ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

7 / 211
四手突発の病気看病~sideA~

 

 

 5月の大型連休も終わり、少しずつ気温も温かくなってきたころ、お風呂から上がった私は髪の手入れをしつつひとりさんとロインのやり取りをしていました。

 結束バンドというバンドに所属し、共に音楽活動をする仲間を得たことでひとりさんは生き生きとしているように思えます。好きな人が幸せそうな様子を見るのは、私としても嬉しい限りです。

 

 しかし、バンド活動というのはそれなりに金銭が必要な様子で、ひとりさんは明日からSTARRYにてアルバイトをするという話でした。

 正直バンド活動にかかる金銭程度、私が用立てても構わないのですが……なにもかもを与えることが最善とも言えません。

 バンドメンバーたちと切磋琢磨し共に頑張るというのは得難いものでしょうし、ひとりさんにとってもいい思い出になるはずなので、私が余計なことをするわけにも行きません。

 ひとりさんのバンドマンとしての活動を応援しつつ、未来の妻として精神面などを支えることが重要でしょう。

 

 そんなことを考えつつ、ロインでアルバイト関連の話題になった際に、ひとりさんから不思議な返信がありました。

 

『準備は万端です。氷もたくさん買ってきました』

 

 なるほど、やはりアルバイトといえば氷――氷でなにを? 私が知らないだけで、ライブハウスのアルバイトは氷を用意する必要があるのでしょうか? ドリンクなどに使う……いや、だとしても、それを初勤務前のアルバイトに購入させる理由はないでしょう。

 考えても答えが出ず、私はロインでひとりさんに「氷はなにに使うのですか?」と質問のメッセージを送りました。

 

『お風呂に入れます』

 

 …………なぜ? あ、あれ? おかしいですね……分からないことの答えを求めて質問したはずが、なぜより分からなくなっているのでしょうか?

 氷をお風呂に入れるとどうなるか……氷が溶けるか、氷風呂が出来上がるかのどちらかでしょう。少なくともアルバイトに関係するとは思えないのですが……。

 

『有紗ちゃん、私、頑張ります! 上手くいくよう、応援してください』

 

 アルバイトを頑張るという話ですよね!? そうですよね……まさか、氷風呂に浸かったりするわけでもないでしょう。

 氷とアルバイトはあくまで別件と考えるべきですね……いや、別件だとしても、氷風呂でなにを?

 

 結局いくら考えてもひとりさんの意図は分からず、私は曖昧に「頑張ってください」とだけメッセージを送りました。

 

 

****

 

 

 その知らせが届いたのは、翌日の学校でのことでした。私はお義母様ともロインの交換をしており、時折やり取りをさせていただいているのですが、本日お義母様からひとりさんが高熱を出して寝込んでいるという連絡を受けました。

 ひとりさんからは、昨日アルバイトが上手くいったという連絡を貰ったあとはやり取りが無かったのですが、まさか寝込んでいたとは……。

 ひとりさんが心配であまり授業にも集中できないまま学校が終わり、私はすぐにじいやに連絡して今日の予定を全てキャンセルし、道中でお見舞いの品などを購入してひとりさんの家に向かいました。

 

「……あら、有紗ちゃん! 来てくれたの?」

「はい。ひとりさんは……大丈夫ですか?」

「ええ、ただの風邪で、いまは眠ってるわ」

「そうですか、大事ないようならよかったです……あっ、お義母様。こちら、病気の療養に良さそうなものを購入してきたのですが……」

「あらあら、わざわざありがとうね、有紗ちゃん」

 

 ひとりさんの家に着き、出迎えてくださったお義母様と挨拶をしたあとで家の中に入ります。買ってきた缶詰や飲み物などをお義母様に渡したあとで、口を開きます。

 

「あの、お義母様……私がひとりさんの看病をしてもよろしいでしょうか?」

「え? それだと有紗ちゃんに風邪がうつっちゃうかもしれないわ」

「構いません。このままでは、心配で他のことが手につきませんので……」

「でも……」

「もしうつったら、その時はひとりさんに看病してもらうことにします」

「……ふふ、それはいいわね。分かったわ。それじゃあ、お願いしてもいいかしら」

「はい!」

 

 強引に話を進めてしまいましたが、熱意が伝わったのかお義母様は苦笑しながら了承してくれました。その後は、お義母様から薬やタオルを預かってひとりさんの部屋に向かいます。

 部屋に着いて中に入ると、ひとりさんは眠っていますが表情はあまりいいとは言えず……辛そうに見えました。

 

 確認してみるとおでこに貼ってある冷却シートが少し渇いており、交換した方がいいように思えました。貼ってある冷却シートを剥がし、タオルでおでこや顔、首回りなどの汗を拭いたあとで新しい冷却シートをおでこに貼りました。

 するとそのタイミングでひとりさんの目が薄っすらと開かれ、弱々しい声が聞こえてきました。

 

