ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

23 / 211
十二手絢爛の花火大会~sideB~

 

 

 有紗と手を繋いで道を歩くひとり。最初こそ恥ずかしさもあったが、少しするとむしろ安心感の方が強くなった気さえした。

 そして有紗の方も最初は心の中で一喜一憂していたのだが、ある程度進むと状況は大きく変わった。それはひとりが、手を繋ぐどころか有紗の腕にしがみつく様にしつつ、体に隠れるような姿勢を取り始めたからだった。

 

「……ひとりさん、大丈夫ですか?」

「あっ、はい。ま、まだ、なんとか……これぐらいなら」

 

 その原因は出店が見え始める場所まで来たことで人が増え、ひとりのコミュ症が発動したためである。なにせひとりは、もうそれなりに通い慣れたはずの下北沢でさえ、駅からSTARRYの道以外では委縮するレベルである。

 なんなら、駅からSTARRYでも人が多い日にはそれなりにビクビクしており、喜多などが近くに居ると背後に隠れている始末である。

 そんなひとりにとって、中心地からは離れているとはいえ祭りの人混みはかなりの精神的負荷であった。有紗が居るのでなんとかなっているが、居なければ逃げ出して帰宅していた可能性が高い。

 

「とりあえず、アレコレ買っていきましょう。なにか食べたいものなどがあれば、教えてください」

「はっ、はい」

「……ひとりさんも、コミュ症を直す一環として一品ぐらい購入してみますか?」

「……がっ、頑張って……みます」

「大丈夫ですよ。私が付いていますからね」

「有紗ちゃんっ……」

 

 ひとりにとって有紗は非常に頼れる存在であり、ビクビクしているとはいえ有紗と一緒に居る時のひとりの精神状態は、他の状況に比べて遥かに安定している。

 実際隠れながらとはいえ、祭りという場に来れており、出店での買い物も頑張ってみると発言できるぐらいには、有紗の存在は心の支えになっていた。

 

 実際その後の出店での買い物でも、ひとりは有紗が隣に居たこともあって勇気を出して、2箇所程の出店で買い物を行うことができた。

 ある程度出店グルメを購入したふたりは、ホテルに向けて移動する。

 

「すっ、少し買い過ぎましたかね?」

「確かに、ふたりで食べるには多いかもしれませんね。ですが、残ったら持ち帰ってもいいわけですし、大丈夫ですよ」

「あっ、そうですね」

「ちなみにホテルには、持ち込みに関しても確認してあるので大丈夫です」

 

 そのまま有紗についていく形でホテルに入り、ひとりは豪華な内装に落ち着きなく視線を動かすが、有紗は慣れた様子でフロントでチェックインの手続きを行ってカードキーを受け取る。

 

「それでは行きましょうか、専用エレベーターは向こうです」

「あっ、せ、専用エレベーターとかあるんですね……さすが、スイートルーム」

「ホテルによってある所とない所や、スイート専用ではなく高層階専用エレベーターなどの場合もあるのでまちまちですがね」

「なっ、なるほど……」

 

 当然ではあるが、ひとりにとってスイートルームに足を運ぶのは初めてのことである。それこそ名前ぐらいは知っているが、どんな部屋なのか想像もつかない場所である。

 おっかなびっくりといった感じで有紗と一緒に移動し、部屋に入るとひとりは大きく目を見開いた。

 

「……ひっ、広っ……ワンルームマンションとかより広いんじゃ……こ、ここ、これがスイート……選ばれしハイソサエティのみに許される聖域」

「ひとりさん、パノラマビューになっている部屋はこちらです」

「あっ、な、何部屋もあるんですね……うわっ、夜景が凄いです。あっ、ああ、有紗ちゃん? こ、この部屋って、いったいいくらぐらいなんですか?」

「今回は1泊でとりましたが、70万円ですね」

「な、ななじゅっ!? あばばばば……」

 

 有紗があっさりと告げた金額に、ひとりは心底驚愕する。

 

(70万!? 一泊するだけで!? 車だって買えるような金額じゃ……あわわわ)

 

 まさしく別次元と言っていい金額にひとりが唖然としていると、有紗はそんなひとりの内心を知ってか知らずか苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「ホテルの宿泊費というのは時期によって大きく変動します。今回も花火大会の日なので70万円ですが、通常時は40万前後といったところですよ。まぁ、今回は運よくキャンセルが出ていたのでスイートをとれましたが、通常この日のスイートルームは人気があり過ぎてとるのは難しいです。特に今回は急だったので……」

