ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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二十四手奏楽の有紗宅訪問~sideA~

 

 

 乗り慣れた車で家に向かいながら、私はウキウキとする気持ちが抑えきれていませんでした。ひとりさんが家に来るというだけでも幸福な出来事なのですが、その上宿泊までしていってくださる。

 少なくとも明日の朝まではひとりさんと一緒だと思うと、いくらでも嬉しさが湧き上がってきます。

 じいやには事前にロインで連絡をしていますし、ある頼み事もしています。私の部屋に置いてあるとある物を別室に運び出しておいてほしいと……。

 私の部屋に入室できる使用人には制限があるので、じいやに頼むのが一番確実です。いえ、別に見られて困るものというわけでは無いのですが……せっかくひとりさんの誕生日に備えて準備しているものなので、いまはまだ隠しておきたいところです。

 

 そんなことを考えつつ、ひとりさんと雑談をしていると家に到着したので、一緒に車から降ります。

 

「……あっ、あの、ああ、有紗ちゃん?」

「はい?」

「こっ、ここ、都内……ですよね?」

「ええ、渋谷区ですね」

「……とっ、都内で、こんなに広い庭……そそ、それに、家が複数、ありますよ?」

 

 たしかに、初めてであれば驚くのも無理はありません。世界有数といっていい規模の時花グループのトップであるお父様の家は、豪邸と語るに相応しい規模であり、自分の家ながらこれほどのサイズの邸宅はそうそう見たことがありません。まぁ、あくまでお父様が凄いのですが……。

 

「向こうにある建物はゲストハウスです。お父様もお母様も顔が広いので、訪問者や招待客などが宿泊するための建物ですね」

「ひっ、ひぇ……そそ、そんなものまで……」

「向こうの建物は、お父様のコレクションが置いてあるガレージで、中には車が沢山ありますね。私にはよく分からない趣味ではあるのですが、博物館レベルで高級車や名車が揃っていて、分かる人が見れば感涙ものらしいです」

「あばば、セレブの趣味……恐ろしい」

「そしていま目の前にあるのが本宅です。まぁ、とりあえず入りましょう」

 

 ひとりさんをゲストハウスに宿泊させるつもりはありません。本宅の方に部屋を用意するように伝えているので、ゲストハウスを使うことはありませんし、お父様のガレージを見に行くことも……まぁ、無いでしょう。ひとりさんが車好きというのであれば、お父様に頼んで見せていただきましたが……。

 

 私とひとりさんが本宅の扉に近付くと、車の運転手さんがドアを開けてくださったので、軽く頭を下げてお礼を伝えます。

 家に入るとじいやが綺麗な礼で出迎えてくれました。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「じいや、急なお願いをして申し訳ありません。こちらが、後藤ひとりさんです。ひとりさん、こちらは使用人たちを取り纏める執事長……うちは皇族や華族ではないのでそういった呼び方はしませんが、家令のような立場の方で、私はじいやと呼んでいます」

「箕輪誠二と申します。どうぞ、お見知りおきを」

「あっ、はは、はい!」

「じいやは、昔からいろいろ私を助けてくれたり、様々なことを教えてくださったりして、私にとってはもうひとりの父親のような方です」

「勿体ないお言葉です。お嬢様、客室等の準備は全て滞りなく」

 

 ちなみに、普段は大袈裟なので出迎え等は無しにしてもらっているのですが、今回出迎えてくれたのは、私がお願いした品の移動が滞りなく完了しているという合図も兼ねているのでしょう。

 

「それでは、事前に話した通りひとりさんは人見知りなので、案内は私が行いますので不要です」

「畏まりました。御用がありましたらいつでもお呼びください」

「ありがとうございます」

 

 じいやにお礼を言って家の廊下を歩きます。ひとりさんはやや怯えた様子で、私の背中に隠れるようにしながら移動していました。

 

「ひとりさん、最初は私の部屋に向かって大丈夫ですか?」

「あっ、は、はい」

「あともっと気楽にしていただいて大丈夫ですよ」

「いっ、いや、だって、廊下も広くて……使用人っぽい人たちも……と、とんでもない所に来た感じが……」

 

 時間帯的に夜間勤務の使用人さんたちとすれ違うこともあり、軽く挨拶を交わしつつ私の部屋に向かいます。人見知りのひとりさんだと、ある程度緊張してしまうのは仕方ないですね。

