ぼっちな貴女に恋をして   作:ぬこノ尻尾

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五十手変化の新学年~sideB~

 

 

 高校2年に進学して初めての登校である始業式の日。ひとりは割り当てられた自分のクラスに向かい、やや緊張した面持ちを浮かべていた。

 クラス替えはひとり曰く陰キャのトラウマ学校イベント第3位に君臨するものではあるが、幸いなことに彼女にとって一番安心できる相手である有紗と一緒に登校したおかげで、緊張こそすれど精神的にはそれなりに落ち着いていた。

 

 数度深呼吸したあとで教室に入り、落ち着きなく周囲を見て自分の席を確認して移動しようとしたタイミングで声をかけられた。

 

「あ、ひとりちゃん! また一緒のクラスだね~」

「あっ、Aちゃん、Bちゃん」

「また1年よろしく」

「あっ、こちらこそ」

 

 振り返るとそこに居たのは、ひとりにとって数少ない友達である英子と美子の姿があり、ふたりを見てひとりは明らかにホッとした様子で息を吐いた。

 

(よっ、よかった。AちゃんとBちゃんと一緒のクラスなのは、本当に嬉しい。最低でも1年ずっとぼっちなのは回避できた)

 

 そのまま少しふたりと話してから割り当てられた席に移動すると、そこにも見知った顔があった。

 

「あっ、きっ、喜多ちゃん」

「ひとりちゃん、おはよ~! 同じクラスになれてよかったわ。クラスメイトとしてもよろしくね」

「あっ、はっ、はい」

 

 同じバンドメンバーでもある喜多も同じクラスであり、ひとりは再びホッとした表情を浮かべていたが、直後に人気者である喜多の周りには多くの人が集まり始め、その溢れる陽キャオーラに押されて若干青ざめた顔で席に座った。

 

(こっ、これが陽の結界……迂闊に近づいたら、死んでしまう。とりあえず、関わらないように……有紗ちゃんのこと考えておこう)

 

 ひとりが心の中で有紗の顔を思い浮かべることで精神を落ち着かせていると、喜多の元にひとりの女生徒が近づく。

 

「喜多~今年も同じクラスじゃん。腐れ縁だね~」

「あ、さっつー。これで5年連続ね~」

「喜多の顔見飽きたわ。うちのストーカーすんなし~」

「も~真似してるのそっちでしょ! あはは」

 

 現れたのは喜多の友人である佐々木次子であり、喜多とは仲が良い様子で楽し気に言葉を交わす。前の席が喜多で後ろの席が次子という形で挟まれたひとりがやや戸惑った表情を浮かべていると、喜多がそれに気付いて次子を紹介する。

 

「ひとりちゃん、紹介するわね。この子は、佐々木次子……さっつーよ。私とは中学から一緒なの」

「ども~」

「で、さっつー。こっちは私と同じバンドの……」

「あ~知ってるよ。後藤さんでしょ? 文化祭のギターカッコよかったよ」

「あっ、ありがとうございます」

「それに、例の動画も見たし、喜多から散々話も聞いたからね~」

「あっ、そっ、その動画ってやっぱりダイブの……」

 

 動画を見たという言葉にひとりは微妙そうな表情を浮かべた。本人が望んだ形とは違うが、実は現在のひとりは学校でそこそこ有名である。理由は単純であり、文化祭のダイブがかなりの話題を呼んで「ラブダイブの人」という形で定着してしまっているからである。

 学校内で動画というと、例のラブダイブを指すことが多いのでなんとも複雑だった。ただ、喜多から散々話を聞いたという部分は気になったようで問いかけると、次子はニヤリと笑みを浮かべて口を開く。

 

「うんうん。あのラブダイブの相手で、超美人で金持ちの恋人が居るって感じにね~」

「あっ、有紗ちゃんは恋人じゃなくて! とっ、友達です!!」

「おっ、おぉ……そうなの? 喜多?」

「……そうね。いちおう、まだ友達……なのかな?」

 

 例によって喜多はチベットスナギツネのような顔で、ひとりを見つつも……若干曖昧にだがひとりの発言を肯定した。

 その言葉に次子が頷いたタイミングで、会話に加わってくる存在が居た。

 

