ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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十九手伝説の文化祭2日目~sideA~

 

 

 秀華祭2日目、今日はいよいよ結束バンドのステージライブがあります。私は観客としての参加なので、ひとりさんを見に来ていたお義母様やお義父様、ふたりさんに軽く挨拶をしたあとは同じく見学に来ていた星歌さんときくりさんと共に、ステージのすぐ前で結束バンドの番を待ってました。

 

「見て見て有紗ちゃ~ん。今日は奮発してカップ酒なんだよぉ」

「きくりさん、未成年も多い場所なんですから、お酒は控えめに……あと、その空カップを置いて帰っちゃダメですからね」

「ぼっちちゃんたちのためにも、コイツは縛り上げて外に捨てるべきか?」

「ま、まぁ、飲食物の持ち込みが禁止というわけでもないので……」

 

 例によって酔っぱらっているきくりさんは、カップ酒を持ち込みステージの端に空瓶を置いている状態でした。困ったものではありますが、きくりさんらしいと言えばらしいですね。

 そんなことを考えていると幕が上がり、結束バンドの皆さんが登場しました。ひとりさんも緊張している様子でしたが、私の方を見て軽く微笑みを浮かべてくれたので、悪い緊張ではなさそうです。

 余談ですがその際に騒いでいたきくりさんは、現在星歌さんにコブラツイストを極められていました……隣に居ると若干恥ずかしいのですが、ひとりさんに集中することにしましょう。

 

 そして喜多さんのMCの後に結束バンドの演奏がスタートした瞬間……私は心から驚愕して己の耳を疑いました。

 

「これはっ……」

「……有紗ちゃん?」

「……1弦と2弦の音がブレてます」

 

 不思議そうに問いかけてきたきくりさんに答えると、きくりさんは表情を鋭く変え、同様に星歌さんもきくりさんを極めていた手を解いて真剣な表情を浮かべました。

 そして、ふたりとも少しの間結束バンドの演奏を聴いたあとで口を開きます。

 

「……確かに、チューニングが安定してないね」

「ええ、しかもズレているのではなく、一音ごとにブレている感じで……弦がしっかり固定されてないような……」

「だとするとペグの方のトラブルか……不味いな。ぼっちちゃん、予備ギターは持ってないだろ」

 

 ペグはチューニングなどで頻繁に使用する関係上、ギターパーツの中でも比較的故障しやすいパーツではあります。普段であればなんてことはありません。新しいペグを買って取り付ければいいだけ……ですが、ライブ中となればすぐに直せるものではありません。

 ともかくひとりさんに早く気付いてもらわなければと思い、ひとりさんが私の方に視線を向けた際にペグを回すような仕草をしてみると、ひとりさんはハッとした表情を浮かべて演奏の合間にペグに触れて青ざめました。

 

「……伝わったみたいですが、やはりペグが故障しているようですね」

「さすがにどの程度かまではわからないけど……ぼっちちゃんの表情を見る限り、1弦と2弦はほぼ使い物にならないって思った方が良さそうだね」

「……問題はギターソロか」

 

 ひとりさんもペグの故障には気づいた様子ですが、すぐにどうにかできるものではありません。そして、きくりさんと星歌さんが言う通り、問題は2曲目の終盤にあるギターソロ……。

 

「通常の演奏であれば、ひとりさんの技術ならパワーコード主体の演奏に切り替えることも可能でしょうが……」

「ソロは無理だね」

 

 パワーコードは高音弦を使わない奏法で5弦ルートでも4弦ルートでも、1弦と2弦を使わずに演奏できますが……すべての曲に対応できるわけではありません。

 結束バンドが2曲目……ギターソロの場面には対応できない可能性が高いです。

 

 ……ですが、なんでしょう? ひとりさんならそれでもなんとかしてくれると、そんな風に感じる私が居ました。そしてその予感は的中し、1曲目が終わった後のMCの際、虹夏さんが話している間にひとりさんが喜多さんになにかを話しかけ、喜多さんが力強く頷いているのが見えました。

 

 そうして始まった二曲目。ひとりさんはパワーコード主体の演奏に切り替えており、極力1弦と2弦を使用せずに演奏していましたが、いよいよそれだけでは対応できないギターソロが迫る場面となりました。

