ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

30 / 211
十六手躊躇の申し込み~sideA~

 

 

 2学期も始まり秋が近くなってきましたが、まだまだ気温は高く夏の気候がしばらく続きそうな日。私は現在STARRYに向かっていました。

 STARRYに向かっている理由としては、放課後に喜多さんからロインを貰ったからでした。

 

『後藤さんが文化祭ライブに結束バンドで出たいみたいだけど、勇気が出なくて迷ってるみたいで、出来れば話を聞いてあげてくれないかな?』

 

 といった内容でした。喜多さんは今日は予定があるらしくSTARRYにはいかないそうですが、ひとりさんの様子を心配してくださっている感じでした。

 もうそれなりに通い慣れた道を歩いてSTARRYに到着し、開店前の店内に入ると皆さんが集まって話をしているみたいでした。

 

「こんにちは、皆さん」

「あっ、有紗ちゃん!」

 

 私が挨拶をすると、ひとりさんがこちらを見て少し表情を明るくしました。しかし、瞳の奥には不安と迷いが見えます……確かに、喜多さんの言う通り悩んでいるような雰囲気がありますね。

 

「あれ? 有紗ちゃん、どうしたの?」

「えっと、喜多さんからロインを貰いまして、ひとりさんが悩んでいるみたいなので相談に乗ってあげて欲しいと……」

「きっ、喜多さんが?」

 

 虹夏さんの質問に答えると、どうやらひとりさんも喜多さんが私にロインを送った要因には心当たりがある様子でした。

 

「ちょうどいまその話をしてたところ」

「たしか、文化祭のライブに出るという話でしたっけ?」

 

 リョウさんから話を聞くに、どうも訪れたタイミングが丁度よかったみたいで皆さんが集まって話していたのは文化祭のライブについてだったようです。

 虹夏さんやリョウさんは乗り気で、喜多さんもロインの様子を見る限り参加したいと考えているみたいですが、ひとりさんは最後の決心がつかないという感じみたいです。

 

「なるほど……ひとりさんの気持ちはよく分かります。普段のライブハウスとは違って、学校のステージとなるとやはり緊張しますね。失敗してしまったら、これからの高校生活で肩身の狭い思いをするのではないかとか、いろいろ考えてしまうでしょう」

「……あっ、はい。正直、そうなったら卒業まで耐えられる気がしないですし……こっ、これまでのライブだって、緊張してガチガチだったのに、文化祭ステージなんて……」

「……でも、出たいという気持ちもある。ですよね?」

「……はい」

 

 チラリとひとりさんの手元を見てみれば、そこには文化祭ステージの申込用紙が握られており、口ではいろいろ言いつつも出ることを諦め切れてはいないという印象でした。

 ただ、現時点では出たいという気持ちより失敗したらという恐怖の方が勝ってしまっており、それが原因であと一歩を踏み出せないという感じですね。

 

「あくまで私の考えではありますが……後悔もそうですが、心の中にある願いから目を背けるのが一番辛い結果になるのではないかと思います」

「ねっ、願いから……目を背ける……」

「己を納得させるための言い訳ならいくらでも浮かぶと思います。今年にこだわる必要はない、来年にもっと実力を付けてからの参加でもいいなど、出ない理由なんていくらでも見つけられるでしょう。ですが、きっと出たかったという思いは、ずっと心の中で燻り続けてしまうのではないでしょうか?」

「そっ、それは……確かに……そうかもしれませんが、でも……」

 

 ひとりさんは中学時代にバンド活動をしたくても出来なく、人一倍動かなかったことに対する後悔などには覚えがあるのでしょう。私の告げた言葉にも、思い当たるものがあるのか悩むような表情を浮かべていました。

 ですが、やはりなかなか踏ん切りは付かない様子。ひとりさんは、自己肯定が低めとでも言うべきか、少し己に自信がないという部分があります。

 でも、逆に誰かのためなら勇気を出して頑張れるという強い心も持ち合わせている方です。

 

「……なので、いまから私はとてもズルいことを言います」

「え? ずっ、ズルいこと、ですか?」

「はい。とってもズルいことです……ひとりさん、私はひとりさんと結束バンドの皆さんが文化祭のステージで演奏するのを見てみたいです。なので、ひとりさんが怖がっているのも分かった上で、私の欲望を優先してお願いしてしまいます……ひとりさん、私のワガママを……叶えてくれませんか?」

 

 微笑みながら告げた私の言葉を聞いて、ひとりさんは大きく目を見開いたあとで……小さく笑みを浮かべて苦笑しました。

 

「……ほっ、本当に、凄くズルいです。あっ、有紗ちゃんにはいつもいっぱい助けてもらってますし、お世話になってますし……そんな風にお願いされたら、断れないです」

「はい。私はこう見えてとてもズルい女なので、嫌がるひとりさんに無理やりワガママを聞いてもらおうとしています。私の為に、頑張ってくれませんか?」

「……はい。有紗ちゃんの願いなら、叶えてあげたいですし……がっ、頑張ってみます」

 

 そう言って答えるひとりさんの目には、先ほどまでの怯えではなく小さくとも力強い光が宿っており、これならばたぶん大丈夫だと、そう感じられる雰囲気がありました。

 

「う~ん、このぼっちちゃんに対する特攻具合だよ」

「さすが、未来の妻」

 

 

****

 

 

