きくりの招待を受けて、きくりのバンドがホームとしている新宿FOLTを目指して移動する。当然ではあるが新宿が拠点であるきくりのバンドのホームであるライブハウスもその名の通り新宿にある。
となれば、電車で移動すれば必然的に新宿駅を経由することになる。一日当たりの乗降客数は70万人を超え、各私鉄の乗降人数も合わせると1日当たりの利用者数で世界一とも言われる新宿駅を……。
そうなると当然ながら通い慣れた下北沢でさえ、人の多い日にはビクビクしているひとりがどうなるかなど考えるまでも無かった。
「……あれ? ぼっちちゃん消えてない? どこ行ったの?」
「ああ、ぼっちちゃんならそこ……有紗ちゃんの背後に居ますよ」
きくりが唐突に姿が見えなくなったひとりを探していると、虹夏がひとりの場所を教える。そう、ひとりは新宿駅について早々に有紗の背後に張り付いて、正面からは見えないほどピッタリと隠れてしまっていた。
ひとりにとっていまこの状況で一番安心できる場所は有紗の傍なので、有紗の元に隠れるのは当然の帰結である。
「……あっ、有紗ちゃん、は、離れないでくださいね。そそ、傍に居てくださいね」
「大丈夫ですよ、ひとりさん。私が付いていますからね」
なお、あくまで新宿駅で降りて改札を経由してライブハウスに向かうだけである。もちろんそれだけでもひとりにとっては決死の大冒険であるのは間違いないのだが、幸い有紗が居るおかげで逃げ帰ったりするような状態にはならなかった。
仮にふたりきりであれば、有紗に手を繋いでもらっていただろうが、現在は他の結束バンドのメンバーやきくりも居るためその選択肢は選べない。
……まぁ、背中に張り付くのと手を繋ぐことのどちらが恥ずかしいかは、判断が難しいところではあるが……。
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きくりの案内で新宿の街を歩き、彼女が拠点とするFOLTに到着した。STARRY以外のライブハウスに来た経験がない喜多とひとりは、やや緊張した様子ではあったが、それでも同じライブハウスということで緊張はそこまででは無かった。
(ちょっと怖いけど、意外と大丈夫かも……ライブハウスはどこも一緒だ)
そんな風に考えていたひとりだったが、ライブハウスに居た……きくりと同様にFOLTを拠点とするであろうバンドのメンバーと目が合うと……閃光のようなスピードで有紗の背後に隠れた。
「あっ、ああ、有紗ちゃん……たた、助けて……」
「大丈夫です。別に怒ってたりするわけではありませんよ。普段見慣れない私たちが来たので、気になって視線を向けてきただけですよ」
「そうそう、ああいう人たちも話せばいい人だから、怖くないよ」
特に雰囲気に怯えた様子もない有紗が穏やかに微笑み、虹夏も怖がるひとりにフォローを入れる。
「銀ちゃん、おはよ~」
「あぁ?」
それはたまたまの偶然ではあった。きくりがFOLTの店長である吉田銀次郎に声をかけた際に、銀次郎が振り返った視線の先に虹夏たちが居たというだけだ。
しかし、薄暗い店内で強面の男性に睨みつけるような角度で視線を向けられたことにより、虹夏はビクッと怯えて目に涙を浮かべた。
「おっ、お姉ちゃんに会いたい……」
「ついに伊地知先輩まで!?」
ただ、有紗はそんな銀次郎の視線にも特に怯んだ様子もなく、微笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。
「初めまして、開店前に申し訳ありません。時花有紗と申します。今回はきくりさんの招待でお邪魔させていただきました」
丁寧に挨拶をする有紗を見て怪訝そうな表情を浮かべていた銀次郎は一転して笑顔を浮かべる。
「あら~! ゲストの子たちなのね。私、ここの店長の吉田銀次郎37歳でーす。好きなジャンルはパンクロックよ~」
