ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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五十手変化の新学年~sideA~

 

 

 4月に入り、明日からいよいよ新学年という日ですが、特別用意するものも無いので私はいつものようにひとりさんの家に遊びに来ていました。

 ギターを練習するひとりさんの隣に座り本を読む。この時間は至福といっていいですね。

 

 ひとりさんの家に遊びに来だした頃には、それなりに距離がありましたし、なんならひとりさんは押し入れの中で演奏していました。

 思えばその時はまだひとりさんに警戒されていたのかもしれません。ですが、いつしか押し入れから出て練習するようになり、いまはこうしてすぐ隣で練習をしてくれています。

 ふっと横を振り向けば練習している凛々しいひとりさんの横顔を見れるのは素晴らしいです。唯一の欠点としては、気を抜くとひとりさんの方ばかりを見てしまうことですね。

 

「……あっ、ここのところはもう少し強めに弾いた方がいいですかね?」

「そうですね。そこまでずっとリズムが一定なので、変調になるそこは強調する意味でも強めに鳴らしたほうが、分かりやすいかもしれませんね」

 

 そして変化といえば、こうして時折ひとりさんが私に意見を求めてくるのも増えたということでしょう。試行錯誤をする際に頼れる相手と見てくれているのか、悩んだら相談してくれるのが嬉しいです。

 まぁ、これに関しては私が溢れる愛の力で、ひとりさんが少しでも悩めばそれとなく声をかけていた成果かもしれませんが、とりあえず頼ってもらえるのは嬉しいですね。

 そのまま再びひとりさんの演奏を聞いて、ある程度キリがいいタイミングで声をかけます。

 

「ひとりさん、そろそろ少し休憩しませんか?」

「あっ、はい。そうですね」

「飲み物を持ってきますが、お茶とジュース、どちらがいいですか?」

「あっ、おっ、お茶で」

 

 ひとりさんの家ではありますが、勝手知ったるというべきか冷蔵庫や台所は自由に使っていいとお義母様やお義父様に許可を頂いていますので問題ありません。

 1階に降りて飲み物の用意をして、今日訪れる際に手土産として持って来たケーキを合わせて用意してひとりさんの部屋に戻ります。

 

「明日から新学年ですね」

「あっ、そっ、そうですね。くっ、クラス替えがやっぱり不安です」

「確かに、1年で馴染んだクラスから変わるのは不安も多いでしょうね。ただ、1年の時にあまり会っていない相手と知り合う機会ということは、新しい友達ができる可能性もありますよ」

「あっ、たっ、確かに……」

 

 どうしても新しい環境には不安を覚えるのは仕方ない部分はありますが、不安に感じようとも新学年は始まりますし、出来るだけポジティブなことを考えた方がいいでしょう。

 そんな風に考えつつ会話をしていると、ふともうすぐひとりさんと出会って1年になることを思い出しました。

 

「……もうすぐ、ひとりさんと出会って1年経ちますね」

「あっ、はい。なっ、なんていうか、もう1年経つんだって感じです。こっ、この1年はいろいろたくさんあったはずなのに、あっという間に過ぎた気がします」

「私もそんな印象ですね。それだけお互いにこの1年が充実して楽しかったということでしょうね。実際私は、ひとりさんと出会えてこの1年は本当に楽しかったですしね」

「うっ、まっ、またそうやって有紗ちゃんは恥ずかしいことを平然と……」

 

 本当に恋をするとはよいものです。こんなに早く1年が過ぎたと感じたのは初めてですし、それでいて思い返せば幸せな思い出がたくさんあります。

 喜多さんの言葉を借りるなら、毎日がキラキラと輝いているかのようです。そんな思いを込めて伝えた言葉に、ひとりさんは恥ずかしそうに顔を染めてそっぽを向いたあと……呟くように告げました。

 

「……そっ、その……私も有紗ちゃんと一緒で、この1年凄く楽しかったです。あっ、えっと……これからも、よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

 

 本当にたったこれだけのやり取りで心の奥から温かな気持ちが湧き上がってくるのですから……幸せです。

 そんな思いを実感しながら、そっとひとりさんの手を握りました。ひとりさんは一瞬ビクッと体を動かしましたが、特になにかを言及したりすることはなく私の手を握り返してくれました。

 

「ああ、そうだ。ひとりさん、せっかくですし明日は一緒に登校しましょうか」

「あっ、はい。有紗ちゃんがいいのなら……」

 

 

****

 

 

 一度家に戻って支度をして月に1度ほど泊っている、ひとりさんの家にある程度近いホテルに宿泊した翌日。新学年の開始となる日に、私は前日の約束通りひとりさんの家にやってきました。

 そして、支度をしたひとりさんが出迎えてくれたわけなんですが……。

 

「……えっと、ひとりさん? その恰好はいったい?」

「いっ、いえ、別にいまさら学校で人気者になりたいとか思ってるわけじゃないですし、もっ、もっと友達が欲しいとか、目立ちたいとか思ってるわけでもなくて……あっ、新しい関係を構築するなら最初が肝心だと思いまして……」

 

 出迎えてくれたひとりさんの格好はいつものジャージの上に山ほどリストバンドを巻き、缶バッチを大量に付けたバッグを持ち、サングラスとヘッドバンドを付けた格好でした。

 1年ほど前にも見ましたね。バンド女子のスタイルだとか……あの時は、私自身知識不足で分かりませんでしたが、いまはこの格好が悪目立ちするというのはよく分かります。

 

「……なるほど、ひとりさんの考えはある程度分かります。バンドをやっていることやロック好きなことをアピールしたいというわけですよね? ですが、残念ながら逆効果だと思います」

