ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十四手逢瀬の温泉旅行④~sideA~

 

 

 夕食を食べて、ひとりさんとふたりで月を眺めながら雑談をしたあとは、少々早い時間ではありましたが就寝することにしました。

 今日は移動も多く、明日も観光をする予定なので疲れを取るためにも、早めに寝ておく方がいいですね。

 

「ですが、その前に……ひとりさん、この布団にうつ伏せに寝転んでください」

「はぇ? え? あっ、はい」

 

 私の言葉を聞いたひとりさんは、戸惑いつつも言う通りに布団にうつ伏せに寝転びました。それを確認してから、私はひとりさんの背中に手を伸ばします。

 

「あっ、ああ、あの、有紗ちゃん? いっ、いったいなにを……」

「マッサージをしようと思いまして」

「あっ、まっ、マッサージ?」

「はい。まぁ、正しくはストレッチに近く、ある程度大きく体を動かす形ですが……筋肉痛の防止ですね」

「あっ……なるほど」

 

 以前江の島に行った際に、ひとりさんは翌日全身筋肉痛になっていました。今回もそれなりに歩いて移動したので、明日のことを考えるとストレッチやマッサージは行っておいた方がいいと思います。

 まず、マッサージで血行を良くしてからストレッチを行って、翌日の筋肉痛を防止するとともに睡眠の質の向上も期待できます。

 

「というわけで、軽くですが血行を良くするマッサージを行いますね」

「わっ、わかりました」

「では、失礼して……」

 

 了承も得れたのでマッサージを行います。強いマッサージではなくリンパや血行の流れを良くする。疲労回復のマッサージを似た要領で行っていきます。

 

「……んっ……あっ、有紗ちゃん……」

「痛みがありますか?」

「あっ、い、いえ、大丈夫です。むしろ、その……きっ、気持ちいいです」

「それならよかったです。ゆっくり、力を抜いて……私に任せて下さい」

「はっ、はい……ふっ、んぁ……」

 

 じっくり時間をかけて丁寧にマッサージを行うと、ひとりさんは心地よさそうな表情を浮かべてくれており、上手くマッサージできているようでよかったです。

 そのまましばらくマッサージを続けて、タイミングを見計らって大きな動きのストレッチも行う様にします。

 

「ひとりさん、仰向けになって手を少し広げて、足はこちらに……はい。最後に顔をこちら向けてください」

「こっ、こうですか?」

「ええ、その姿勢のまま30秒ほど……その後、左右を入れ替えてもう一度ですね」

 

 筋肉痛防止のストレッチは強くではなくじっくりじわじわと筋肉を伸ばすイメージで行うのが効果的です。筋肉内部の血液循環を促進させ、柔軟性を高めることで筋肉を脱力させて筋肉痛を防止します。

 せっかくの温泉旅行ですし、明日は芦ノ湖の方に出かける予定なのでひとりさんが筋肉痛で楽しめないなどということが無いように、しっかり時間をかけて行います。

 

 マッサージを合わせて計30分ほど、行い筋肉痛防止のマッサージとストレッチは完了しました。

 

「お疲れさまです、ひとりさん。水をどうぞ」

「あっ、ありがとうございます。ちょっと、体がポカポカしますね」

「血行がよくなっている証拠ですね。少し座ってゆっくりしてから、就寝しましょう」

「あっ、はい」

 

 血行がよくなったことで少し体が火照っている状態。そのままでは寝にくいでしょうし、少し雑談をすることにしました。

 話題に上がるのはやはり、明日の芦ノ湖の観光に関してです。

 

「あっ、明日は、どういうところにいくんですか?」

「芦ノ湖の周りの予定です。トレッキングやハイキングも有名なのですが、疲れを癒す目的の旅行で疲れるのもと思って、除外しました」

「あっ、それはありがたいです。とっ、途中でダウンする自信があります」

 

 ひとりさんは江の島の階段でもかなり辛そうでしたし、ハイキングやトレッキングは難しいでしょうし、そういうのは除外しました。

 

