ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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二十手格差の文化祭終了

 

 

 保健室のベッド脇の椅子に座り、ひとりさんが目覚めるのを待っていると、しばらくして気を失っていたひとりさんが目を覚ましました。

 

「……んっ、あれ? 有紗ちゃん?」

「はい。おはようございます。体調などに問題はありませんか?」

「あっ、はい……大丈夫です。これからの学園生活を思うと胃が痛いですが……」

「うん?」

「あっ、いや、なんでもないです。えっと、すみません。あのあと、どうなりました?」

 

 ひとりさんは意識はしっかりしているようで、自分が気絶する前のこともちゃんと覚えているみたいでした。

 

「ひとりさんが気を失ったあとは、3曲目は中止にした形ですね。ひとりさんが気を失っていたのは1時間ほどで、いまはおそらく最後の教員バンドの方々が演奏しているぐらいの時間です。虹夏さんたちは、ステージ終了の15時30分を待って、片づけをしてからこちらに来るそうです」

「……あっ、そうなんですね。せっかくのライブを台無しにしちゃいましたかね?」

「いえ、それが……過去最高という規模で盛り上がったみたいで、次のバンドが畏縮するほど凄い熱気だったようで、むしろ大成功といっていいかもしれませんよ」

「え? そっ、そうなんですか?」

「ええ、結束バンドに興味を持った方も多そうですし、ライブハウスに足を運んでくれる方も居るかもしれませんね」

 

 ひとりさんを慰めようとして言ってるわけでは無く、実際に物凄い盛り上がりだったみたいです。結束バンドの演奏がよかったこともそうですが、最後のひとりさんのダイブもライブを盛り上げる一種のパフォーマンスとして好意的に受け取られたみたいでした。

 

「ああ、そういえば喜多さんから、ひとりさんが後夜祭に出るかどうかを確認してほしいと言われました」

「あっ、えっと、後夜祭……ですか?」

「ええ、ひとりさんが参加するようなら喜多さんも参加するらしいです。ひとりさんが参加しないのであれば、喜多さんも参加せず、ひとりさんの体調が問題ないのであれば私と結束バンドのメンバーで打ち上げに行かないかと……どうしますか?」

「こっ、後夜祭って、アレですよね? キャンプファイヤーして、フォークダンス踊ってっていう超陽キャ空間……わっ、私には絶対無理です」

 

 昨今はいろいろ厳しいですし、キャンプファイヤーまであるかどうかは分かりませんが、フォークダンスは可能性がありますね。

 まぁ、基本的には文化祭の打ち上げという側面の強い行事ですが、ひとりさんが好むようなものでないのは確かです。

 

「では、結束バンドの皆さんと打ち上げという方向で……しかし、フォークダンスですか、私の学校の文化祭には後夜祭は無いので踊った経験は無いのですが、ひとりさんは……」

「……しょっ、小学校の頃に運動会で強制的に……こんなやつ居たっけみたいな顔されましたけど……」

「なるほど、ひとりさんと踊ってみたいものですが、そもそも私は他校なので後夜祭には出れませんね」

「あっ、そうですね。けど、その、私もちょっと……有紗ちゃんと踊ってみたいって思いは……ありますね」

「では、機会があれば踊りましょうか」

「あっ、はい」

 

 惜しむらくは、そもそもフォークダンスを踊る機会自体がそうそうないことでしょうか……社交ダンスとかではだめでしょうか? 一通りは踊れるのですが……まぁ、私だけ踊れても意味はありませんね。

 そんなことを考えつつ、静かな保健室の中でのんびりと言葉を交わします。

 

「そういえば、ひとりさん。改めて、文化祭のライブ、素敵でしたよ」

「あっ、ありがとうございます。あっ、で、でも、機材トラブル起こしちゃいましたけど……」

「トラブルというのは起こりうるものですよ。問題はそれにどう対応するか……今日のひとりさんのライブで、一番素晴らしかったのはそこだと思っています」

「え? えっ、えっと……ボトルネック奏法、ですか? あっ、アレはたまたまいろんな奏法を練習してたからで……」

「いえ、そうではありません」

 

 たしかに咄嗟にスライド奏法で対応したひとりさんの技術は見事でしたし、星歌さんも賞賛していました。ですが、私が今回のライブで一番素晴らしいと思ったのはそこではありません。

 

「一番素晴らしかったのは、あの場面で喜多さんに……バンドのメンバーに協力を求めたところです」

「……え?」

「ひとりでは困難な時に助けを求めるというのは、簡単なようで難しいものですよ。相手への信頼はもちろんですし、自分の状況を認める度量も必要です。あの2曲目のアドリブからギターソロへの流れは、結束バンドの皆さんが信頼し合い協力し合ったからこそのもので……本当に素晴らしかったですよ」

