ひとりさんの家に遊びに来させていただき、ひとりさんのご家族にも一通り挨拶をさせていただきました。お義母様にお義父様、そして将来義妹になる予定のふたりさんと飼い犬のジミヘンさん、皆さまとても温かく歓迎してくださいました。
なんでもひとりさんが友人を家に招くのは初めてということで、私としてはとても光栄なお話ではありますが、ひとりさんはなにやら遠い目をしていたのが印象的でした。
もしかすると己のテリトリーにあまり他者を入れたがらない孤高の方なのかもしれません。ならば、今後は私と一緒にいる時間の方がひとりでいる時間よりよいものであると思ってもらえるように頑張りましょう!
簡単な挨拶が終わった後は、2階にあるひとりさんの部屋に案内していただきました。和風の部屋で、ここで普段ひとりさんが生活していると考えると、とても尊い空間のように感じられました。
「綺麗なお部屋ですね」
「あっ、い、いや……物があまりないだけです。どっ、どうぞ、お好きなところに座ってください」
「恐れ入ります」
ひとりさんに軽く頭を下げてから部屋に置いてあったテーブルの前に座らせていただきました。和室ということなので正座です。華道や茶道の授業を思い出しますね。私の家は洋風なのですが、畳のお部屋もよいものです。
私が座ったのを確認して、ひとりさんは机を挟んで対面に座り、落ち着きなく視線を動かしながら顔を俯かせ……少しして、意を決したように口を開きました。
「……あっ、あの……わわ、私、あんまりお金とかは持ってなくて……ごっ、ご期待には沿えないかと……」
「お金ですか?」
「はひっ!? もも、もちろん、逃げようだなんてわけでは無く……」
最初はひとりさんの言葉の意図が分からず首を傾げましたが、少し考えてみればその言葉の意図を察することは出来ました。
先日私はひとりさんに結婚を申し込みました。その件に関しては、急ぎ過ぎていたということでまずはお友達から始めることとなりましたが、おそらくお優しいひとりさんはその時の言葉から将来について考えてくださったのでしょう。
将来結婚し、仮にふたりで生活することになれば金銭面なども考慮する必要はあります。学生の身であるひとりさんにとって、誰かを養うほどの金銭を稼ぐのは大変だとそう考えているのでしょう。
こればかりは将来ひとりさんがどのような職に就くかによって、得られる金銭は変わってきますので一概にどうというのは難しいですが……ひとりさんの不安だけは、いま取り払っておくことにしましょう。
「なるほど、大丈夫です。どうかご安心を……私はこう見えても、個人資産はそれなりに所持しておりますので、将来ひとりさんに不自由な生活をさせるようなことはありませんと約束いたします」
「あっ、えと……あっ、はい」
私もまだ学生の身ではありますが、お父様より幼少の頃から資産運用を学ぶ一環として、投資などは勉強させていただいておりますし、得た利益はお父様の厚意で私の個人資産として自由に運用できています。結果としてこれまでに得た資産はひとりさんを養うには十分すぎるだけ存在します。
ただ愛しい方を不安にさせてしまったのは落ち度でもありますし、もう少し投資に力を入れてさらに安心できるようにするのもいいかもしれません。
もちろん、それでひとりさんと過ごす時間が減ってしまっては本末転倒なので、ある程度考える必要はありますが……。
「あっ、あの!? 私、のの、飲み物を用意してきます」
「お気を使わせてしまって申し訳ありません」
「いっ、いえ、しょしょ、少々お待ちを……」
「はい。ありがとうございます」
飲み物を用意してくださるというひとりさんの心遣いに感謝しつつ、ひとりさんが退室した室内を見渡します。室内自体は簡素な感じで、あまり物は置いていない様子でしたが……ふと、ひとつ気になるものがありました。
なにやらコードのようなものが押し入れの中に伸びていました。押し入れの中に何かあるのでしょうか? ですがまぁ、勝手に見るのも失礼ですしあとで聞いてみることにしましょう。
「……あっ、あの……時花さん?」
「え? ああ、お帰りなさい、ひとりさん。私のことはどうか、有紗と名前でお呼びください。口調も話しやすいもので大丈夫ですよ? 私は誰に対してもこの話し方なので」
「あっ、じゃ、じゃあ……有紗ちゃん……と、とか?」
「素敵ですね。是非」
ジュースの入ったコップを持って戻ってきたひとりさんと軽く言葉を交わしたあと、再び向かい合って座ります。
ひとりさんは相変わらず俯いて視線を動かしていて、ひとりさん側から話は無い様子だったので、先に感じた疑問を尋ねてみることにしました。
「ひとりさん、質問してもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい」
「あちらの押し入れにコードのようなものが伸びていますが……なにかあるのでしょうか?」
「あっ、えと、その……ギ、ギターが……あります」
押し入れに関して尋ねてみると、ひとりさんは立ち上がり押し入れを開けて中からギターを取り出しました。
「ギターですか……これが? なるほど、実物を見たのは初めてです」
「あっ、そうなんですか?」
「ええ、バイオリンであれば見たことはありますが……ひとりさんは、ギターを演奏されるのですね?」
「あっ、はは、はい。すす、すみません! 陰キャがイキって……」
