初夏に入り温かくなり、学校の制服も夏服に切り替わった頃、私は休日を利用してひとりさんの家に遊びに来ていました。
すっかり通い慣れたもので、ひとりさんの家付近の道にもそれなりに詳しくなったような気がします。
「いらっしゃい、有紗ちゃん」
「こんにちは、お義母様」
呼び鈴を鳴らすとお義母様が出迎えてくれて、すぐに家に上げてくださいます。今日は休日なのでお義父様もいらっしゃるようだったので、お義父様にも挨拶をと思い、最初はリビングに向かいました。
「こんにちは、お義父様」
「ああ、有紗ちゃん。よくきたね」
「有紗おねーちゃん! こんにちは~」
「はい。こんにちは、ふたりさん。今日も元気いっぱいですね。ジミヘンさんもこんにちは」
「ワン!」
同じくリビングに居たふたりさんとジミヘンさんにも挨拶をします。ふたりさんは最近私のことを「有紗おねーちゃん」と呼んでくれるようになりました。未来の義姉として、義妹といい関係を築けていることを実感します。
そんなことを考えつつ、私は手に持っていた袋をお義母様に差し出します。
「知人から頂いたものなのですが、数が多かったのでお裾分けにと思いまして、よろしければ皆さんで召し上がってください」
「あら、ありがとう。まぁ! 美味しそうなメロンね」
「メロン! やった~! 有紗おねーちゃん、ありがとう!」
「喜んでいただけたなら、なによりです……ひとりさんは、お部屋ですか?」
静岡の知人から頂いたクラウンメロンですが、ずいぶん数を頂いたので持ってきたのですが、喜んでいただけたようでよかったです。
嬉しそうにはしゃぐふたりさんの様子を見て微笑ましい気持ちになりながら、ひとりさんのことを尋ねると、なにやらお義母様は難しそうな表情を浮かべました。
「ひとりちゃんは、いま部屋に居るけど……バンドのことで苦戦してるみたいね」
「そうなのですか? バンドというとボーカルの方も加入して順調と伺っていましたが……」
「おねーちゃん、作詞してるんだって~」
「作詞……なるほど、曲作りですね。創作というのは、どの分野でも難しいものですからね」
ひとりさんが所属する結束バンドは、ひとりさんから聞いた話では最近喜多さんというギターボーカルの方が加入……再加入して、バンドとしてこれから本格的に動き出すという段階と聞いていました。なるほど、確かにオリジナル曲も必要でしょう。そして、ひとりさんが作詞を担当することになったと……。
そんな風に話していると、不意に二階から妙な声が聞こえてきました。
「ウェ~イ!」
『……うん?』
ひとりさんの声ではありましたが、普段のひとりさんとは結び付かないなんとも妙な声が聞こえてきて、皆揃って首を傾げました。
その声が気になって全員で二階に向かい、ひとりさんの部屋を覗き込むと……。
「ここは有名なイソスタ映えスポット!」
なにやらウサギのぬいぐるみと自撮り棒と手に持ったひとりさんが、クネクネと踊るような動きをして明るい声を出していました。
明るい様子のひとりさんも、これはこれで非常に愛らしいですね。眼福とはまさにこのことですが……お義母様とお義父様は、なにやら顔を青ざめさせていました。
「あと10分後に花火が打ちあがるから、皆で写真を撮……へ?」
するとそのタイミングでひとりさんが私たちに気付き、バツの悪そうな表情を浮かべましたが、それより早くお義母様とお義父様が動きました。
「……お母さんの知り合いに、いい霊媒師さんが居てね」
「ごごご、誤解!?」
どうもおふたりはひとりさんが悪霊にでも取りつかれたと考えている様子で、お義父様はどこからとりだしたのか数珠を持って手を合わせており、お義母様も心配そうに手を合わせています。
対してひとりさんは慌てており、しっかりと説明も出来ていない様子だったので、おふたりには私が声をかけることにしました。
「大丈夫ですよ、お義母様、お義父様。先ほどのひとりさんの行動は、おそらく作詞をする過程で参考とする誰かに成りきることでインスピレーションを高めていたのでしょう。悪霊に取りつかれたりしたわけでは無い筈ですよ」
「……逆に有紗ちゃんは、なんでひとりのあの動きだけで、そこまで分かるのか……」
「愛の力です」
「愛の力ならしょうがないなぁ……」
私の言葉を聞いたお義父様は、なにやら遠い目をしておられましたが、そのお顔は流石親子というだけあってひとりさんが時折浮かべる表情によく似ていました。
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あのあと、ひとりさんは私以外を部屋から追い出し、扉の外に「覗き見禁止」と張り紙をしました。机の上を見ると、ひとりさんが書いていたであろうノートがあり、そこにはなにやらサインらしきものがありました。
「……ひとりさん、これはサインですか?」
「え? あっ、えええと、そそれは、ちょっと作詞の息抜きに……」
「なるほど、バンド活動をしていくならサインは必要でしょうしね。ただ、ひとつ伺いたいのですが……この『Bocchi』……ぼっちというのは?」
「あっ、えっと、バンド仲間が付けてくれたあだ名です。ひとりぼっちから、ぼっち……うへへ」
「なるほど……」
……えっと、ひとりぼっちからとってぼっち? ……蔑称なのでは?
