ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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二十一手~招請の楽器購入~sideA~

 

 

 文化祭のライブも無事に終わり、今日はひとりさんが新しいギターを買うということでその買い物に同行することになりました。

 ひとりさんからロインで「一緒に来てほしい」と言われたので、実質デートの誘いですね……まぁ、私だけではなく結束バンドの皆さんも一緒なので、少々苦しいかもしれませんが……デートということにしておきましょう。その方が私が嬉しいので……。

 

 さてそのギターの購入ですが、STARRYでのバイトを早めに切り上げて向かうとのことだったので、ロインで聞いた時間に合わせてSTARRYにやってきますと、丁度いい時間だったみたいで皆さんがSTARRYから出てきました。

 

「こんにちは、皆さん」

「あっ、有紗ちゃん……こんにちは」

「有紗ちゃん、丁度いいタイミングだね」

「ええ……ところで、ひとりさんはどうしたのですか? 少し落ち込んでいるような?」

「あ~よく分からないんだけど、お姉ちゃんの欲しいものを聞いて欲しいって言われて、無いって答えてからこんな感じだね」

 

 ひとりさんの様子が気になったので尋ねてみると、虹夏さんも詳しくは分からない様子で不思議そうな表情で返答してくださいました。

 しかし、ひとりさんのことであれば誰よりも知っていると……そろそろ自負してもいいのではないかという思いも多少ある私にとって、それだけの情報で十分でした。

 

「ひとりさん、不意に大きなお金を得ると、人は財布の紐が緩くなってしまうものです。お金は稼ぐよりも、使う方が難しいと言います。衝動的な買い物はあとで後悔することになるので、高い買い物をする際には可能であれば私に相談してくださいね」

「あっ、はい」

「……あと、何かを献上したとしても、星歌さんは普通にプレゼントと認識すると思いますよ?」

「……はい」

 

 なにかを献上したところでアルバイトを辞める云々の話にはならないでしょうし、ひとりさんが切り出せるかといえば……まぁ、無理でしょう。

 そして、アルバイトはなんだかんだでひとりさんのコミュ症を治すのにも有益で、事実としてメイド喫茶の際など少しずつでも効果は出ているので辞めるのは勿体ないと思いますね。

 

「……ねぇ、不思議だよね。普通なら、有紗ちゃんが唐突によく分からないことを言い始めたと思うはずなんだけど、ぼっちちゃん相手だとたぶんなんか真実を読み取った上で話してるとしか思えないんだよね」

「実際そうだと思う。というか、ぼっち……臨時収入あったのか……ふむ」

「ぼっちちゃんにたかったら、有紗ちゃんが怒るよ?」

「……やめとく」

 

 

****

 

 

 音楽の街と呼ばれる御茶ノ水に到着し、立ち並ぶ店を見ながら歩いていると、喜多さんが興味深そうな表情でひとりさんに話しかけます。

 

「ねぇ、ひとりちゃん。なんでこんなに楽器屋さんがあるんだろうね?」

「そ! れ! は!」

 

 すると、喜多さんの質問を聞いたリョウさんがもの凄いスピードで近付いたかと思うと、どこか興奮気味に早口で語り始めました。

 

「明治時代に日本で最も古い歴史を誇るプロオーケストラが結成されてから都内で音楽活動が盛んになってそのころ……」

 

 あまりの早口で語られる大量の情報に、ひとりさんと喜多さんがポカンとした表情を浮かべるのも無理はないでしょう。普段は落ち着いているというかマイペースなリョウさんが、ここまで語るというのは珍しく、音楽が好きというのが伝わってきます。

 ただ、喜多さんに説明するにはあまりにも情報量が多すぎるのが問題ですね。

 

「……つまり、要約するとかつての音楽ブームの際に有名な楽器店があったことで、楽器なら御茶ノ水という認識が生まれて、そういった形で発展してきたということですよ」

「ああ、なるほど……ありがとう、有紗ちゃん」

 

