冬休みも残り数日という時期になり、私は現在STARRYにてノートパソコンを操作していました。今日は結束バンドの練習日というわけでは無いのですが、いくつか纏めておきたいことがあったのでお邪魔している形です。
「あっ、有紗ちゃんは、なにをしているんですか?」
「結束バンドの物販も含めた収入と支出などを纏めています。今回は不要ですが、諸経費を差し引いた年間の収入が一定額を越えると、バンド活動であっても確定申告を行う必要があるので、収支は纏めておいた方が便利です。確定申告を抜きにしても収支をデータとして残しておくのは重要ですしね」
「なっ、なるほど……むっ、難しそうです」
「そんなことはありませんよ。もちろんもっと収支が多岐に渡るようになると税理士を雇う必要もあるでしょうが、現時点ではあまり複雑ではないです」
アルバイトの仕事として店内の清掃をしていたひとりさんが尋ねてきたので、微笑みながら言葉を返します。実際現状物販の管理は私が行っているので、ある程度バンド全体の収支も把握しやすいですし、纏める情報自体はそう多くありません。
経費などを複雑に計算し始めると難しくなってきますが、そもそも現時点では結束バンドの収入は確定申告が必要な額に到達していないので問題はありません。
ただ、確実にファンが増えてきて今後未確認ライオット等でさらに増加することを見越せば、来年は確定申告を行うべき収入に届く可能性は十分あり得るので備えておいて損はありません。
「……有紗ちゃん」
「どうしました、虹夏さん?」
「私ね、有紗ちゃんのこと本当に5人目のメンバーだって思ってる。心から!」
「え? あ、はぁ……ありがとうございます」
「だからその……か、確定申告とか必要になったら、いろいろ教えてほしいかなぁって……い、いや、ほら、基本的にバンドのお金を預かってるのは私だしね」
「なるほど、ええ、その際には可能な限り協力しますよ」
虹夏さんもまだ高校生の身ですし、確定申告と聞くと身構えてしまうのも無理はないでしょう。比較的慣れている私が、いろいろサポート出来たらと思います。
そう考えていると、ひとりさんがふと思いついたように口を開きました。
「……いっ、いっそ、有紗ちゃんにお金の管理してもらったほうがいいのでは?」
「……ぶっちゃけ私もそう思うけど、あんまり有紗ちゃんに頼り過ぎると、有紗ちゃん居ないとなにもできなくなりそうだから……ある程度は自分でやれるようにしときたいね」
まぁ、現状でも既に物販の管理を行っているので、チケット関連以外の金銭管理は私が行っているのですが……そこに関しては、虹夏さんもリーダーとしての矜持があるのでしょうし、ある程度は自分自身で行いたいという気持ちも理解できます。
そんなことを考えていると、私たちの様子を見ていた星歌さんが軽く周囲を見渡しながら口を開きました。
「……というか、山田は? アイツも今日バイトのはずだろ?」
「あれ? そういえば、リョウはまだ来てないね。まぁ、リョウは、たびたび遅刻するけどね。確認してみるよ」
アルバイトのシフトに入っているはずのリョウさんが来ていないようで、虹夏さんがロインで連絡を取りました。すると少しして返信が来たようですが……虹夏さんの表情を見る限り、あまりいい返事ではなさそうです。
「……あ~えっと……お姉ちゃん。リョウ、熱と動悸と息切れと空腹で体調不良だから休むって……」
「最後の関係ないだろ!? というか、体調不良で休むにしてももっと早くに連絡しろよ……たくっ、今日はそこそこ忙しくなりそうだってのに……」
「まぁ、夕方から来るスタッフさんたちも居るし、なんとか大丈夫だよ」
リョウさんはたまにこうして当日になってバイトを休むことがあるみたいで、虹夏さんも星歌さんも呆れたような表情を浮かべつつも、リョウさんを抜きにした仕事の役割分担を相談し始めました。
しかし、なにやら困ったような表情を浮かべたPAさんが、星歌さんの元に近付いて来ました。
「店長~いま連絡があって、夕方から来る予定だった2人、熱が出て病院で診てもらったらインフルエンザだったから、来られないって……」
「はぁ!? おいおい、3人抜けるのはまずいぞ……明日以降はともかく、今日はもう開店まであんまり時間がない」
「今日は喜多ちゃんも用事があってこられないみたいだし、リョウは仮病だろうけど、たぶんしばらくロイン送っても見ないだろうし……」
「いまからヘルプの手配、間に合いますかねぇ~?」
悪いことは重なるものというべきか、どうやらリョウさんを含めて一気に3人が休む形となってしまったみたいで、星歌さんも焦ったような表情になっています。
「受付は私がやるとしても、他のスタッフの数が……せめてあとひとり、優秀そうな……」
「そうだね。最悪教えればある程度できそうな子が……」
「愛想がよくて接客もできれば助かるんですけど……」
「「「あっ……」」」
星歌さん、虹夏さん、PAさんは、それぞれ呟いたあとでなにかに気付いたような表情で、ほぼ同時に私の方を見ました。
えっと、これはつまり、そういうことですよね?
