ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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三十八手逢瀬の温泉旅行⑧

 

 

 朝から幸せな温もりを堪能したおかげか、朝食の席でも自然と笑顔が浮かぶのを実感できました。惜しむらくは、今日が旅行の最終日であり帰らなくてはならないということでしょう。

 ひとりさんとふたりで過ごす時間が終わってしまうのは非常に悲しいですが、仕方のないことです。また今度旅行に行くという手もありますし、いずれ結婚すれば同棲して一緒に居られるのですからね。

 

「あっ、そういえば有紗ちゃん、今日はいつごろ帰る予定なんですか?」

「昼過ぎにチェックアウトして、駅前でお土産を買ったり買い物をして帰る予定です」

「あっ、じゃあ、まだ結構時間がありますね」

「ええ、まだ数時間はこの宿に居る形ですが、ひとりさんはなにかしたいことはありますか?」

 

 いちおうひとりさんの帰宅時間を考慮して、夕方ごろに新宿に着く特急の切符を買っています。ひとりさんの家の地理を考えると、帰りだけでも藤沢経由の方が帰りやすいかと思いましたが、ひとりさんの希望もあって行きと同じ経路での帰宅です。

 そして、ひとりさんの言う通りまだしばらく宿で過ごすわけですが、レクリエーションルームに行くという雰囲気では無いですし、むしろ3日目である程度疲労も溜まっているでしょうし、のんびりしたそうに見えます。

 

「あっ、ゆっくり過ごしたいですね」

「では、景色のいい部屋でお茶と和菓子でも楽しみながら、のんびりと過ごしましょうか」

「あっ、いっ、いいですね」

 

 ひとりさんも賛成してくれたので、チェックアウトの時間まではのんびり過ごすことに決定しました。朝食を食べ終えて着替えたあと、初日に休憩に使った部屋に移動して窓近くの座椅子に並んで座ります。

 向かい合って座らなかったのは、特に意識したわけでは無いですがなんとなくですね。

 

「……あっ、お茶が美味しいですね」

「寒い朝に、温かいお茶はいいですね。まぁ、この部屋は暖房が効いていて温かいですが……」

「でっ、ですね。かっ、帰ったら年末ですね」

「そうですね。年末、正月、イベントも多いですし、結束バンドとしても年が明ければ本格的に未確認ライオットに向けて準備に取り掛かる形でしょうね」

 

 今日が28日なので、ひとりさんの言う通りもうすっかり年末です。年が明ければ正月に、バレンタインに、ひとりさんの誕生日とイベントは目白押しなので、楽しみですね。

 初詣は……ひとりさんが好むものでは無いですね。人がたくさんいますし……。

 

「あっ、有紗ちゃん……手を繋いでもいいですか? いっ、いや、特に理由は無くて、なんとなくなんですけど……」

「ええ、喜んで」

 

 たぶんですが、私が今日が旅行の最終日だと物寂しさを感じているのと同じで、ひとりさんもなんとなく寂しさを感じているのでしょう。

 手を繋いでふたりで窓の外の景色を見ます。ゆっくりと時間が流れるようなこの感覚は好きですね。

 

「しかし、惜しむらくは朝の至福のひと時が明日からは無くなってしまうのが、残念ですね」

「いっ、いやいや、私は2日とも朝あんなことになっててビックリでした。あっ、有紗ちゃんは全然離してくれないですし、恥ずかしいですし……」

「ですがひとりさん、ハグをすることでβエンドルフィンやオキシトシンなどのリラックスしたり、幸福を感じたりするホルモンが分泌されるというのは科学的に証明されています。ファミリーセラピーの世界的権威であるバージニア・サティア氏曰く『人生を生き抜くには1日4回のハグが必要。心のメンテナンスには8回、成長には12回必要』と語るほど、ハグというのは重要なのです」

「あっ、えと、そうなんですか?」

 

 まぁ、これはあくまでアメリカなどの挨拶的なハグの話であり、朝行ったような長時間のハグではないのですが、それでも幸せをたっぷり感じることができたのは間違いないです。

 

「でっ、でも、私としては顔から火が出るほど恥ずかしいので、こっ、高頻度でやられると困ります」

「幸せのあまり自制が効かないのは、本当に申し訳ない限りです……けど、うん? 高頻度でやられると困る? たまにならしてもいいのですか?」

「うっ……あっ、えと……たっ、たまになら……他に人が居たりしないなら、少しぐらいは……」

「ひとりさんっ……」

「えぇぇぇ、そんな感極まったような顔をするほどですか……もぅ、本当に有紗ちゃんは……」

 

 まさかのたまにならハグしてもいいという許可が下りました。感激して目を潤ませると、ひとりさんはどこか楽し気に苦笑を浮かべていました。

 なんとなくではありますが、またひとりさんとの距離が近くなったような、そんな気がしました。

 

 

****

 

 

 宿をチェックアウトして箱根湯本の駅まで送迎してもらい。予定通り周辺の店でお土産を購入することに決めました。

 リョウさんは量の多い物、虹夏さんは星歌さんと被らないように変化を付けてと、それぞれに合わせた品を選んで購入します。

 

「あっ、喜多ちゃんには、なにがいいですかね?」

「近くに雑誌にも乗っているオーブンケーキの店があって、ナッツヴェセルという菓子があるので、それがいいかもしれませんね」

「おっ、おぉ……なんか、名前からしてお洒落……」

「チーズケーキなどもいいのですが、要冷蔵の品はやや不向きですしね」

「あっ、有紗ちゃんが居てくれてよかったです。私だけだったら、絶対お饅頭とかになってました」

「お饅頭も美味しくていいですけどね」

 

