ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十六手逢瀬の温泉旅行⑥~sideA~

 

 

 ひとりさんとの芦ノ湖周りの観光。大涌谷で黒たまごを食べたあとは、資料館のような場所であるジオミュージアムなどもぐるっと見学して、予定通り早雲山駅までロープウェイで移動して駅舎内のカフェで休憩しました。

 雲を模したフワフワのお菓子や、綿菓子の乗ったドリンクなど個性的なものが多くかなり楽しく休憩をすることができました。

 

 その後はまだ少し早めの時間でしたが、九頭龍神社新宮に行くためにロープウェイで芦ノ湖に戻り、海賊船で元箱根港まで移動しました。

 ひとりさんは笑顔も多く楽しそうにしてくれていて、私だけでなくひとりさんも楽しんでくれているのが伝わってくるのは本当に幸せでした。

 

「……ひっ、ひぃぃぃ……こっ、ここ、ですか?」

 

 しかし、現在ひとりさんの表情は青ざめております。その理由は単純でいま眼前にあるのは、九頭龍神社新宮のある箱根神社に向かうための石段……おおよそ90段の階段でした。

 江の島の階段と比べれば少なくはありますが、ここには江の島エスカーのようなものはありません。いちおう車いす用のエレベーターは存在しますが、私たちは利用できません。

 

「いちおう階段のない脇参道もあるみたいですよ。距離は少し長くなりますが、こちらにしましょうか?」

「うっ、うぅ、でっ、でも、ここが正式な道なんですよね?」

「え? ええ、こちらが正参道ですね」

「あっ、のっ、登りましょう!」

「……90段ありますよ?」

「ふぐっ……だっ、大丈夫です! 有紗ちゃんが行きたがってる場所なんですから、ちゃんとした道で行きましょう!」

 

 ……脇参道が裏道だったり、正式な道ではないというわけでは無いのですが……私のために頑張ろうとしてくれているひとりさんの気持ちが嬉しすぎて、指摘する気にはなりませんでした。

 しっかり決意を固めているようなので、アレコレというのも失礼ですね。

 

「分かりました。頑張りましょう」

「はっ、はい!」

 

 私の言葉に力強く頷いたひとりさんは、まるでこれから決戦に赴くかのような表情で石段を見つめます。そびえたつ90段の石の道は、彼女にはいったいどんな風に映っているのでしょうか?

 ……その様子を見て苦笑しつつ、私は手を伸ばして真剣な表情を浮かべているひとりさんの頬を指で押します。

 

「ふぇ? あっ、有紗ちゃん? いきなりなにを?」

「気負い過ぎですよ。そんなに肩に力が入っていては、余計に疲れてしまいます。変に階段を上ると意識し過ぎるのではなく、雑談や景色を楽しみながら私と一緒に上りましょう」

 

 そう、ひとりさんが頑張ろうとしている気持ちは伝わってきますが、それではかえって疲れてしまうでしょう。頑張って登るのだと意識すればするほど、足も重くなるものです。

 逆にまったく関係のないことを考えながら登っていれば、気付いた時には上に着いているものです。

 

 私は軽く微笑みを浮かべながら、ひとりさんの手を握って階段をゆっくり登り始めます。それにひとりさんが続いて登り始めたのを確認してから、口を開きます。

 

「……そろそろ、お土産について相談してもいいかもしれませんね」

「あっ、なにを買って帰るかとかですね?」

「ええ、それに誰に買って帰るかもですね。結束バンドの皆さん以外にも、星歌さんやPAさん、きくりさんたちも居ますしね」

「そっ、そうなると、かなりの量ですね。小さいものの方がいいんですかね?」

「あまりに量が多ければ家に配送すればいいだけなので、大丈夫ですよ」

 

 お土産は明日購入する予定です。宿の売店もありますし、箱根湯本の駅周りにも土産物は多いので選ぶのには困らないでしょう。

 芦ノ湖周りのものは参拝が終わった後の、帰り道に買う方法もあります。

 