「……お……母さん?」

「申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」

「あっ……あれ? ……有紗ちゃん?」

「はい。ひとりさんが風邪をひいたと聞いて……体調はあまりよくなさそうですが、目が覚めたのでしたら、いまのうちに風邪薬と解熱剤を飲んでしまいましょう」

 

 お義母様から、ひとりさんが起きたら飲ませてあげて欲しいと預かっていた薬を取り出し、水を用意します。

 

「ひとりさん、体を起こしますね。辛いとは思いますが、少し我慢してください」

「……あっ、はい」

「まずは水を飲んでください。起きたばかりで喉が渇いているでしょう?」

 

 背中の下に手を差し込んでひとりさんの体を起こし、まずは水を手渡します。落とす可能性もあるので手を添えて……ひとりさんが水を飲んだのを確認したあとで、薬を袋から出して手渡します。

 本当はなにか食べてから飲んだ方がいいのですが、いまのひとりさんの体調を見る限り食事は難しいでしょう。食事は解熱剤が効いて、少し楽になってからの方がいいでしょう。

 

「……すぐに解熱剤が効いて楽になりますよ。少し待ってくださいね」

 

 ひとりさんが薬を飲んだのを確認したあとは、買ってきておいた小さいペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、蓋を開けてストローを刺してから手渡します。

 水だけでは汗と共に流れ出たナトリウムやカリウムを補えないので、スポーツドリンクです。もちろん風邪の際に飲むと免疫に悪影響があると言われるスクラロースは入っていないものを選んで買ってきました。

 

「水分補給をしておきましょう。本当は汗もたくさんかいているので着替えたほうがいいのでしょうが、それは解熱剤が効いてからですね」

「……あっ、はい……ありがとう、ございます」

 

 ひとりさんがしっかり水分補給したのを確認したあとは、再び体を横にして布団を掛けなおします。依然体調は悪そうですが、水分補給をしたことで少しだけ落ち着いているようにも見えます。

 

「室内の温度などは大丈夫ですか?」

「……あっ、はい……あの……有紗ちゃんは……えと……お見舞いに来てくれたんですか?」

「はい。お義母様からひとりさんが風邪で寝込んでいると聞いて……」

「……ごめんなさい」

「気にしないでください。私が勝手に来ただけなので……」

「あっ、ちがっ、そうじゃなくて……私が風邪をひいたのは……自業自得で……私が馬鹿なことしたせいで……有紗ちゃんに迷惑をかけてしまいました」

 

 熱で辛そうながらも申し訳なさそうな表情を浮かべ、ひとりさんはそのままポツポツと懺悔するかのように語り始めました。アルバイトに行くのが怖くてワザと風邪をひこうとしたこと。氷風呂に浸かったり半裸で扇風機の前に居たりということをしたせいで、いまになって風邪をひいてしまったと……。

 

「……馬鹿で最低なことを考えたから……罰が当たったんです」

「なるほど……氷風呂はそのような用途だったのですね。ふふ、ようやく疑問が解けました」

 

 なぜ氷風呂なのだろうと疑問でしたが、まさか風邪をひくためだとは思いませんでした。引っ掛かりのような疑問が解決して、思わず笑みを浮かべるとひとりさんは驚いた様子で目を見開きました。

 

「っ……怒ったり、呆れたり……しないん……ですか?」

「どうしてですか?」

「あっ、だ、だって、私は……」

「それでも、ちゃんと行ったんでしょう?」

「……え?」

 

 どうもひとりさんは私に責められると思っていた様子で、だからこそ懺悔しているかのような表情を浮かべていたのでしょう。

 ですが、私はひとりさんの話を聞いて憤る気持ちもありませんし、呆れという感情も湧いてきません。

 

「仮病なりなんなり、他に方法はいくらでもあったでしょうに……それでも、ひとりさんはアルバイトに行ったんですよね? ワザと風邪をひこうとするほど怖かったはずなのに、勇気を出して……立派なことだと思いますよ」

「……有紗……ちゃん」

「それに、私がなにかを言うまでもなくひとりさん自身が、自分の間違いを理解して自業自得だったと反省しているのに、私が責めては過剰になってしまいます。ただ、それでも、あえて苦言を呈させていただけるのなら……あまり、心配させないでくださいね」

「…………………‥はぃ」

 

 ひとりさんの頬に片手を軽く当てながら微笑むと、ひとりさんは微かに震える声で返事をしてくれました。それなら、この話はここで終わりです。

 ひとりさんの頬に触れてみたところ、解熱剤が効いてきたのか少し前よりは熱が下がっているように感じられました。

 ひとりさん自身も、最初より表情が楽そうで話も問題なくできている様子です。

 

「……解熱剤が効いてきたみたいですね。どうですか、少しは楽になりましたか?」

「あっ、はい。だいぶ、楽になってきました」

「でしたら、いまのうちに汗をかいた服を着替えておいた方がいいかもしれませんね。そちらにお義母様が用意してくださった着替えがあります。私が居ては着替えにくいでしょうから、私は一時退室しておきますね……ああ、ひとりさん、食欲はありますか?」

