日曜日の夕方に家に戻ると、今日はお父様の予定が合うとのことで一緒に夕食を食べることになりました。お母様はモデルの仕事で海外ですので、残念ながら家族集合とはなりませんが、お父様と一緒に食事できるのはいくつになっても嬉しいです。
お父様の指示でしょうか? 私の好物ばかりが並ぶ食卓で、美味しい料理を楽しみつつお父様に最近のことを交えながら話します。
お父様は忙しい方ですが、それでも私やお母様……家族のことはとても大切にしてくださっており、こうして時間ができた際には、楽しそうに私の話を聞いてくださいます。
「そういえば、お父様。私、好きな相手が出来ました」
「……おや? そうなのかい? 誰かを好きになるというのはとても素晴らしいことだね。どんな相手なんだい?」
「後藤ひとりさんという方で、学校は違いますが同じ年の女性です。一目見て雷に打たれたように恋に落ちました!」
「女性? まぁ、昨今は多様性の時代だから、そういうのもありかな。しかし、雷の一撃とは我が娘ながら中々洒落たことを言うものだ。ただ、少し心配なのは……いきなりプロポーズとかしなかったかい?」
「しました。一目見て、名前を聞いたその瞬間に」
さすがお父様というべきか、私の行動は察している様子です。私が頷いたのを見たお父様は、苦笑を浮かべます。
「ああ、やっぱりね。それでは相手の子も戸惑っただろう? 有紗の思い立ったらすぐ行動というのは、長所でもあるが短所でもある。時にはしっかりと熟考してから行動しなければならないよ」
「ええ、かなり戸惑わせてしまったようで、いまは反省しております。とりあえず、最初はお友達からということで話は纏まりまして、この休日はひとりさんのご自宅に遊びに行かせていただきました」
「ははは、さすがの行動力だね。有紗なら相手の家に迷惑をかけたりはしていないと思うが……箕輪、念のために有紗が訪れたという家に、娘が世話になったと礼の品を贈っておいてくれ。あまり高価な物でも委縮されるだろうから、価格は控え目で消費できるものを頼む」
「畏まりました、旦那様」
じいやに軽く指示を出したあとで、お父様は私に優し気に微笑みながら尋ねてきます。
「それで、そのひとりちゃんだったかな? その子はどんな子なんだい?」
「少し内気な方ではありますが、相手を気遣う優しい心の方です。それと、ロックが好きでギターを演奏されるようで、あまりギターに詳しくない私でも分かるぐらい、上手な演奏をされていました」
「ギターか、懐かしいな。私も昔少しだけ齧ったことがあるよ」
「え? そうなのですか?」
「ああ、難しくて途中で止めてしまったけどね。その頃に知り合った相手で、いまはメジャーバンドとして活躍しているロッカーもいる。有紗がもし興味があるなら、紹介してあげるよ」
「ありがとうございます。たしかに、ひとりさんとロックの話をするために、ロックの勉強も必要かもしれませんね」
お父様は極めて広く多様な人脈を持つ方なので、世界的なアーティストとも多くの交流がありますし、お父様の持ち会社がスポンサー契約を結んでいるアーティストも複数います。
私自身はいままでさほどロックに興味はありませんでしたが、ひとりさんと共通の話題になり得るのならしっかり学びたいと思います。
「そういえば、話は変わるけど高校はどうだい?」
「とても楽しいですよ。大半の方は中学時代からの知り合いですし……」
お父様が学校について尋ねてきたので、話を変えます。私の通う聖真女学院は中高一貫なので、中学時代の友達がほとんどです。もちろん少数ですが、高等部から編入してくる方などもいますが、大半は中学時代からの友達ということもあって、馴染むのはとても早かったです。