「リョウさんは食べ物と言っていましたね」

「あっ、そうですね。リョウさんのことだから、たくさん入ってるものの方が喜びそうです」

「ふふふ、確かにリョウさんは、質より量かもしれませんね。喜多さんは逆に、少なくとも見た目が華やかな物の方が喜びそうですね」

「でっ、ですね。喜多ちゃんは、絶対映えるものの方が喜ぶと思います。さっ、さっきのカフェのドリンクとか好きそうですね。お土産にはできませんけど……」

「確かに見た目にも華やかでしたね」

 

 早雲山駅のカフェで飲んだフルーツスムージーの上に雲をイメージした綿菓子が乗っていたニューベルというドリンクは、見た目が面白くカップのデザインもお洒落だったので、喜多さんが好きそうでした。

 

「というよりは、あのカフェ自体、喜多さんが好きそうなデザインでしたね」

「あっ、確かにかなりお洒落で、山の上だから景色もよくてイソスタ映えしそうでしたね」

「ええ……虹夏さんにはどんなお土産にしましょうか?」

「あっ、え~と……店長さんと被らないものがいいですよね」

 

 お土産物選びは旅行の醍醐味でもあります。だからこそ、その相談の会話はかなり弾み、ひとりさんもあれこれ考えながら楽しそうに話しています。

 ひとりさんは意識していないので気付いていないでしょうが、既に石段は半分以上登っており、このまま行けば本当にすぐに着きそうです。

 石段もひとつひとつの段差は低めで、それほど苦も無く登ることができています。

 

「あっ、自分用に買うのとかも?」

「いいと思いますよ。お土産物の菓子などは美味しいですしね」

「そっ、そうですね。ちょっと値段は高いですけど、美味しいものが多いですね」

「ただ、比較的賞味期限の短いものが多いので、その辺りは確認しないといけませんね」

 

 ひとりさんの意識は私との会話に集中しているみたいで、あまり疲れている様子はありません。そもそも、江の島に行った時に比べればひとりさん自身の基礎体力も上がっているのかもしれませんね。

 なんだかんだでライブなどで演奏するのにも体力は必要ですし、練習などを繰り返すうちに体力がついてくるのも必然でしょう。

 そのまましばらくひとりさんと雑談をしていると、いつの間にか石段の最後が間近となっていました。

 

「ひとりさん、もう登り終わりますよ」

「え? もっ、もうですか? いっ、意外と疲れなかったような……」

「練習などで基礎体力がついてきたのかもしれませんね」

「え、えへへ、そうですか? 私、いつの間にかこんな階段を登れるほどに……じっ、自分の成長が恐ろしいです」

 

 確かに……江の島の時から比べると大きな進歩であることは間違いないです。ただ筋肉痛の危険は依然残るので、今晩もマッサージはしっかりしましょう。

 

「あそこが御社殿ですね」

「あっ、アレが九頭龍神社ですか?」

「いえ、あちらは箱根神社のもので、九頭龍神社新宮は向こうですね。ですが、せっかくですし、箱根神社にも参拝しましょう」

「あっ、はい」

 

 石畳を歩いて箱根神社の御社殿に向かう途中で、ひとりさんがなにかに気付いた様子で口を開きます。

 

「あっ、有紗ちゃん見てください。龍の口から水が出てますよ」

「アレは龍神水ですね。霊水と言われている箱根の湧き水で、運気が上がるとも言われています。お礼所で持ち帰り用のペットボトルを100円で授与しているので、それに汲んで持ち帰ることもできるみたいですよ」

「へっ、へぇ……ちょっと、カッコいいですね」

「おみくじやお守りなどを求める際に、一緒にペットボトルも求めてみましょう」

 

 龍の口からでる霊水という響きは、ひとりさんの好みに合致しているのか目を輝かせていたので、後で求めるのもいいでしょう。せっかくなので縁結びのお守りなどは求めたいと思っていたので、丁度いいですね。

 

