ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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十七手招待の新宿ライブ~sideA~

 

 

 9月の半ば、文化祭ライブへの参加を決めたひとりさんは結束バンドのメンバーの皆さんと練習に励んでおり、今日も練習日です。

 私もSTARRYにお邪魔させていただいて、練習を見学する予定で足を運びました。練習スタジオに入ると皆さんは既に集まってはいましたが、各々楽器のチューニングや調整をしておりまだ通しで練習するまでは時間がありそうでした。

 

「こんにちは」

「あっ、有紗ちゃん……こんにちは」

「いらっしゃい、有紗ちゃん。もうちょっとしたら新曲の練習する予定だよ」

 

 残念ながら現状では私がサポートスタッフとして手伝う必要があるような状況は無く、物販のポップ作り等を手伝う程度ですが、こうして訪れると快く迎えてくださるので皆さんとはいい関係が築けていると感じます。

 するとリョウさんがチラリと私が手に持っていた紙袋を見て目を輝かせました。

 

「有紗、それ、差し入れ? 食べ物?」

「……こら、リョウ」

 

 なぜかリョウさんはそれなりの頻度でお腹を空かせており、差し入れを持ってくるととても喜びます。今回もそれを期待していたようですが、残念ながら期待している品ではありません。

 呆れたような虹夏さんのツッコミに、思わず苦笑しつつ私は紙袋をリョウさんに差し出します。

 

「残念ながら、この袋の中身は食べ物ではありませんよ。まぁ、リョウさんに渡すものではありますが……」

「うん?」

「数日早いですが、誕生日おめでとうございます」

「……おっ、おぉぉ……ま、まさかのサプライズ。ありがとう、有紗」

 

 そう、この紙袋の中身はリョウさんへの誕生日プレゼントです。リョウさんの誕生日は9月18日。少し早くはありますが、会えたタイミングで渡しておこうと思って持ってきました。

 こういう記念事は大事ですしね。ちなみに虹夏さんは5月29日、喜多さんは4月21日ですが、残念ながら私が結束バンドの皆さんと知り合ったのは夏なので、既に過ぎていましたのでおふたりには来年ですね。

 なお、最重要であるひとりさんの誕生日は2月21日です。極めて重要な日なので、時間的猶予があるのはありがたいですね。万全の備えをして臨みたいと考えています。

 

「よかったじゃん、リョウ。あっ、私は当日会うしその時に渡すから」

 

 余談ではありますが、ひとりさんもリョウさんへのプレゼントは用意しています。少し前に相談を受けてアドバイスをしたので、誕生日前日にバイトであった際に渡す予定だそうですが、ここで私が言ってしまうのは野暮なので黙っています。

 

「……中身、気になりますね」

「……たっ、確かに……サイズはあまり大きくないですが、だからこそ逆に凄そうな気が……有紗ちゃんですし……」

 

 中身が気になるというのは人の性とでも言うべきか、喜多さんとひとりさんも興味深そうに視線を向けており、その視線の先でリョウさんは渡した袋の中からプレゼントの入った箱を取り出しました。

 

「……小さめの箱? あんまり重くはない。なんだろ?」

「う、うん? 高級感あるカード……リョウの名前が書いてる。なにこれ、凄そう」

「いえ、そんなに大したものでは……それは、この付近にあるホテルビュッフェのフリーパスカードですね。ホテルの場所は地図とQRコードを同封しています」

 

 私がリョウさんの誕生日プレゼントに用意したのは下北沢から近いホテルのビュッフェのフリーパスです。有効期間は3ヶ月で、その間は朝昼夜のビュッフェを好きなタイミングで楽しめます。それこそ仮に朝昼晩三食毎日食べたとしても問題はありません。

 そのことを説明すると、リョウさんは目を丸くしてカードと私を交互に何度も見ました。

 

「……え? じゃあ、これが有れば3ヶ月間ホテルビュッフェ食べ放題?」

「はい。ちなみに、虹夏さんやご両親などと一緒に行きたい場合もあるかもしれないと思いまして、同行者を2名まで連れていけるパスになっています。リョウさんはよくお腹を空かせているようですし、こういったものがいいかと思いまして……」

「……有紗、愛してる」

 

 私の説明を聞いたリョウさんは感極まったような表情を浮かべてくれました。喜んでいただけたようで、よかったです。

 