私はそのままお父様の時間の許す限りいろいろな話をして、お父様と過ごす時間を楽しみました。
食事と会話を終えて出かけるお父様を見送った後は、じいやに事前に手配してもらっていた内容の確認をします。
「じいや、お願いしていた手配は?」
「問題なく。送迎の準備も出来ております」
「ありがとうございます。いつも、手間をかけてすみません」
「お気になさらず、お嬢様の願いを叶えるのが私の役目ですから」
今日は自宅で寝るのではなく、ホテルに泊まる予定なので部屋に戻って支度を整えたあとでじいやの手配してくれた送迎で、宿泊する予定のホテルに向かいました。ふふ、明日が楽しみです。
****
事前にロインでひとりさんに教えてもらった家を出発する時間に合わせてひとりさんの家に着き、呼び鈴を鳴らそうとしたのですが、タイミングよくひとりさんが出てきてくださったので笑顔で挨拶をします。
「おはようございます、ひとりさん!」
「ひえっ……」
私が声をかけるとひとりさんは驚いたような表情を浮かべて硬直しました。コレはある意味タイミングが良すぎましたね。
ひとりさんが驚かれるのも無理はないので、まずは事情を説明しましょう。
「朝早くから申し訳ありません。今日はひとりさんが普段どんな風に通学しているかを知りたくて、一緒に通学させていただこうと参りました」
そう、私が今回ひとりさんの家に来たのは、一緒に通学をするためです。もちろんひとりさんとは通っている学校が違うので、途中までではありますがひとりさんと一緒に通学しつつ、普段ひとりさんがどんな風に通学しているかも知ることができるという一石二鳥です。
「……あっ、え? えぇ? あ、有紗ちゃんって……家は、この辺じゃない……ですよね?」
「はい。なので、前日は近場のホテルに宿泊しました」
「あっ、そ、そそ、そうなんですか……」
「あまり長々と話しても遅れてしまいますので、さっそく参りましょう」
「あっ……はい」
少し遠い目をしていたひとりさんでしたが、私が声をかけるとどこか諦めたような表情を浮かべて頷きました。
ひとりさんと共に道を歩き、駅に向かって電車に乗ります。比較的空いている車内で、ひとりさんと並んで座りながら会話を楽しみます。
このまま1時間以上電車に乗ったままなので、その間ずっとひとりさんの隣に座っていられると思うと、心が弾みます。
「もっと混雑しているかと思いましたが、意外と空いているんですね」
「あっ、この時間はまだ……〇〇駅ぐらいから、混みます。あっ、なので、最初に座っておけるので楽ではあります」
「なるほど、ひとりさんの自宅からだと、かなり距離がありますからね……そういえば、ひとりさんはなぜ秀華高校を選んだんですか?」
「あっ、えと……高校は誰も過去の自分を知らないところにしたくて……」
なるほど、高校に進むことで環境を一新したというわけですね。新しいことに挑戦したら、新しい人間関係を構築したりと、大変ではありますが新たな環境というのもいいものです。
毎日長時間ギターの練習をしていることといい、ひとりさんは向上心の強い方なのかもしれません。
「なるほど、ちなみに普段学校ではなにをされているんですか?」
「ふっ、ふふ、普段学校ではなにを!?」
「え、ええ……あっ、休み時間などのお話です」
「やっ、やや、休み時間……あっ、え、ええと……」
「やはりお友達とロックの話などをされているんでしょうか?」
「おお、お、おと、お友達……」
「あの、ひとりさん? 大丈夫ですか?」
突然青ざめて大量の汗をかき、視線がものすごい勢いで左右に動いているひとりさんを心配して声を掛けますが……どうしたのでしょうか?