「あっ、す、少しなら……」

「でしたら、お義母様にお伝えしておかゆかなにかを用意してきますね。着替え終わった服はひとまとめにしておいてください。あとで、お義母様にお渡ししておきますので」

 

 ひとりさんにそう告げて、タオルなどを手渡してから部屋を出ます。同性とはいえ、私が居ては着替えるのは気恥ずかしいでしょう。食欲がある内に栄養を摂取した方がいいので、この時間を利用して食事を用意することにしましょう。

 おかゆと缶詰の果物を……卵がゆがいいですね。ネギと少量のしょうがを入れて……念のためお義母様に、ひとりさんにアレルギーが無いかを確認しておきましょう。

 

 

****

 

 

 台所をお借りしておかゆを作って部屋に戻ると、ひとりさんは着替え終わって布団に横になっていました。顔色は薬のおかげもあってよさそうです。

 

「お待たせしました、ひとりさん。食事を持ってきましたよ」

「あっ、ありがとうございます」

「食べられるだけで大丈夫なので、無理だけはしないようにしてくださいね」

 

 気を使って全部食べたりしないように、食べられるだけで構わないと告げてから上半身を起こしたひとりさんの手におかゆの入った器とレンゲを渡します。

 

「熱いので、気を付けてくださいね」

「あっ、はい……美味しい」

「口に合ったようなら、よかったです」

「あえ? こ、これ、有紗ちゃんが作ってくれたんですか?」

「はい。お義母様のご指導を受けながらですが……」

 

 いちおう最低限の嗜みとして、料理教室などで一通りの料理は学んではいますが、おかゆはあまり作った経験が無かったので少し不安はありました。

 ですが、お義母様のアドバイスを受けたおかげで手前味噌ながら、悪くない出来のものを用意できたと思っています。ひとりさんの口にも合ったようなので、安心しました。

 

「……なっ、なんだかまろやかで、優しい味ですね」

「少量ですが味噌を入れてあるので、そのおかげかもしれませんね」

 

 ネギにショウガに卵と栄養面にも気を使っています。半分ぐらいでも食べてくださればいいのですが……と、そう思っていると、ひとりさんはそれほど早いペースでは無いですが、ゆっくり食べ続け器に入っていたおかゆを全て食べてくれました。

 無理に食べているという様子もなかったので、かなりいい傾向だと思います。これならば、早期に快復が期待できますね。

 

「果物もありますが、いかがですか?」

「あっ、じゃ、じゃあ、少しだけ……」

 

 ひとりさんが持っていた器を預かって、代わりに桃の缶詰の中身を、一口サイズに切ったものが入った器を手渡します。

 風邪の際には水分が不足しがちになるので、水分量が多くビタミンCが多く胃腸に優しい桃は食べるのに適した果物と言えます。

 

「あっ、そういえば……なんで、風邪の時は桃缶って言われてるんですかね?」

「水分とビタミンCが豊富で風邪の時に食べるのに適しているからだと思います。あと、聞きかじった程度の知識ですが、桃は生よりも缶詰の方がビタミンCが多くなるらしいですよ」

「あっ、なるほど……」

 

 そのままある程度桃を食べたあとで、再び布団に横になったひとりさんは、お腹が膨れたことで眠気が出てきたのか、少しウトウトと眠たげな様子でした。

 

「しっかり栄養補給も出来ましたし、あとはゆっくり寝て休みましょう」

「あっ、はい……その……おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい、ひとりさん」

 

 私に告げたあとで目を閉じたひとりさんは、すぐに寝入った様子で少しすると小さな寝息が聞こえてきました。早く良くなるといいのですが……。

 ひとりさんも眠ったようですし、車を呼んで帰宅する時間も考えるとそろそろ帰った方がよさそうです。明日が休日であればまだ居られたのですが……とりあえずは、大事がなさそうと分かっただけでもよしとしましょう。

 

「……おや?」

 

 しかし、私が立ち上がろうとした瞬間手に微かな感触があり、首を傾げながら自分の手を見ると……布団から出たひとりさんの手が、弱々しく私の手を握っていました。

 ひとりさんは眠っているので無意識の行動でしょうが……これは、少し困りましたね。

 

 どうしようかと考えながら穏やかに眠るひとりさんの顔を見て、私はフッと笑みを溢しました。そして、スマートフォンを取り出して、じいやにロインで事情の説明をします。電話では、ひとりさんを起こしてしまう恐れがありますしね。

 

 そして連絡を終えたあとは、スマートフォンをしまい、そっとひとりさんの手を握り返しました。

 

 

 

 




時花有紗:さすがに氷風呂に入って風邪をひこうとするとまでは予想できなかった。暴走さえしなければ、普通に優しくていい子である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。