 せっかくSTARRYに来たので、そのまま帰るというのももったいなかったので、当日券を購入してライブと……ひとりさんのアルバイト風景を見学していくことにしました。

 いえ、もちろんライブハウスなので音楽を楽しむという目的はあります。ひとりさんのアルバイト風景を見たいという気持ちは98%ぐらいです。

 

「……働いているひとりさんは、カッコいいですね」

「あっ、え、えへへ……そそ、そうですかね? やっ、やっぱり、ある程度バイトしてきたから、様になってますかね?」

「はい。スタッフとしての風格がありますね」

「うっ、うへへへ……」

 

 ドリンクスタッフとして働いているひとりさんは、普段とはまた違った雰囲気でとても素敵でした。幸い今日は平日ということもあってそこまで極端にライブハウスが混雑しているわけでは無いので、こうしてひとりさんと雑談する余裕もあって素晴らしいです。

 

「……実際に、マジで普段よりテキパキ動いてるんだよなぁ」

「有紗ちゃん効果だね。ぼっちちゃん、有紗ちゃんが居る時は精神面がかなり安定してるしね」

 

 いっそ私もひとりさんと一緒にアルバイトをしたいという気持ちすらありますが……さすがに、習い事などもあるので、アルバイトまで始めてしまうと時間が厳しくなってしまいます。

 その結果、ひとりさんとふたりで過ごす時間が減ってしまっては本末転倒なので、一緒にアルバイトというのは諦めましょう……忙しい日にヘルプとしてとかなら、可能性は……いや、ですが、忙しくてはひとりさんと過ごす時間も減りますし、ままならないものですね。

 

「オレンジジュースください」

「あっ、は、はい……どっ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ひとりさん自身から聞いた話では、接客が苦手ということではありましたが、確かに笑顔こそ若干ぎこちなさはありますが、しっかりと接客できている様に感じられました。

 

「ひとりさんが自分で言うよりずっと、ちゃんと接客できてると思いますよ」

「えへへ……」

 

 可愛らしいひとりさんの笑顔を見て、一緒にライブを楽しむ……さらに閉店を待てば、バイトが終わったひとりさんと一緒に駅まで歩くこともできるというのは、本当に私に得ばかりです。

 時間に余裕がある日には、今日のようにSTARRYでライブとひとりさんを鑑賞するのもいいかもしれませんね。

 

「……有紗ちゃんマジでちょくちょく来てくれねぇかな」

「居ると、ぼっちちゃんの安定感が違うよねぇ~」

 

 

****

 

 

 STARRYの閉店時間となり、後片付けを少し手伝ったあとでひとりさんと並んで駅に向かって歩きます。

 

「まだ日中は暑いですけど、夜は少し涼しくなってきましたね」

「あっ、そうですね。なんだかんだで秋が近くなってきてるのかもしれませんね」

 

 他愛のない会話をしつつ穏やかに歩いていると、ひとりさんがチラチラとこちらの様子をうかがうような仕草をしていました。

 なにか言いたいけど言い出せないような、そんな空気を感じたのでひとりさんの方を向いて微笑みます。

 

「どうしました?」

「あっ、えっと……はい。有紗ちゃん、今日はその、ありがとうございました」

 

 そのお礼の言葉がなにに対してなのかは、考えるまでもなく分かります。ですが、まぁ、ここは少しとぼけてみることにします。

 

「はて? なんのことですか? 今日は、私のワガママをひとりさんに聞いてもらっただけですよ」

「……きょっ、今日の有紗ちゃんは、やっぱりちょっとズルくて……凄く優しいです」

「全部分かった上で、私の願いを聞いてくれるひとりさんも、十分優しいですよ」

 

 私の言葉がひとりさんの文化祭ステージ参加を後押しするためにワザとひとりさんが断りにくい言い方をしたというのは、ひとりさんも気付いているのでしょう。

 その上で私の思惑に乗っかってくれるのは、間違いなくひとりさんの優しさでしょう。

 

「あっ、あの……有紗ちゃん」

「はい?」

「ひとつ、お願いしても、いいですか?」

「はい。なんでしょうか?」

 

 歩きながら少しだけ遠慮気味に尋ねてくるひとりさんに、微笑みながら聞き返します。そもそも私の中にひとりさんのお願いを聞かないという選択肢は無いのです。

 

「……あっ、えっと……頑張れって、言ってくれませんか? 有紗ちゃんに応援してもらえると、その、勇気ができるので……」

「……ひとりさん、文化祭のステージ楽しみにしています。頑張ってください」

「……はい!」

 

 私の言葉にひとりさんは表情を明るくして頷いてくれました。どうやら迷いは振り切れた様子ですし、文化祭のステージが楽しみですね。

 ひとりさんを駅で見送った後、私は喜多さんにことの経緯をロインで伝えておきました。

 

 そして翌日、ひとりさんから無事に文化祭のステージの申し込みを出すことができたと報告が届きました。申し込んだのは文化祭2日目のステージということなので、10月2日に行われるみたいです。

 いまから本当に楽しみですね。今回もひとりさんにとって、いい結果となってくれればなによりです。

 

 

 

 




時花有紗:ぼっちちゃんにとっての精神的支えとなっており、今回も見事ぼっちちゃんの背中を押した。

後藤ひとり:ぼっちちゃん。原作とは違い、有紗という精神的な支えがあるので、申込書用紙を捨てずにSTARRYに持って来ていたし、最終的には自分で申し込みを行った。

喜多郁代:今回のMVP。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。