 しかし、ひとりさんの目に戸惑いはなくチラリと喜多さんを見て頷き合いました。そして本来ならギターソロが始まる場面で、喜多さんがアドリブ演奏で少しの間曲を引き延ばし、その時間を利用してひとりさんはしゃがんで、きくりさんがステージ端に置いていた空の瓶を手に取り、それを利用してギターソロを始めました。

 

「……あれはっ、スライド奏法ですか?」

「ああ、ボトルネック奏法とも呼ばれる演奏だな。けど、この土壇場で咄嗟にやるとは……すげーな、ぼっちちゃん」

「アレならチューニングズレてても関係ないもんね。あれ? これ、私のお手柄?」

 

 酒瓶をスライドバーに見立てて、スライド奏法を行うことで見事機材トラブルに対応して見せたひとりさん。さすがというべきですね。

 それに、ひとりさんが瓶を拾って準備するまでの間、演奏を途切れさせないようにアドリブで繋いだ喜多さんも見事でした。

 3曲目はパワーコードで対応できる曲調なので、これならばもう心配はいらないでしょう。

 

 会場も盛り上がり、2曲目と3曲目の間のMC時間では、ひとりさんにもいくつもの声援が飛んでおり、私まで誇らしくなる気持ちでした。

 すると、喜多さんがボーカル用のマイクを手に取り、笑顔でひとりさんに近付くのが見えました。

 

「ほらっ、ひとりちゃんも一言ぐらいなにか言わなきゃ!」

 

 ……あっ、嫌な予感がします。マイクを差し出されたひとりさんは青ざめた顔に代わり、視線をキョロキョロと動かし始めました。そして……おそらく、酒瓶ときくりさんを見たあとで、なにか閃いたような表情を……嫌な予感がします。とてつもなく嫌な予感が……ひとりさんの位置から考えると……。

 

「すみません! 通してください!!」

「あっ、ちょっ、有紗ちゃん?」

 

 少々強引に人をかき分けて、ひとりさんの正面に移動するのとほぼ同時にギターを置いたひとりさんが、おもむろにステージからダイブして、周囲の人が避けるのが見えました。

 正面から落下してくるひとりさんに対し、私は両手を広げて抱きしめるような形で受け止めます。私は運動神経にはそれなりに自信がある方ですが、流石にステージ上から落下してくるひとりさんを受け止めきるほどの力はありません。

 

 互いに怪我をしないように、受け身の要領で膝をクッションにしつつ、後方に衝撃を殺しながら倒れ込み。私とひとりさんは抱き合った状態で床に倒れるような形となりました。

 多少背中は打ちましたが上手く衝撃を逃がせたので、痛みはほぼ無くパッと見たところひとりさんにも怪我はない様子でした。

 

「……ひとりさん、文化祭ステージでダイブは、無理ですよ」

「あっ、有紗ちゃん!? ごっ、ごめんなさい! だ、だだ、大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか!?」

「大丈夫です。ひとりさんの方こそ、怪我はありませんか?」

「だっ、大丈夫です」

「……それならよかったです」

 

 慌てるひとりさんを胸に抱えるような姿勢のままで、私は軽く微笑みます。本当に突拍子もない行動をとるのは困ったものですが、そういうところもひとりさんらしさといえば、らしさですね。

 そんな風に考えて思わず笑みを溢しながら、ひとりさんに声を掛けます。

 

「ひとりさん、演奏カッコよかったですよ」

「あっ、ありがとうございます……そう言ってもらえて、嬉しいです」

「難所は乗り切りましたしもう大丈夫……と言いたいところですが……問題は、今現在とんでもない注目を集めているところでしょうかね?」

「………………え?」

 

 必然といえば必然ですが、この状況で注目を集めないわけもありません。いま体育館内の視線は全て私とひとりさんに集中していると言っていいでしょう。

 ひとりさんは慌てた様子で顔を上げて周囲を見渡し、己に集中するあまりの視線の多さに青ざめていきます。

 