「……有紗ちゃん」

「ひとりさん、今日は素敵なライブを見せてくれて、ありがとうございました」

「……はぃ……有紗ちゃんがそう言ってくれて……その……うっ、嬉しいです」

 

 誰かを頼るというのは簡単に見えて非常に難しいものです。特に頼るべき時に頼るというのは、なかなかどうして最善と分かっていてもプライドなどが邪魔をしてしまうことも多いでしょう。

 そう言った、仲間を頼れるところもひとりさんの強さであり、魅力なのだと……私はそう思っています。

 

「そういえば、ひとりさん。話は変わりますが、打ち上げはどんなところがいいですか?」

「え? あっ、打ち上げの場所……ですか?」

「ええ、時間的に夕食を兼ねてということになると思いますが、食べたいものなどはありますか? 今回は星歌さんたちは居ないので、居酒屋というわけにはいきませんが……」

 

 星歌さんはドラムなどの機材を持って帰ってくださるそうですし、きくりさんに関しては、私たちの邪魔をしないようにと星歌さんが縛り上げてでも連れ帰ると言っていました。

 虹夏さんたちは片づけがあるので、店に関しては私が探しておくことになっています。いくつか候補は考えているのですが、ひとりさんの意見も聞いておきたいところです。

 

「あっ、えっと、私は……あんまり騒がしくないところとか……そういうところが」

「なるほど、和、洋、中であれば?」

「まっ、迷いますけど……居酒屋を和とするなら、今回は洋とかの方がいいですかね?」

「分かりました。それでは、その方向で手配します」

「……手配? あっ、えっと、有紗ちゃんが打ち上げの店の手配をするんですか? そっ、それ、有紗ちゃんにだけは任せちゃいけないような気が……」

「はい。この辺りですと、いいフレンチの店が……騒がしさに関しては、とりあえず貸し切りに……」

「あっ、や、やっぱり私、焼肉とかが食べたいなぁって、あっ、全然貸し切りとかじゃなくて大丈夫です!!」

「焼肉ですか?」

「あっ、は、はい! やっぱり、打ち上げと言ったら焼肉とかが定番じゃないですかね」

 

 なるほど、確かに焼肉で打ち上げという話はドラマなどで見た覚えもあります。それがひとりさんの要望とあれば、叶えないわけにはいかないでしょう。

 

「しかし、困りましたね。焼肉屋となると……銀座でしたらいくつか店を知っていますが、この付近の店は知りませんね」

「あっ、そ、そうですよね! そういえば、前に『そういう話を聞いたこと』がありましたね。なっ、なので、別にチェーン店とかで大丈夫ですよ!!」

「ふむ、分かりました。少し検索して探してみますね」

「あっ、はい」

 

 私の言葉を聞いたひとりさんはホッと胸を撫でおろしていて、その様子に首を傾げつつ私は焼肉屋を探すためにスマートフォンで検索しました。

 こうしてすぐに近場の店を調べられるのは便利ですね。

 

 

****

 

 

 虹夏さんたちにもロインで打ち上げは焼肉で構わないかと尋ねて了承を貰ったので、検索して見つけたそれなりによさそうな店を予約しました。

 行ったことのない店だったので、当日予約は難しいかとも思いましたが、問題なく予約できたのでよかったです。

 気になるのは保健室にきた虹夏さんたちと話していたひとりさんが、私の予約が終わったという言葉を聞いて「しまった」という感じの表情を浮かべたところですが、あれはなんだったのでしょう?

 

「いや~お店の予約までしてもらってごめんね。思ったより片付けに時間かかって」

「いえ、大丈夫ですよ。徒歩で行ける近場にいい店がありましたので」

「先に言っておく、お金がないから誰か貸して」

「……リョウ先輩、私もさすがに焼肉をふたり分払うほどの余裕は……」

「あっ、それは大丈夫だよ。お姉ちゃんが打ち上げに使えって、お金くれたから安心してくれていいよ」

 

 片づけを終えた皆さんと一緒に予約した焼肉屋に向かって移動します。皆さんライブ後ということもあってテンションは高く楽しげな雰囲気です。

 しかし、ひとりさんだけはなにやら不安そうな表情を浮かべていました。

 