 小声で要約した内容を伝えると、喜多さんは助かったと言いたげな表情でお礼を返してきました。

 するとそのタイミングで虹夏さんが立ち寄る店を決めた様子で、その店に入ろうと提案してきました。ただここで、人見知りなひとりさんは明らかに尻込みしている様子だったので、近づいて安心させるように声を掛けます。

 

「ひとりさん、大丈夫ですよ。私も居ますから、ね?」

「あっ、有紗ちゃん……は、はい。傍に居てくださいね」

「はい」

 

 声をかけるとひとりさんは少し安心したような表情を浮かべて、私の近くに来ました。そして楽器店に入り、ストラップやペグといったアクセサリー系の多い1階から2階へ移動し、多くのギターやベースが並ぶエリアを見ます。

 この店はかなり品揃えがよく、これというのを選ぶのは大変そうですが、なんだかんだでリョウさん、喜多さんだけでなく、ひとりさんも楽しそうにギターを見ている感じでした。

 

 ただその中で唯一、虹夏さんは少し離れた場所で会話に入れず寂しげな雰囲気だったので、近づいて声をかけることにしました。

 

「……ドラムは置いてなくて残念でしたね」

「有紗ちゃん……やっぱドラムは場所とるからね。専門店とかじゃないと中々ねぇ~」

「なるほど、普段ドラム用品はどちらで買われているのですか?」

「秋葉に専門店があって、そこで買うことが多いかな。凄いんだよ、ずら~ってドラムが並んでてね」

「それは壮観でしょうね。一度見て見たいものです」

「じゃ、じゃあ、今度一緒に行こうよ!」

「いいですね。機会があれば、是非」

 

 ドラムの話題を振ると、虹夏さんは表情を明るくして楽し気に話してくれました。そのまま少し話して、虹夏さんの孤独感が解消されて調子が戻って来たと感じたタイミングで、喜多さんが口を開きました。

 

「上にも行っていいですか?」

 

 その喜多さんの提案で、3階に移動すると、そこはハイエンド……高価格帯のギターやベースが並ぶ階でした。

 

「ね、値段がバグってるわ!?」

「あっ、ハ、ハイエンドは、低くても30万以上、高ければ数百万も余裕で……」

「皆、絶対楽器を傷つけたり倒さないように気を付けて! もし、壊しでもしたら……有紗ちゃんに土下座して助けてもらってね!!」

「……そうそう壊れるものではないと思いますが……」

 

 喜多さん、ひとりさん、虹夏さんが焦る中、リョウさんはハイエンドのギターやベースも所持している関係か、それほど動揺した様子もなくハイエンドベースを眺めていました。

 するとそのタイミングで、ふと喜多さんが思い出したように私に声をかけてきました。

 

「そういえば、有紗ちゃんってピアノを弾くんだよね? やっぱり、凄いピアノとか持ってるの?」

「私の使っているピアノは10歳の誕生日にお父様がプレゼントしてくださったもので、スタンウェイ&サンズのD274ですね」

「D274!? あっ、し、失礼しました」

 

 私の言葉が聞こえたのか、近くに居た店員が驚愕の表情を浮かべていました。それを見て、喜多さんはなにかを察したような表情を浮かべます。

 

「……もの凄いピアノってことだけは、よく分かったわ」

 

 スタンウェイ&サンズのD274は世界中のトップピアニストが愛用する最高峰モデルで、価格ですと2500万を越えます。

 

「まぁ、私のピアノの話はいいとして……ひとりさん、なにかいいものはありましたか?」

「いっ、いや、流石にハイエンドとかは……2階に戻りましょう。わっ、私は10万円前後のギターを買うつもりなので……」

「なるほど、では2階に戻りましょうか」

 

 その後ハイエンドコーナーをまだ見ていたいというリョウさんは3階に残り、私たちは2階に移動して改めてギターを眺めはじめました。

 すると、ひとりさんが飾ってあるギターのひとつをジッと見つめていました。すると、そこに店員が近づいて来て声を掛けます。

 