 私の部屋に辿り着けば少しは落ち着いてくれるかと思いますが……。

 

 そんな風に考えているうちに私の部屋の前に着いたので、鍵を開けて室内にひとりさんを通します。

 

「どうぞ」

「あっ、お、おじゃましま……広っ!? え? こ、ここ、ここが有紗ちゃんの部屋? いったい私の部屋の何倍……」

 

 部屋に入ったひとりさんはキョロキョロと視線を動かして興味深そうに見ていたので、先に私は鞄などをしまいました。

 

「ほっ、本当にセレブ空間――はぇ? な、なな、ななな……」

「ひとりさん?」

「なっ、なんですかこれ!?」

 

 部屋を見ていたひとりさんが驚愕した様子で指差した先を見ると、額縁に入れたメイド服のひとりさんの写真がありました。

 

「文化祭の際に撮影させていただいたひとりさんの写真ですが?」

「いっ、いやいや、なんでこんなとんでもない飾り方を!? なんか凄い額縁に入ってますし!?」

「ああ、中身の写真はたびたび変えています。ひとつ前はブロマイド撮影の際のものを入れていましたし……あっ、一緒に撮った写真などはこちらの写真立てやアルバムに……」

「あっ、いや、そそ、そうじゃなくて……ここ、こんなの場違いにもほどがあるというか、戦力外感が凄まじいというか……額縁と中身の差が目も当てられないレベルなんですが……」

「……ふむ。確かに、ひとりさんの愛らしさと釣り合わせるなら、もう少しレベルの高い額縁を用意するべきかもしれません」

 

 私が持っている中で最もよい額縁を使いましたが、確かに輝かんばかりのひとりさんの姿に比べるとどうしても安っぽさを感じてしまいます。やはり、専用に特注するべきかもしれませんね。

 

「……違う……そうじゃない……」

「うん?」

「あっ……いや、なんでもないです。有紗ちゃんらしいといえばらしいので……」

 

 ひとりさんはなにやら遠い目をして諦めたような表情を浮かべていました。とりあえず、次にひとりさんが来るまでにはランクの高い額縁を用意することにしましょう。

 それはそれとして、本来の目的を先に達成してしまうことにしまいましょう。

 

「えっと、ひとりさん。ピアノは隣の部屋にあるのでこちらにどうぞ」

「……へっ、部屋の中に映画館みたいな扉が……」

「この先の部屋はピアノの練習をするために防音になっていますので……」

「そっ、そうですか……ひぇっ、とと、とんでもなく高そうなピアノが……しかも、部屋もSTARRYのスタジオより広いんじゃ……ハイソサエティ感が凄すぎて、めまいがしそうです」

「そちらに椅子があるので、使ってください」

「あっ、はい」

 

 ひとりさんに椅子を勧めたあとで、ピアノの音を軽く確かめます。昨日も引いたので特に問題はなさそうですし、音のズレもありませんね。

 問題ないことを確認したあとで、ヘアゴムを使って演奏の邪魔にならないように髪を後ろでまとめてからひとりさんに声を掛けます。

 

「……ひとりさん、曲のリクエストはありますか?」

「あっ、いえ、お任せします」

「わかりました」

 

 ひとりさんに軽く微笑んだあとで、ピアノの前に座り軽く調子を確かめるように指を動かしつつ演奏を始めます。

 私のピアノの腕前は……どうでしょう? 長く続けていることもあってそれなりではあると思いますが、世界のトップレベルには遠く及ばないことは確かです。

 

 例えば私の友人のピアニスト……彼女の演奏は別格です。昔一緒のコンクールに出た際に彼女の演奏を聞いた時に確信しました。少なくともピアノという分野においては、私は生涯彼女に敵うことは無いだろうと……。

 その思いはいまもほぼ変わっていません。仮に彼女が絶不調で、私が絶好調だったとしても、彼女の演奏は私より遥かに上でしょう。私はピアノという分野において彼女に敵うことは『ほぼ無い』と確信を持って言えます。それほどまでに彼女は素晴らしいピアニストです。

 

 ただ、かつての認識と少しだけ変化したこともあります。そう、唯一……ひとりさんのために演奏することに限れば、私は彼女の演奏に勝てるかもしれません。

 私は音楽とは、演奏とは、なにより演者の心の在り方に大きな影響を受けると思っています。技術が拙くとも大きな思いの籠った音は人の心に響きますし、逆にいかに技術が優れていてもからっぽの音が心を揺さぶることはないと思います。