「……ひとりさん?」

「あっ、あの、有紗ちゃん? 確認なんですけど……チェーン店の焼肉屋、ですよね?」

「ああ、いえ、申し訳ありません。私は焼肉のチェーン店にあまり明るくなくて、チェーン店かどうかまでは……ネットで調べてよさそうな雰囲気の店を選びました」

「……そっ、そうなんですか……あっ、あの、価格とか……見ました?」

「ええ、メニュー写真も確認しました。手頃な価格でしたよ」

「……」

 

 私の言葉を聞いたひとりさんは、どんどん青ざめていきなにやら小さな声で「保健室で目を離しちゃ駄目だった」とか「安いじゃなくて手頃って言った……終わった」と呟いています。

 

「ぼっちちゃん、どうしたの?」

「……あっ、虹夏ちゃん……その、覚悟しておいた方がいいと思います」

「え? 覚悟って、なんの?」

「あっ、有紗ちゃんが選んだ店に関して……です」

「……えっと……普通の店を選んだって言ってたんだけど……」

 

 虹夏さんと少し会話をしたあとで、ひとりさんは私の方を向いてなにか考えるような表情を浮かべたあとで、口を開きます。

 

「……あっ、有紗ちゃん、ちょっと質問なんですけど……仮に、ひとり分の食事代が1万円かかる店があったとして、安いと思いますか、高いと思いますか?」

「提供する料理にもよりますが、よくある価格帯ではないでしょうか? 高いか安いかで言うのであれば、安いですね」

『ッ!?』

「……あっ、有紗ちゃん。これから行く焼肉屋の肉の種類って、わ、分かりますか?」

「初めて行く店なので、ブランド名までは分かりかねますが黒毛和牛ですね」

『ッ!?!?』

 

 ひとりさんの質問に答えていると、虹夏さん、喜多さん、リョウさんの表情が驚愕に変わります。それを確認したあとで、ひとりさんは虹夏さんに話しかけました。

 

「……わっ、分かりました?」

「うん。ヤバいことだけは……ご、ごめん完全に私が迂闊だった。どど、どうしよう?」

「当たり前みたいにブランドとか言ってましたよ? 店長さんから貰ったお金じゃ、とても足りないんじゃ……」

「……私に任せて」

「リョウ?」

 

 詳しい会話までは聞こえませんでしたが、なにかを相談するように話したあと、リョウさんがキリッとした表情で私に近付いてきました。

 そしてどこか誇らしげな表情で口を開きます。

 

「有紗、聞いて欲しい」

「はい?」

「私はお金を持ってない!」

「ああ、大丈夫ですよ。いいライブを見せていただいたお礼ということで、今日の打ち上げの代金は私に任せて、好きなだけ召し上がってください」

「有紗、愛してる」

 

 リョウさんは私の言葉に満足そうに頷いたあとで、虹夏さんたちにサムズアップをしました。

 

「いや、グッじゃないよ! ま、待って、有紗ちゃん? ブランド牛の店なんだよね?」

「はい。ですが、高級店というわけでもありませんし、10万は越えない程度の金額だと思いますよ」

「いや、10万円って……そんなお金を有紗ちゃんに支払わせるのは申し訳が……」

「大した金額でもないので、気にしないでください」

「………………え?」

 

 たしかにブランド牛ではありましたが、メニュー写真などの肉の質から推察して5人で食べても6~8万円程度ではないかと思います。

 銀座などよく知る場所であれば、もっと良い肉を扱う店も知っていたのですが……まぁ、短時間で探したのである程度は致し方ない部分もありますね。

 また機会があれば、銀座にある私がたまに行く店にも皆さんを招待したいところですね。

 

「……あっ、虹夏ちゃん。有紗ちゃんにとっての1万円って、私たちにとっての100円ぐらいの感覚です」

「……うん。いま、私は格差社会ってものの残酷さを思い知ったよ。これが、ハイソサエティかぁ……」

 

 

 

 




時花有紗:そもそも最初から打ち上げの代金は自分が出す前提で店を選んでいた。最初に『割り勘で』と伝えておけば、無難な店を選択していた可能性が高い。

後藤ひとり:有紗がぼっちちゃんの思考を読み取れるように、ぼっちちゃんもある程度有紗の考えは予想できる。有紗の言葉に高級レストランを貸しきりにする未来が見えたので、慌てて焼肉に軌道修正を図る。銀座以外の焼肉屋はあまり知らないという話を以前有紗から聞いていたが故の機転ではあったが、その後すぐに虹夏たちが保健室に来たため、気付いた時には店は予約済みだった。おかげで一時的に文化祭の黒歴史を忘れていたが……家に帰ってから思い出して転げまわった。

伊地知虹夏:財力による格差と認識の違いを思い知った。星歌に渡されていたお金は、帰宅後に返却した。
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