「……えっと、私は今日は特に予定もありませんし、よろしければお手伝いしましょうか?」
「すまん! 助かる!」
「有紗ちゃん、本当にありがとう! とりあえず、簡単な仕事だけ覚えてくれればいいから」
ひょんなことから、STARRYを手伝うことになりましたが、丁度収支の計算をしていただけで、特に予定もなくひとりさんの仕事ぶりを眺めてから帰ろうと思っていたので、都合は付きます。
大変な時に少し不謹慎ではありますが、ひとりさんと一緒に仕事をできるのは少し嬉しいですし、せっかくの機会ですから楽しみつつも邪魔にならないように頑張りましょう。
「……あっ、ふっ、不謹慎ですけど、有紗ちゃんと一緒に働けるのは、ちょっと嬉しいかもしれません」
「ふふ、丁度私も同じことを考えていました」
「えへへ、一緒ですね。あっ、分からないことがあったら聞いてくださいね」
「ええ、一時的ですけどひとりさんは、アルバイトの先輩ですね」
「わっ、私が先輩、ふへへへ……」
「……こらそこっ、開店まであんま時間無いんだから、いちゃつかない」
ひとりさんと顔を見合わせて笑い合っていると、虹夏さんの呆れたようなツッコミが聞こえてきました。
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STARRYでの仕事を手伝うことは決まりましたが、開店まではあまり時間がないので虹夏さんからひとまず一通りの仕事内容を教わりました。
元々STARRYにはよく顔を出していましたし、ひとりさんや皆さんの仕事も見ていたのである程度は分かっていますので、それほど苦戦することもなくこなすことはできました。
まぁ、臨時のヘルプともいえる私には難しい仕事は回さないように配慮してくれているのでしょうね。
一通りの仕事の指導が終わった後、ホールに戻ると星歌さんが不安そうな表情で私たちを見ました。
「……虹夏、顔色悪いぞ? だ、駄目そうなのか? ま、まぁ、急だったし時間もほぼ無いから流石に有紗ちゃんでも厳しいか……」
「……ううん。逆だよ、お姉ちゃん……有紗ちゃん、一度流れを教えるだけで全部覚える。しかも、もの凄く器用だから1~2回やっただけで、熟練かと思うような仕事ぶり、愛想もよくて、いうまでもなく見た目は最高に可愛い……相変わらず完璧超人過ぎる」
「……つまり?」
「臨時ヘルプどころか即戦力、たぶんどこの仕事でも余裕でこなせる。あまりの有能さに30分経たずに追い越されたぼっちちゃんがそっちで死んだ魚みたいな目になってるくらいには有能」
虹夏さんの言葉を聞いて星歌さんは明るい表情に変わりましたが、それ以上にゴミ箱に入り込んでしまったひとりさんが心配で、そちらに近付いて声を掛けます。
「……ひとりさん、その、大丈夫ですか?」
「わっ、分かってましたよ……有紗ちゃんが凄いってことぐらい……でっ、でも、もしかしたらちょっとぐらい苦戦して、私が経験の差で先輩として教えたり~とか、あるかなぁと思ってましたけど……現実は非情でした。喜多ちゃんにもすぐに追い越されましたし、わっ、私程度のクソ雑魚陰キャは、一瞬で抜き去られる運命なんです」
どうやら過去に自分が苦戦した仕事などを簡単にこなしてしまったことで自尊心にダメージを受けている様子でした。思ってみれば、ひとりさんはSTARRY内のアルバイトの中で喜多さんを除けば一番新参といっていい立場なので、臨時とは言え後輩のような立場ができたことで指導できるかもと喜んでいた部分があるのでしょう。
それを理解した私は、軽く苦笑しつつひとりさんに声をかけます。
「ひとりさん、確かに私は一通りの仕事の流れは覚えたのですが、物が置いてある場所などは覚えきれていないんですよ。ドリンクコーナーなどで、どこにどの飲み物があるかを教えていただいてもいいですか?」
「……あっ、はい。まっ、任せてください! これでも私、はっ、半年以上バイトしてますから」
「頼りになります。よろしくお願いしますね」
「えへへへ、えっ、えっと、まずはこっちの棚が……」
時として嘘をつくことが最善という場合もあります。実際は全ての配置は記憶しているのですが、ひとりさんを思えばここはなにかしらのことを指導してもらう方がいいでしょう。
ひとりさんにとっても指導するという経験は、今後新しいアルバイトが入ってきた際に役立つでしょうし、プラスしかありませんね。
「……なるほど、こちらの棚にあるのは?」
「あっ、それは予備で、こっちのが無くなった時に……」
どこかウキウキと楽しそうに指導してくれるひとりさんを見て、なんだか和みつつ私はしばしひとりさんの指導に耳を傾けました。
「……仕事はすぐ覚えて愛想もよくて、居るとぼっちちゃんのメンタルケアもしてくれる? 有紗ちゃん、うちで正式にバイトしてくれないかなぁ……」
「う~ん。習い事とかいろいろやってて忙しいだろうし、そもそもバイトしてお金稼ぐ必要ないから難しいでしょ。まぁ、今回みたいにどうしようもない時に手伝ってくれるとありがたいよね」
こうして、ひと悶着ありつつもその後はSTARRYでの臨時ヘルプは問題なくこなせ、星歌さんたちから何度もお礼を言われましたし、給金も多めに頂きました。
正直給金は必要なかったのですが、それでは雇用主としての星歌さんの立場もないでしょうから、素直に受け取りました。私としては、ひとりさんと一緒に仕事ができて楽しかったです。
しかし、それにしても……リョウさんの急な休み。直感的な印象ですが……もしかすると、危惧していたことが起きてしまったかもしれません。
だとすれば……大きな影響が出る前に、早めに動いた方がよさそうですね。
時花有紗:記憶力もよく、器用で容量もいいので、大抵のことは本当にすぐに人並み以上にできる超人。リョウの不調に気付いている様子で、早期解決に乗り出す見込み。
後藤ひとり:……先輩云々ではなく、有紗に頼られたいという思いが強かった。しかし、有紗が優秀過ぎてその機会が無かったために凹んで久々のゴミ箱IN。そのあとで有紗に頼られたことで、ニッコニコで指導していた。
伊地知虹夏:このふたり(有紗とひとり)……最近ナチュラルにいちゃつくようになってきたな……。
同時インフルの2人:……百合カップルで、同時感染した可能性がっ!