ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十七手逢瀬の温泉旅行⑦

 

 

 卓球勝負で得た権利を行使しての耳かきは、至福の時間と言ってよかったです。ひとりさんが膝の上で寝転がっているというのも素晴らしいですが、私の耳かきで気持ちよさそうにしてくれているのを見るのは幸せでした。

 だた残念ながら幸せな時間というのはあっという間に過ぎてしまうものです。実際、この旅行も早くも2日目が終わろうとしていますし、あまりの時間の早さに驚くばかりです。

 

「ああ、そういえばひとりさん。朝の一件を覚えていますか?」

「あっ、朝の……あっ、えっと……私が有紗ちゃんの布団に潜り込んだ話ですか?」

「はい。ひとりさんにとっても誤算だったと言える状態でしょう……ですが、その件に関しては対策を打っておきました」

「たっ、対策? ……あっ、なんか、凄く嫌な予感がします。私も有紗ちゃんのことは結構分かるつもりなので、なにを考えているのかもだいたい……いっ、嫌な予感がします」

 

 朝は私にとっては幸せな時間でしたが、ひとりさんにとってはかなり恥ずかしい思いをしてしまったことでしょう。ですが、人は失敗から学ぶ生き物であり、再発に備えることもできます。

 というわけで、完璧な対策を考えておいたのですが、ひとりさんはなにか困惑したような表情を浮かべていました。

 

「……あっ、有紗ちゃん……その『最初から同じ布団で寝ていれば潜り込んだりすることも無い』とか、そっ、そういう対策じゃないですよね?」

「さすが、ひとりさんは私のことがよく分かっているのですね。正解です」

「……あぁ、やっぱり……」

 

 なんと対策といっただけでひとりさんは私の考えを察してくれたみたいでした。以心伝心の関係というのは、なんだか嬉しいですね。

 そう、ひとりさんが言った通り、私の考えた対策とは最初から同じ布団で寝るというものです。こうすれば、ひとりさんが間違えて私の布団に潜り込むこともありませんし、私も幸せなので言うことなしです。

 

「いっ、いや、さすがに恥ずかしいですし……そっ、そもそも、布団の大きさが……」

「安心してください。朝のうちに宿の方に伝えて、大型の布団に変更してもらっていますので、私たちがふたり入っても大丈夫なサイズです」

「あっ、相変わらず行動力が凄すぎる……終わった」

 

 私の言葉を聞いたひとりさんは唖然とした後で天を仰ぎました。そして、どこか諦めた様子で私と共に寝室に移動して……再び驚愕した表情を浮かべました。

 

「……あっ、ああ、有紗ちゃん!?」

「……違いますよ。これは、私が手配したりとかそういうわけではありませんよ」

「じゃっ、じゃあ、なんで枕元にハートの形になったタオルとかが置いてあるんですか!?」

 

 ひとりさんの言う通り、寝室には大きな布団と隣り合う二つの枕、そして枕元に丸めてハートの形に置いたタオルがあり、そのハートの中央には小さな箱がありました。

 

「……おそらくですが、一部のホテルなどでベッドメイキングの際にカップル向けの飾りを施したり、花で模様を作ったりすることがあるので、それに近い物でしょうね。あの箱は、宿から私たちへのプレゼントでは?」

「あっ、あの、有紗ちゃん。宿の人たちに、私たちがどういう関係って伝えたんですか?」

「普通に友達と伝えましたね。将来結婚する予定とも言いましたが」

「絶対それが原因ですよ!? はぁ、もう、本当に有紗ちゃんは……けっ、けど、変なのは枕元と箱だけで、それ以外は普通ですね」

 

 ひとりさんの言う通り、演出といってもちょっとワンポイントだけ気を利かせた程度のものでした。そして気になる箱の中身は、お洒落なアロマキャンドルが入っていました。

 それを手に取り、軽く香りを嗅いでみると……。

 

「……これは、イランイランですね。ああ、なるほど、だからハート形に……」

「あっ、あの、有紗ちゃん? イランイランって?」

「ねっとりと甘い香りに催淫効果があると言われているアロマですね」

「さっ、催淫!?」

「ええ、とはいっても別に強い効果などではなく、個人差も大きいです。精々、少し気分を高める程度ですね。ただ、カップルなどがムーディな夜を演出するのに使うことも多いことから夜の香りの代表格と呼ばれることもありますね」

「よっ、夜の香りの代表格……」

 

 なるほど、将来結婚する予定のふたりが高級な温泉宿に……婚約者等と勘違いしてもおかしくはない条件が整っていますね。そして、今朝になって一緒の布団にしてほしいと頼んだことで、気を利かせて用意してくれたのでしょう。

 よく見ると部屋の隅にキャンドルウォーマーランプもあるので、火を使わず焚けるように準備もしてくれているみたいですね。

 

「あっ、有紗ちゃん!? つっ、使っちゃ駄目ですからね!」

「ええ、大丈夫ですよ。まぁ、せっかく頂いたものなので記念に持って帰りましょう」

「あっ、はい」

「それでは、布団に入って寝ましょうか」

「えぇぇぇ、こっ、この流れから平然と!? そっ、その強いメンタルが羨ましいです」

 

 アロマキャンドルは元の箱に入れて置き、ひとりさんと一緒に布団に入ります。ひとりさんは、やや緊張気味でしたが諦めた様子で布団に入ってきました。

 やはり、ひとりさんが私の家に泊った際にも思いましたが、こうして同じ布団に入ると、直接触れていなくとも温もりが伝わってくるようでいいですね。

 

