有紗、ひとり、喜多の3人が初詣に向かう予定の神社の最寄り駅。待ち合わせの場所で待つ喜多の元に、有紗がやってくる。
「喜多さん、あけましておめでとうございます」
「有紗ちゃん、あけましておめでと~……あれ? ひとりちゃんは、一緒じゃなかったの?」
「いえ、居ますよ……こちらに」
ひとりの姿が見えずに不思議そうに首を傾げていた喜多だが、有紗に尋ねると有紗は自分の後方を示す。それに従って、有紗の後ろに回り込んでみると、そこには有紗の背中にピッタリ張り付いて隠れているひとりの姿があった。
「正面から見えないほど隠れきってる!?」
「あっ、喜多ちゃん……あっ、あけましておめでとうございます」
神社の最寄り駅、1月の4日ともなれば当然ながら初詣に行こうとする人たちは多い。駅は年一番といっていい混雑であり、当然人も多い。
そんな人混みにひとりが耐えられるわけもなく、早々に有紗の背後に影のように張り付いて隠れてしまっていた。
「あっ、有紗ちゃん、ちゃんと傍に居てくださいね」
「はい。大丈夫ですよ」
「う、う~ん、ひとりちゃんは相変わらず……いや、まぁ、有紗ちゃんさえいればいちおう初詣の場に出てこれるだけ成長しているのかな?」
ある意味で相変わらずといえるひとりの様子に苦笑しつつ、喜多とひとりを背中に張り付けた有紗は神社に向かって歩き出す。
「そういえば、私とひとりさんはつい最近神社に行ったばかりなので、年末年始を挟んですぐに参拝ですね」
「あっ、そうなんだ。旅行で行ったの?」
「ええ、箱根神社に……写真もありますよ」
「うわっ、いいなぁ。夕日の湖と鳥居、凄く映えてるわ……羨ましい。今日は私たちも映える写真撮りましょう! ね? ひとりちゃん?」
「え? あっ、私はこの位置で……」
「それだと正面からじゃ映らないじゃない!?」
箱根旅行で撮影した写真を有紗に見せてもらった喜多は、羨ましそうな表情を浮かべる。クリスマスライブに期末テストと12月は中々に忙しくて、イソスタもあまり更新できていなかった喜多にとっては、映える写真はまさに今求めているものだった。
「あっ、そうだ。有紗ちゃん」
「はい?」
「ほんっとうに……ありがとう!」
「う、うん? なにがでしょうか?」
なにかを思い出した様子の喜多は、突如有紗の手を両手で握って噛みしめるように感謝の言葉を伝えてきた。しかし、その感謝の理由がよく分からない有紗は首を傾げ、ひとりも有紗の背後で不思議そうな表情を浮かべていた。
「いや、有紗ちゃんが勉強を教えてくれたおかげで、期末テストも凄くよくて……勉強をしっかり頑張ったからって、お年玉いつもより多く貰えたのよ。本当に有紗ちゃんのおかげよ」
「いえいえ、成績がよかったのは、それだけ喜多さんがしっかり下地を積み上げていたからですよ」
喜多は以前ギターもといベースを購入するためにかなり先までお小遣いを前借しており、現在は月々のお小遣いは無い状態だった。
そのためSTARRYでのバイトのシフトを多めに入れたりで、普段遊んだりするお金は捻出していたのだが、1学期は成績も下降気味で両親にあまりいい顔はされていなかった。
それも必然で、両親の目から見ればバンドやバイトに集中するあまり勉強を疎かにしている様に感じられても無理はなかった。
しかし、2学期の中間テストでは有紗の指導によりかなり高得点を取って両親に褒められ、期末もかなりいい点が取れたため2学期は成績もよかった。安心した両親から、ご褒美という形で多めのお小遣いとお年玉が貰えたのは、なにかと入用な高校生の身としては非常に嬉しいものだった。
「あっ、そっ、そういえば、有紗ちゃんもお年玉とかもらったんですか?」
「ええ、お父様とお母様から……あとは、厳密にはお年玉とは言えないかもしれませんが、新年の挨拶をした知り合いの方々からもいろいろ贈り物は頂きましたね」
「……ちょっと、興味本位で聞きたいんだけど、有紗ちゃんのお年玉っていくらぐらいなのかしら?」
「あっ、私も興味あります」
喜多もひとりも、有紗の家が桁外れの金持ちであることは理解しており、そこで渡されるお年玉の金額は非常に興味があるものだった。
「いくらというのは説明が難しい部分がありますね。基本的に110万円以上ですと、贈与税がかかりますので、そちらも計算すると金額はかなり変わりますし、株式も含まれていたりするので金額が変動しやすいです」
「……ねぇ、ひとりちゃん。気のせいかな? いまの有紗ちゃんの口ぶりだと、110万円は余裕で越えてるみたいに聞こえるんだけど……」
「わっ、私もそう聞こえました……セレブ怖い」
当たり前のように贈与税がかかる前提で話す有紗の言葉を聞き、明らかに自分たちとは貰ったお年玉の桁が違うということを実感して喜多とひとりは戦慄したような表情を浮かべる。
少なくとも自分たちとか、見えている世界が違うということだけは理解できる内容ではあった。
「あ、神社が見えてきましたね」
「……そ、そうね。気を取り直して、初詣に行きましょう! お参りしたあとは、ぜんざい食べたり甘酒飲んだりしましょう!」
「あっ、そっ、そうですね。雲の上の世界の話は置いておいて、楽しみましょう」
妙な空気を払しょくするように喜多が笑顔で告げ、ひとりも同調して無理やり気分を明るくする。先ほどの話を聞いて、脳裏に浮かんだ「有紗ちゃんと結婚したらどんな生活になるんだろう?」という考えを振り切るように……。
