有紗の家での誕生日の祝いを終え、家に帰ったひとりがリビングに入ると父である直樹の姿があった。そして、直樹がふとひとりが担いでいるギターケースに目を向けて首を傾げた。
彼の認識としてはひとりはバンドの練習ではなく、誕生日の祝いとして有紗の家に向かったのでギターを持っていることに若干の違和感を覚えたためだ。
「おかえり、ひとり……って、ギターを持って行ってたのかい?」
「あっ、いや、これは有紗ちゃんに誕生日プレゼントで貰ったギター」
「おお、ギターがプレゼントだったのか、どんなギターだ? お父さんにも見せてくれよ」
「えへへ、凄いギターだよ……これ!」
直樹に尋ねられ、ひとりはどこか嬉しそうな笑顔を浮かべつつギターケースを開けて有紗にプレゼントされたギターを見せる。
「おお、カッコいいじゃないか! それに、見るからに質がいいな……かなりのグレードの品じゃないのか?」
「それが、なんと……PRSのプライベートストックで作ったギターなんだって」
「PRSのプライベートストック!? 凄いな、ギタリストの憧れじゃないか……文字通りひとり専用のギターってわけか……いや、それにしても、そんなものをポンとくれる有紗ちゃんも凄いな」
「うん。えへへ、有紗ちゃんは本当に凄くて、今回はなんとキーボードも練習してくれてて、一緒にセッションをしたんだけど凄く上手くて……」
直樹が有紗の話を振ると、ひとりは明らかに嬉しそうな様子で有紗の家であったことを話し始める。コレは極めて珍しいと言える事態ではある。
当然ではあるがコミュ症であるひとりも、家族相手には普通に話すことができるのでスムーズに会話ができているのはいつも通りだが、ひとりがこうして楽しかった出来事などを自分から話すのは珍しい。
そもそも、学校の話なども含め美智代や直樹が尋ねれば答えるが、基本的に自分からアレコレと話すことは無い。
そんなひとりが楽し気に昨日あったことを報告してくれている様は、父親として直樹の心に込み上げてくるものがあった。
「うぅ、あのひとりがこんなにも普通の女子高生みたいに……本当に有紗ちゃんには感謝してもしきれない。有紗ちゃん相手なら、安心してひとりをお嫁にあげられるよ」
「なんでそう言う話になるの!? 私と有紗ちゃんは、そそ、そういう関係じゃなくて……もう! お父さんの馬鹿! わっ、私はもう部屋に戻るから!!」
「……恋バナをして娘が照れて怒る。夢見ていたやり取りができるとは……感動だ」
顔を赤くして去っていくひとりを見送りつつ、直樹はどこか満足気に頷いていた。
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ひとりは家に帰った後ですぐ有紗と行ったセッションの動画を編集してサイトに投稿した。いつもはタグを大量に付けるひとりだが、今回は必要最低限に留めタイトルを「大好きな友達とのセッション」として投稿した。
本人にしてみれば楽しかった思い出が強く残っているうちに投稿してしまいたかったというだけで、特に再生数などを意識したわけでは無かった。
だが、普段の動画以上に圧倒的な演奏、トゥイッターでも未だ紹介されていない新しいギター、初登場となる謎のプロレベルのキーボード、それだけの要素があって動画が伸びないわけもなく過去最大のスピードで再生数は上がっていった。
そして当然ながら、その動画は現実のひとりを知る者たちも目にすることとなる。
「……えっ、すごっ……いやいや、ぼっちちゃんから聞いて上手いってのは知ってたけど、有紗ちゃんこんなに凄いの!?」
「フィンガリングえぐい、明らかにプロ級」
「というか、ぼっちちゃんも滅茶苦茶凄いんだけど……」
リョウの家に遊びに来ていた虹夏は元々ギターヒーローのファンでありチャンネル登録もしている。すなわち新着の動画がアップされれば通知が来るため、すぐに動画を確認することができ、一緒に居たリョウともどもその演奏に圧倒された。
「う~ん、どっちも本当に凄い。凄いけど……あ~もうっ、こんな楽しそうなことするなら呼んでよ~!」
「ぼっちのギターの音かなりノッてる。こんなに楽しそうに演奏されると、確かに羨ましい」
「だよね! 聞いてたらドラム叩きたくなってきたよ~」
「ふっ、ガキめ」
「……お前が唐突に手に取ったそのベースはなんだ」
「……ちょっと音を確かめるだけ……」
演奏の凄さにも圧倒されたが、それ以上に聞いているだけで楽しそうに演奏しているのが伝わってきて、自分たちもひとりのような楽しい演奏がしたいという気持ちが湧き上がってくる。
幸いここはリョウの家であり、リョウはその欲求を発散するすべがあるが……ドラムはないため、虹夏は悶々としていた。
「……んっ、ほら、虹夏」
「え? なんでギター?」
「すぐにできる簡単なコード教えてあげる。ドラムはないから、それで我慢して」
「リョウ……うん。ありがとう!」
「あっ、ドラムスティックみたいにしろって意味じゃないから。そのギター40万するから、破壊衝動は抑えて」
「なんで、普段の私に破壊衝動があるみたいな言い方した? おい、こっち向け……」
実際のところは、虹夏の笑顔が眩しくて少し気恥ずかしくなって誤魔化すように言っただけだったが、文句を言う虹夏がそれに気付くことは無かった。
ともあれ、リョウが簡単に指導したこともあって、ギターとベースで少しの間簡単な曲をセッションすることとなったふたりの表情は終始柔らかな笑顔だった。
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ひとりと有紗の動画に影響を受けたのは虹夏たちだけでは無かった。自室で椅子に座って手元を確認している星歌の元に、タオルで髪を拭きながらきくりが緩い顔で現れた。