体調が悪いというよりは、なにか焦っているような……はて? 焦るような質問をした覚えはないのですが……。
「……あっ……その……休み時間は、く、クリエイティブな活動とかを……」
「クリエイティブな活動? ああ! オリジナル曲を作ったり、作詞したりということですか? さすがの熱意ですね」
「………………ごめんなさい。嘘です。休み時間は、基本的に寝たふりをして過ごしてます」
気まずそうな様子で視線を逸らして、小さな声で消え入るように告げるひとりさん……これは、もしかしなくても質問を間違えてしまったかもしれません。
ひとりさんはどこか重い空気を纏いながら、俯き気味で話し始めました。
「……あっ、その、私、中学時代というか……ずっとひとりも友達がいなくて……それどころか、中学時代にやらかして、誰も自分を知らない高校に行きたくて選んだだけで……高校行ってもなにも変わらず……バンドをやりたいと思ってもなにもできず……ネットでひとり演奏してるだけのクソ陰キャです。すみません」
「そうだったんですか……ひとりさん、ひとつよろしいですか?」
「あっ、は、はい」
「……その、浅学で申し訳ありません。たまに聞くことはあるのですが、詳しく意味を理解しておらず……陰キャとは、どういう意味なのでしょうか?」
「……はえ?」
まったく聞き覚えが無いというわけでは無く、何度か聞いた覚えはあります。その時の雰囲気などからいい意味の言葉ではないというのは理解しているのですが、あまり詳しく知らないため質問しました。
するとひとりさんはキョトンとした表情を浮かべたあとで、浅学な私に説明してくれました。
「……あっ、えっと……陰気なキャラクターの略で、コミュニケーション能力もなく社会性も乏しい、周りの人間を不快にさせるだけの陰湿な私みたいな存在のことです」
「教えていただきありがとうございます。ですが、いまの話を聞く限り特にひとりさんに当てはまる要素がないのですが?」
「え? で、でも……」
「私はひとりさんと会話していて不快に感じたことなどありませんし、むしろ楽しいです。陰気や陰湿と感じたこともありません。あまり自身を卑下し過ぎるのはよくないと思いますよ」
「……有紗ちゃん」
ひとりさんはおそらく自己評価の厳しい方なのでしょう。それはひとりさんの強い向上心の要因でもあるので、悪いとまでは言いませんが、己を悪く言うのは感心できません。
「それにもうひとつ訂正を……ずっと友達がいないと仰られていましたが、いまはほら、ここに居ますよ? 友達一号です。ふふ、私がひとりさんの初めての友達というのも、なんだか嬉しいですね」
「……あっ……は……はい」
「これまでがどうであれ、些細なきっかけで大きく好転するというのはままあるものです。ひとりさんは高校に入ってたった2週間で、中学時代3年かけても出来なかった友達を作れたわけですし、むしろ凄いことではないでしょうか? この調子でいけば、更に2週間後にはもうひとり……いえ、ふたり以上の友達が増えていてもおかしくないですよ。バンドに関しても……いまはまだ、見つかってないだけですよ」
「……あっ、ありがとう……ございます」
私の言葉を聞いたひとりさんは、少しはにかむように小さく笑みを浮かべてくれて、それを見て私の心も温かくなるように感じました。
「少し話は変わりますが、ひとりさんの高校は校則が厳しいところでしょうか? スマートフォンの使用などは?」
「あっ、えっと、授業中に電源を切ってれば、休み時間とかは自由です」
「なるほど、私の学校と同じですね。でしたら、どうでしょう? 休み時間などに時間があるようでしたら、私とロインでやり取りをしませんか? もちろん他に予定がある場合はそちらを優先していただいて大丈夫ですし、休み時間のズレもあるでしょうからリアルタイムとはいきませんが……その分、時間をかけて文面を考える楽しみがありますからね」
「……あっ、はい。あの、面白い話とかは、出来ないかもしれませんけど……有紗ちゃんさえ、よければ……お願いします」
「はい、こちらこそ。ふふ、休み時間の楽しみが増えて、嬉しいです」
高校が違うので休み時間にひとりさんと過ごせないのは本当に残念だと思っていたので、ロインでやり取りできるのは嬉しいですね。
もっとひとりさんのことはたくさん知りたいですし、どんなことを話そうかと、いまから楽しみで仕方がありません。
「……あっ、あの……有紗ちゃん」
「はい?」
「……ありがとうございます」
「ふふ、変ですね、むしろ私のお願いを聞いていただいたのだと思いますが……」
お礼の言葉を口にするひとりさんの表情は、先ほどまでより少しではありますが、確実に明るいものであったように感じられました。
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ひとりさんと知り合ってから、あっという間に2週間が経過しました。本当に楽しい時間が流れるのは早いもので、この2週間はいままでの人生で一番早く過ぎた気がします。
今日は2週間ぶりにひとりさんと一緒に登校しようと、前日にロインを送って再びひとりさんの家にやってきました。
