ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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二十一手~招請の楽器購入~sideB~

 

 

 文化祭のライブにてギターのペグ故障が発覚したあと、ひとりは父親である直樹に謝罪をした。そもそもひとりが使っているギターは直樹の物を借りている。まぁ、とはいえ持ち主が直樹というだけで、基本的にはひとりしか使っておらずギターもひとりの部屋に置いているので、実質的には貰い受けている状態ではあるが……。

 ともかくギターを壊したことを謝罪するひとりに対し、気にしないように伝えたあとで、今回のようなトラブルに備えて複数のギターを所持することを提案した。

 

 お金がないというひとりに対し、ひとりの動画広告収入を与えた。動画サイトのアカウントが家族共有であったため、いつか必要になった時のために広告を付けておいたと言い。その収入はひとりの努力によって得たものなので気にせず使うといいといってくれた。

 結果ひとりは30万円という臨時収入を得て、それを部屋に戻ったあとで並べて見つめていた。

 

(30万……ある。まさか、こんな棚ぼた展開が起こるなんて……10万前後のギターを買ったとして、残りをノルマに当てれば……ノルマに……)

 

 お金を見つめながらしばらく考えたあと、ひとりは封筒を取り出しそこに10万円を入れて、表に『有紗ちゃんの誕生日プレゼント用』と書いてから、押し入れの奥にしまった。

 

(うん。10万円前後のギターを買ったとして、10万は残る。それをノルマ代に当てれば、1年ほどはバイトしなくてもライブできる!)

 

 ひとりの甘い未来展望としては、高校在学中にメジャーデビューして高校中退する気なので、その展望通りなら1年後にはデビューしている。デビューすれば、ノルマ代に追われることも無い……つまり、10万円あればバイトを辞められる。

 そういう結論に達したひとりは、バイトを辞める決心をする……最も、コミュ症のひとりにそれを星歌に切り出す度胸など無く、結局辞めることはできなかったのだが……。

 

 

****

 

 

 有紗と結束バンドのメンバーと一緒に御茶ノ水の楽器店に行き、無事新しいギターを購入できたひとりは、有紗を家に誘った。

 ひとりは明日も学校だが、有紗の学校は創立記念日で休みであるというのを事前に聞いていたので、可能ならばと思って誘った。

 

「あっ、じゃ、じゃあ、準備しますね」

「はい」

 

 新しいギターでの演奏を楽しみに待つ有紗を見て、心が温かくなるのを感じながら、簡単な準備をして演奏を始めた。

 楽器屋で試奏した時もそうだったが、有紗に向けて演奏をしようと思うといつもより調子がいい気がした。スムーズに手は動き、音が乗っているのが自覚できる。

 

(有紗ちゃん、喜んでくれてる……やっぱり、ギターの演奏は楽しいな)

 

 楽しさを感じながら演奏をして、ギターを弾き終われば、有紗が惜しみない賞賛の言葉を伝えてくれる。幸せな時間を感じながら、ひとりは新しいギターの音を確かめるように、いろいろな弾き方をする。

 そして、演奏がひと段落すると、今度は故障していたギターを有紗と一緒に修理することになった。

 

 とはいってもペグの交換だけなので、弦を外しボックスレンチでナットを取り、裏面のネジを外して取り外し、買ってきた新品のペグに付け替える。

 全てのペグを付け替えたあとは、改めて弦を張りなおしてチューニング……本来なら、ヘッドにチューナーを取り付けて行うのだが、有紗が耳で簡単にチューニングしてしまったのであっという間だった。

 

「これで、修理は完了ですね」

「あっ、はい。チューナー無しで精密に調整できるのは羨ましいです。そっ、それに、やっぱり有紗ちゃんはギターを持っている姿も様になりますね」

「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいですね」

「あっ、そっ、そうだ! 有紗ちゃんも、ちょっと弾いてみませんか……こうして、ギターがふたつあるので」

「……しかし、私はギターに関してはまったく経験が無いのですが?」

「だっ、大丈夫です。2つのコードで弾ける曲とか、省略コードで弾ける曲もあるので!」

 

 ひとりにしては極めて珍しいことではあるが、積極的に提案をしていた。その理由は単純だ。ひとりはそもそもギターの演奏が好きだ。

 ギターを始めたのは有名になってチヤホヤされたいという動機ではあったが、それだけで毎日6時間に及ぶ練習を続けられるわけがない。ひとりはなんだかんだで、ギターを演奏するのが楽しい。