強面といえる見た目からは想像もできないほど高い声で告げられた自己紹介に、有紗以外が見た目とのギャップに混乱した表情を浮かべると、きくりが期待通りの反応だったと言わんばかりに笑みを浮かべながら説明する。
「見た目とのギャップが凄いでしょ? 見た目は怖そうだけど、安心して~銀ちゃんは心が乙女なただのおっさんだからね……ていうか、有紗ちゃんは全然銀ちゃんに驚いてないね」
「優しそうな方に見えますよ。改めて、よろしくお願いします」
「あらっ、まぁ、びっくり……天使みたいに可愛い子ね。キラッキラに輝いてるみたいだわ」
有紗が改めて挨拶すると、銀次郎は有紗のあまりにも整った容姿に驚いたような表情を浮かべる。彼は化粧や美容にも明るく、自身もかなり気を使っていることもあり、ノーメイクでとてつもない美貌の有紗に驚いている様子だった。
「ありがとうございます。店長さんもとても素敵ですよ。特に髪の艶などが素晴らしいです。かなり気を使って手入れされているのではないでしょうか?」
「あら? わかる? 髪のキューティクルは、ちょっとした自慢なのよね~」
「はい。かなり細かに手入れしなければ、その艶色は出せないかと……とてもお綺麗ですよ」
「あらやだ、この子凄くいい子じゃない! ドリンクサービスしちゃうから、今日は楽しんでいってね~」
「ありがとうございます」
「……いや、有紗ちゃんはビビんないだろうなぁとは思ってたけど、コミュ力凄いなぁ……銀ちゃん、ニッコニコじゃん」
有紗が持ち前のコミュ力で銀次郎と楽しげに話していると、きくりのバンドであるSICK HACKのメンバーである岩下志麻と清水イライザがやってきた。
「おい、廣井。遅刻するなっていつも言ってるよな」
「もうリハ、終わっちゃったヨ!」
「ごめ~ん。まぁ、どうにかなるっしょ~」
至極当然の文句を言うふたりにきくりは緩く謝罪する。その態度に呆れたような表情を浮かべたあと、志麻はふと有紗の方に視線を向けた。
「ああ、有紗ちゃん、来てたんだ。廣井がいつも迷惑かけて悪いね」
「こんにちは、志麻さん。以前はありがとうございました」
「あれぇ? 志麻と有紗ちゃんって知り合いなのぉ?」
「……いや、お前が私に機材やキーボードを運ばせたんだろうが」
「あっ、そうだったそうだった!」
志麻は以前有紗がひとりときくりと三人で路上ライブを行った際に、必要な機材やキーボードを運んできた人物であり、その際に有紗に簡単にキーボードの使い方を指導したため交流があった。
その後、志麻とイライザは結束バンドの面々に挨拶をしてからきくりと共にライブの準備のために控室に移動していった。
人気バンドであるSICK HACKは集客力も凄まじく、数百という規模の人たちがライブハウスに集まってくる中、有紗と結束バンドのメンバーはドリンクを手に話をしていた。
「リョウ先輩、SICK HACKってどんなバンドなんですか?」
「ジャンルはサイケデリック・ロック。1960年代に流行したジャンルで……」
「先輩ってこんな流暢に喋れたんですね!?」
元々SICK HACKのファンであり、ジャンルとしてもサイケが好きなリョウは喜多の質問に目を輝かせて熱く語り始めた。
「いまはややマイナーなジャンルですが、根強い人気がありますね。メジャーで言うと、プラネット・ポイズンなどがサイケデリックで活躍していますね」
「……そこで、すぐにプラポイが出てくるとは……有紗、もしかしてかなり語れる?」
「ロックに関しては一通り勉強しましたので、浅くはありますがサイケデリックも勉強しました」
「今度、ゆっくり話そう。アルバムとかの話したい」
「そうですね。機会があれば是非」
そんな話をしているうちに準備が整ったようでSICK HACKのライブが間もなく開始されるという状態になった。
「楽しみですね」
