楽しく幸せだったひとりさんとの箱根旅行から帰り、年末年始を迎えます。日々楽しいことばかりで過ごせればとは誰しもが思うでしょうが、生憎とそうはいかないものです。
ビッシリと埋まった年末年始のスケジュールを見ると、なんとも言えない気分になります。
年末年始はパーティや新年会への招待も多く、親しい方に挨拶をする必要もあるので特に3が日は非常に忙しいです。
人脈というのはとても大切なので疎かにするわけにも行きませんし、こうした機会でないとなかなかお会いできない相手というのも居るので致し方ない部分もあります。
3が日を過ぎて4日になったら落ち着くので、ひとりさんの家に新年のあいさつと共に遊びに行くことにしましょう。
そんな風に考えていると、ロインに喜多さんからのメッセージが届きました。内容としては、4日に私とひとりさんと喜多さんの同級生3人で初詣に行かないかというお誘いでした。
私としては問題はありませんが3が日を避けたとはいえ、明らかに人が大量に居るであろう場所に行くことをひとりさんが了承するかどうかは、不明です。
そう思って尋ねると、どうやら先にひとりさんには確認済みだったようで、かなり渋っていたみたいですが「有紗ちゃんが参加するなら……」ということで初詣を了承してくれたようでした。
であるならば私が断る理由もありませんので、喜多さんに了承のメッセージを返し、そのあとで喜多さんが作成したグループロインにてひとりさんも加えて時間などの相談を行いました。
初詣、楽しみですね。ひとりさんとは一緒に神社に参拝したばかりではありますが、初詣はまた雰囲気が違いますし楽しそうです。
まぁ、その楽しい未来の前に向き合わないといけない現在があるわけですが……えっと、年賀状は既に出し終えているので問題は無いとして、新年にお会いできない相手や海外に住んでいる知人への手紙も書かなければなりませんね。
電子化が進む昨今ですが、手書きの手紙を好む人もまだそれなりに居ますので、書く枚数もなかなか……額縁に入れたひとりさんの浴衣姿の写真を見て心を癒しつつ頑張りましょう。
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年が明けて最初に行うのは、もちろん家族への挨拶です。生憎とお母様はスケジュールの都合で2日に帰宅する予定ですので、その時に挨拶をするとして、今日はお父様がいらっしゃるのでお父様に挨拶です。
もちろんお父様も新年会やパーティの招待、開催で忙しいので短い時間ではありますが……。
「お父様、あけましておめでとうございます」
「おめでとう、有紗」
「今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ……そうそう、お年玉を用意しているよ。有紗なら心配ないとは思うけど、お金の使い方には気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
お父様の言葉を受けて、じいやがジュラルミンケースを運んできてくれました。去年より大きい気がします……お父様は、私……というか、家族に贈るプレゼントに関して少々加減を知らない部分があります。まぁ、それだけお父様が家族を愛しているという証明でもありますが……。
お父様にお礼を言って、軽く雑談をしたあとは互いにスケジュールも詰まっているのでそれぞれの予定に向かうことになりました。
頂いたお年玉は、じいやに銀行に振り込みを行ってもらうようお願いをして、私も招待されているパーティに向かうために家を後にしました。
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忙しかった3が日も終わり1月4日。私はひとりさんの家を訪れていました。喜多さんと3人で行く初詣は午後からなので、午前中に新年の挨拶に伺いました。
「あら、有紗ちゃん、いらっしゃい」
「あけましておめでとうございます、お義母様。今年もよろしくお願いします」
「ふふ、ええ、こちらこそ」
出迎えてくれたお義母様に挨拶をしたあと、リビングに居たお義父様にも挨拶をします。すると、そのタイミングでふたりさんがやってきて、明るい笑顔で挨拶をしてくれました。
「有紗おねーちゃん。新年、あけましておめでとーございます」
「はい。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします……ああ、ふたりさん。これは、私からのお年玉です」
「わっ、ありがとう、有紗おねーちゃん!」
「ふふ、どういたしまして、ですが無駄遣いをしてはいけませんよ。お義母様と相談しながら、使ってくださいね」
「はーい」
元気よく返事をするふたりさんの頭を撫でたあとで、私は3人に軽く断りを入れてからひとりさんの部屋に向かいました。
「ひとりさん、あけましておめでとうございます」
「あっ、有紗ちゃん。あけましておめでとうございます……あれ?」
「どうしました?」
ひとりさんの部屋に着いて、ひとりさんと挨拶を交わしたのですが、直後にひとりさんが少し怪訝そうな表情を浮かべました。
私が首を傾げながら聞き返すと、ひとりさんは少し迷うような……それでいて心配そうな顔で口を開きます。
「……あっ、あの、違ったらすみません。あっ、有紗ちゃん……なっ、なんか疲れてないですか? あっ、いや、根拠とかがあるわけじゃないんですけど、なっ、なんとなく、そんな気がして……」
「……」
率直に言ってかなり驚きました。確かに年末年始と忙しかったこともあって、私は現在それなりに疲労していると言っていいと思います。体調管理は万全でしたので肉体面は問題ありませんが、精神的な疲れまではやはり完璧に消し切ることはできません。
ただ、それを気付かれたのは初めてです。様々な習い事のおかげか、そういった疲労を表に出さない、悟らせないというのは得意だと思っていましたが……ひとりさんには通用しなかったみたいです。
「ひとりさんには、隠し事はできませんね……ええ、実は少し疲れています。いえ、体調管理はしっかりしていたので、精神的な疲れではあるんですが……」
「あっ、やっ、やっぱり……有紗ちゃんが疲れているのは、初めて見たので、ちょっと自信なかったですけど……」
「年始の新年会やパーティの招待が非常に多くて……多い日だと、1日で4つのパーティに参加したりしていたので、やはりなんだかんだで疲れましたね。パーティ中もほぼ挨拶ばかりでしたし……必要なことではあるので文句を言うわけにも行きませんがね」
「ひぇ……やっ、やっぱり、セレブはセレブで大変なんですね」
苦笑する私に対し、ひとりさんは少し青ざめた表情を浮かべます。たぶん、自分が同じような経験をしたらどうなるかを想像しているのだと思います。
「まぁ、一番忙しい所は過ぎましたので、もう安心です」
「そっ、それならよかったです……けど……う、ううん……」
「ひとりさん?」
苦笑する私を見て、ひとりさんはホッとしたような表情を浮かべたあとで……なにやら真剣に悩み始めました。
私の呼びかけにも反応することはなく考え込んでいたひとりさんでしたが、少しすると顔を上げて真剣な目で私を見てきました。
「……あっ、有紗ちゃん!」
「はい?」
「しっ、失礼します!!」
「……はえ?」
そして直後にひとりさんはグッと私の後頭部に手を回して、そのまま自分の胸に私の頭を抱え込むように抱きしめました……え? なにごとですか!?