 

 だからこそ、確信を持って言えます。今日の私の演奏は間違いなく、これまでで最高の演奏であると……。

 

 いつも以上に軽い指の感覚に楽しさを覚えつつ、軽く数曲演奏したあとで一区切りしてひとりさんの方を見ると、ひとりさんはキラキラと目を輝かせてこちらを見ていました。うっすらと目に涙が浮かんでいるようにも見えます。

 

「……どうでしたか?」

「……すっ……凄かったです! あの、えっと、なんか凄すぎて、すぐには言葉が出てこないっていうか……私、クラシックは全然詳しくないんですけど、感動しました。演奏してる有紗ちゃんも、キラキラしてて、凄くカッコよくて……えっと、上手く言葉が出ないですけど、本当に凄かったです!」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」

 

 どうやら私の演奏はひとりさんの胸を打つことができたみたいで、やや興奮した様子で語るひとりさんを見て思わず笑みがこぼれます。

 私としても会心の演奏と言っていい出来でした。やはり、愛する人のために演奏すると全く違うものですね。

 

「……一緒に演奏したいなぁ……」

「一緒に演奏? ええ、しましょうか?」

「あぇ!? こっ、声に出てましたか? す、すみません。一緒に演奏はしたいですけど、アンプとかもないので……」

「ありますよ」

「へ?」

 

 キョトンとするひとりさんの前で、私は席を立って部屋の一角にある機材の収納スペースからギターアンプやケーブルを取り出します。

 

「……こんなこともあろうかと、エレキギターが演奏できる一式は取り揃えていますよ。ギター本体はありませんが、それはひとりさんが持っていますしね」

「え? えぇ……さ、流石有紗ちゃん」

 

 ……本当は、ひとりさんの誕生日サプライズの一環として用意しておいたもので、ひとりさんが使うことを想定して用意していたのでギター本体は無いのですが……。

 まぁ、バレて困ることではありませんし『アレ』はじいやが別の部屋に移してくれているので問題はありません。

 

「ひとりさんがギターヒーローの名義で投稿した動画に、いくつかピアノとギター向きの曲もありましたよね?」

「あっ、そうですね。えっと……この前動画にしたあの曲がいいかもしれません」

 

 私の言葉にひとりさんは嬉しそうな笑顔を浮かべたあと、少し慌てた様子で演奏の用意をしていました。

 

「あっ、えっと……路上ライブの時以来ですね」

「そうですね。ギター同士での簡単なセッションはしましたが、本格的なものはあの時以来ですね。今回は扱い慣れて無いキーボードではなく、慣れたピアノなのでもう少しセッション出来る気がします」

「むっ、むしろ、私が置いて行かれないか心配です」

「大丈夫ですよ。なんとなくですが……息が合う気がするんです」

「あっ、わっ、私もです」

「ふふ、一緒ですね」

「えへへ、はい!」

 

 ひとりさんと軽く微笑みあったあと、示し合わせたように一緒に演奏を始めました。感じた予感は間違いではなかったようで、特に意識して合わせようとしなくてもひとりさんの演奏とピッタリ合うような感覚がありました。

 路上ライブの際はサポートが精一杯でしたが、いまは一緒に演奏しているという感じで……なんというか、本当に楽しそうです。

 

 ひとりさんも、楽し気に微笑みながらギターを弾いており、私とのセッションを楽しんでくれているのが伝わってきました。

 言葉ではなく奏でる音楽で繋がり合うような心地良さと共に、しばし私とひとりさんは時間を忘れてセッションを楽しみました。

 

 

 

 




時花有紗:ピアノの腕はプロ級ではあるのだが、友人のピアニストが世界トップレベルであるため、自己評価はあまり高くない。ただし、ひとりに向けての演奏であれば絶対の自信を持つあたりは、さすがの強メンタル。

後藤ひとり:有紗の愛の籠った演奏に感動したし、演奏する有紗を乙女の顔で見つめていたりもした。前々から有紗とまたセッションしたいと思っていたので、思わぬ機会に大喜び。

箕輪誠二:通称じいや、有紗父からの信頼も厚く、非常に優秀な人材。たぶんなにか頼むと一晩で片付けてくれたりする感じの人。例によってたいして出番はないので覚える必要はない。

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