ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十五手逢瀬の温泉旅行⑤~sideB~

 

 

 食事を終えた有紗とひとりは、予定通り箱根ロープウェイを利用して早雲山を目指す。

 

「あっ、私、ロープウェイに乗るのは初めてです」

「実は私もです。楽しみですね」

「あっ、はい」

 

 ロープウェイのゴンドラに乗り込み、並んで席に座ると、ふとひとりがあることを思いついたように有紗に尋ねる。

 

「あっ、そっ、そういえばロープウェイってゴンドラとは違うんですか?」

「厳密に言えばゴンドラというのはロープにぶら下がっている箱のことなので、これもゴンドラで間違いないですよ。おそらくひとりさんが気になっているのはロープウェイとゴンドラリフトの違いですかね? そこまで大きな違いはありませんが、主にロープウェイは電車で言うところのレールのような役割を果たすロープと、ゴンドラを引っ張るロープ、ふたつの役割のロープを使用するのが特徴ですね」

「あっ、えっと……ゴンドラリフトは違うってことですか?」

「ゴンドラリフトは1本の太いロープにゴンドラを固定して動かすという違いはありますね。特徴を挙げるなら、比較的ロープウェイは大人数を纏めて運ぶのに適しており、ゴンドラリフトは少数を小まめに運ぶのに適している感じですね」

「なっ、なるほど……」

 

 博識な有紗の説明にひとりが感心したように頷くと、ロープウェイはちょうど景色のいい場所に辿り着き、箱根の美しい自然が一望できた。

 ロープウェイ内の自動放送で富士山や周辺に関する説明が流れる。

 

「おっ、思ったより揺れませんね。景色も凄いです」

「この辺りは緑が多いですが、大涌谷に近付くと岩肌などが多くなって景色がまた変わってくるみたいですよ」

「へぇ……あっ、先の方に少し煙が見えますね。あの辺りですか?」

「恐らく噴煙ですね。となると、もう少しで大涌谷ですね」

 

 緑の美しい景色を過ぎると、黄色く染まり噴煙があちこちから吹き出す谷が見えてくる。先ほどまでとはまた違った雰囲気の絶景であり、圧巻の光景にひとりも感動したように目を輝かせていた。

 

「すっ、凄いですね。なんていうか、圧倒されるっていうか……自然の驚異みたいなのを感じます」

「確かに凄い光景ですね。ちなみに観光に行く予定の場所も大涌谷ですよ」

「え? あっ、じゃあ、あそこに行くんですか?」

「さすがに噴煙の近くなどは危険なので近寄れないでしょうが、観光地として整備されているので……大涌谷駅で観光したあと、ロープウェイの早雲山駅に展望テラスのあるカフェがあるみたいなので、そこに向って、休憩して戻る感じですね。雲をモチーフにした飲み物や食べ物があるみたいですよ」

「くっ、雲? なっ、なぜに雲?」

「早雲山だからでしょうね」

「あっ、なるほど」

 

 桃源台駅から景色を眺め雑談をしつつ30分ほどロープウェイに乗っていると、目的地となる大涌谷駅に到着したので、ロープウェイから降りて駅の外に向かう。

 あちこちから噴煙が立ち上る大涌谷の景色が広がると共に、硫黄の独特の匂いも漂ってきた。

 

「あっ、けっ、結構匂いますね」

「硫黄の匂いですね。あちらなどに見える黄色く見える部分は、硫黄が冷えて結晶化したものらしいですよ」

「ふむふむ、やっ、やっぱり、硫黄って言うぐらいだから黄色いんですね」

 

 駅を出てすぐの場所で景色を眺めたあとは、いよいよ本格的に観光に向かうこととなった。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「あっ、はい」

「道は整備されていますが、傾斜はあるので足元には注意してくださいね」

「わっ、わかりま――あっ……」

「ひとりさん!?」

 

