芦ノ湖の観光にて、有紗が行きたがっていた九頭龍神社新宮への参拝も終わり、有紗とひとりは手を繋いだまま帰りは石段のある正参道ではなく脇参道を歩いて戻っていた。
「そろそろ夕方ですね。空が茜色になってきましたね」
「あっ、ですね。帰りの時間も考えると、そろそろ戻った方が良さそうですね」
「最後に平和の鳥居を見に行きませんか、来る時にも少し見えた水の中に立つ鳥居です」
「あっ、はい。夕日に照らされて綺麗そうですね」
宿に戻る前に、平和の鳥居を見に行こうという話になり、ふたりは夕日に染まる参道を仲良く手を繋いで歩きながら平和の鳥居を目指す。
昭和27年に上皇陛下の立太子礼と日本の独立、サンフランシスコ講和条約締結を記念して建立された水中鳥居であり、パワースポットやイソスタ映えスポットとしても有名な場所だ。
「見えてきましたね」
「あっ、夕日が上手い具合に見えてて、いい感じですね」
「せっかくですし、写真でも撮りましょうか」
「あっ、はい。記念にいいですね」
有紗の提案にひとりも比較的に乗り気な返答を返す。ひとりは基本的にあまり写真に写りたがらないというか、陰キャらしく恥ずかしがったり、カメラを避けることも多い。
アー写撮影などでも、覚悟を決めてから撮影に臨んでいたので、彼女にとって写真を撮るというのはそれなりに勇気が必要な行為ではある。
ただ、有紗と一緒にというのであれば話は変わり、今回も彼女にしては珍しく楽し気に有紗の提案に同意していた。
平和の鳥居に辿り着くと、夕日が湖に反射して美しい光景を作り出しており撮影には絶好といえるタイミングだった。
有紗とひとりは丁度バックに鳥居と湖が入るような角度で写真を撮る。
「おっ、おぉ……陽キャ感のある構図なのに、私のジャージ姿の映えなさですよ」
「そうですか? ひとりさんらしくていいと思いますが……しかし、ひとりさんが可愛らしい服を着た場合は、あまりにも愛らしすぎて他が目に入らないという問題もあるので、なかなか難しいものですね」
「あっ、いや、それは有紗ちゃんだけです」
相変わらずの有紗に苦笑を浮かべつつ、ひとりはスマートフォンの画面に映る有紗との写真を見る。
(凄いなぁ。もう、余裕で中学時代に撮った写真の総数を越えてるよ。有紗ちゃんは相変わらず反則じみた美貌だけど……写真の私、なんか楽しそう。いや、まぁ、実際に楽しいんだけど……)
やはり有紗と一緒というのが大きいのか、写真に写るひとりは自分でも分かるぐらいに楽しそうだった。俯き気味の顔も上がっており、ややぎこちないながら口元には笑みも浮かんでいた。
「さて、それでは宿に戻りましょうか」
「あっ、はい」
「今日は戻ったら先に夕食を食べてから入浴の方が良さそうですね」
「あっ、そうですね。今日はどんな料理なのか、楽しみです」
仲良く手を繋いだまま、楽し気に話しつつふたりは宿への帰路についた。
****
宿に戻って豪華な食事を食べ終えたあとは、少し食休みを挟んで温泉に入る。服を脱いで体にタオルを巻いたタイミングで、ふと有紗が思いついたように口を開いた。
「内風呂の方にも入ってみますか?」
「あっ、そういえば、使ってないですね。どんな感じなんでしょう?」
「木造りの綺麗なお風呂で、こちらにも窓が付いているので景色はいいですよ」
「……あっ、本当ですね。こっちもかなり広いですし、露天風呂から見える景色とはまた違う感じですね」
内風呂は美しい木造りの風呂になっており、入浴したままで景色を見られるような造りになっていた。位置の関係か、露天風呂とはまた違った景色ではあるが、それはそれでかなり新鮮な光景だった。
「気持ちいいですね」
「あっ、はい。けど、この内風呂もいいですけど、あの露天風呂を使わないのももったいなく感じますね」
「そうですね。ある程度浸かったら、露天風呂の方にも浸かりましょうか」
「あっ、ですね。どっちも入ればいい話ですね」
内風呂は綺麗ではあるが、温泉らしさという点ではやはり露天風呂の方が上である。前日に引き続き天気のいい日であり、1日目の夕方入浴とは違って現在は夜である。温泉に浸かりながら星空を見ることもできるというのは魅力的であり、ふたりはある程度内風呂に浸かったあとで露天風呂に移動した。
「あっ、きょ、今日は昨日より星がいっぱい見える気がしますね」
「確かに素晴らしい星空ですね。部屋から見るよりも、視界が開けている分星が多く感じるのかもしれませんね。ひとりさんと一緒にこんな美しい景色が見れて、私は幸せですよ」
「うぐっ、まっ、また有紗ちゃんはそうやって当たり前みたいに恥ずかしいことを……」
相変わらずストレートに好意を伝えてくる有紗の言葉に、ひとりは顔を赤くしつつ……温泉の中で軽く有紗の手を握った。特にコレといった理由があったわけでは無く、ただなんとなくそうしたかっただけだ。
胸のむず痒さと心地よさを同時に感じながら、ひとりは有紗と共に満天の星空を眺める。
「ああ、そういえば……温泉からでたらまたマッサージをしましょう。今日は昨日以上に歩いたので、特に足などはしっかりと」
「あっ、はい。そっ、そうですよね。せっかくの最終日に筋肉痛とか、笑えないですもんね」
「ですね。そしてその後は、例の権利を行使させていただきますね」
「うっ、なっ、なにをするつもりなんですか……」
「ふふ、それはその時になってのお楽しみですよ。もう必要なものは買ってきて、準備は完了しているので」
「……じゅっ、準備?」
有紗が告げた準備という言葉に、ひとりは少し怪訝そうな表情を浮かべた。
(本当になにをするつもりなんだろう? 有紗ちゃんのことだから変なことじゃないと思うんだけど、なにか買う必要がある? そういえば、帰りに駅の売店に寄った時になにか買ってたような……けど、大きい物じゃなかった。大きい物なら気付いてたし……う~ん、なんだろう?)