「YAMAHAさん、いいですよね~」

「あひぃっ……わわわ……」

「手頃な価格ですけど、いいギターですよ。よかったら試奏なされますか?」

「あっ、ああ、えと……」

 

 ひとりさんは人見知りなので、突然店員に話しかけられて混乱しており、言葉を返せていない様子だったので私が近づいて代わりに話すことにしました。

 

「申し訳ありません。ひとりさんは、少々人見知りでして……ひとりさん、楽器は演奏感も大事なので、せっかくですし少し試奏させてもらいませんか?」

「あっ、は、はい」

「ということですので、こちらのギターを試奏させてください」

「はい。かしこまりました」

 

 店員の方にギターを取ってもらいひとりさんに手渡しますが……駄目ですねこれ、緊張で混乱しきっており、まともな演奏ができるとは思えないほど肩に力が入っています。

 なので私は試奏用の椅子に座るひとりさんの前でしゃがみ、両肩に手を置きながら微笑みます。

 

「ひとりさん」

「ひゃっ!? あっ、有紗ちゃん!? 顔近っ……えっ、えと、どど、どうしました?」

「試奏の曲をリクエストしてもいいですか?」

「りっ、リクエスト? はっ、はい。どうぞ」

「曲は――」

 

 とりあえず、最初はなにを弾くか……本来は適当にいくつかの演奏をするもので、曲を弾いたりというのはあまりないですが、現状のひとりさんにはまずなにをするかを明確に意識させる必要があります。そうすることで、混乱した思考に目標を思い浮かべさせて安定させて……あとは精神状態です。

 

「……普段のライブなどでは難しいですが、今回はせっかくの機会なので私のために演奏をしてくれませんか?」

「あっ、有紗ちゃんのために?」

「はい。他に余計なことは考えず、ただ目の前に居る私だけを見て、私のためだけに演奏してください。駄目でしょうか?」

「あっ、い、いえ、有紗ちゃんがそうして欲しいなら……がっ、頑張ります」

「ありがとうございます。楽しみです」

 

 どうやらひとりさんの意識も試奏ではなく、私のために一曲演奏するという形に切り替わったみたいで、混乱していた表情が真剣なものに変わり、肩からも力が抜けていました。

 ひとりさんは誰かのために頑張れる素敵な方なので、きっといい演奏をしてくれるでしょう。

 

 そんな私の予感は現実のものとなり、少し音を確かめるように鳴らしたあと、ひとりさんは本格的に演奏を始めましたが、それは実に見事な演奏でした。

 なんなら、普段ひとりさんの家で聞く際よりも音が乗っているような、いい状態の緊張で理想的な演奏であり、演奏しているひとりさんはキラキラと輝いているみたいに見えました。

 やっぱり素敵な方だなぁと、こんなに近くで本気の演奏を聴ける喜びを感じていると、ほどなくして演奏は終わり少し汗をかいたひとりさんが口を開きます。

 

「どっ、どうでしたか?」

「とても素晴らしかったです。演奏しているひとりさんは、いつ見てもカッコいいですね」

「え、えへへ……あっ、有紗ちゃんが喜んでくれたならよかったです」

「凄いです! お客さん!」

「ぴぃっ!?」

 

 演奏が終わって私が感想を伝えたあとで、店員の方が興奮した様子でひとりさんに声を掛けます。

 

「滅茶苦茶上手いじゃないですか、プロみたいでしたよ」

「え? あ、へへ、そそ、そんな大したものじゃ……ギター買います」

 

 店員に絶賛されたひとりさんは、明らかに嬉しそうな表情で謙遜したあと手に持っていたギターを買うと宣言しました。

 今回はフィーリングもよく、ひとりさんも気持ちよく弾けていたので大丈夫でしょうが……なんとなく、服屋とかに行くと店員に言われるままにいくらでも買ってしまいそうな不安がありますね。