****
境内ともなると人はさらに多く、参拝するだけでもかなりの時間を要した。しかし、なんとか無事に参拝を終えた3人。ここからは出店などを楽しむ時間であり、一緒に出店などが並ぶエリアに繰り出した。
「……う、ううん。迷うわ……ひとりちゃん、有紗ちゃん……どれが映えると思う?」
「あっ、どっちも同じでは? あっ、有紗ちゃんは分かりますか?」
「私もさほど違いがあるようには見えませんが……喜多さんには拘りがあるんでしょうね」
ひとりと有紗の前では、喜多が店頭のりんご飴のどれが一番イソスタ映えするかに悩んでいた。喜多はイソスタに上げる写真にはかなり拘りがあり、カフェのケーキなどの写真も何十枚と撮影して一番いいものを選んでイソスタにアップしている。
「……どっ、どうします? これ、かなり時間がかかりそうですよ?」
「……私に任せてください」
出店の前でにらめっこを続ける喜多を見て、ひとりが小声で有紗に告げると、有紗は軽く頷いてから喜多に笑顔で声をかける。
「ちなみに喜多さんはどれがいいと思いますか?」
「う~ん、やっぱり、色合いだとこれ……けど、大きさだとこっちの方が……」
「なるほど……私はこの色合いがよいものがいいと思いますね。やはり、鮮やかなものが写真映えもよいでしょうし……」
「なるほど! うん。そうね、言われてみればこれがいいかも……じゃ、これにするわ!」
もちろん有紗にはりんご飴の違いはあまり分かっていない。なので喜多自身に候補となるものを聞いて、そのひとつを後押しする形で指示することで、自然と早期の決定を促した。
そのやりとりを見て感心した表情を浮かべているひとりに対し、有紗は軽く苦笑しつつ小声で話しかける。
「……こういうものは、だいたい本人はほんの僅かな差で悩んでいるものなので、どれかを後押しすればそれが決定打になる可能性が高いんですよ」
「なっ、なるほど……」
「ひとりさんは、なにか食べますか?」
「あっ、えっと……たこ焼き、食べたいです」
喜多がりんご飴を買っている間に軽く話をして、ひとりの要望を聞いて次はたこ焼きの屋台へと移動してたこ焼きを購入する。
そのまま道の真ん中で食べるわけにはいかないので、出店の並ぶエリアから少し外れた場所に移動して3人で買ったものを食べる。
「う~ん。おしることか甘酒って意外と見つからないわね」
「そういったものはやはり、境内の人が多いエリアにあるのではないでしょうか? たぶん出店というよりはテントのような形式で販売していると思いますよ」
「うっ、あっ、あの境内に戻るのは……ちょっと……」
出店自体はいろいろ見て回っているが、目当ての正月らしい出店を見つけられておらず不満げな喜多に、有紗が苦笑しつつ答え、ひとりは若干顔を青ざめさせる。
「まぁ、必ずしも境内にしかないというわけでは無いでしょうし、もう少し探してみましょう。あ、ひとりさん。私もたこ焼きを一口頂いてもいいでしょうか?」
「あっ、はい。どうぞ……」
「ありがとうございます。いただきますね」
有紗の言葉を聞いたひとりは、たこ焼きのひとつを楊枝に刺して容器を添えつつ有紗の方に出し、それを有紗が食べる。いわゆる「あ~ん」と呼ばれる行為であり、ふたりにとっては割と慣れたもの……というか、旅行中にさんざんやったので、ひとりも感覚がマヒしており普通に行っていた。
ただこの場には喜多も居て、あまりにも自然と行われるそのやりとりにポカンとした表情を浮かべていた。
「ひとりさんも、ベビーカステラをひとついかがですか?」
「あっ、いっ、いただきます」
「……え? なにこれ……なんか、カップル同士のデートに付いて来ちゃったみたいな疎外感……」
お返しとばかりに差し出したベビーカステラを、ごくごく普通に口を開けて食べさせてもらうひとりを見て、喜多はなんとも言えない表情を浮かべて居たたまれなさを感じていた。
表現するのであればそう……ふたりの間に流れる空気が、甘酸っぱいような感じであり、蚊帳の外感が凄かったのである。
「……あ、もしかしてふたりとも箱根旅行ですでに、恋仲に……」
「ぶっ!? なっ、なんでですか!?」
「いやだってなんか空気が……」
「私とひとりさんの関係は特に変わっていませんよ?」
「そっ、そうです。私と有紗ちゃんは友達です! まっ、前とまったく一緒です!」
有紗はごく当たり前のように、ひとりは若干頬を赤くしながらそう返すと……喜多は小骨が喉の奥に引っかかったような表情を浮かべていた。
(……もう完全に空気がカップルのそれなんだけどって叫びたい!! け、けど、お互いにまだ正式に付き合ったりしてるわけでもないなら、変なことを言うわけにも……うぅぅ、もどかしい!)
喜多郁代……彼女は空気の読める女である。どう見てもカップルの様にしか見えなくとも、本人たちが否定するのであれば口を噤むことができるのだった。
時花有紗:ひとりの愛情ハグで全回復したためいつも通り、税理士を雇って確定申告などもきっちりこなしている。たぶん納税額もえげつない。
後藤ひとり:だいたい有紗の背後に隠れていた。原作では喜多のクラスメイトと遭遇していたが、有紗が居ることで参拝などがスムーズだったりしたため遭遇することはなく遭遇→カラオケに移行というコンボは回避。旅行で距離感が更にバグっており、あ~んくらいは普通に行うようになった。
喜多郁代:お前らその距離間で付き合ってないとか、なに言ってんの? とか言いたかったが、胸の中に留めて見守ることにした。喜多ちゃんは空気の読める子なのである。