ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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二十三手成長のトレーニング~sideA~

 

 

 10月の終盤に差し掛かった頃、STARRYでは結束バンドの皆さんが近くSTARRYで行うライブに向けてスタジオ練習を行っており、私もそれを見学していました。

 ひとりさんもスタジオ練習では、以前よりもかなり本来の実力に近い演奏ができるようになりましたし、喜多さんの成長はもちろん、虹夏さんやリョウさんも最近腕を上げているような印象です。

 

 以前楽器屋に行った際にひとりさんの演奏に感化されて、それが向上心に繋がっている感じではありますね。とはいえ、客観的に見ると課題も多くはありますが……一朝一夕で大成長するわけでもないので、その辺りはじっくりと時間をかけて、ですね。

 

「……あの、有紗ちゃん。ちょっといいかな?」

「はい? どうしましたか、喜多さん?」

 

 物販用のポップを作っていた私になにやら真剣な表情を浮かべた喜多さんが話しかけてきたので、首を傾げつつ聞き返します。

 すると喜多さんは少し考えるように視線を動かしたあとで、意を決した表情で口を開きました。

 

「……私に足りないものってなんだと思う?」

「喜多さんに? それは、バンドマンとしてという意味ですか?」

「ええ、ひとりちゃんもそうだけど、先輩たちも最近前以上に熱が籠ってて……私が足を引っ張ってるかなぁって……有紗ちゃんなら客観的な意見を言ってくれるって思って……」

 

 どうやらかなり悩んでいる様子でした。確かに、虹夏さんやリョウさんは音楽経験もそれなりに長く、自分が成長していくための導線や方法も理解しているでしょうから、それと比べると喜多さんはどうすればいいのかという悩みを持つのは必然かもしれません。

 そんな風に思っていると、喜多さんの様子を見て心配そうな表情を浮かべたひとりさんが口を開きます。

 

「あっ、で、でも、喜多さんもどんどん上手くなってますよ」

「そうですね。ひとりさんやリョウさんに教わっている成果は間違いなく出ていると思いますが……その上で、いま以上に成長するために何が必要かと問われれば……私の返答は、ボーカルですね」

「……ボーカル?」

 

 喜多さんは努力家ですし、ひとりさんやリョウさんにギターを教わっていることの成果は着実に表れています。ただ、ボーカル方面では指導する相手が居ないせいか、課題は多いと言っていいでしょう。

 まぁ、喜多さんはギターも初心者だったので、最初はギターの方に注力するのは無理のないことですが、今後はボーカルとしてのトレーニングも必要になるでしょう。

 

「言葉で説明するよりも、体感した方が早いでしょうか……ひとりさん、少し協力していただけますか?」

「あっ、はい。なにをすればいいですか?」

「動画を撮影してください。喜多さん、いまから一曲……そうですね。先ほど練習していた星座になれたらを歌っていただけますか? 1番だけで大丈夫です」

「え? う、うん。わかった」

 

 私の言葉に頷いた喜多さんはマイクの前に移動して、ひとりさんも動画を撮影する準備をしてくれました。虹夏さんとリョウさんも気になったのか、練習の手を止めてこちらに移動してきました。

 曲のオケ……オーケストラ部分は録音しているものを流し、喜多さんに1番を歌ってもらいました。

 

「……えっと、これでいいの?」

「はい。では、次は私が歌いますので、それを聞いておいてください。ひとりさん、こちらも撮影をお願いします」

「え? あっ、はい」

 

 若干戸惑った表情を浮かべる喜多さんと交代して、今度は私が同じように1番を歌いました。歌い終えると、皆さんはなにやらポカンとした表情を浮かべていました。

 

「あっ、有紗ちゃん……歌、上手っ……」

「この完璧超人は、いったい何ができないのか教えてほしいぐらいなんだけど……」

「声量も音域も半端じゃない。これ、確実にボイトレ積んでる」

 

 ひとりさん、虹夏さん、リョウさんが呟く中、喜多さんは心底驚愕したような表情で私を見ていました。私は軽く苦笑してから、ひとりさんに撮影してもらっていた動画を再生しながら喜多さんに声をかけます。

 

「上手い下手は置いておいて、今回注目してほしいのは声の聞こえ方です」

「……聞こえ方?」

「はい。実際に聞き比べてみるとどうですか?」

「……有紗ちゃんの歌に比べると、私の歌は聞き取り辛い……声が、出てないのかな? 有紗ちゃんの声は凄くよく通っている感じがして……全然違う」

「これに関しては、ある程度仕方ない部分があるんです。当たり前ですが、喜多さんは本格的なボイストレーニングなどを行ったことがなく、カラオケ的な歌い方になっています。その辺りが聞こえ方に影響しているんですよ」

 

 私はある程度幼いころからボイストレーニングなども行っているので、歌い方というか声の出し方で差が出てくるのは必然とも言えます。

 そして、これは喜多さんのボーカルを成長させるために極めて有効な手段でもあります。

 

「なので、簡単なボイストレーニングを教えますので、それを実行してみませんか? 声の出し方が変わるだけで、喜多さんのボーカルは大きく成長できると思いますよ」

「……是非、お願い! 私、頑張るから……いろいろ教えて、有紗ちゃん」

「はい。私でよければ喜んで……ただ、その前に、それ以上に喜多さんの大きな欠点を治す必要がありますね」

「え? きっ、喜多さんの、欠点?」

 

 驚いたようなひとりさんの言葉に私は軽く頷いてから、喜多さんの正面に立ち、喜多さんの目を真っ直ぐに見つめながら一番大事なことを伝えます。

 