「陰キャ? イキって? えと、よく分かりませんが、趣味があるのはとても素敵なことだと思いますよ」
私も幼少期からピアノはずっと続けているので、音楽に関しては多少分かりますが……クラシックばかりだったので、ギターはあまり詳しいとは言えません。
「無知で申し訳ありませんが、そのコードは?」
「あっ、これはシールドって言って……ギターとアンプを繋ぐケーブルで……」
「アンプ?」
「あっ、こっ、こっちにあるやつで……これに繋いで音を出して、あと、おお、音を変えるエフェクターとか、パソコンに録音するインターフェイスとか……」
聞き覚えのない単語を尋ねてみると、ひとりさんは押し入れの中に移動しながら、中に置いてある機材について説明をしてくれました。
私も立ち上がってひとりさんに続くように押し入れの中に入ってみると、中は小さな部屋のようになっており、いろいろなものが置いてありました。
「いろいろなものがあるのですね」
「はい……はえ? わひゃぁ!? いい、いつの間に、なな、中に……」
「普段はここで演奏をされているのですか?」
「あっ、ははは、はい……あの、せせ、狭いですし、汚いですし……その」
「そんなことはありませんよ。なんだか秘密基地みたいで、素敵ですね」
ひとりさんはいつもここでギターを演奏されていると……またひとりさんのことをひとつ知れて、嬉しい限りです。
ですが、せっかくですのでギターの演奏も聞いてみたいですね。いきなりで迷惑かもしれませんが、せっかくなのでお願いしてみましょう。
「ひとりさん、もしご迷惑でなければ、演奏を聞かせていただけませんか?」
「あっ、そ、そそ、それはいいですけど……近いので……離れ……」
「はい?」
「なななな、なんでもないです!? たた、直ちに準備を!?」
後半の言葉が小さく聞き取れなかったので聞き返すと、ひとりさんは何故か慌てた様子で準備をしてギターを構えました。
その姿はとても様になっており、先ほどまでの可愛らしい姿からは一変してカッコいいという印象を受けました。
「……あっ、えっと……なにを弾きましょうか?」
「お任せします。ひとりさんの好きな曲で大丈夫ですよ」
「あっ、わ、分かりました」
私の言葉に頷いたあと、ひとりさんは目を閉じて一度深呼吸をしたあとでギターを演奏し始めました。やや緊張しているようにも見えましたが、手先は淀みなく動いており、素人目ながら相当練習を積んできたと思わせる見事な演奏でした。
なにより、ギターを演奏している時のひとりさんの表情は先ほどまでよりも生き生きとしており、すごく魅力的で、自然と私も笑顔になるのを感じました。
間近で演奏するひとりさんの横顔を眺めるという至福の時間も、残念ながら永遠に続くわけでは無く演奏が終わると、ひとりさんは不安げな表情でこちらを見てきました。
「素晴らしい演奏でした。ひとりさんは、ギターの演奏が上手なんですね」
「あっ、えと……えへへ……そそ、そうですかね?」
「はい。演奏している時の姿も凛々しくて、とてもカッコよかったです」
「ふへへ……そそ、そんな……大したことでは……ほ、他も、演奏しましょうか?」
「ええ、ひとりさんさえよろしければ是非お聞かせください」
素直に感じた賞賛の言葉を口にすると、ひとりさんはとても分かりやすく喜んでくれて、その愛らしさに再び私も笑顔になるのを感じました。
ああ、やはりひとりさんと一緒に過ごす時間は幸せだと、彼女に出会えた幸福に感謝しつつ、しばしひとりさんの演奏に耳を傾けました。
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幸せな時間というものはあっという間に過ぎていくものです。ひとりさんの演奏を聞いたあとギターやロックについてもいろいろを教えてもらいました。
好きな趣味の話だからか、いままでよりもひとりさんが饒舌で、また新しい一面を見れて嬉しかったです。
「それでは、ひとりさん。今日は長々と、ありがとうございました」
「あっ、いえ、大したお構いも出来なくて……えと……と、ととと、とととと、友達を家に招くなんて、初めてだったので……」
「私は、ひとりさんのおかげで、今日という一日をとても楽しく過ごすことができました。名残惜しいですが、今日はこれで失礼させていただきます。またロイン等で連絡いたしますね」
「あっ、はい」
そろそろ夕方に差し掛かる時間となり、これ以上お邪魔するのもご迷惑なので帰ることにしました。玄関まで見送りに来てくださったひとりさんと言葉を交わしていると、名残惜しいという気持ちが強くなりますが……ここは我慢です。
「それでは、ひとりさん、また明日」
「あっ、はい……また……明日?」
「失礼します」
「あっ、ちょっ、まっ……」
明日も休日ですし、また朝から遊びに来させていただくことにしましょう。ロインも交換しましたので、今度はひとりさんが起床しているかを確認することも可能です。
休日なので、明日もご家族はご在宅でしょうし、またなにかしら手土産を……今度は、日持ちする焼き菓子がよいですね。じいやに手配しておいてもらえるように連絡しておきましょう。
それにしても、好きな相手ができるとこれほどまでに日々が楽しくなるのですね。明日が待ち遠しいです。
時花有紗:猛将。もう当たり前のようにひとりの両親を義父、義母と呼んでいる鬼つよメンタル。躊躇とか、そういうのは……ないです。