 そして、その楽しい時間を有紗と共有したいという気持ちがあった。

 

 思い出すのはきくりと有紗と共に行った路上ライブ。有紗と一緒に行ったあの演奏は……楽しかった。もちろん最初は恐怖や困惑もあったが、途中からは本当に楽しかった。

 もっとできる。まだまだ行けると、そんな風にどんどん自分の演奏が研ぎ澄まされていくような感覚と、言いようのない安心感があった。

 なので、機会があればまた有紗と共に演奏をしたいという思いはずっとあったのだ。

 

「……それでは、せっかくですから弾いてみましょうか。教えてくださいね」

「あっ、はい! 有紗ちゃんなら、きっとすぐに簡単な演奏は出来るようになりますよ」

 

 そして有紗が快く了承してくれたことで、ひとりは表情を明るくして有紗に簡単なコードと曲を教えていく。

 やはりというべきか、有紗は非常に器用であり、省略コードだけではなく一部の簡単なメジャーコードもすぐに覚えて初心者用の練習曲なら、ある程度弾くことができた。

 

 そしてある程度慣れたところで、ひとりとセッションすることになった。もちろん有紗は簡単なコードしか弾けないので、ひとりがサポートする形になるのだが、ふたりの息が合っているおかげか意外とそれなりの演奏をすることができた。

 有紗をサポートしつつ導くという、普段ではなかなか無いシチュエーションにひとりは嬉しそうな笑みを溢す。

 

(……やっぱり、こうして有紗ちゃんと一緒に居るのは楽しいな。ギターでの演奏もいいけど、いつかまたキーボードを弾く有紗ちゃんと、セッション出来たら嬉しいな)

 

 そんな風に考えながら、ひとりは有紗と共に時間の許す限り演奏を楽しんだ。

 

 

****

 

 

 新しいギターを買った翌日、昨日の幸せな表情はどこへ消えたのか、ひとりは重い足取りで学校の教室に向かっていた。

 その理由は文化祭での出来事であり、見事ステージにて黒歴史を作ってしまったからだった。あの場にはクラスメイトもそれなりに居たので、気が重たかった。

 

(ま、まぁ、私に話しかけてくる人とかいないし、いっつも空気みたいなものだし……大丈夫だよね)

 

 そんな風に考えつつ教室に入り、いつも通り無言で最後列にある自分の席に座ったひとりだったが、そこで予想外の事態が発生した。

 

「あっ、後藤さん。おはよ~」

「へ? あっ、えと、はは、はい。おお、おはようございます」

 

 ひとりのひとつ前の席のクラスメイトの女子が、ひとりに明るい笑顔で挨拶をしてきたのだった。それはまさに青天の霹靂といっていい事態だった。なにせ、高校に入学してから半年余り一度起こり得なかった事態なのだから……。

 混乱するひとりに対し、クラスメイトは笑顔のままで言葉を続ける。

 

「文化祭のステージ見たよ。凄くよかった!」

「……あっ、ありがとうございます」

「演奏も、その後のラブダイブも!」

「………………え? ………………ラブ………‥ダイブ?」

 

 なにを言われたのか一瞬わからなかった。ラブダイブとはいったい何の話だろうと……それもそのはず、ひとりの認識としては、文化祭ステージでライブハウスのようなダイブを行った恥ずかしい黒歴史であり、「頭がおかしい」とか「イキってダイブした馬鹿」とかの評価ならともかく、ラブダイブなどという名称には心当たりがまったく無かったのだ。

 

 ひとりが混乱していると、そのクラスメイトの傍にいたもうひとりの女子が、首を傾げながら問いかける。

 

「ラブダイブって何?」

「ああ、後藤さんが文化祭ステージでライブしたんだけどね。演奏が終わった後で、観客席のすっごく綺麗な女の人に向かって、ステージからダイブして抱き合ってたんだよ! もうすっごく綺麗でね。ステージの光とかに照らされて、映画のワンシーンみたいにキラキラしてて、素敵だったんだ~」

「へぇ、そんなことが……後藤さんって結構大胆なんだね」

 