 そういった買い物をする際は私が同行することにしましょう。ひとりさんの試着なども見れて、デートも出来るので一石二鳥どころか三鳥は得られます。

 まぁ、問題は……ひとりさんがあまり私服を買おうとせず、ほぼジャージで対応するあたりでしょう。あと、ひとりさんの私服姿は可愛すぎて私が暴走してしまう危険もあります。難しいものですね。

 

「……ぼっち……前からソロの時は上手いと思ってたけど、本気はあそこまでのレベルなんだ」

「ひとりちゃんの演奏……圧倒的でしたね。私感動しちゃいました。けど、アレをライブで演奏したとしたら、私たち……付いていけましたかね?」

「いまの私たちじゃ無理だね。だからこそ、私たちも頑張ってぼっちちゃんが本来の実力で演奏できるようになった時に、負けないようにしないとね」

 

 今日のひとりさんの演奏は普段動画サイトに投稿するための演奏を撮影する際よりも乗っており、圧倒的な演奏技術を感じられるものだったためか、いつの間にか2階に来ていたリョウさんも含め、結束バンドの皆さんも心から驚愕している様子でした。

 ただ、後ろ向きな感情は無く、自分たちも頑張ろうという前を向いた意思を感じました……本当に、互いに影響し合えるいいバンドですね。

 

 

****

 

 

 無事に新しいギターを購入できたひとりさん。普段使いのギターと合わせて2本となり、文化祭の時のようなライブ中のトラブルにも対応できるようになりました。

 合わせて壊れたペグも新しい物を買ったので、交換すれば故障していた方のギターもすぐに使えるようになるでしょう。

 そして、リョウさんの「ぼっちが早く新しいギターを弾きたいだろうから解散」という提案で解散となりました。

 その際に私はひとりさんと途中まで一緒に帰っていたのですが、ギターケースを大切そうに抱えたひとりさんが、なにやら少し悩むような表情で私を見ていました。

 

「……ひとりさん、どうしました?」

「あっ、え、えっと……その、あっ、有紗ちゃんの都合さえ大丈夫なら……あの、その、ここ、これからうちにギターを聞きに……来ませんか?」

「……え?」

「あっ、あの、もも、もちろん距離が距離ですし、そ、そろそろ夕方なので、むむ、無理にとは……ただその、えと、せっかくなので、新しいギターでの演奏を、もっとちゃんと有紗ちゃんに聞いてもらいたくて……その……」

 

 これは、思わぬ幸福な提案です。まさかひとりさんがこんな提案をしてくださるとは……私とひとりさんの絆が深まったからでしょうか? とにかく、こんな嬉しい提案を断る理由などありません。

 幸いにも私の学校は明日は休みなので、時間に余裕はあります。というより、ひとりさんも私の学校が休みであると知っているから誘ってくださったんでしょうね。

 

「ええ、喜んで伺います。新しいギターでの演奏、楽しみです」

「あっ……はい!」

 

 私が了承するをひとりさんはパァッと明るい表情を浮かべてくれました。その可愛らしい姿に微笑みながら、改めて一緒に並んで駅へ向かって歩き出しました。

 

 

 

 




時花有紗:気遣いのできる子。感情の機微に鋭いので、孤独を感じていた虹夏に声をかけたり、割とバンドメンバーのメンタルケアに貢献していたりする。特にひとりに対する効果は絶大であり、居るだけで安定感がまったく違う。

後藤ひとり:有紗のためという意識で演奏したからか、渾身の演奏を披露。そして、もっと有紗と一緒に居たいという無意識の想いから、有紗を家に招待。原作同時期と比べて精神面の成長が著しく、有紗関連のみではあるが能動的に動く場合もある。

伊地知虹夏:ゲーミング虹夏ちゃんなんていなかった。

結束バンドメンバー:ひとりの演奏を見てもっと頑張ろうと決意、強化フラグON。

14歳(仮):いや、待って、ここで強化フラグでちゃうと状況が変わりそうで……その、困る。
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