 道が傾斜しているので気を付ける様にと有紗が告げた直後、あまりにも綺麗なフラグ回収というべきか、ひとりは傾斜によってバランスを崩して、転びそうになった。

 しかし、有紗が素早く反応してひとりを抱き寄せたことで転倒という事態は免れた。

 

「……だ、大丈夫ですか?」

「あひっ!? はっ、はは、はい。だだ、大丈夫です!? ごっ、ごめんなさい」

「いえ、ひとりさんに怪我がなかったのならよかったです」

 

 有紗の胸に抱きかかえられるような視線になったひとりは、一瞬で顔を真っ赤に染めた。江の島の時もそうだったが、どうもひとりは有紗が時折見せるキリッとした顔に弱いらしい。

 普段は穏やかに微笑んでいることが多い有紗が見せる真剣でカッコいい表情は、その容姿の相まって意識せずとも胸が高鳴るほどの破壊力がある。

 

(あわわわ、なにこれ、まま、また変な感じに……あ、有紗ちゃんの顔がまともに見れないというか……うぅぅ、変にドキドキする)

 

 普段から頼りがいのある相手ではあるが、江の島でトンビに襲われた時やいまは、いつも以上に頼れる雰囲気を放っており……ともかく、ひとりはその雰囲気に弱い様子だった。

 有紗はひとりの姿勢を戻しつつ解放したあとで、スッとひとりに手を差し出す。

 

「転んでしまうと危ないので、手を繋いでいきましょうか」

「あっ、はは、はい。そっ、そうですね。そうしましょう!」

「では、お手をどうぞお姫様……」

「~~!?」

「なんて、ふふ、芝居がかり過ぎですかね?」

「はひっ……ぁぅ……よっ、よろしくお願いします」

 

 いまにも湯気でも出そうなほど顔を赤くしつつ、ひとりは有紗が差し出した手に己の手を重ねる。いままでも手は何度も繋いでいるはずだったが、今日はやけに繋いだ手が熱く感じた。

 それは先ほどの有紗の冗談が原因かもしれない。女優の娘だからか、それとも単純に有紗のスペックが高いからか、その演技はなかなか堂に入ったものであり、本当に王子様の様に凛々しく見えたとは……もちろん口に出せるわけもなく、ひとりはしばし赤い顔で有紗に手を引かれるままに俯き気味に歩いていた。

 

(うぅぅ、もう、有紗ちゃんは! 本当に有紗ちゃんは!! 自分の顔の凄まじさを自覚してほしいよ。有紗ちゃんにキメ顔であんなこと言われたら、誰だって嬉し――恥ずかしくなっちゃうに決まってるんだから!? ううぅ、顔熱い……)

 

 ひとりの顔の赤みがひくまで、しばらくの時間を要したのは言うまでもないことである。

 

 

****

 

 

 周辺をある程度散策してひとりの精神状態が落ち着いてきたタイミングで、ふたりは大涌谷でも有名な店、大きなくろたまごのオブジェクトが目を引くくろたまご館に辿り着いた。

 

「大涌谷といえば黒たまごが有名な名物で、ここで購入できます」

「あっ、黒たまごですか? こっ、このオブジェで想像できるんですが、たぶんその名の通りに黒いたまご……ですよね?」

「ええ、温泉で作ったゆで卵ですね。大涌谷の延命地蔵尊にあやかり、1個食べると7年寿命が延びるとも言われています」

「とっ、ということは10個食べたら70年……」

「複数個効果が重複するのかはわかりませんが……そういった迷信的なものを除いても、通常のたまごより黄身の旨味成分が高くて美味しいらしいですよ」

 

 有紗に軽く説明を受けつつ、黒たまご購入専用窓口に並ぶ。ひとりは黒たまごの写真などを興味深そうに見つつ、隣に居る有紗に尋ねる。

 

「……なっ、なんで黒色になるんですか?」

「温泉地の鉄分が硫化水素に反応することで、硫化鉄になるからですよ」

「なっ、なるほど?」

「簡単に言うと温泉で茹でることで化学反応を起こすからです」

 