「あっ、はい。お姉さんが上手いのは、前に路上ライブした時から分かってましたけど、実際の演奏を聴くのは初めてなので、楽しみです」
「人がかなり多いですが、大丈夫ですか?」
「……そっ、傍に居てくださいね? 勝手に居なくなっちゃ、嫌ですよ」
「ええ、大丈夫です。ちゃんと傍に居ますよ」
有紗とひとりがそんなやりとりをしていると、準備が整ったようでSICK HACKのライブがスタートした。
サイケデリックは独特かつ特殊で演奏には比較的変拍子が多いジャンルだ。だからこそ、演者の技量が他のジャンル以上に音楽の質に影響する。
SICK HACKのライブはまさに圧巻の一言だった。それぞれがインディーズでもトップレベルの技術を持つ演者たちであり、それを廣井きくりというバンドの中心人物がまとめ上げる。
観客たちもステージに釘付けとなり、音楽を通して数百人という人々が一体となっているかのような感覚に、ひとりは目を輝かせてステージを見ていた。
(お姉さん、キラキラしてる……やっぱり、バンドって、最高にカッコいいなぁ)
普段はだらしない大人に見えるきくりがキラキラと輝いているようで、ステージに居る間は演者はヒーローであると実感できるかのようなその姿を、憧れの籠った目で見続けていた。
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演奏が終わった後は有紗と結束バンドのメンバーはSICK HACKの控室に招待され、そこで会話をしていた。
虹夏、リョウ、喜多の3人が志麻と話しており、英語が堪能で海外旅行の経験も豊富な有紗もイライザと英語でイギリスについての話で盛り上がっていた。
その光景を座ってぼんやりと見ていたひとりの隣に、タオルで汗を拭きながらきくりが座る。
「ふぅ~いい汗かいたぁ。ぼっちちゃん、私のライブどうだった~?」
「あっ、よかったです。凄く……お姉さんキラキラしてて、カッコよかったです。私とは違って凄いなぁって……」
「ふふ、そっかぁ、ありがとうねぇ~」
ひとりの言葉に楽し気に笑った後、きくりは少し沈黙してから優しく微笑みながらひとりに話しかける。
「……前にさ、有紗ちゃんが私とぼっちちゃんは似てるところがあるって言ってたんだよ」
「え? あっ、有紗ちゃんが、ですか?」
「うん。流石だな~って思ったよ……実はさ、私って高校までは教室の隅でジッとしてるような根暗……いわゆる陰キャだったんだよね」
「……え?」
きくりの言葉に驚きつつも、ひとりはどこか納得できるような気もしていた。漠然とした感覚ではあるが、きくりに対してはシンパシーのようなものを感じる気がしたからだ。
「似たもの同士は惹かれ合うのかもね~なんて、あはは……まぁ、話は戻るけど、そんな感じで高校は根暗に過ごしてたんだけど、ある時自分の将来を想像してみて、普通の人生過ぎてつまんねーって絶望しちゃってさ。真逆の生き方してやろうと思って、ロックを始めたんだよ」
「そっ、そうなんですね」
「うん。楽器屋でベース買うのも、ライブハウス行くのも、最初は凄い怖かったし……酒を飲み始めたのも、初ライブの緊張を誤魔化すためだったしねぇ。まぁ、今ではすっかり生活の一部になっちゃってるわけだけどね~」
そう言って楽し気に笑った後、きくりは優しい声でひとりに話しかける。
「ぼっちちゃん……どんな奴だってさ、勇気さえあればキラキラできるよ。ぼっちちゃん自身は気付いてないかもしれないけどさ、路上ライブの時も箱でのライブの時も、私の目から見たぼっちちゃんは、ちゃんとキラキラしてたよ」
「……お姉さん」
「それにさ、私はぼっちちゃんのこと羨ましいなぁって思ってるしね」
「うっ、羨ましい? お姉さんが、私に対して……ですか?」