「そうだよ、次子ちゃん!」

「おっ、ABコンビじゃん。一緒のクラスなんだね~」

「うん、中学以来だね。まぁそれはそれとして……」

 

 会話に加わって来た英子とその後ろに居る美子は次子と同じ中学の出身だったようで、軽く挨拶を交わす。だが、突然の英子と美子の登場にひとりはやや慌てた表情を浮かべていた。

 

(AちゃんとBちゃん!? あえ? なな、なんでここで会話に入って……なっ、なんか嫌な予感が……)

 

 大前提として、英子も美子もひとりが有紗に片思いをしていると勘違いしている。ついでに英子の方はそれなりに思い込みが強く、テンションが上がるとあまり人の話を聞かないところがある。

 

「ひとりちゃんは、有紗さんと恋人じゃなくて現在は片思い中なんだよ!」

「あえぇぇ!?」

「ああ、そうなんだ。喜多から聞いた話だと、めっちゃ仲良い~ってことだったから、てっきりね~。そっかそっか、そういう感じなんだね」

「あっ、いや、ちがっ――」

「そうだよ!」

「――Aちゃん!?」

 

 当事者であるひとりを置いてけぼりにして話は進んでいく。そして、英子の声がそこそこ大きいこともあって、次子だけじゃなく周りにもそれなりに聞こえていた。

 

「話を聞いたりMVを見る限り、有紗さんの方にも気はあるっていうか、十分好感触だとは思うんだけど……やっぱり高嶺の花って感じが凄くて、ひとりちゃんもなかなか踏み出せない感じなんだろうし、有紗さんの方もおしとやかであまりそういうアプローチするタイプじゃない感じに見えるし、なかなか難しいんだろうね」

「なるほどね~てか、喜多はなんでそんなキツネみたいな顔してんの?」

「……いや、周囲の認識はそうなのか~って……うん。私のことは気にせず、話を進めて」

 

 熱く語る英子の言葉を聞き、喜多はなんとも言えない表情を浮かべていた。彼女は実際に有紗を知っているので、どちらかというと愛情表現MAXで押しまくってるのは有紗の方だと理解していたので、微妙そうな表情を浮かべていた。

 

「私も気持ちは分か――ああ、いや、恋愛映画とかで見たんだけど、今の関係が変わっちゃうのが怖くてなかなか言い出せないものなんだよ」

「確かにそれはよくわ――いや、よく聞く話だし、私もじっくり行くべきだと思う」

「へ~ほ~……なんか、面白そうな感じだね」

 

 英子と美子の発言を聞き、中学時代からふたりを知っていることもあって次子は納得した様子で頷いた。すなわち「ああ、なるほどこのふたりみたいな感じか」という認識である。

 実際、英子と美子が互いに特別に思い合っているのは割と分かりやすく、実質恋人のように認識されているが、本人たちにとってはあくまで幼馴染……どことなく有紗とひとりの関係に似ている感じだった。

 故に、次子もなんとなくひとりと有紗の関係を察して、それはどこか楽し気に苦笑を浮かべていた。

 

「結束バンドのMVとかオススメだよ。ひとりちゃんと有紗さんが出てて、すっごい綺麗でエモいんだよ!」

「MVって動画サイトとかにあるの?」

「うん? なになに? 喜多ちゃんのバンドの話?」

 

 そしてそんな楽しそうな雰囲気に釣られたのか、周囲にはクラスメイト達が集まり始めてきて……ひとりは死んだ魚のような目で虚空を仰いでいた。

 

(……終わった。私の学校生活……人気者にはなりたいといったけど、こんな形で注目を集めたかったわけじゃ……助けて、有紗ちゃん……)

 

 元々ラブダイブの人ということで認識されていたひとりだったが、今回の切っ掛けによりさらに知名度を上げる形となったのは言うまでもないことである。

 また、有紗が添削したおかげで自己紹介で事故を起こすことも無かったどころか……この朝のやり取りのおかげで、ひとりの自己紹介はかなりの盛り上がりを見せており、ひとりは終始青ざめていた。

 しかし、同時に結束バンドの宣伝にも繋がったため……なんとも微妙な心境だった。

 

 

****

 

 

 始業式とHRも無事終わり、今日は授業もないため帰宅していく学生たち。今日はバイトやスタジオ練習も無いため、ひとりは真っ直ぐに家に帰ることにして、早々に教室から出ていった。あるいはまだ、朝の羞恥を引きずっているのかもしれない。