「……あの、ひとりさん? バンドメンバーとは仲良くやれてますか? その、イジメられてたりとか、そう言うことがあればすぐに言ってくださいね?」
「はえ? えっ、だ、大丈夫ですよ? 皆、すごく優しくていい人です」
「ひとりさんとしては、そのあだ名は問題ないんですか?」
「あっ、あだ名って付けてもらったの初めてで、嬉しいですね」
……まぁ、本人が気にしていないのであれば……問題は無いですかね。とりあえず、ひとりさんの表情を見る限り、イジメられていたりということは無さそうですし……。
それだけ気安い愛称を付けられるほどいい関係と、そう思うことにしましょう。
「……そういえば、話は変わりますが、作詞をされているんですよね? お義母様が言うには、かなり苦戦しているとか……」
「うっ、あっ、はい……い、いや、これからキターンとした歌詞を書き上げるつもりなんです!」
「キターン? よ、よく分かりませんが、気合は伝わってきます。それじゃあ、邪魔をしても悪いので私は本を読んでいますので、協力できることがあれば声をかけてください」
「あっ、はい。あっ、あの、有紗ちゃん」
「はい?」
「あっ、後で、書けた歌詞を見てもらっていいですか? 意見が欲しいので……」
「ええ、私でよろしければ」
ひとりさんの言葉に笑顔で頷いたあとで、私はバックから本を取り出して読み始めました。コレはひとりさんの家に遊びに来る際に、たまにある形です。
ひとりさんがギターの練習をしていて、私は本を読みながら時折演奏を聴かせてもらったりするといった感じです。今回は作詞中ではありますが、状況的には似た感じですね。
そのまましばらく本を読んでいると、ひとりさんが両手で頭を抱えたり腕を組んだりしながらノートに歌詞を書き込んでいるのが目に付きました。
たしかにお義母様のいう通り苦戦している様子です。力になりたいところではありますが、難しいですね。根を詰め過ぎないように、適度なタイミングで休憩を提案することにしましょう。
そんな風に考えたタイミングで部屋の扉がノックされ、お義母様の声が聞こえてきました。
「ひとりちゃん、入るわよ」
「お母さん?」
「これ、お茶とおやつに有紗ちゃんが持って来てくれたメロンよ」
「ありがとうございます。お義母様」
私とひとりさんの前にお茶と切ったメロンを置いてくれたお義母様にお礼を言って頭を下げつつ、ひとりさんに声を掛けます。
「ひとりさん、根を詰め過ぎてもいけませんし、少し休憩にしませんか?」
「あっ、はい」
作詞作業を一旦止めてノートを閉じるひとりさんをみて、お義母様は軽く微笑んだあとで部屋から出ていかれました。
そしてひとりさんは俯き気味の表情でメロンを一口食べ、直後に目を輝かせて顔を上げました……可愛いです。
「……あっ、甘っ、美味し……こんなに美味しいメロン、初めて食べました」
「静岡の知人に頂いたクラウンメロンですが、気に入っていただけたならよかったです」
「……たっ、高いメロンなんですか?」
「いちおう最高の『富士』という等級のものです。概ね一玉30000円ほどではないでしょうか?」
「さ、ささ、さんまっ……」
「まぁ、味がよければ値段などはあまり気にするものでもありませんよ」
「……」
なにやら少し前にお義父様がしていたような遠い目をするひとりさんを見て苦笑しつつ、せっかくなので作詞の状況についても尋ねてみることにします。
「そういえば、ひとりさん。作詞は順調ですか?」
「あっ、うぅ……あんまり、順調ではないです」
「ちなみに、どんなイメージで作っているんですか?」
「あっ、おしゃれで明るく元気が出る感じの……」
「グラムロックに近い感じですかね? 私の記憶が確かなら、ひとりさんはあまり好まないジャンルだったと思うのですが……」
私もロックについてある程度は勉強したので、ひとりさんの好むジャンルや好まないジャンルは分かっているつもりです。
グラムロック系のポップで派手な曲は、あまりひとりさんが好むものではないはずだったと思います。
「あっ、そ、そうなんですけど……グラムよりはポップ寄りで、い、いちおう応援ソングを書こうとしてて……」
「……応援ソング? 嫌いではなかったですっけ?」
「うぐっ……そ、それは……はい」