突然の行動に思わず変な声を出してしまいました。正直思考が追い付いていません……な、なぜ突然ひとりさんに抱きしめられているのでしょうか? 3が日に頑張った私への神様からのご褒美? それとももしかして、私はいま眠っていて夢を見ているのでしょうか?
「ひ、ひとりさん? 突然なにを……」
「あっ、ああ、あの、えっと……ハグすると、エンドルフィンとかなんかが出て、リラックスできるって、前に有紗ちゃんが……だっ、だだ、だから! あっ、有紗ちゃんが疲れてるなら、力になりたいですし、そのえっと……」
「ひとりさん……」
私を抱きしめたままで慌てた様子で告げるひとりさんの言葉に、ジーンと胸が温かくなるのを感じました。私が精神的に疲れているのを見て、なんとかリラックスさせようと行動を起こしてくれたみたいです。
なんという慈愛の心……やはりひとりさんは、慈愛の天使ではないでしょうか?
「……私のためを思って行動してくれる、ひとりさんの気持ちが本当に嬉しいです」
「あっ、はい。えっ、えと、どうですか? こっ、効果ありますか?」
「はい。とても心休まる思いです」
「そっ、それなら、よかったです」
私もひとりさんの背に手を回して、ギュッと抱き着きます。ひとりさんの体から伝わってくる温もりが、私の体に沁み込んでくるかのようで、心が幸福な気持ちで満たされていくのを感じました。
そして同時に、精神的に疲労していたはずの心が癒され、活力が際限なく湧き上がってくるのを感じます。ほどなくすると、私の精神は疲労しているどころかベストコンディションといっていいほどに回復していました。
「ひとりさん、ありがとうございます! おかげで、凄く元気になれました!」
「うぉっ、眩しっ!? きっ、キラキラして……え? こっ、ここ、こんなに? ここまで、目に見えて効果があるほどなんですか……いっ、いや、まぁ、有紗ちゃんが元気になったのはよかったですけど……」
自分でも驚くほどに元気になっているのを感じています。いまからもう一度年末年始の過密スケジュールが来ても余裕で捌けそうなほどです。いえ、まぁ、来てほしくはないですが……。
「はい。ひとりさんのおかげですっかり元気になりました……まぁ、それはそれとして、もう少しこの幸せなハグは継続でお願いします」
「えぇぇぇぇ……いっ、いや、私は結構恥ずかしいんですが……」
「精神を癒すのとは関係なく、純粋に私が幸せなので継続で……」
「そっ、そこは嘘でも回復のためとか言ってほしかったです。はぁ、本当に有紗ちゃんは……」
少し呆れたように言いながらも私の要望を拒否することはなく、ひとりさんはそのままハグを続行してくれました。本当に幸せで、出来ればずっとこうしていたいぐらいです。
「ひとりちゃん、有紗ちゃん、飲み物を持って――あっ」
「「あっ……」」
「あらあら……お邪魔だったわね」
「ちっ、ちがっ!」
「今夜はお赤飯ね!」
「お母さん!? 違うから、誤解だから!!」
なんとも絶妙なタイミングで現れたお義母様にハグを見られ、ひとりさんは顔を真っ赤にして弁明を始めます。流石にそのまま黙っているのも問題なので、私もひとりさんの弁明を手伝うことにして、お義母様に話しかけました。
まぁ、楽し気なお義母様の様子を見る限り、ある程度誤解だと分かった上でからかっているのでしょうが……。
時花有紗:年末年始が過密スケジュールで珍しく疲れていたが、ひとりのハグで気力、精神力、体力すべてが全回復した。ハグを中断されたのは、ちょっとだけ残念。
後藤ひとり:他の家族はまったく気づかなかった有紗の疲労を一目見ただけで気付く……どう見ても愛の力。有紗が精神的に疲労していると知るや否や、恥ずかしがりつつもハグを決行する……誰が見ても有紗大好き。