 箱根神社と九頭龍神社新宮を順に回って参拝したあとは、お礼所にてお守りとおみくじを受けました。おみくじは3種あり、普通のおみくじ、開運みくじ、九頭龍みくじでしたが、今回はメインの目的が九頭龍神社ということもあって、九頭龍みくじをひとりさんと一緒に求めました。

 

「あっ、えっと、有紗ちゃん……いまさらですけど、九頭龍神社って、なんの神様なんですか?」

「水などいろいろありますが、特に縁結びの神様として有名ですね」

「あっ、だっ、だから来たがってたんですね」

「はい。といっても願いをしに来たわけでは無く、ひとりさんと巡り合わせてくれたことを感謝しに来たのですが……」

「あっ、あぅ……だっ、だから、有紗ちゃんはすぐにそうやって恥ずかしいことを平気で……」

 

 手を繋いだまま、照れたように呟くひとりさんに苦笑しつつ、受け取った九頭龍みくじを開いてみます。

 紙には大吉と書いてあり、気になる項目では「待ち人:既にいる」「恋愛:積極的にせよ」とかなりいいことが書いてありました。

 

「ひとりさんは、どうでしたか?」

「…………」

「ひとりさん?」

「あっ、え? なっ、なんですか!?」

 

 おみくじを見て硬直しているようだったひとりさんに声をかけると、直後にどこか少し慌てた様子でこちらを振り向きました。気のせいか、少し顔が赤くなっているような気がします。

 

「いえ、おみくじの結果はどうでしたか?」

「あっ、大吉でした」

「そうなんですか? 実は、私も大吉でした。一緒ですね」

「あっ、本当だ……いっ、いいこと書いてありましたか?」

「ええ、さすが大吉だけあって全体的にいいことばかり書いてありましたね。特に待ち人や恋愛の項目はよかったです」

「あっ、そっ、そうなんですね。私もいいことがいっぱい書いてました」

 

 どうやらひとりさんも大吉だったみたいで、お互いにいい結果で嬉しい限りです。そのまま、合わせて求めたペットボトルに龍神水を入れるために、移動していると、ひとりさんが歩きながら小さな声で呟きました。

 

「……いっ、『今の人が最上、迷うな』って……だっ、だから、私と有紗ちゃんはまだそういう関係じゃ……」

「ひとりさん? どうかしましたか?」

「いっ、いい、いえ、なんでもないです!」

 

 声が小さく内容までは聞き取れませんでしたが、なにか気になることがあるのかと思って尋ねると、ひとりさんは少し慌てた様子で首を横に振りました。

 気にはなりますが、本人がなんでもないと言っている以上突っ込んで聞くのも野暮でしょう。そう思っていると、ひとりさんがふと思いついたような表情を浮かべました。

 

「……あっ、そういえば、有紗ちゃんのおみくじの恋愛の項目はなんて書いてあったんですか?」

「『積極的にせよ』でしたね」

「……えぇぇ……すっ、既に相当積極的な気が……」

「神様にも背中を押していただいたので、今後はもっと積極的になってみましょうかね」

「いやいや!? いっ、いま以上とか、私が持たないです……ちょっとだけ……気持ち、積極的になるぐらいでお願いします」

「ふふ、では、そうしますね」

 

 そんな風に笑いながら、繋いだ手に少しだけ力を込めて握りました。するとひとりさんも、少し握る力を強めてくれて、なんというか応えてくれたみたいで嬉しかったです。

 さすが神様のアドバイスというべきか、さっそくよいことがありましたね。

 

 

 

 




時花有紗:念願の縁結びのパワースポットにひとりと来れてご満悦。特に神様にお願いすることなどは無く、あくまで関係は己の力で進展させるつもりの猛将スタイル。参拝で伝えたのはひとりと出会えたことへの感謝。

後藤ひとり:「待ち人:既にいる」「恋愛:今の人が最上、迷うな」と書いてあったせいで変に有紗を意識してアタフタしていた。

龍神様:神は言っている。百合百合しなさいと……。

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