ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十三手逢瀬の温泉旅行③

 

 

 温泉でサッパリとしたあとは、少し雑談などをしつつ過ごして夕食の時間となりました。ここの宿の食事はかなり美味しいと評判なので楽しみではありますが、それ以上に熱く語りたいことがあります。

 それは、ひとりさんの浴衣姿の愛らしさです! 特に湯上りの上気した肌で浴衣を身に纏っている姿など、美術館に展示されていてもおかしくないほどの美しさでした。

 落ち着いた色合いの浴衣に、ひとりさんの桃色の髪が映えて、非常に素晴らしい光景です。

 

「……やはり、いまのひとりさんは美と慈愛と輝きの化身といっても過言ではないのでは?」

「かっ、過言です! そして、文化祭の時より増えてます……とっ、というか、私より有紗ちゃんの浴衣姿の似合い方の方が凄いんですが……」

「そうですか? ですが、ひとりさんにそう言っていただけるのは嬉しいですね。ひとりさんの浴衣姿も本当に愛らしくて、素敵ですよ……あ、もう一枚写真撮ってもいいですか?」

「さっ、さっきあんなに撮ったのに!?」

 

 たしかに先ほども湯上りの姿を頼み込んでスマートフォンで撮影させていただきました。しかし、ある程度時間を空けて落ち着いた今の姿もまた違った魅力があるんです。

 

「もぅ、有紗ちゃんは本当に……いっ、1枚だけですからね」

「はい。ありがとうございます!」

 

 ひとりさんは少し呆れたような、それでいて優し気に苦笑を浮かべてから写真を撮ることを許可してくれました。ひとりさんの慈悲に感謝しつつ、写真撮影させてもらったあとで食事の用意ができたとのことで運び込んでもらいました。

 コース料理の様に配膳してもらうこともできる様でしたが、それはひとりさんが落ち着かないでしょうし、最初に全て配膳してもらう形にしました。

 そして、私とひとりさんの正面にある大きな木のテーブルの上には、所狭しと豪華な料理が置いてあります。

 

「……あっ、あの、有紗ちゃん……多くないですか?」

「多いですね。いちおうちゃんと2人前で頼んだのですが……ただ、品数はかなり多いですが、ひとつひとつの盛りは少なめなので、全体の量としては……いえ、やはり多いですね」

「……たっ、食べ切れますかね?」

「まぁ、無理して食べ切る必要は無いです。食べられるだけ食べましょう」

 

 私もひとりさんもそれほどたくさん食べるわけでは無いので、この料理の量は多すぎる気がします。極めて空腹ならともかく、昼に食べ歩きもしていますので厳しいですね。

 

「とりあえず、食べましょう。ここの宿の料理は美味しいと評判らしいですよ」

「たっ、確かにどれも凄く美味しそうですね。というか、半分ぐらいは料理の名称も分からないです……これとかも」

「それはおそらく、口替りに近いものではないでしょうか?」

「口替り?」

「会席料理……この場合は宴会料理の方の会席ですね。海、山、里の物を少量ずつ盛り合わせた料理で、主に酒の肴として出されることが多い料理です。とはいえ、酒の肴としてしか出さないというわけでもないので、お洒落な料理の一環として口替りに似た料理を出しているのでしょう」

「……なっ、なるほど?」

 

 ざっと見た感じでは、あまりジャンルにこだわらず様々な和食の料理形式を取り入れている様子です。賑やかで華やかに感じるので、やはり総合すると会席料理が近いでしょうね。

 

「和食の名称はややこしいですからね。懐石料理、会席料理、本膳料理、精進料理の4つが代表的ですが、それぞれにかなり種類がありますからね。あまり名称などは気にせず、美味しそうなものを食べるぐらいの感覚でいいですよ。私とひとりさんのふたりだけなので、マナーを気にする必要もありませんし、楽しく食べましょう」

「あっ、はい。そうですね。確かに、アレコレ悩んで食べると勿体ないですね」

 

 私の言葉を聞いて少し表情を明るくしたひとりさんは、視線を動かして興味の向いた料理を食べ始め、少ししてパァッと表情を明るくしました。

 ひとりさんは美味しいものを食べた時は、かなり表情に反応が出るので、見ていて本当に可愛いです。

 

「もっ、もの凄く美味しいです! スッて口の中で溶けるみたいで……」

「確かに噂に違わず素晴らしい味ですね。幸い料理はたくさんありますので、心行くまで食べましょう」

「はい!」

 

 美味しそうに食べるひとりさんを見ているだけで幸せではありますが、その美味しいという思いをひとりさんと共感できるのはもっと幸せです。

 

「ひとりさん、この料理はかなり洗練された味わいですよ。よろしければ、どうぞ」

「あぇ? あっ、えっと……いっ、いただきます」

 

 ちなみに、向かい合う形ではなく隣に座って食事しているので、こうして些細なタイミングでひとりさんに「あ~ん」をすることができます。大変素晴らしいシチュエーションですし、せっかくの機会ですしひとりさんとふたりっきりの食事を堪能させてもらうことにしましょう。

 

 

****

 

 

 やはりというべきか、私たちふたりでは多すぎましたが、思ってた以上に食べることはできました。料理が素晴らしかったことと、時折ひとりさんと互いに「あ~ん」をしつつ食べていたおかげでしょうね。

 