「……3人まで使えて、3ヶ月ホテルビュッフェ食べ放題のフリーパス? あ、あれ、絶対10万とか余裕で越えてるよね?」

「……さ、流石、時花さん……凄すぎますね」

「なっ、なんというか、安定の有紗ちゃんです」

 

 リョウさんに誕生日プレゼントを渡すという用件も終わり視線を動かすと、ひとりさんたちがこちらを驚き半分、呆れ半分といった表情で見ていたので、軽く微笑んでから重要なことを伝えておきます。

 

「ああ、もちろんひとりさんの誕生日には、万全の準備をして臨みますので、楽しみにしておいてくださいね」

「……ぼっちちゃん、ヤバいよ。たぶん、ぼっちちゃんの時は本気出してくるよ」

「あっ、あわわわわ……あっ、有紗ちゃん……その、きっ、気持ちは嬉しいですけど……ほ、ほどほどでお願いします。本当に、心から……」

 

 

****

 

 

 結束バンドの皆さんの練習をしばし見学し、練習が終わった後は片づけを手伝いました。今日はSTARRYは休みなので時間は十分にあるのですが、根を詰め過ぎても意味がないです。

 STARRYの店内に移動して、テーブルをお借りして当日のセトリ、曲目などのセットリストを考えようとしたタイミングで、突然きくりさんがやってきました。

 

「やっほ~遊びにきたよぉ」

「そうか、帰れ……いや、消えろ」

 

 例によって酔っぱらっているきくりさんを星歌さんが一蹴すると、きくりさんは虹夏さんに近付いてしがみつきながら口を開きました。

 

「ちょっとぉ、君のお姉ちゃんツン激しすぎない? 妹ちゃんは私がここに来ると楽しいよねぇ」

「帰ってください。私たちも暇じゃないんです」

「先輩に負けず劣らずの目をするようになったねぇ……」

 

 聞いた話だときくりさんは日頃からちょくちょく虹夏さんと星歌さんの家にも寄ってシャワーを借りたりしているらしく、さすがの虹夏さんも感情の籠っていない冷たい目で一蹴していました。

 するときくりさんは、気まずそうにキョロキョロと視線を動かしたあとで、私の方に駆け寄ってきてしがみついてきました。

 

「有紗ちゃぁぁぁん、皆が冷たいよ」

「そうですね。やはり常にお酒を飲んでいるとだらしない印象を与えてしまいますし、飲酒量を控えることから始めてみませんか?」

「……有紗ちゃんはさ、凄く優しくて私を邪険にはしないけど、隙あらば私のおにころを没収しようとするのがなぁ……」

 

 しがみついてきたきくりさんの頭を軽く撫でつつ、手に持っていた酒瓶を取り上げて机の端に置きます。だらしない大人の見本のような方なので困ったものではあります。まぁ、それだけの方ではないというのは分かりますが、流石にもう少し控えるべきでしょう。

 

「それで、いったいなにしに来たんだ? 今日はうちは休みだぞ」

「ぼっちちゃんたちが居るかな~って……有紗ちゃんも居たのは丁度良かったなぁ。えっと、たしかここに……」

 

 星歌さんの言葉に応えたあと、ジャケットの内ポッケからチケットらしきものを取り出し私とひとりさんに差し出してきました。

 

「これね、今日の私のライブチケット……前にふたりにはお世話になったからね。いつか招待しようと思ってたんだよ~」

「えっ、あっ、ありがとうございます」

「ありがとうございます、きくりさん」

 

 お礼を言ってチケットを受け取りますが……今日のライブ? 音合わせやリハーサルはいいんでしょうか? きくりさんのことなのでサボっている可能性も……。

 

「せっかくだし、君たちにもあげるよ。はい、どーぞ」

「ありがとうございます」

「あっ、お金」

「ですよね、チケット代を……」

 

 きくりさんは私たち5人全員を招待してくれるみたいで、虹夏さんたちにもチケットを差し出して言いました。リョウさんは素直に受け取ったのですが、虹夏さんと喜多さんは申し訳なさそうな表情で財布を取り出しチケット代を支払おうとしましたが、きくりさんは笑顔で首を横に振ります。

 

「いいよ、いいよ。あげるあげる」

「いや、でも……」

「無理しないでください」

「……え? 君ら、私のこと女子高生に押し売りするような貧乏バンドマンだとか思ってんの?」

「……違うんですか?」

「くそー! ぼっちちゃんは違うよね? そんなこと思ってないよね?」

 