「……あひゅっ」

「あっ、ちょっ、ひとりさん? あの、この状況で気絶されると私も少々困ってしまうのですが……ひとりさん!?」

 

 あまりの視線の多さに耐え切れなくなったひとりさんが気絶しましたが、そうなると体勢的にひとりさんが私に覆いかぶさる形になり……私も身動きが取れなくなってしまいます。

 困りましたし、文化祭ステージを完全に中断してしまっているのも問題です。

 

「うひゃひゃ、もうっ、ふたりともサイコー! ラブダイブ、最高だったよ!! お熱いねぇ、青春だね~」

「……笑ってないで助けてください。ひとりさんを保健室に運ばなければなりませんし、このままでは、文化祭ステージにも影響が出てしまいますよ」

 

 お腹を抱えて大笑いしながらやって来たきくりさんに呆れつつ、ステージから降りてきた結束バンドの皆さんにも手を貸してもらうことで起き上がり、ひとりさんを保健室に運ぶことになりました。

 注目は集めてしまいましたが……まぁ、本当にひとりさんに怪我がなくてよかったです。

 

 

****

 

 

 喜多さんに場所を教えてもらって保健室にひとりさんを運びベッドに寝かせることができました。

 

「それじゃ、私は先輩たちと片づけをしてくるから、ひとりちゃんのことをよろしくね」

「はい。ありがとうございます……ああ、喜多さん」

「うん?」

「アドリブ演奏、素敵でしたよ。かなり上達されていましたね」

「ありがとう。実は昨日の練習で、ひとりちゃんにも同じことを言ってもらえたんだ……まだ、バッキングだけだけどね」

 

 そう言って嬉しそうでありながら、少し寂し気な微笑みを浮かべたあとで喜多さんはポツリと小さく零すように呟きました。

 

「……私は、ひとりちゃんみたいに人を惹きつけられるような演奏はできない。けど、皆と合わせるのは得意みたいだからね」

 

 バッキングギターはいわゆる伴奏、確かにバンド内においてリードギターほどの存在感は無いかもしれません。同じギターだからこそ、ひとりさんとの技術差を感じているのか、少しだけ表情が曇って見えました。

 

「そうでしょうか? 演奏の中心となって導くばかりが惹きつけるというわけでは無いでしょう。少なくとも、私個人の感想としては、今日の喜多さんの演奏は十分に人を惹きつける魅力があったと思いますよ」

「……時花さん」

「皆と合わせるのが得意というのは、間違いなく喜多さんの長所で強い武器でもあります。きっと貴女は、貴女自身が思っているよりずっと、キラキラとしたカッコいいギタリストですよ」

「……うん!」

 

 私の言葉を聞いた喜多さんは、少し沈黙したあとに彼女らしい飛び切りの笑顔で頷いてくれました。周囲を明るくさせるようなこの笑顔も、喜多さんの魅力のひとつでしょうね。

 

「……とと、それじゃ私は片付けにいくわ」

「ええ、引き留めてすみません」

「ううん。ありがとう……有紗ちゃん!」

 

 そう言ってもう一度明るい笑顔を浮かべたあとで、喜多さんは保健室から去っていきました。なんとなくではありますが、以前より喜多さんと少し仲良くなれたような、そんな気がしました。

 

 

 

 




時花有紗:ひとりの行動を読み切ったおかげで、なんとかひとりが床に激突という事態は避けた。会場中の注目を集めることにはなったが、本人はさして気にしていない。

後藤ひとり:原作とは違い床にぶつかって気絶したのではなく、あまりに注目を集めまくったせいで耐え切れずに気絶した。

喜多郁代:いつの間にかぼっちちゃんを名前呼びしており、今回の一件以降は有紗も名前で呼ぶようになった。

ラブダイブ:状況的に周囲から見ると、ひとりが有紗の胸に飛び込んだようにしか見えなかったのと、愛と青春のオーラが漂っていたため、後に秀華祭の伝統となる。もちろん危険なので規制なども入り、最終的には演奏を終えた演者が、ステージを降りて大衆の前で愛する人を抱きしめ、愛を確かめ合うという伝統として受け継がれた……ひとりは後に青ざめた顔で吐いていた。
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