しかし、考えたところで答えが出るわけでもなく、ひとりは諦めたような表情を浮かべ、視線を星空に戻した。
****
温泉から上がったあとは、前日と同じように有紗がひとりの筋肉痛を防止するためにマッサージを丁寧に行う。宣言した通り足を中心にマッサージを行った。
すっかり体が解れて心地よさそうなひとりに対し、ついに有紗が卓球勝負の権利を行使する時が来た。
「さて、ひとりさん……卓球勝負での権利の行使の時間です」
「あっ、はっ、はい。そっ、それでいったいなにを……」
「これです」
いったい何をさせられるのかと身構えるひとりの前で、有紗が鞄から取り出したのは耳かきだった。そして浴衣姿で座ったあとで自分の腿を軽く叩きながら微笑みを浮かべる。
その仕草と手に持つ耳かきを見てなにを求めているかを察したひとりは、キョトンとした表情で呟いた。
「あえ? みっ、耳かき……ですか?」
「はい。一度やってみたかったんです。定番のシチュエーションのひとつですしね」
「たっ、確かに膝枕耳かきとか、定番といえば定番の気も……」
「というわけで、こちらへどうぞ」
「うっ、あっ、はい」
明るい笑顔を浮かべる有紗に頷きつつ、ひとりも小さく笑みを浮かべた。
(相手に言うこと聞かせられる権利を使ってするのが、相手の耳掃除って……やっぱり、有紗ちゃんは優しいな。まぁ、そういう有紗ちゃん相手だからこそ、ああいう勝負を持ち掛けられたんだけど……)
有紗に促されるままに膝枕の形で有紗の腿の上に頭を置いて寝転ぶ。以前作詞作業で徹夜をしていた際に怒られて以来の膝枕ではあったが、あの時も感じた通り不思議な安心感があった。
頭に伝わってくる体温と、風呂上がりのボディソープの香り、目を閉じればすぐにでも寝てしまいそうな心地良さだ。
「それでは始めますね」
「あっ、はい」
「痛かったら言ってくださいね。人の耳かきをするのは初めてなので……」
「あっ、ふっ、普通する機会ってないですしね」
そして、耳掃除が始まる。有紗はひとりの長い髪を優しくどかして、初めてとは思えないほど絶妙の力加減で耳掃除を始めた。
それに心地よさそうに目を細めつつ、ひとりは思考する。
(気持ちいい……これだと、罰ゲームというよりは私が得してるような。耳周りを触られるのはちょっとだけ恥ずかしいけど、有紗ちゃん相手なら忌避感とかは無いし……なんと言うか、極楽だなぁ)
耳掃除中に話すと有紗が困るだろうと黙っており、静かで心地よい時間が流れる。微笑みつつ黙々と耳掃除を続ける有紗に、その心地良さにウトウトとするひとり、言葉はなくとも温かな空気が形成されている。
ひとりが心地よさそうにしているのは有紗にも伝わっており、それが嬉しいのか優しい笑顔を浮かべながら耳掃除を続ける。
そして、片耳の掃除が終わったタイミングで有紗はひとりの耳元に顔を寄せフッと息を吹きかけた。
「ひゃんっ!? あっ、ああ、有紗ちゃん!? なっ、なにするんですか!」
「ああ、いえ、仕上げはフッと息を吹きかけるものだと……恋愛映画で見たので」
「うぅっ、びっ、ビックリしました」
「それは驚かせて、申し訳ありません。次は一声かけてからしますね」
「え? あっ、いや、そういう問題じゃ……ううん。まっ、まぁ、いいか……」
「さぁ、次は逆側ですよ」
「あっ、はい」
突然息を吹きかけられて飛び跳ねたひとりだったが、楽しそうに微笑む有紗の顔を見て毒気を抜かれたのかそれ以上なにかを言うことはなく、向きを変えて再び有紗の膝枕に寝転がった。
(もぅ、有紗ちゃんは本当に……ビックリしたし、顔熱い……けど、うん。まぁ、嫌とかじゃなかったし……一声かけてくれるなら別に……)
そもそもの話として、ひとりから有紗に対する好感度は極めて高い。先ほどの耳への息の吹きかけも驚きこそしたが、不快感などはまったく無かった。「相変わらず思いついたらすぐ行動するんだから」と少し呆れこそしたが、それも有紗らしいと感じた。
そして、再び始まった耳掃除と膝枕の心地よさを感じて、ひとりは幸せそうに眼を閉じた。
時花有紗:相手に言うことを聞かせられる権利でするのが、耳掃除。ひとりを膝枕するのは好きなようで、幸せな時間を過ごした。
後藤ひとり:終始いちゃいちゃしてるぼっちちゃん。傍目に見れば「これで付き合ってないとかなに言ってるの?」状態である。なんなら周囲には普通に恋人同士として認識されていそうな気さえする。