「それじゃあ、明かりを消しますね」

「あっ、はい」

 

 明かりを消して暗くなった部屋で布団に入っています。静かではありますが、隣にひとりさんが居て息の音が聞こえてきて、少し不思議な気分です。

 昨日よりも距離が近いからでしょうか、ひとりさんの存在を近くに感じて……。

 

「……おや?」

「へ? あっ、えっ、えっと、ちっ、違うんです!? つっ、つい無意識に……」

 

 目を閉じていると手に感触があって、ひとりさんが私の手を握ってきたのに気づきました。そのことに首を傾げると、ひとりさんは少し慌てた様子で弁明します。しかし、例によって私的にはまったく問題ないため、ひとりさんの手を握り返しました。

 

「いいじゃないですか。私も、ひとりさんと手を繋いでいると安心できますし、このまま繋いでいましょう」

「あっ、有紗ちゃんも? そっ、それなら……はい」

「それでは改めて、おやすみなさい、ひとりさん」

「あっ、はい。おやすみなさい、有紗ちゃん」

 

 私の言葉に安心してくれたようで、ひとりさんは穏やかな声でおやすみと返してくれました。こうして、寝る前におやすみと言い合って寝れるのは、本当に幸せなことですね。

 

 

****

 

 

 朝目覚めてすぐに感じたのは温もり、次に感謝でした。さすが、縁結びのパワースポットに行ったおかげか、幸せな出来事がありました。

 正直に言えば一緒の布団で寝ることになった時点で、多少は期待していましたが……朝起きると、ひとりさんが私を抱きしめて眠っていました。

 

 以前に私の家に泊った際もそうでしたが、ひとりさんは同じ布団で誰かが寝ていると抱きしめる癖があるのかもしれません。

 ともかく至福の温もりと感触です。私のほうが背が高い影響でしょうか、ひとりさんは私の肩に額を擦り付けるような姿勢で眠っており、その寝顔はとてつもない愛らしさです。

 

 まぁ、とりあえず、大変素晴らしい状態なので例によってひとりさんの背に手を回して抱きしめます。コレは本当に癖になってしまいそうな心地よさです。

 今後もひとりさんと一緒に寝る機会があれば、ぜひ同じ布団で眠って朝のこの幸せな時間を味わいたいですね。

 

「……んっ……有紗ちゃん……」

 

 声が聞こえてひとりさんが目覚めたのかと思いましたが、どうやら寝言だったようです。私の夢を見ているのでしょうか? 夢の中でもひとりさんと会えているのであれば、それはそれでとでも幸せですね。

 そんな風に思いつつ、ひとりさんを抱きしめて頭を撫でます。前日とは違い、今回はひとりさんの方も私を抱きしめている影響で、密着度が高い気もします。

 

「……んん?」

「ああ、おはようございます、ひとりさん」

「あっ、有紗ちゃん? おはよ――ッ!?」

 

 今度こそ目を覚ましたひとりさんは、少し寝ぼけたような目を開けて……すぐに状況に気付いたのか硬直し、みるみる顔を赤くしていったので、先ほどより強く抱きしめました。

 

「あっ、ああ、有紗ちゃん!? まっ、まま、また……」

「はい。例によって大変素晴らしいシチュエーションだったので、堪能していました。縁結びの神社に行ったおかげですかね」

「そっ、そんなに自信満々に……わっ、私は物凄く恥ずかしいんですが……とっ、というか、今回は私も?」

「そうですね。まぁ、些細な問題です。私は幸せですし」

 

 さすがに3度目となると、ひとりさんもある程度は慣れているのか恥ずかしそうにしつつも、比較的過去2回よりは落ち着いているように見えました。

 まぁ、それはそれとして、私としてはまだ足りないのでもう少し抱きしめていたいです。何とか話を引き延ばせないものでしょうか……。

 

「ところでひとりさん」

「え? あっ、はい……というか、恥ずかしいので早く離して欲しいんですが……」

「ええ、その件でひとつ相談があります」

「そっ、相談ですか?」

「はい。私はまだしばらくこのままでいたいので、話を引き延ばしたいのです。なので、しばし雑談をしましょう」

「えぇぇぇ……そっ、それ、私に直接言うんですか!? しょっ、正面突破過ぎる……」

 

 もちろんひとりさんの意思を無視するというのも問題です。なので、しっかりとひとりさんに許可を取ってからこの幸せを堪能したいです。

 こういうことは誠意が大事です。ひとりさんの目を真っ直ぐに見つめながら、しっかりとお願いします。

 

「お願いします。ひとりさん」

「うっ、そっ、そんな、キラキラした目で……うぅぅ……ちょっ、ちょっとだけ……本当に少しだけですからね」

「ありがとうございます。それでは、あと1時間ほど雑談をお願いします」

「ちょっとじゃない!?」

 

 いえ、私としては本当にいつまでもこうしていたいぐらいです。ひとりさんは驚愕したあとで、呆れたような表情を浮かべましたが……なんだかんだでその後、1時間近くに渡り私との雑談に付き合ってくれました。

 

 

 




時花有紗:おみくじのアドバイス通り積極的に……と思ったが、布団に関して言っていたのは朝だったので、平常運転だった猛将。やはり正面突破する潔さ。

後藤ひとり:普通に好感度が高すぎて、大抵のことは「しょうがない」みたいな顔して受け入れてくれる。寝ている時に人に抱き着く癖があるのではなく、正しくは「有紗と一緒に眠っていると安心感から無意識に有紗に抱き着く」ため、結果として一緒に眠ると朝に抱き着いている。
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