「あ~先輩、シャワーあざっした~」
「ああ、気にするな。1回の使用につき100円で計算して年度末に請求するから」
「ちょっ、勘弁してくださいよ……ってあれ? ギター?」
「ああ、まぁ、ちょっと懐かしくなって久しぶりに出してみた」
しょっちゅうシャワーを借りに押しかけてくるきくりに対し、呆れたような言葉を返しつつ星歌は手元のギターのペグを触って音を調整する。
「へぇ……あ~わかったぁ。ぼっちちゃんと有紗ちゃんの動画見て、久々に弾きたくなったんでしょ~」
「……そうだな。お前が余計なもん見せてくれた影響はあるかもな」
「え~でも、気持ちわかるなぁ。あの若々しいパワーのある演奏聞くと、昔を思い出しちゃいますよね」
「まっ、年は取ったな。お互い」
「ですね~」
ひとりと有紗のセッションの動画は、押しかけて来たきくりが楽し気に見せてきたので星歌も見ており、その楽しそうな演奏を聞いて久しぶりにギターを触りたくなった。
パックのおにころを取り出して飲みながら緩く笑うきくりを適当に相手をしつつ、星歌は調整を続ける。ブランクはかなりあったが、体は覚えているもので特に詰まることもなく調整は終わってギターはいつでも弾ける状態になった。
それを察したきくりは楽し気な笑みを浮かべながら星歌に声をかける。
「演奏するんですか? 私もぉ、久々に先輩のギター聞きたいですね~」
「はぁ、何年ブランクがあると思ってんだ。ソロで上手く弾ける自信は無いな……というわけだから、シャワー代替わりに付き合え、ベーシスト」
「おっ、あはは……アイアイサー!」
不敵な笑みを浮かべて告げる星歌を見て、きくりは心底楽しそうな様子で大袈裟な敬礼を返してから、ベースを手に持って星歌と共にライブハウスのスタジオへと移動していった。
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時を同じくして自室で執筆の息抜きに動画サイトを見ていたぽいずんやみこと佐藤愛子は、新着の演奏動画を何度もリピート再生していた。
「……すっ、すっごっ……ギターヒーローさんもだけど、このキーボードも凄い! え? だれ? た、たぶんだけどスタンウェイのピアノ持ってる友人ってのがこの人かな? だとしても、キーボードの演奏も凄い。完全にプロ級……だけど思い当たる人が居ない!? ギターヒーローさんの知り合いってことは、下北? いやでも、このレベルのキーボードを一度聞いて忘れるわけがないし……」
愛子は現時点では結束バンドとさほど交流があるわけでは無い。故に有紗についてもよく知らないため、動画を見ただけでキーボードが有紗であるとは思い至らなかった。
「それにギターヒーローさんのギターも新しくなってる。見るからに質がいいし、ハイエンド? き、気になる。直接会って聞いてみたい……あぁ、でもでも、悔しかったら見返してみろ的なこと言っといて、こんなに早く会いに行くのも……ぐぬぬ」
いま抱えている多くの疑問はひとりに会いに行けば解決するだろうが、わざわざ挑発するようなことを言って発破をかけたバンドに会いに行くには、出来ればもう少し時間が欲しかった。
「……い、いや、まぁ、結束バンドのMVはマジでよかったけど……2ヶ月ちょっとであそこまで伸びるって、若い子たちの成長は早いなぁって感動したし、なんなら、もう見返されてるって言ってもいい。そ、そろそろ一度ライブとか見に行こうかなぁ……それで、あのMVの演奏が会心の演奏とかじゃなければ……」
結局知りたいという欲求には勝てず、愛子は真剣に再び結束バンドのライブを見に行くことを検討し始めた。
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そして、ひとりと有紗のセッションとなれば、もちろん自称有後党であるファン2号も反応しないわけがない。
「……見て見て! 凄いよね! 尊いよね!!」
「見たよ、何度も……いや、でも、有紗ちゃんも凄いレベルアップしてるよね」
「そうそう! 路上ライブで聞いた時から、また聞きたいな~って思ってたんだよ! それがこんな最高な形で……やはり、世界は……輝いてる!」
「おちつけ、2号」
興奮気味に語る2号に1号も苦笑を浮かべる。そもそもふたりは、最初にひとりと有紗、そしてきくりの路上ライブを聞いて結束バンドのファンとなった存在であり、ひとりと有紗がセッションしている様は、あの時の路上ライブを記憶を呼び起こし、どこか懐かしくも嬉しい気持ちになっていた。
2号があまりにテンションが高いため冷静になってはいるが、1号も久々に有紗の演奏を聞けて嬉しく思っていた。
「あ~惜しむらくは、有後党の同志たちと、この喜びを分かち合えないことだよ。あ~語りたいなぁ」
「ひとりちゃんは、動画アカウントのこと大っぴらにしてないんだから、私たちが勝手に話すのは駄目だって」
「分かってるよ。個人情報は大事だからね……あ~でも、この喜びを分かち合いたいって気持ちも大きいんだよねぇ」
「……まぁ、その辺りは私で我慢しときなさい」
「そうする~というわけでも、もう一回リピートだ!」
テンション高く再びひとりと有紗の演奏を眩い笑顔で見始める2号を見て苦笑しつつ、1号も隣にならんで一緒に動画を見始めた。
後藤ひとり:もう並みのカップルよりいちゃついてるし、外堀も完全に埋まり切っている。
14歳(仮):ぶっちゃけ、もうすでにMVみて結束バンドは見直してるし、かなりの高評価。ライブに来たらいい記事を書いてくれそう。
百合要素:今回は通常の有後に加え、虹リョウ、星きく、1号2号の欲張りセット。
喜多郁代:……あの? 誰か大事な人をお忘れとは思いませんか?