「芦ノ湖の観光では遊覧船による観光が定番なので、チケットを取ってあります。ひとりさんは、船酔いなどは大丈夫ですか?」

「あっ、大丈夫です。あんまり乗り物酔いとかはしないです……人には酔いますが……」

「でしたら、問題ありませんね。その後はロープウェイなどに乗りつつ、観光地を巡る予定ですが、それほど細かく決めているわけではありませんので、途中で興味がある場所があればそこに寄るのもいいですね」

「なっ、なるほど……あっ、有紗ちゃんはどこか行きたい場所はありますか?」

「そうですね。九頭龍神社には立ち寄りたいですね。もしかしたらテレビなどで見たことがあるかもしれませんが、芦ノ湖の湖上に小さな鳥居があり、湖の中に龍神が祀られているのですが、その神社ですね」

 

 興味深そうな表情を浮かべるひとりさんに簡単に説明を行います。九頭龍神社に祀られる龍神は、水と良縁の神と言われ、縁結びのスポットとしても有名なので是非ひとりさんと一緒に行きたいと思っています。

 遊覧船の港から歩いていける距離に九頭龍神社新宮があるので、遊覧船での観光と相性がよくアクセスしやすいというのもいいですね。

 

 そのままひとりさんとしばし雑談をして、頃合いを見てそれぞれの布団に入って明かりを消して就寝します。本当に今日は一日中ひとりさんと一緒で幸せでした。明日も朝から晩まで一緒と思うと、思わず口元に笑みが浮かんでしまいます。

 

「それでは、ひとりさん。おやすみなさい」

「あっ、はい。おやすみなさい、有紗ちゃん」

 

 

****

 

 

 心地よい朝です。清々しい朝です……ところで、なぜ目覚めた私の目の前に天使が居るのでしょうか? 日頃の行いに対して、神様がご褒美をくれた結果なのでしょうか?

 ついそんなことを思ってしまうくらいには、目覚めてすぐに目に飛び込んできたひとりさんの寝顔は強烈でした。

 一瞬、以前宿泊した際のことを思い出しましたが、今回は特に抱き枕にされているような感じではありませんでした。

 

 しかし、はて? 私の家に泊った際とは違って同じ布団で寝ていたわけでは無く、別々の布団で眠っていたはずですが、なぜひとりさんが私の布団の中に? 寝相で移動してきたのか、途中で目を覚まして寝ぼけてこちらの布団に入り込んだのか……考えたところで答えは出ません。

 

 ……ただ、まぁ、今回は大丈夫です。前回の時には私は突然の事態に動揺してしまい、思考を纏めて適切な対処ができないまま行き当たりばったりのような状態になってしまいました。

 しかし、あの時とは違います。人は失敗から学び次へ生かすものです。私も前回の失敗から学び、この状況に対する方法はしっかり頭にあり、思考も冷静です。

 

 そして、前回の件から学んだ私の対処方法を実行に移し、眠っているひとりさんの背中に手を回して抱きしめ、片方の手でひとりさんの頭を撫でます。

 そう、私が導き出した最善とは……目覚めたあとの精神的なフォローは私が完璧に行ってみせるというものです。 

 なので、ひとりさんの精神面は大丈夫です。そして、それさえ除けば私にとってこの状況は一切の不利益が存在しません、というわけで、ひとりさんが目覚めるまでは、ひとりさんの温もりを堪能します。

 

「んっ…‥んん……」

 

 私が抱きしめると、ひとりさんは少しだけ体を動かしてまるで甘える様に私の胸に顔を寄せてきました。あまりの可愛らしさで、思考が吹き飛びそうになりました。

 浴衣越しに感じるひとりさんの温もりと柔らかさ、抱きしめたことでよりはっきりと感じられるそれは表現が難しいほどの幸福を私にもたらしてくれます。

 

 さらに頭を撫でると、サラサラと手触りのいい髪の感触、胸元に感じるひとりさんの吐息……天国ですね。完全にこれは天国です。しばらくこのまま時間が止まって欲しいぐらいです。

 しかし、残念なことですが幸せな時間というのはあっという間に過ぎてしまうものです。ひとりさんの寝顔と温もりと堪能していると、少してひとりさんの瞼が動き、ゆっくりと目が開かれました。

 