「えっ、えぇぇぇ……競争になるほど、宿泊希望者が? よっ、世の中、お金持ってる人は持ってるんですね。あっ、あと、急って……有紗ちゃん、この花火大会の鑑賞っていつ計画したんですか?」

「一昨日に思いつきました」

「あっ、相変わらずの行動力……有紗ちゃんらしいです」

 

 一昨日に思いついて、即70万円の部屋を抑えるという有紗の行動力に、ひとりはもう苦笑しか出てこなかった。

 そのままテーブルの上に買ってきた出店グルメを置きつつ、少し不安げな表情で有紗に尋ねた。

 

「でっ、でも、有紗ちゃん70万円なんて金額出して、だ、大丈夫なんですか?」

「問題ありませんよ。今回のホテル費用は私が好きなことに使う用の口座から出したので」

「すっ、好きなことに使う用の口座?」

「はい。私は口座を4つ持っていまして、まず投資用の口座と投資用のサブ口座。それと貯金用の口座と、趣味嗜好などで自由に使う用の口座ですね。投資などで収入を得た際には、投資用口座に5、貯金用口座に3、好きに使える口座に2という割合で振り分けています。なので元々自由に使える金額には制限を付けていますので、使い込んでしまうという事態はありません」

「なっ、なるほど……けど、70万も使ったら、かなり口座のお金が減っちゃったんじゃ……」

「……え? あっ、ああ、そうですね。一度の出費としては、なかなかに大きな金額でしたね」

「………………」

 

 ひとりの言葉に有紗は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあとで同意したが、その反応からひとりはすぐに今回の出費が有紗にとって全く大したものでないことを悟った。

 

(あ、有紗ちゃんのこの反応……70万使っても大して減ってない感じ……たぶん1割も減ってない。え? 自由に使える口座って、収入の2割を割り振ってるって言ってたよね? あ、有紗ちゃん……い、いったいどれだけお金を持ってるんだろう?)

 

 あくまで収入を割り振って入金しているため、全体的な割合とはまた違うだろうが、少なくとも70万が大した出費にならない口座より間違いなく大金が入っているであろう口座をふたつも所持している有紗の総資産は、いったいいくらほどなのかとひとりは次元の違う話に遠い目を浮かべていた。

 

 

****

 

 

 初めてのスイートルームや底の見えない有紗の財力に驚愕しつつも準備は整い、パノラマビューの部屋のテーブルの上には出店グルメが並び、有紗とひとりは花火が始まるまでの時間にそれらを楽しむことにした。

 

「なっ、なんだかこういうのって久しぶりに食べました」

「確かに、たこ焼きや焼きそばといったものならともかく、牛串やりんご飴といったものになると祭り以外ではあまり目にしませんね」

「あっ、有紗ちゃんは、お祭りとかよく行くんですか?」

「友達に誘われていくことはありますが、機会自体は少ないですね。機会の多さでいえば、日本ではなくフランスの音楽の日のお祭りに参加することが多いです」

「ふっ、フランス? あっ、えっと、音楽の日というのは?」

 

 有紗が口にした音楽の日という言葉に首を傾げつつ尋ねるひとりに、有紗は軽く微笑みながら説明の言葉を口にする。

 

「パリを中心に毎年6月21日に行われるのが音楽の日です。この日はプロアマチュア関係なく、街中のあちこちの路上で音楽を演奏していますね。私の友達がパリでピアニストとして活動しているので、その関係で行くことが多いですね」

「へっ、へぇ、そんなお祭りがあるんですね」

「この日は、演奏が全て無料でコンサートホールで行われるプロの演奏も無料で聞き放題ですよ」

「なっ、なるほど……ちょっと行ってみたい気もします」

「機会があれば、いつか一緒に行きましょう。きっと楽しいですよ。フランス語に関しては私が通訳できますし」

「そっ、そうですね。いつか、そんな機会があれば……かっ、海外は、いまの私にはハードルが高すぎますけど……」

「ふふふ」

 

 苦笑するひとりに釣られるように有紗も笑顔を浮かべ、しばしふたりは楽しく会話をしつつ食事を楽しんでいた。

 そして、30分ほど経過したあたりで有紗がチラリと腕時計を見て立ち上がった。

 

