ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十五手逢瀬の温泉旅行⑤~sideA~

 

 

 突発的に行うことになった卓球勝負は、なんとか途中でコツを掴んだおかげで私が勝利しました。ですが、3点先取であれば負けていたと思うと、勝負前に練習時間を確保するべきだったかもしれません。まぁ、あくまで遊びなのでそこまで勝敗に拘るようなものでも無いですが……。

 

「あれ? そういえば、これで私はひとりさんにひとつ要望を聞いてもらう権利を得たわけですよね?」

「あっ、はい。イキって返り討ちに合った腐れ陰キャにできることなら、なっ、なんなりと……」

「なるほど……」

 

 思わぬことではありますが、これはこれでいい権利かもしれません。私のやりたいことができる上、賭け事で勝利して得た権利という前提があるので、普段であれば通りにくい要望も通る可能性が高いです。

 

「あっ、あの、ところで、有紗ちゃんは、私に何をさせるつもりですか?」

「……そうですね。もう何をしてもらうかは決めました。今晩権利を使いますね。内容に関しては、その時のお楽しみです」

「あっ、え? こっ、今晩……」

 

 私が微笑みながらいまはまだ内緒だと告げると、ひとりさんは驚いた表情を浮かべたあとで、なぜか慌てた様子で口を開きました。

 

「あっ、えっ、えっちなのは駄目です!」

「……へ?」

「え?」

 

 そして、空気が凍りつきました。率直に言って、そういう発想はまったく無かったです。そもそも根本的に権利を振りかざして無理やり関係を進展させる気などありませんし、思いついていたとしても実行することはあり得ないでしょう。

 ただ、少しこの状況は不味いかもしれません。時として言葉にしなくても伝わることというものは存在します。おそらくではありますが、ひとりさんはいまの私の反応を見て、私にそういったことに権利を使うという発想が皆無だったことを理解したのだと思います。

 

 そうなると、結果として何が残るかといえば……ひとりさんが誤解して先走ってしまったという結果であり、それがひとりさんにいかほどの羞恥をもたらすかといえば、茹蛸のように赤くなった顔ですぐに察することができました。

 

「あっ、ああ、そっ、その、ちがっ、えと……」

「お、落ち着いてください、ひとりさん。私の言い方が悪かったです。確かに、そのような考えに至ったとしても不思議じゃないです。あとで行使するとだけ言えばよかったですね」

「あぅあぅ……」

 

 赤い顔で目を回しているひとりさんに対し、私は必死にフォローの言葉を投げかけます。しかし、そう簡単に落ち着くことはなく、出発時間ギリギリまでかかってしまいました。

 

 

****

 

 

 なんとか回復したひとりさんと共に送迎の車と電車を利用して、芦ノ湖までやってきました。

 

「すっ、凄い……おっきな湖ですね」

「ええ、天気も良くて、本当に綺麗ですね」

 

 大きな芦ノ湖の水面は日に照らされキラキラと輝いており、まだ紅葉が少し残る周りの山々と合わさって、以前一緒に江の島の海を見た時とはまた違った絶景です。

 このまましばらく眺めていたいのですが、船の時間もあるので移動します。ひとりさんと一緒に箱根海賊船の窓口に向かいます。

 

「あっ、あれ? 有紗ちゃん……チケットは買ってるんじゃ?」

「ええ、ロープウェイと合わさったものを購入していますが、特別船室券を買うことで普通とは違う特別船室に入ることができるんですよ。特急などで言うグリーン席のようなものですかね?」

「あっ、そっ、そんなのがあるんですね」

「片道600円なので比較的リーズナブルです。いろいろな特典があるんですよ」

「へぇ……」

 

 混み合う時期などは特別船室券が早々に売り切れる場合もあるようですが、今回は問題なく購入することができました。

 特別船室券があると乗船も専用の入り口から行えるので、一般のチケットよりもスムーズに乗船出来ます。ひとりさんと一緒に港に停泊している船の乗船口に向かいます。

 

「あっ、すっ、凄い。カッコいいですね」

「かなり本格的ですよね。内装にもこだわってるみたいですし、特別船室からは特別船室専用のデッキに出られるので、一般船室に比べて空いているのが特徴ですね」

「そっ、それは、私としては本当にありがたいです」

 

 特別船室に入ると、広々とした木造りの船室に豪華なソファーが並んでおり、ひとりさんと一緒に景色がいい最前列のシートに座ります。

 芦ノ湖の景色が前方の窓から見えて、非常に素晴らしいです。そして船が出航したあとは、デッキに出てみようという話になり、船内の売店でドリンクを購入してデッキに出ました。

 

「……風が気持ちいいですね」

「あっ、はい。景色も凄いですね。富士山がかなり大きく見えます」

「ここはかなり富士山に近いですからね」

「そっ、それに、海賊船ってやっぱりなんかカッコいいですね。ここでギターとか弾いたら、カッコいいかも?」

「確かに面白いかもしれませんね。未確認ライオットに関して、MVを撮影する予定ですし曲次第ですが、船上なども一種のシチュエーションとしては有りかもしれませんね」

 

 未確認ライオットにはMV審査があるので、必然的にMVを撮影することになります。ただ、現状ではそちらにはまだ一切手つかずと言える状態です。なにせ、未確認ライオット用の新曲が未完成の状態なので、MV撮影に勧める段階にはない感じですね。