「喜多さんの最大の欠点は、精神的な部分です。喜多さんは結束バンドのメンバーの中で、一番音楽歴が浅いこともあって、自分が皆に劣っていると感じていませんか?」

「うっ、そ、それは……実際、私が足を引っ張って……」

「そこが一番大きな間違いです」

「……え?」

「いいですか、喜多さん。貴女は、リードギターのひとりさんの劣化でもなく、ましてやドラムの虹夏さんやベースのリョウさんの劣化でもない。喜多郁代という、他に代えの効かない結束バンドのギターボーカルです。その意思をちゃんと持てるかどうかが、一番大事なんですよ」

「……有紗ちゃん」

 

 どうしても喜多さんは経験の浅さから、周囲に対して劣等感といいますか己を卑下しがちな部分がありました。ある意味では向上心にも繋がりますが、最近は少々悪い方向に思い悩んでいるようにも感じられました。

 なまじ、ギターの腕が上達したことでいままで以上にひとりさんとの実力差を感じていたのでしょうね。

 

「最近喜多さんはギターの腕が上がったことで、ひとりさんとの実力差を感じていたのかもしれませんが……ひとりさんの様になる必要はありません。ひとりさんにはひとりさんの、喜多さんには喜多さんの魅力がしっかりとあるものです……ですよね? 皆さん」

「そうだよ! 喜多ちゃんのいいところはいっぱいあるよ」

「はっ、はい! 結束バンドのボーカルは、喜多ちゃんじゃないと、駄目なんです」

「うん。深く考えず、私を見習え」

「……皆」

 

 音楽は精神面の影響を大きく受けます。特にボーカルへの影響は顕著でしょう。喜多さんの気持ちの持ちよう次第で、その歌声はいくらでも成長すると思います。

 

「私も可能な限り協力しますので、頑張りましょうね」

「……うん! 私頑張る! ありがとう、有紗ちゃん!」

 

 どうやら皆さんの言葉のおかげもあって、喜多さんの気持ちがいい方向に向いたみたいで、彼女らしい飛び切り明るい笑顔を浮かべてくれました。

 きっと、喜多さんはここから大きく成長してくれるでしょうし、これからが本当に楽しみですね。私もサポートスタッフとして、初めてサポートらしいことをできた気がします。

 

 

****

 

 

 喜多さんに自宅などでも行えるボイストレーニングを教え、過度な練習はしないように釘を刺しました。喉は特に過度に練習すればいいというものではなく、むしろ過度な努力は周囲に迷惑をかける結果につながるだけでメリットは無いと伝え、練習量は守るようにしっかり伝えました。

 喜多さんは努力家ですが、ひとりさんと同じくやり過ぎてしまうところがあるのでその辺りには気を付けなければいけません。

 

「喜多さん、やる気に満ち溢れてましたね」

「あっ、はい。目標というか、どうすればいいかが分かって嬉しそうでした……」

 

 STARRYからの帰り道に、ひとりさんと一緒に駅に向かって歩きながら会話をします。今日はバイトではなくスタジオ練習のみだったので、まだそれほど遅い時間ではないですし、このまま帰るのは少し勿体なく感じますね。

 できれば、一緒に夕食など……。

 

「あっ、あの、有紗ちゃん?」

「はい?」

「えっ、えっと、その……いっ、一緒にその……ご飯を食べて帰りませんか?」

「……え?」

「あっ、い、いや、もちろん有紗ちゃんの都合とかあると思うので……でっ、できれば、ですけど……」

 

 率直に言って驚きました。まさかひとりさんの方からそういった提案をしてきてくれたこともそうですが、同じことを考えていたのにも……なんだか、心が通じ合っているようで嬉しくなりますね。

 

「ああ、いえ、都合は大丈夫ですよ。ただ、丁度私も同じことを提案しようと思っていたので、先に言われて少し驚きました」

「あっ、有紗ちゃんも?」

「はい。今日はまだ早めの時間ですし、もう少しひとりさんと話していたいなぁと思っていたところです」

「あっ、わ、私もです」

「ふふ、一緒ですね」

「……えへへ、はい」

 

 なんとなく顔を見合わせて笑い合います。なんと表現すればいいか、言いようのない嬉しさがある気がしました。

 それはそれとして、互いに相手を食事に誘うつもりだったのであれば、行かない理由はありません。

 

「ひとりさん、なにが食べたいですか?」

「あっ、そ、それなんですけど……ファミレスとかにしましょう。いっ、いつも有紗ちゃんにお金を出してもらってますし、臨時収入があった時ぐらいは私が……まっ、まぁ、有紗ちゃんが普段行くような店は無理ですけど……」

「その気持ちがなにより嬉しいです。そういうことでしたら、せっかくなので厚意に甘えさせていただきますね」

「あっ、はい! 好きなものを注文してくれて大丈夫ですからね」

「ふふ、それは楽しみですね」

 

 楽し気なひとりさんの顔を見て、私も笑顔になるのを実感しつつ一緒にファミリーレストランを目指して歩き出しました。

 

 

 




時花有紗:基本なんでもできる超人であり、感情の機微にも鋭いため成長という面でも非常に頼りになる存在。喜多のボーカル面を指導することになった。

後藤ひとり:この距離感で、未だに「あくまで友達」とか言ってるらしい。今回はスタ練であまり有紗と話せなかったので、もっと一緒に居たいとか考えて食事に誘った。

喜多郁代:原作よりかなり早い段階でボーカル面の強化フラグON。しかも、ボイストレーニングなどを指導できる有紗が居るおかげで、環境も◎。

ヨヨコパイセン:……あの、私の見せ場……。

14歳(仮):やめてくれ、タイミング的にもうちょっとで私の登場なんだ……これ以上強化しないでくれ……。
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