「んんっ……柔らかくて……温かい……」

「おはようございます、ひとりさん」

「……あっ、有紗ちゃん……おはようございま――え?」

「いい朝ですね」

「は? え? な?」

 

 目覚めたひとりさんは、少し寝ぼけたような目で私を見たあとで大きく目を見開き、自分が寝ていたはずの布団と私を交互に見たあとで、顔を青ざめさせました。

 

「……あっ、もっ、もも、もしかして、私また……」

「いえ、分かりません」

「……へ?」

「私が起きた時点でひとりさんが、私の布団の中に居たのは事実ですが、寝相でそうなったのか……深夜などに一時的に目を覚まして、布団を間違えたのかまでは分かりません。ただ、以前の様に抱き付いていたりとか、そういうことは無かったですね」

「……あっ、そっ、そうなんですか……え? じゃ、じゃあ、なんで私はいま、有紗ちゃんに抱きしめられてるんですか?」

 

 まず戸惑うひとりさんに対して、努めて冷静に情報を伝達します。こうすることで与えられた情報を頭で整理するための時間が生まれ、副次効果として冷静さを取り戻すことができます。実際ひとりさんは、最初よりは落ち着いた様子で尋ねてきましたので、私はそれに返答するためにひとりさんの目を真っ直ぐに見て口を開きました。

 

「その理由は単純です。私としては、ひとりさんが布団の中に居ることに不利益は一切無く、ひとりさんが起きるまでの間に時間もありました。そしてひとりさんを抱きしめて頭を撫でたかったので、そうしていました」

「……そっ、そんな、真摯で真っ直ぐな目で欲望を語られると……私はいったいどう反応すればいいのか、分からなくなるんですが……あっ、あの、先に布団から出るという選択肢は?」

「無かったですね。そのような、勿体ないことはできません。目の前に天国があるのに、そこに手を伸ばさぬという行為は私にはできませんね」

「……あっ、そっ、そうですか……なっ、なんか押し切られてる気が……」

「まぁ、それはそれとして、起きたら支度をして朝食ですね。昨日の感じだと、朝食にも期待ができるので楽しみですね」

「えぇぇぇ、こっ、この状態から即座に朝食の話に移行……有紗ちゃんのメンタルが強すぎて、アタフタしてる私がおかしいような感覚に……」

 

 ひとりさんの精神状態に対するフォローとして、あえて大袈裟なほどに私の欲望という点をアピールします。そうすることで、原因は私でひとりさんは流されている側の立場という形になり、心境的に余裕が生まれます。

 少なくともこれで、羞恥心や自己嫌悪といったことにはならないでしょう。まぁ、ひとりさんを抱きしめて頭を撫でたいという欲望は事実なので、嘘も言っていません。

 

「……しかし……う~ん」

「……あっ、あの、有紗ちゃん?」

「あと5分だけこのままでお願いします」

「なっ、なかなか起きられない人みたいなこと言い出した!? あっ、あの、有紗ちゃん、寝てる時ならともかく起きててこの状況は流石に恥ずかしくて……あの……あ~駄目ですねこれ、たまにある話聞いてくれない状態の有紗ちゃん……あっ、ちょっ、そそ、そんなに強く抱きしめちゃ駄目です!? もも、もう少し優しく……」

 

 いえ、まぁ……その……せっかくの状態なので、手を離すのが勿体ないですし、もう少しだけ、あとちょっとだけ、この温もりを堪能させてもらうことにしましょう。

 

 

 




時花有紗:前回ひとりが宿泊に来た際の反省を生かして、ひとりの精神的な動揺に関しては己がなんとかするので、それ以外では問題は無いため、ひとりが目覚めるまでは幸せなシチュエーションを堪能するという答えに辿り着いた。流石は才女、百合的に完璧な対応である。

後藤ひとり:朝起きてたら抱きしめられてたし、なんか猛将メンタルに押し切られてしばらく抱きしめられてた。恥ずかしがってはいる。恥ずかしがってはいるが……駄目とか拒否の言葉は一言も言ってない辺り、好感度の高さがうかがえる。

温泉旅行:まだ2泊3日の1日目が終わっただけである。
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