私の気持ちとしては出来れば毎日ひとりさんと通学したいのですが……さすがに距離が距離なので、前日にホテルに泊まる必要があるので毎日とはいきません。多くとも月に2~3度が限界でしょうね。
なので、今日の私は久々のひとりさんとの通学ということで少し浮かれている自覚があります。
ひとりさんとは、2週間でより仲良くなれたような確信があります。最初は私の方から話を振るばかりでしたが、最近はひとりさんの方から話を振ってくれることも多くて嬉しいです。
そんなことを考えつつ、ロインで到着したことを連絡すると、ひとりさんが出てきたのですが……なにやら、いつもと様子が違いました。
「……ひとりさん、その恰好は?」
「え、えへへ……ど、どうですか? バンド女子感が、凄いと思いませんか?」
「う、う~ん。私はバンド女子というのをあまり知らないので、判断に迷うところですが、こういうものなのでしょうか? とりあえず、ギターを持っているのでひとりさんがギターを演奏する方というのは、一目で分かるかと思います」
現れたひとりさんは、いつものジャージの上にリストバンドを大量に付け、缶バッチのたくさん付いた鞄を持ってギターケースを担いでいました。
バンド女子というのは分かりかねますが、誇らしげな様子のひとりさんはとても可愛らしいです。
とりあえず、電車の時間があるので頭に浮かんだいくつかの疑問は後回しにして、一緒に駅に向かいます。そして電車に乗って、空いている席に座ってから気になっていたことを尋ねることにしました。
「……ところで、ひとりさん。なぜ急にそのような恰好を?」
「あっ、えっと、やっぱりバンドをやりたいので、もうちょっと勇気を出してみようと思いまして……ギターを持って学校に行こうかと……」
「なるほど、確かにギターを持っていれば、同じようにロックに関心のある方の興味を惹くかもしれませんね」
「あっ、そ、そうですよね……そそ、それで、声を掛けられて、もしかしたら軽音部とかに誘われちゃうかもしれないですし……」
ひとりさんがバンドをやりたいと思っているという話は本人から聞いて知っていますし、中学時代に夢見つつもバンドメンバーを集めることができなかったという話も聞いていますし、痛ましく思っていました。
事態が好転すればという思いは私にもあるのですが、その上でひとつ……。
「……えっと、自分から軽音部に入部するというのは?」
「……そっ、それが、自主的に出来るなら……私は、中学校の頃に既にバンドを組めてるはずなんですよ……」
「そ、そうですか……」
私自身が思い立ったら即行動するタイプなので、基本的に待ちの作戦に違和感を覚えているだけなのかもしれません。
ですが、果たしてひとりさんの言うように、見た目とギターだけで声を掛けられるものでしょうか? こればっかりは実際に試してみないと分かりませんね。
「ですが、いいと思います。ひとつの切っ掛けで大きく変わることもありますし、いままでと違う方法を取るというのは決して間違いではないはずです。いい結果につながるといいですね」
「あっ、はい……えへへ、これで、私もバンドデビューが……」
「仮に上手くいかなかったとしても、その時は次の方法を考えればいいですから、無駄にはなりませんよ。上手くいけばそれでよし、駄目だったなら私も協力しますので、新しい方法を一緒に考えてみましょう」
「あっ、ありがとうございます」
現状を変えようと前向きに頑張ろうとしているのはとても素敵ですし、私も心から応援したい気持ちでいっぱいです。
ただそれで、果たしてバンドが組めるかと言われればどうにも難しい気がしてならないので、駄目だった時のためにひとりさんを慰める言葉を考えておきましょう。
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学校が終わり、お友達たちと一緒に道を歩いているとスマートフォンから音が聞こえて立ち止まりました。
「失礼します」
友達に断りを入れてからスマートフォンを確認すると、ひとりさんからロインが届いており、そこには……『バンドに一時的に入って、今日ライブをすることになった』という内容の文がありました。
……上手く、いくんですね……やはり、時として受け身の姿勢も悪くはないのでしょうか? しかし、それはともかくとして、どういう状況なのでしょうか? 軽音部に所属したのであれば、そう記載があるはずですが、そういった様子では無いですし……いきなりライブというのも、不思議です。
「……有紗様?」
「ああ、いえ、申し訳ありません」
難しい顔をしていた私を心配して友達が声をかけてくださったので、微笑みながら軽く頭を下げます。とりあえず、好意的に考えるべきですね。
ひとりさんはずっとバンドをやりたがっていましたし、その願いが叶って夢への第一歩を進み始めたのなら、私がするのは祝福と応援です。
時花有紗:行動ゲージがぶっ壊れていることを除けば、基本的に心優しい性格。
有紗パパ:百合に理解のある父親。時花グループという超デカいグループのトップで呆れるぐらいの金持ちで、娘の有紗を溺愛している……たいして出番はないので覚えてなくても問題はない。
箕輪:じいやと呼ばれている初老の執事。たいして出番はないので(ry