「え? そっ、そうなんですか……」

「ええ、確かに奇……斬新な恰好で目を引くとは思いますが、明らかに周囲と違う恰好の相手だと逆に声をかけ辛いと思いませんか?」

「うっ、そっ、それはたしかに……」

「ギターを持っていくだけでいいと思います。それでひとりさんがギターをやることは伝わりますし、興味がある方が声をかけてくれるかもしれません」

 

 とりあえず、この格好で学校に行けばひとりさんが恥をかいてしまうのは確定でしょう。むしろ去年知識不足で止められなかったことを悔やんでいます。

 ……いや、まぁ、あの時はあの時で結果的には虹夏さんと知り合うという最高の結果に繋がったのですが、虹夏さんと会った時は既にリストバンドなどは外していたみたいなので、恰好は関係ないですね。

 

「とりあえず、ギター以外はいつも通りの恰好で行きましょう」

「わっ、分かりました」

 

 ひとりさんのリストバンドや缶バッチなどを一通り外して、全身を軽くチェックします。

 

「……はい。これで大丈夫ですね。あとは仕上げに……」

「ひゃぅっ!? あっ、ああ、有紗ちゃん!? なっ、なにを……」

 

 一通りチェックし終わった後、私は手を伸ばしてひとりさんの体を抱きしめました。いえ、特に理由はありませんただ単に私が抱きしめたかっただけです。ひとりさんの柔らかな感触と温もりを堪能することで、幸せな気持ちになれるという絶大な効果はありますが、この場面で必要かと言われれば別に必要ではありません。あくまで個人的な欲望の話です。

 

「……こっ、このハグにはなにか意味が!?」

「いえ、なにもありません。ただ単に、私が抱きしめたかっただけで、先ほどまでの話とは一切関係ありません」

「えぇぇぇ、そっ、そんなに自信満々に言われると、わっ、私はどう返したら……」

「さて、準備は整いましたし時間もありますので学校に向かいましょうか」

「……あっ、はい。そっ、そんなスピードで切り替えられると……まっ、まぁ、有紗ちゃんだしいいかって気持ちになるので不思議です」

 

 突然のハグに関して、照れて慌てたりはするのですが……拒否はしないでいてくれるんですよね。1年前であれば確実に拒否されていたでしょうから、それを思えば私とひとりさんの絆は順調に深まっていると思っていいでしょう。

 そして、改めて私とひとりさんは通学のため駅に向かって出発しました。

 

「そういえば、今日は基本的に始業式だけですよね?」

「あっ、そうですね。くっ、クラスでの自己紹介に備えて台本も考えてきたので、ばっ、万全です」

「……台本?」

 

 なんでしょう、嫌な予感がしますね。とても、嫌な予感がします。私は、誰よりもひとりさんを愛しているという自信がありますし、この手のひとりさんが失敗しそうな空気を読み違う筈もありません。

 となると、この嫌な予感の原因がなにかも察することができます。

 

「……ひとりさん、その台本。ちょっと見せていただいていいですか?」

「あっ、はい。どうぞ……」

「失礼します」

 

 まず、大前提としてひとりさんが台本を用意しているのはいいでしょう。ひとりさんは極度の人見知りなので、事前に話す内容を決めておかないと難しいというのは分かります。

 ただ受け取ったメモに書かれていた内容を見ると……本当に、この段階で気付けて良かったと、心から安堵しました。

 

「ひとりさん、まず前提として台本に周囲の反応を前提としたものを加えるのは危険です。周囲の反応が違った場合に、戸惑って失敗してしまう可能性があります」

「あっ、はい」

「そして、私もひとりさんの性格はよく把握しているつもりです。そしてその上で苦言を呈するのですが……どうしても、見知らぬ相手が複数いる状況で、ひとりさんがこのテンションで発言できるとは思えないです」

「うっ、そっ、それはたしかに……」

 

 ひとりさんの台本はかなり明るめの内容でした。仮に喜多さん辺りが発言したなら、上手く笑いに変えつつ明るい印象を周囲に与えられるかもしれません。

 ですが、残念ながらひとりさんがこの通りに発言できるというのは……ありえないでしょう。おそらくローテンションでの発言になるので、周囲が湧くというのは難しいですし、その反応を見てひとりさんが畏縮して泥沼にはまっていくのが容易に想像できます。

 

「ひとりさん、ここはシンプルな内容でいきましょう。あとネガティブ目な学校志望動機も省いて、バンド活動のことに触れましょう。電車の中で私が仮の台本を書きますので、それで練習してみましょう」

「あっ、はい……あっ、有紗ちゃんが居てくれて、よかったです」

 

 幸いまだ時間はありますので、電車内で小声で自己紹介の練習も可能でしょう。周囲の迷惑を考えると混み合ってきたら止めなければなりませんが、最低限緊張しつつもある程度話せるレベルまで頑張りましょう。ひとりさんに恥をかかせるわけにはいきません。

 

 

 




時花有紗:黒歴史キャンセラー。ぼっちちゃんの黒歴史を先んじて潰すさまはまさに良妻。

後藤ひとり:有紗のおかげで奇抜な恰好で投稿することもなく、大事故予定だった自己紹介の台本にも修正が加えられた。というか『制服ではなく常にジャージ』『ギターを持ってくる』『前髪のせいで表情が分かりにくい』『他人に興味が無いのか人と話すことがほぼ無い』『それなのにカースト上位の喜多とは親し気な様子』『下北沢でバンドをしている』『よく見ると整った顔立ち』……原作のぼっちちゃんが声を掛けられない理由は、カースト範囲外の一匹狼的不良と思われている可能性もありそうな……。
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