突然羨ましいと言われて、ひとりはその理由が分からず首を傾げる、少なくともバンドマンとしてきくりは己より成功しており、過去はどうあれいまはあんなに凄いライブができる人物である。
そんなきくりが己を羨む理由がすぐには思い至らなかった。そんなひとりを見て、小さく苦笑したあと、きくりは天井に視線を向けながら口を開く。
「……どんな奴だって、勇気さえあればキラキラできる。私にはその勇気を得るのに酒の力が必要だった。でも、ぼっちちゃんはそんな必要はなさそうだからね」
「あっ……それって……」
「大事にしなきゃ駄目だよ。勇気が欲しい時に、当たり前のように傍に居て、背中を押してくれる相手なんて欲しいと思っても見つかるようなものじゃないからね」
「……はい。そうですね。本当に、有紗ちゃんに会えてよかったです」
きくりが羨ましいと言っているのが有紗に関してだと分かり、ひとりはどこか噛みしめるように頷く。彼女にとって有紗と巡り合えたことは間違いなく奇跡であり、運命の巡り合わせに心から感謝している。それほどまでに、ひとりにとって有紗という存在は大きい。
しかし、だからこそ不安に感じる部分もある。
「……あっ、でも、その……考えてみると私って、有紗ちゃんにいろいろ貰ってばかりで、全然なにも返せてないなって……」
「そう? 私は、そんなことないと思うなぁ」
「え? でっ、でも……」
「だって、有紗ちゃん、ぼっちちゃんと一緒に居る時は凄く楽しそうだしね。なにも返せてないなんて絶対ないよ。というか、なんなら有紗ちゃんの方もぼっちちゃんと同じように貰ってばかりだ~って考えてるかもしれないぐらいだよ」
「……そっ、そう……ですかね?」
いつも有紗に助けてもらってばかりで、なにも返せていないと告げるひとりに対し、きくりは優しい声でハッキリとそんなことは無いと返す。
「私はさ、ぼっちちゃんと有紗ちゃんって凄くいいコンビだって思うよ。なんていうのかな~互いに思い合えてるっていうのかな? 当たり前に相手のことを大切だって、相手になにかしてあげたいって思える関係っていいなぁ~って、そう思う……だから、不安にならなくても大丈夫。ぼっちちゃんは、ちゃんと有紗ちゃんにいろいろなものを返せてるよ」
「……あっ、そ、そうですかね? そう、だったら……嬉しい……です」
きくりの言葉を聞いて、ひとりは微かに頬を染めながらはにかむような笑顔を浮かべた。有紗が自分と一緒に居ることで楽しいと感じてくれているのなら、それが心から嬉しいとそう思いながら……。
「……結婚式には呼んでね?」
「なっ、なな、なんでそう言う話になるんですか!? だ、だだ、だから、私と有紗ちゃんは、まだそういう関係じゃなくて……」
「ぼっちちゃん今日一声デカいじゃん。楽しそうでなによりだねぇ~」
「……うっ、うぅ」
「あはは、ごめんごめん。反応が面白くてついね。青春だねぇ……やけ酒したくなってきたよ」
顔を赤くして睨んでくるひとりを見て、楽しげに笑ったあとで謝罪するきくり。それにしばし無言で威嚇するような表情を浮かべていたひとりだったが、少ししてため息とともに表情を戻す。
そして、少し沈黙したあとで……ポツリと呟くように告げる。
「……あっ、あの、お姉さん。今度文化祭でライブをするので……よかったら、見にきてください。今日のお姉さんには及ばないかもしれませんけど、私もキラキラ出来るように……頑張ります」
「そっか……うん。楽しみにしておくよ~」
時花有紗:メンタル鬼つよでコミュ力も激烈に高いので、FLOTでも安定していた。キーボードの基本的な使い方は志麻に教わった。
後藤ひとり:習性として、有紗が近くに居ると有紗の背後に隠れる。ふたりきりなら手を繋いでいた可能性が高い。もうだいぶ有紗のこと好きだろこの子……。
廣井きくり:原作とは違いぼっちちゃんは既に文化祭ステージに出ることを決めているので、違う流れでお姉さん力を見せつけた。
壁:ゆ、許されたぁ……。