 その説明を聞いて、ひとりはようやく己と周囲であの時のダイブに対する認識が違うということに気が付いた。ひとりにとっては陰キャが混乱してやった突拍子もない馬鹿行動なのだが、周囲にはひとりが有紗に抱き着いていたように見えていたと……。

 

(あばばばば……だだ、だからラブダイブって……たた、確かに有紗ちゃんの美貌なら、なにやっても絵にはなるけど……)

 

 ひとりはいまにも吐きそうな気分だった。己が想像していた以上に、とんでもない解釈をされている黒歴史……もういますぐにでも気を失いたかった。

 

「学校では見たことなかったけど、あの物凄い美人は、後藤さんの恋人?」

「ちっ、ちち、違います! 有紗ちゃんは、とと、友達であって、恋人とかそういうのじゃなくて……その、あの……」

「……なるほど、そっか、そういうことだったんだね」

 

 ひとりが慌てながら有紗は恋人ではないと伝えると、クラスメイトは少し考えたのちに納得したように頷いた。

 

(わ、分かってくれた?)

 

 無事に誤解が解けたんだとそう思ったひとりだったが、クラスメイトはどこか興奮した様子でグッと拳を握りながら口を開く。

 

「つまり、後藤さんの片思いってことだね!」

「ふぁっ!?」

 

 まったく、なにひとつわかってなどいなかった。むしろ、より誤解は酷くなっていた。

 

「確かに、高嶺の花感が凄い人だったもんね。でも、可能性はあると思うよ。だってあの人、後藤さんに凄く優しそうな顔で微笑んでたもん!」

「あっ、いや、その、そうじゃなくて……」

「気持ちわかるなぁ、私も……」

 

 クラスメイトはどこかしみじみと呟きつつ、もうひとりのクラスメイトをチラリと見たあとで、ひとりに近付き勢い良く告げる。

 

「私、応援してるよ!」

「……あっ……はい」

 

 悲しいかな陰キャでコミュ症のひとりは、勢いに弱い。これだけの勢いで詰め寄られてしまえば、それに反論できるような度胸もコミュ力も存在しない。

 結果として、ひとりはクラスメイトの言葉に死んだ魚のような目で首を縦に振るしかなかった。

 

 

「……なんか、ふたりで盛り上がってるね。そんなに凄かったんだ」

「うん。そのダイブもそうだけど、演奏も凄く良かったよ……後藤さんは普段、ライブとかやってるの?」

「え? あっ、えっと、下北沢のSTARRYってライブハウスで……」

「へぇ、凄いなぁ。私ライブハウスとか行ったことないんだよね。どんなところなの? いろいろ教えてほしいな」

「私も興味ある。やっぱり、不良っぽい人が多いの?」

「あっ、えっと……STARRYは……」

 

 予想外の事態ではあったが、興味を持ったクラスメイトふたりに対し、ひとりはやや戸惑いながらアレコレ話をしていく。

 

(あ、あれ? どうして……こうなったんだろう?)

 

 高校に入学してから初めてとも言っていいクラスメイトとのまともな会話に戸惑いつつ、ひとりは学校生活の変化を感じ取っていた。

 

 

 




時花有紗:ひとりとふたりで幸せな時間を過ごして大満足。基本的に器用なので大抵のことは教わればすぐに出来る。

後藤ひとり:文化祭で黒歴史を作ったと思ったら、なぜか友達(百合フレンズ)ができた……なにを言っているのか、なにが起こっているのか、サッパリ分からなかった(百合は引かれ合う)。

モブA子:ぼっちちゃんのクラスメイトでひとつ前の席。体育館のステージを見に行っていた。実は幼馴染であるB子が好きだが、いまの関係が壊れるのが怖くて言い出せないという状態で、ひとりに対してシンパシーを感じた。そこそこ思い込みの激しい子で、百合。この後、ひとりとは友達になり挨拶したり、時々一緒にお昼を食べたりするようになったとか……。

モブB子:A子の幼馴染で親友。実は昔からA子のことが恋愛的な意味で好きだが、A子はノーマルだと思っているため引かれるのを恐れて胸に秘めている。実際は両思いだけど互いに片思いと思い込んでいるパターン。A子から詳しくひとりの話を聞いて、ひとりにシンパシーを感じて友達になった。この子も百合。
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