 ただ、案を出しておくのは有効です。船上というシチュエーションは目を引きますし、必要であれば私が船の一隻でも貸し切れば簡単に撮影もできますので問題ありません。

 

「ちなみに、ひとりさんはどんなシチュエーションのMVがいいと思いますか? まだ、曲は出来てないので想像ですが……」

「あっ、えっと……薄暗い荒野と稲光をバックに演奏して、曇った空からドラゴンみたいなのが現れて……こっ、こう、私たちの服装と合わさって曇天からの審判のような雰囲気で……」

「……なるほど、少しダークファンタジーの雰囲気ですね」

 

 たぶん、高確率で虹夏さん辺りに却下されるでしょうね。そもそも新曲にドラゴンが関係してくることはほぼ無いでしょう。

 ひとりさんが好きそうな雰囲気といえばたしかにその通りですが……やはり、メタルとかパンクっぽい雰囲気になりがちですね。

 

「あっ、有紗ちゃんはなにかありますか?」

「そうですね。斬新なシチュエーションもいいですが、定番もいいと思いますよ。学校やビルなどの屋上での演奏とか……」

「あっ、たっ、確かにそういうMVは多いですね。フェンス越しに演者が映ったりとか……おっ、大き目のトンネルとかもありますね」

 

 やはり好きなロックの話題になると、喰いつきが違うようで、ひとりさんはかなり楽し気にMVに関して話していました。

 それを見て、私があることに安心して笑みを溢すと、ひとりさんは不思議そうな表情を浮かべました。

 

「……有紗ちゃん?」

「ああいえ、ひとりさんがいい精神状態で未確認ライオットを見据えられているみたいで安心しました。気負いなどは殆どなく、前向きな気持ちでいられるのはいいですね」

「あっ……だっ、だって、それは……えと……私には、有紗ちゃんが居ますから!」

「っ!? ふ、ふふ……ええ、そうでしたね」

 

 真っ直ぐ自信の籠った目で告げるひとりさんはとても力強く、思わず見惚れてしまうほど素敵でした。普段の可愛らしいところもいいですが、時折見せるこうしたカッコよさもひとりさんの魅力ですね。

 

 

****

 

 

 海賊船に乗って桃源台港に辿り着いたあとは、桃源台駅舎内にあるレストランで予定通り昼食を食べることにしました。

 芦ノ湖が見える景色のいいレストランでひとりさんと一緒に窓近くの席に座ってメニューを眺めます。

 

「なにがいいですかね……おや? これは……」

「あっ、有紗ちゃんなにを見て……え? ふわとろオムライス……やっ、やりませんからね!?」

「おや? それは残念です……もし仮に、私がどうしてもと頼み込んだ場合は?」

「……そっ、その時は……考えます」

 

 文化祭でのメニューを思い出すふわとろオムライスというメニューを見たあとでひとりさんを見ると、あの時の魔法の呪文を思い出したのか、ひとりさんは赤い顔で先に「やらない」と宣言しました。

 それでも、絶対にダメとは言わない辺り、ひとりさんは優しいです。

 

「……私は、ビーフシチューにしようかと思いますが、ひとりさんはどうします?」

「あっ、えっと……ハンバーグランチにします」

 

 互いに食べるものを決めて注文し、料理が届くまでの間はこれからの予定についてを雑談します。

 

「あっ、えっと、ロープウェイに乗るんでしたっけ?」

「ええ、早雲山に向かって大涌谷の方に行ってみようかと思ってます。有名な観光地ですからね。他にもこの付近だと仙石原にすすき草原がありますね。映画などで見たことが無いですか? 一面のすすきの中に一本の道がある景色です」

「あっ、確かに、そういうの見たことがありますね。あっ、あれってこの辺りなんですね」

「かながわの景勝50選にも選ばれる有名な場所ですが……若干見ごろのシーズンを過ぎているので今回は除外しました。ひとりさんが興味があるようなら、行くことも可能ですが?」

「あっ、いえ、ああいうのはテレビとかで十分かなぁって……」

 

 秋が一番綺麗に見えるシーズンなので、いまは少し時期が外れています。それと、あえて口には出しませんでしたが、すすき草原の観光はほぼ歩きになるのでひとりさんの体力的にも厳しいのではという判断です。

 そんな話をしていると、料理が届きました。互いに注文した料理を食べ始めて、少ししたタイミングで、私はビーフシチューを一口分掬って、手を添えてひとりさんの方に差し出します。

 

「ひとりさん、一口いかがですか?」

「はぇ? あっ、あぅ……また平然とそういうことを……いっ、いただきます」

 

 旅行に来て何度か行っていることもあって、ひとりさんはすんなりと受け入れてくださいました。そして、少し経つとお返しと言わんばかりに、ハンバーグを一口分食べさせてくれます。

 こういったことが自然に行えるほど私とひとりさんの仲は深まっていると言えるでしょう。本当に嬉しい限りです。

 

 

 




時花有紗:ひとりに対し、なにを要求するかは既に決めている模様。ただ、やはり基本的にいい子なので、その権利をタテに関係を進めたりなどは考えてすらいなかった。

後藤ひとり:あ~んにも慣れてきたぼっちちゃん……えっちな想像したんですね?
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