「そろそろ花火の時間なので、見やすい様に部屋の明かりを少し暗くしますね」

「あっ、はい。もうお腹も結構いっぱいですし、テーブルもどかして、椅子を並べた方が見やすいですかね」

「そうですね。先にそちらをセットしますか……」

 

 ひとりの提案に頷き、ふたりで出店グルメの乗ったテーブルを少し動かし、椅子を隣同士に並べて花火を見やすくする。

 それを確認してから有紗が部屋の照明を操作し、部屋が薄暗くなったタイミングで、夜空に大輪の花が咲いた。

 

「始まりましたね」

「凄い……あんなに、花火が大きく……けっ、けど、意外と音はうるさくないですね?」

「その辺りはスイートルームなので、窓などもしっかりしていますからね」

「なっ、なるほど……なんだか、すごく贅沢してる気分……あっ、いや、実際贅沢してましたね」

「ふふ、そうですね」

 

 軽く微笑み合った後、ふたりは空に打ちあがる花火に視線を向けた。高層ホテルのパノラマビューという特等席から見る花火の美しさは格別で、ひとりは目を輝かせて感動したような表情を浮かべていた。しかし、途中でふとなんの気なしに隣を向いた。

 花火の光に照らされる有紗の横顔は、相変わらず同性のひとりから見ても見惚れてしまうほどに美しかった。

 

(……やっぱり、有紗ちゃんと一緒だと……楽しいな)

 

 ふと、そんなことを考えたのは、少し前に交わした会話が原因だったかもしれない。ひとりの性格上から考えて、本来なら海外など恐怖の対象でしかない。国内ですら恐ろしい場所は山ほどあるのだ。海外など魔境としか思えない……筈だった。

 だが、意外にも自分自身ですら驚くほどにひとりの思考は乗り気だった。本当にいつか、有紗と一緒にその祭りに参加出来たらいいなと、思うほどに……。

 もういまは当初とは違い、有紗と一緒に居ることにストレスや緊張は無く、むしろ他愛のない話も含めて……楽しいという思いが非常に強かった。

 

(……なんだかんだで、私も……ちょっとずつ、変われてるの……かな?)

 

 そんなことを思い浮かべながら視線を花火に戻そうとしたひとりだったが、直後に聞こえてきた有紗の声に動きを止めた。

 

「うん?」

「……え? あっ……」

 

 不思議そうな有紗の声に視線を動かすと、いつの間にかひとりは隣に座る有紗の手を握っていた。完全に無意識の行動だった。それはあるいは、風邪をひいて看病してもらった時に感じた安心感を無意識に求めた結果なのか、ひとり自身にもよく分からないが、己が突拍子もない行動をとってしまったことだけは理解でき、顔に血が集まってくる。

 

「あっ、ご、ごめんなさ――はえ?」

 

 慌てて謝罪と共に手を離そうとしたひとりだったが、それよりも先に有紗がひとりの手を握り返してきた。そして戸惑うひとりに対し、穏やかに微笑みながら告げる。

 

「はぐれてもいけませんし、このまま手を繋いでおきませんか?」

 

 そう言っていたずらっぽく笑う有紗を見て、ひとりも思わず笑みを溢し……改めて有紗の手を握った。

 

「……そう……ですね。はぐれちゃうと、いけないですね」

 

 そう告げたあとで示し合わせる様に有紗とひとりは花火に視線を戻す。それ以上の会話は無く、花火の音だけが響いているが、気まずさはなくむしろどこか心地よかった。

 

(……はぐれないようにと手を繋いで、立ち止まったままで夜空に咲く花を見る。暗く寒い世界の中でも掌にだけは温もりを……なんか急に、恥ずかしいフレーズが思い浮かんでしまった。けど、うん……嫌いでは……ないかな)

 

 本当に不思議なもので、なんとなくという感覚的なものではあるが……ひとりの目に映る花火は、ほんの少し前よりも色鮮やかで美しく見えた気がした。

 

 

 




時花有紗:ひとりとふたりきりで花火を見るためなら、この程度の出費は本当に安いものだと感じている。ひとりと手を繋いで、本当に幸せな気分で花火を見ることができた。

後藤ひとり:有紗と一緒の時間を以前よりも楽しく感じつつあり、コミュ症の彼女としては珍しく、有紗とふたりで話すときは他愛のない話でも盛り上がる。順調に有紗への想いが育っているような感じである。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。