 虹夏さんと喜多さんに哀れむような視線を向けられ、きくりさんは叫んだあとでひとりさんの方を向いてフォローを求めました。

 ひとりさんは急に話を振られてビクッと体を動かしたあと、考えるような表情を浮かべて口を開きます。

 

「……あっ、えっと……前に有紗ちゃんに、ご飯奢ってもらってました」

「お前……女子高生にまでたかったのか……人として終わってるぞ」

「誤解ですよ、先輩! ぼっちちゃんもあの場に居たから分かると思うけど、アレは無理!! だって、いまだから言うけどさ、私あの時コンビニでお金降ろしてたんだよ。女子高生の外食なんてファミレスか、いっても回転寿司くらいだと思ってたから、今日のお礼だよとかいって奢ろうと思ってたんだよ! ……でもあれは、無理なやつだから……」

 

 きくりさんが言っているのは以前の寿司屋での一件のことです。なるほど、どうやらきくりさんはあの時に私たちにお礼としてご馳走してくれる気でいましたが、予算の都合でそれが出来ず今回のライブの招待に切り替えたということなのでしょうね。

 

「まっ、まぁ、確かに……アレは無理です」

「だよね! 無理だよね!!」

「……そんなに凄かったのか?」

「だって3人で食べて二桁万円ですよ!?」

「……そうか、すまん。さっきの言葉は取り消す」

 

 ……実はあの時の寿司屋での会計の大部分は、きくりさんが飲んだ日本酒の代金なのですが……まぁ、それをわざわざ口にする必要もありませんね。

 

「……話それちゃったけど、私はこう見えてインディーズでは結構人気なバンドで、チケットノルマなんて余裕だし、物販でもかなり稼いでるから、気にしなくて大丈夫だよ」

「……ならなんで風呂無しアパートに住んで安酒飲んでるんだよ」

「……いっつも泥酔状態でライブするから、壁とか機材ぶっ壊して全部その弁償に消えるから……かな?」

「自業自得じゃねぇか……」

 

 気まずそうに目線を逸らすきくりさんに、星歌さんが呆れた表情で突っ込みます。ああ、だから、よく虹夏さんたちの家でシャワーを借りてるんですね。

 そんなふたりのやり取りを見ていると、ふとリョウさんがなにかを思い出した様子で財布からお金を取り出してひとりさんに差し出しました。

 

「忘れてた。ぼっち、借りてたお金」

「え? あっ、はい」

「……え? ぼっちちゃん、リョウにお金貸してたの?」

「あっ、えっと、はい……6月ぐらいに」

「返すの遅っ!? い、いや、でも、ちゃんと返すだけリョウにしてみればマシかな?」

 

 どうやらひとりさんはリョウさんにお金を貸していたようで、その返済だったみたいです。なぜこのタイミングという疑問はありますが、リョウさんが唐突なのはいつものことではありますね。

 ひとりさんは若干怪訝そうな顔で、何度かお金とリョウさんを交互に見てから口を開きました。

 

「……あっ、でも、なんで急に?」

「借りたお金は返す。当たり前のこと」

「いっ、いままで返してくれてなかったのに?」

「……うん。まぁ、その……江の島に行った日の夜に、怖い夢を見たから……うん。早めに返そうと思ってた。本当に!」

「あっ、はい」

 

 よくは分かりませんが、リョウさんはチラチラと青ざめた顔で私の方を見ていたのが印象的でした。

 

 

 




時花有紗:結束バンドとは良好な関係。ひとりの誕生日に関してはもうすでにいろいろ考えており、万全の準備で臨むつもりである。

後藤ひとり:有紗が来ると明らかに嬉しそう。有紗が来ると真っ先に反応する。誕生日に関しては、本当にほどほどでお願いしたいと心から思っている。

山田リョウ:当分飢えることは無さそう。江の島に行った日の夜に「お金を返していないことがバレて、有紗が怒る夢」を見たため、ぼっちちゃんにお金を返そうと思っていた。それでも2週間ほどかかるのはYAMADAクオリティである。

廣井きくり:この作中では、マジでぼっちちゃんにお金を借りたりはしていないので、クズ度は控えめな気がしないでもないが、やはりだめな大人。下北沢の大天使にまで絶対零度の目を向けられてる。有紗に縋りつけば優しく対応してくれるが、隙を見ておにころを取り上げられるので、リスクがあると言えばある。
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