妙な感じです。どうも、ひとりさんらしくない感じといいますか……なにか余計なことを考えているような気がしますね。
「……ひとりさん、もしよろしければいま書けている分だけでもいいので、拝見してもいいでしょうか?」
「え? あっ、はい」
ひとりさんに許可をとって歌詞ノートを見てみます。明るく前向きな歌詞が書かれていますが、どれも取って付けたような印象を受けるというか……。
「あっ、ああ、あの……どど、どうでしょうか?」
「言葉選びは綺麗ですし、言い回しなどはなるほどと感心するものもありますが……いえ、回りくどい言い方はやめましょう。ひとりさん、この歌詞は好きですか? どうにも私には、ひとりさんらしさがなく、無理をして書いているような印象を受けます」
「そっ、それは……で、でも、バンドとしてメジャーになるには、やっぱりそういう明るい曲の方が……」
「……ふむ」
なるほど、ある程度分かってきました。ひとりさんが、作詞に苦戦していた理由も含めて……。私は読んでいたノートを閉じて、ひとりさんの方を向いて静かに尋ねます。
「ひとりさん、それは……バンドの皆さんと話し合った結果、そういうジャンルで行こうという結論になったのですか?」
「え? あっ、い、いえ、そうじゃなくて、私がそうした方がいいと……バンドとして成功するには、暗い歌詞より、明るく大衆に受ける曲じゃないと……」
「なるほど、バンドの仲間のことを思って、明るい応援ソングを書こうと思ったわけですね。周りを気遣う優しさは素晴らしいことだと思います。ですが、相手を思ったが故の善意の行動が、結果としてすれ違いを生むというのは、残念ですがままあることです」
「すっ、すれ違い……ですか?」
「ええ、果たしてバンドの皆さんは、ひとりさんが考えたような音楽をやりたいと思っているのでしょうか? バンドとして、ある意味方向性を決めると言っていい内容。それを、ひとりさん個人の判断で決めるべきではないのではないでしょうか?」
この件に関しての解決方法は、おそらくバンドのメンバーとしっかり話し合うことでしょう。なにもかもひとりさんが背負っている状態……というよりは、あれこれ考えすぎて背負わなくていい荷物まで背負ってしまっている状態なので、まずはそこを解消するところからです。
「なので、相談してみてはいかがでしょうか? 全員にというのが難しければ、最初は話しやすい方に相談してみるといいと思います」
「……皆に……相談」
「ひょっとしたら、言い出さないだけで皆さん暗い歌詞の曲やハードロックをやりたいと思っているかもしれませんよ? アレコレ変に抱え込んでしまうより、一度話してみるのをお勧めします。そうすると、意外とアッサリと解決したりするものですよ」
「……有紗ちゃん……わっ、分かりました。だっ、誰かに相談してみます」
どうやら私の言葉はちゃんとひとりさんに届いた様子で、ひとりさんはしっかりと頷いてくれました。するとタイミングを見計らったかのようにひとりさんのスマートフォンが音を鳴らしました。
「……え? あっ、こ、ここ、これって……」
「どうしました?」
「あっ、えと、明日予定の確認で、空いてたら明日バンドメンバー全員で下北沢に集合って……」
「それは丁度いい機会ですね……あの、なぜ青い顔を?」
「こっ、ここ、これはきっと……調子いいこと言っておきながら、未だに歌詞を書けてない私を、つ、吊るし上げる会では?」
「……違うと思いますよ」
違いますよね? ひとりさん、やっぱりバンド内でイジメられているとかそう言うことは無いですよね?
時花有紗:……いじめられてないよね? 若干ぼっちちゃんの環境が心配。外堀は順調に埋めており、ぼっちちゃんの家族とはかなり仲良くなっている。
後藤ひとり:ぼっちちゃん。なんだかんだで有紗とは前より仲良くなっており、歌詞を見て欲しいと持ち掛けるぐらい心を許している。
クラウンメロン・等級『富士』:糖度14以上でヤバいぐらい美味しいメロン。ただしクラウンメロン1000個に1個ぐらいの割合でしか富士の等級は与えられないので貴重。桐箱に入ってるお高いメロン。ヤバいぐらい美味しいが、30000円かと言われると分からない。ひとつ下の等級である『山』が7000~10000円で買えるのだが、素人には違いはよく分からなかった。