 科学的な説明はあまり分からなかった様子で首を傾げる。その様子を見て有紗が微笑まし気な表情を浮かべたタイミングで順番がきて、ふたりで一袋黒たまごを購入して移動する。

 ベンチが置いてある場所に移動して、腰かけながらいま買ってきたまだ温かい黒たまごをふたりで食べることにした。

 

「あっ、5個入りなんですね」

「基本的に5個入りしかないみたいですよ。塩が付いていますが、塩をかけなくても美味しいらしいですよ」

「あっ、中は白いんですね」

「殻をむくと、普通のゆで卵に見えますね」

 

 仲良く並んで座って卵を食べつつ、ひとりはぼんやりと思考する。思えばこうして観光地らしい場所を楽しめているのは、彼女にとってかなり大きな変化であった。

 前に江の島に行った時も、絶景にはしゃぐ喜多とは対照的に展望台からの景色にもあまり心は動かなかった。来るまでの疲労と景色が見合っていないとすら感じたほどだ。

 だが、いまはどうだろうか? 海賊船で雄大な自然を楽しみ、ロープウェイから見える景色にはしゃぎ、観光地で名産を食べて笑みを浮かべている。

 

(……かっ、考えてみれば、こんな風に女子高生らしいことが当たり前にできる様になってることも、春ごろから考えると快挙だよね。観光地なんて行こうものなら、青春コンプレックス刺激されまくりで、むしろ気持ちが沈みそうだったのに……)

 

 もちろん現在も時折青春コンプレックスを刺激されたり、人混みを恐れたりというのは変わらずにある。だが、自覚するほどに改善されているのもまた事実だった。

 

(自分が変われてることを自覚できるって、なんかいいな。もちろん、まだコミュ症が治ったわけじゃないし、駄目なところもいっぱいあるけど……私も前に進めてるんだ)

 

 そんなことを考えつつ、ひとりはチラリと横に視線を向ける。上品に黒たまごを食べている有紗の姿を見て、不思議と胸が温かくなるような感覚があった。

 最初は向かい合って話すことすら緊張した有紗が、いつの間にか隣に居てくれるのが当たり前で、傍に居てくれることが心から安心できる存在になっているというのも、変化を実感する事柄である。

 

「……うん? どうしました、ひとりさん?」

「あっ、いえ、5個入りなので最後の1個はどうします?」

「ひとりさんが食べたいのでしたら、食べてもらって大丈夫ですよ」

「……はっ、半分こしましょう。私も3つはちょっと多いですし……有紗ちゃんと一緒がいいですから」

「ふふ、では、半分こにしましょう」

「はい」

 

 昔はよく分からなかった陽キャの同じものを共感したいとか、そんな気持ちもいまは理解できるようになった。一緒に、ふたりで、いろいろなことを楽しみたいと思える相手に巡り合えたのは本当に、奇跡の様に幸せなことだと思った。

 

(うん。私は変われてる。それに、これからも有紗ちゃんが一緒に居てくれれば、もっともっと、変わっていけると思う。まっ、まぁ、恥ずかしくて本人には言えないし、やっぱり恋愛云々はまだよく分からないけど……大好きだよ、有紗ちゃん)

 

 心の中でそんなことを考えて笑顔を浮かべたあとで、ひとりは半分に分けた黒たまごを口に運んだ。

 

 

 




時花有紗:流石女優の娘、演技力が違う。ぼっちちゃんをカッコよくエスコートしたりもしてて、本人は終始楽しそうだった。

後藤ひとり:着実に有紗に対する想いが育って来てる様子のぼっちちゃん。江の島の一件以来、キリッとしてる有紗を見ると妙にドキドキしちゃう……恋では? 有紗と一緒に居られるのを本当に幸せに感じている……愛では?

傾斜のある道:ミッションコンプリート。さあ、私踏み越えて仲を深めるといい。
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