 相談しながら皆さんのお土産を購入していきます。最終的にそれなりの量になり、持って帰れないというわけでもありませんでしたが、荷物を抱えて帰るのも大変なので郵送することにしました。

 元々郵送も視野に入れて下調べはしておいたので、特に問題はなくそれぞれの住所に郵送する手配は完了しました。

 帰ればすぐに年末なので、結束バンドの皆さんにお土産を渡すのは年明けになる可能性が高いですし、それほど急ぐ必要もありません。

 

 荷物の郵送手続きが終わった後は、カフェに入って軽食を食べつつ休憩して時間を潰し、切符を購入している特急の時間になったら、移動して電車に乗ります。

 いよいよ帰宅と思うと少し寂しさもありますが、楽しかったと心から満足できる旅行だったので、気持ちはとても晴れやかです。

 

 電車に乗り、隣同士の席に座りつつ、ひとりさんと穏やかに会話をします。

 

「ひとりさんは、まだ家まで長いですね」

「あっ、そうですね。でも、新宿まではこの列車に乗ったままですし、その後は、割と慣れた列車なので大丈夫です。にっ、荷物も少ないですしね」

「確かに、新宿まではまだしばらくかかりますしね」

「あっ、けど、やっぱり帰るってなると、そこそこ疲労感が出てきますね。さっ、さっきまでは、そんなことなかったですけど……」

「なんだかんだで3日間あちこち回りましたからね」

 

 実際、ひとりさんにとって過去を考えてもかなりの移動量だったでしょう。以前江の島を1日観光したら全身筋肉痛になっていたので、2泊3日となると疲労度も大きいでしょう。

 ただ、それほど疲れ切ったという様子が無いのは、それだけひとりさんが楽しんでくれた証拠ともいえるので、なんだか心が温かくなる思いです。

 

「でっ、でも、これで旅行も終わりと思うと、少し寂しいですね」

「ええ、私も同じ気持ちです。ですが、そう思えるということは、それだけ旅行が楽しかったということでもありますね」

「あっ、はい。そうですね。すっ、凄く、楽しかったです」

「また行きましょうね」

「はい!」

 

 またこうして一緒に旅行に行こうという私の言葉に、ひとりさんは笑顔で頷いてくれました。そしてそのあとで、ふと思いついたように口を開きます。

 

「……あっ、有紗ちゃん。また、手を繋いでてもいいですか?」

「はい。もちろん」

「えへへ、なっ、なんか、有紗ちゃんと手を繋いでると安心できるので……」

「そう思ってもらえると、私も嬉しいです」

 

 握った手に温もりを感じつつ、視線を動かせば、私たちを見送るような富士山が見えました。本当に楽しい2泊3日の旅行でした。終わったばかりなのに、また行きたいと思えるほど……。

 そんな風に幸せな気持ちを感じつつ、ひとりさんとしばらく雑談をしていると……途中でひとりさんが、ウトウトと眠そうにしているのに気付きました。

 

「……ひとりさん、寝ても大丈夫ですよ。新宿に着く前に起こしますから」

「あっ、うっ……はい。そっ、それじゃあ、すみません。少し、寝ますね」

「はい。おやすみなさい、ひとりさん」

「……おやすみなさい……有紗ちゃん」

 

 やはり疲れは蓄積していたのでしょう。ひとりさんは目を閉じて少しすると眠った様子で寝息が聞こえてきました。

 そのままでは少しバランスが悪いので、軽くこちらに引き寄せて、私の肩にもたれ掛からせます。

 

「……ん……有紗ちゃん……」

 

 小さな声が聞こえました。どうやら、私の夢を見ているみたいです。朝の時も思いましたが、それは本当に幸せなことですね。

 そんな風に考えていると、更に寝言が聞こえてきました。

 

「……あっ……そん……激しいの……だめ……れす」

 

 ……夢の中の私はいったいなにを? 分かりませんが、少し羨ましくもありますね。

 

 そんな風に考えてフッと笑みを溢したあとで、私はひとりさんと繋いでいた手を一度軽く解いてから、指を絡めるようにして繋ぎなおしました。いわゆる恋人繋ぎという形ですね。

 もたれ掛かったままで安心したように眠るひとりさんの寝顔を見て微笑みつつ、手に伝わってくる温もりをじっくりと堪能します。

 

 穏やかで幸せな気持ちです。本当に人を好きになるというのは素敵なもので、こんな些細な移動の時間にさえ、これだけの幸せを味わえるのですから……凄いものです。

 恋をする前とした後では世界の見え方が変わるという話も聞きますが、確かにそれも大げさではないでしょう。

 

「……ひとりさん、大好きですよ。これからも一緒に居てくださいね」

 

 眠るひとりさんに小さくそう声をかけてから、私は握る手に少しだけ力を込めて外の景色に視線を向けます。

 

 ……気のせいかもしれませんが、ひとりさんの手の力も少しだけ強くなったような……そんな気がしました。

 

 

 




時花有紗:2泊3日幸せいっぱいだった。少し寂しくはあるが、まだまだこれからもイベントはたくさんなので、楽しみ。直近は初詣かな?

後藤ひとり:……はてさて、最後の有紗の言葉の際に起きていたのかどうなのかは不明だが、有紗との絆はいままで以上に深まったのは確実である。
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