「あぅ……ちょっ、ちょっと、食べ過ぎました。おっ、美味しくてついつい……お腹いっぱいです」

「ボリュームもあって大満足の食事でしたね。ただ、私も少し食べ過ぎましたし、向こうの縁側がある部屋で庭を眺めながら休憩しましょうか」

「あっ、はい。そうですね。ちょっと、ゆっくりしたいです」

 

 ひとりさんと共に庭の見える部屋に移動します。冬場ということもあって窓は閉めたままですが、それでも夜に見ることも想定して作られている庭園は、室内の明かりに照らされて美しく見えました。

 窓の近くの座椅子に並んで座りながら、ぼんやりと庭園を眺めつつ、用意してきた緑茶を飲んで食休みをします。

 

「ひとりさん、部屋の明かりを消してもいいですか?」

「え? あっ、明かりをですか? いいですけど、どうしてですか?」

「いえ、今日は天気もいいので明かりを消せば星や月がよく見えそうなので……」

「あっ、そっ、そういえば、前に有紗ちゃんの家に泊った時に次は星が綺麗な場所で見ようって話をしましたね」

 

 ひとりさんの言う通り、以前ひとりさんが私の家に泊った際にベランダで一緒に星を見ましたが、やはり都会では見える星空にも限界がありました。

 ひとりさんに断りを入れてから部屋の明かりを消すと、夜空に煌めく星と綺麗な月が見えました。今日は月がとても明るいですね。

 

「やっ、やっぱり、都会とは全然違いますね」

「街の明かりが少ない分夜空が綺麗に見えますね」

 

 ひとりさんと並んで座椅子に座り、大きな窓から夜空を見ます。煌めく星々と明るい月……ひとりさんと一緒に見ていると思うと、感慨もひとしおです。

 

「……あっ、月が綺麗ですね」

「………………え?」

「へ?」

 

 ひとりさんがポツリと呟いた言葉に、思わず勢いよく振り返ってしまいました。すると見えたのは、月明かりに照らされてポカンとしているひとりさんの顔……ど、どうやら深い意味はなく、普通に言っただけのようです。

 文豪、夏目漱石が英語教師をしていた際に英語の「I Love You」という単語を、生徒たちに訳させた際に「日本人はそんな直球に愛を伝えることはしない。月が綺麗ですねとでも訳しておきなさい」と教えた逸話が由来となり、月が綺麗ですねという言葉が愛の告白という意味を持つようになった話はそれなりに有名ではありますが、当然知らない人だって多いです。

 

 まぁ、そもそも夏目漱石が由来というのは一種の都市伝説のようなもので、正式な記録があったり著作に記されたりするわけではないので、信憑性は不明と言われていますが……。

 ちなみに返事としてよく使われる「死んでもいいわ」というのは、二葉亭四迷がロシア文学を翻訳した際に「ваша」……「あなたに委ねます」という女性の台詞を「死んでもいいわ」と訳したものが由来と言われています。

 

「……あっ、あの、有紗ちゃん? 私なにか、変なことを言いました?」

「ああ、いえ……う、う~ん」

 

 一瞬説明するべきかを迷いました。説明すればひとりさんは大きな羞恥を味わうことになるでしょうし、黙っているというのもひとつの手ではあります。

 ですが、昨今インターネットで調べれば大抵の答えは得ることができます。私がひとりさんの「月が綺麗ですね」という言葉に反応したのは、ひとりさんも分かっているでしょうし、後でスマートフォンで調べればすぐに答えに辿り着くでしょう。

 

「……えっと、ひとりさんがそういう意味で言ったのではないのは分かっているのですが……月が綺麗ですねという言い回しは、『あなたを愛している』という意味合いで使われることもあるんですよ」

「はぇっ!? あっ、え、え、え、ち、ちが、わわ、私は……」

「分かってます。そういう意味で使われることもあるというだけで、知っている人は知っているという程度のものです。私はたまたま知っていたので、少し驚いてしまったというわけです」

 

 そのまま私は簡単に由来と言われる話も含めて、ひとりさんに説明しました。ひとりさんは、私が誤解してないことが分かって落ち着いた様子で、話を聞き終えたあとは感心した様子で頷いていました。

 

「……あっ、な、なるほど……そっ、そんな、隠語みたいなのがあるんですね」

「ええ、由来は不確かな部分はありますが、ロマンチックな言い回しなので好んで使う人もいるみたいですよ。まぁ、相手に通じるとは限りませんがね」

「たっ、確かに、私も知らなかったですし……あっ、相手が知らなかったら、空気が死にそうですね」

「ふふ、確かにそれは言った方は恥ずかしいでしょうね」

 

 そんな風に話をしつつ、再び月を見上げて……ふとあることを思い付いた私は、ひとりさんの方を向いて微笑みながら口を開きました。

 

「ひとりさん」

「あっ、はい?」

「……月が綺麗ですね」

「ふぇ…‥あっ、え? あっ、あぅ……」

「さて、そろそろ寝る準備をしましょうか」

「……あっ、有紗ちゃんは意地悪です!」

「ふふふ」

 

 私がどちらの意味で言ったのかは、ひとりさんも分かっているのでしょうね。月明かりに照らされる顔が赤みを帯びているのが見えて、なんだか幸せな気分になりました。

 

 

 

 




時花有紗:珍しく遠回しの愛の告白……遠回し? 遠回しなのかこれ?

後藤ひとり:終始いちゃいちゃしてるぼっちちゃん。しばらく顔の赤みは引かなかったとか……。
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