の中で、同じ陽キャよりの有紗とはかなり話が合うので仲が良い。
廣井きくり:もしかするとぼっちちゃんを除いて2番目に多く有紗と絡んでいるかもしれないキャラ。