 それを見送ったあとで、喜多はなんとなく教室に残って次子と会話をしていた。

 

「いや~しかし、喜多もバンド頑張ってるみたいでいいじゃん。いろいろ手を出すけど、これっていう熱中したものが無かった喜多が頑張ってて、うちは嬉しいよ」

「もう、アンタは私の親かっての」

「喜多、立派になって……お母さん、応援してるわよ」

「応援してるっていうなら、ライブとか見に来てくれればいいのに~」

 

 喜多と次子は長い付き合いということもあって気楽な様子で笑い合う。気心知れているからこその気安さだろう。

 

「いやいや、1500円は高校生にはキツイって~うちロックには興味ないしね」

「いま毎週路上ライブやってるから、それなら無料で見られるわよ」

「へ~路上ライブとかもやんだね。バンドマンみたいじゃん」

「バンドマンですから、あはは」

 

 小さく胸を張る喜多を見て、次子も苦笑を浮かべる。どことなく喜多を見る目は優し気で、喜多が本気で打ちこめるものを見つけたことが嬉しいという様な雰囲気だった。

 そのまま少し笑い合ったあとで、次子は頬杖を突きながらゆるく口を開く。

 

「ま~気が向いたら見に行くかな。喜多が寂しがってもいけないしね~」

「勝手なこと言って~本当に来るんでしょうね?」

「ん~まぁ、努力義務ってことでひとつ」

 

 そんな風に穏やかに雑談を続け、ある程度経ったタイミングで次子は椅子から立ち上がった。

 

「そいじゃ、うちはそろそろ帰るわ~喜多はどうするん?」

「あ~私はもうちょっとクラスの子と話してから帰るわ」

「了解。んじゃ、またね~……ん~」

「うん? どうしたの、さっつー?」

 

 軽く手を振って去ろうとしていた次子だったが、途中で足を止めて考えるような表情を浮かべた。それが気になって問いかけると、次子は喜多の方を振り返ってニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべて呟く。

 

「……まぁ、特別ななにかが無いって悩んでたどっかの誰かが、本気で打ちこめるものを見つけられたのは、なんかいいよね」

「は? え? さ、さっつー、なんでそれを……」

「腐れ縁舐めんなし、分かりやすすぎるんだよ、ば~か」

 

 喜多には誰にも話していない小さな悩みがあった。それなりに勉強も運動もできて友達も多い。しかし、特別なにかが優れているわけでもなく、なにかに真剣に打ち込めているわけでもない。毎日は楽しいが、どこか味気ないような……だからこそ、普通ではない道を歩いているように見えたリョウの路上ライブに惹かれたという部分もあった。

 

 だが、それを次子に話した覚えは無いし、次子が気付いているような雰囲気を見せることも無かった。だがそうやら次子は、喜多の小さな悩みにとっくの昔に気付いていた様子で、喜多がバンドに本気で打ちこんでいるのを嬉しく感じていた。

 「ば~か」と言いつつも、優しく温かい笑顔を浮かべる次子を見て、喜多は思わず顔を赤くした。

 

「おっ、赤くなった。ふふ、可愛い~じゃん」

「う、うっさい!」

「あはは、じゃ、また今度ライブ見に行くわ。おつかれ~」

 

 不意を突かれて顔を赤くした喜多を見て楽しげに笑った後、ヒラヒラと手を振って次子は去っていった。それをなんとも言えない表情で見送った喜多の顔の色が戻るには、少し長めの時間を要することになった。

 

 

 




後藤ひとり:有紗のおかげで事故を起こすことは無かったが、変な形でクラスの注目を集めてしまった。本人が望んだ形ではないものの、ラブダイブの洗堀者としてある意味有名。なおピッピー先輩になることは無かったので、原作と違って軽音部に風評被害は無かった。

喜多郁代:長い雌伏の期間を越えて、ついに百合イベントが発生。これで出番がないなんてこともなくなったはず。

ABコンビ:今回も同じクラスの百合フレンズ。喜多や次子とは同じ中学であり、中学時代から知る人たちにとっては、実質カップルの扱い。

佐々木次子:新たなる百合フレンズ。実際めっちゃいい子だと思う。
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