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マスターが倒れた事を知らされたわたしたちは、もこもこの防寒着の上から武装を纏い、極寒の空に体を震わせながら天を疾走していた。今は病院へ搬送されたマスターの元に急行している最中である。まだ午後六時ではあるものの、辺りはもうすっかり暗くなっており、眼下にぽつぽつと明かりの付いた住宅街が見える。
それにしても、イブキちゃんからマスターの凶報を知った時は、もう動揺しすぎて―――
「……え?ま、マスターが……?」
「うん。でも命に別状はないみたいだからさ、誕生日のお祝いはまた今度にして……」
「……ど、どどどどど、どう、どうしよ、どどどどど……」
「あーはいはい落ち着いて~……息を深く吸って~……」
―――なんて有様になってしまっていた。全く情けない。
「メブキ、大丈夫?またボーっとしてるけど……」
「はへっ!?」
先ほど晒した醜態を想起して反省していると、またイブキちゃんを心配させてしまった。わたしは非常事態にすこぶる弱く、すぐにアタフタしてしまう。それで頓珍漢な失敗もよくしでかすので、イブキちゃんやマスターには何度も助けてもらっていた。
だから、今回こそはしっかりしなきゃいけない。わたしとイブキちゃんで、マスターを支えなければいけないのだから。
「はっ、はい!じぇーんじぇん……ぜ、全然、だいじょぶですよ!」
「そ、そっか」
ごめんなさいやっぱり駄目でした。ビシッと返事をしようと思ったのに、緊張で舌がもつれて言うことを聞いてくれません……うう……なんでわたし、いっつもこうなんだろう……。
「ほらほら、そんなに落ち込まないの。メブキが頑張ろうとしてるのは、ちゃんと伝わってるからさ」
「うう……イブキちゃん……ありがとう……」
落ち込んだわたしの様子を察して、イブキちゃんは優しく慰めてくれる。しかし、いい加減心配させてばかりもいられない。
「ほら、そろそろ病院見えてきたよ!行こ!」
「はい!」
改めて気合を入れなおし、わたし達は眼前にそびえる大きな病院へ降り立った。
神姫がこの病院で面会をする際は、まず最初に神姫用の受付窓口へ行かなければならない。わたし達もそのルールに倣って面会手続きを済ませ、首元に受け取った名札をぶら下げてから、三階にあるマスターが運ばれた病室へ向かう。この名札はカードキーの役割も果たしており、人間神姫問わず、病室へ入る際必要になる。
ちなみに、神姫の体でこの広い院内を歩いていくには些か時間がかかりすぎる。よって、栄生のような大規模の病院では、飛行や走行などの移動目的に限り、武装の展開が許可されているのだ。無論、暴走行為や速度超過が見られる場合には即刻退去を命じられるので、注意が必要である。
また、そういった武装を所持していない神姫のために、移動用武装の貸出も行われている。ただし三十分ごとに十円請求されるので、これまた要注意。
現在の時刻は午後六時半。現在通っているこの廊下にも、人はほとんどいなかった。マスターの病室は、この先のT字路を右に進んだところにある……のだが、ふと左側の通路をちらりと見ると、物々しい雰囲気を放つスーツ姿のおじさんが病室の前を陣取っていた。
「なんじゃありゃ」
「警察の方でしょうか?」
静かな病院に似つかわしくないおじさんのしかめっ面が気になり、少しの間だけ立ち止まっていると、後方から慌ただしい足音が近づいてくる。ただ事ならない様子を察知し、急いで振り返ると……。
「どいてっ!」
制服を着た若い女性が、わたし達を押しのけて左の通路へと走っていったのだ。右側に居たわたしは未だしも、左側に居たイブキちゃんは危うく突き飛ばされるところだった。
「ひゃっ!?」
「うわっ、ちょっと!病院の廊下で走んなっつーの!危ないでしょうが!」
しかし、女の子はイブキちゃんの呼びかけに一切答えることなく、おじさんの元へ駆け寄る。何か言葉を交わした後、少女はおじさんと共に病室へ飛び込んでいった。
「ったく……最近の若い奴は……」
イブキちゃん……それだと自分をおばさんだと言ってるようなものですよ……。
それはともかく、わたし達もこんな所で油を売っている暇はない。
「まあまあ……それより、早くマスターに会いに行かないと!」
「……そうね」
早速右の通路へ飛んでいき、二手に分かれてマスターの名前を探す。すると、イブキちゃんが該当する部屋を発見した。奥から二つ目の所にあったようだ。
入り口に備え付けられた読み取り機に名札をかざすと、神姫規格の自動ドアが開き、中へ入れるようになる。よく言えば清潔感がある、悪く言えば無機質な病室には、白いベッドに横たわるマスターの他に、一人の神姫が机の上に立っていた。
ナース型ブライトフェザー。それが彼女の正式名称であり、栄生市民病院のナース神姫さんは、全てこのブライトフェザーという種類で占められている。正直、みんな同じ顔だとこちらとしては分かりづらい。
しかし「ナース型」と銘打つだけあって、看護師向きの真面目で几帳面な性格や、マスターである人間の健康状態管理機能などがデフォルトで備わっている。そんな他の神姫にはない特徴のおかげか、ブライトフェザーは発売当初から医療業界に引っ張りだこなのだ。裏を返せばブライトフェザー以外の神姫は採用されづらいということにもなるが。強いて採用するなら癖のない天使型とか、マスターに忠実な犬型とか……。
今にして思えば、「職業神姫」なるものが広まりだしたのも、彼女達が登場してからだったような気がする……と、何だか話がそれてしまった。気を取り直して、マスターの容体をじっと観察しているであろうナース神姫さんの元へ降り立つ。
「あら、もしかして」
「えと、初めまして。わたしは彼の神姫で、メブキって言います」
「あたしはイブキです」
こちらが先に自己紹介をすると、ナース神姫さんはこちらへ向き直り、ぺこりとお辞儀をした。
「初めまして、ナース神姫のユミと申します。田井中からお話は伺っておりますよ」
わたし達は展開した武装を解除し、改めて現在のマスターの容体を確認する。
「それで、あれから何か変わったことは?」
「いいえ。あなた達が来るまでの間も、特に異常はありませんでした。ただ……」
ユミさんは少し困った様子で顎に人差し指を添えた。
「どうして意識を失ったのか、詳しい原因が分からないんです。田井中からお聞きしていると思いますが、唐草さんには意識不明に陥るような頭部への外傷等はありませんでした。しかし、念のため私の方で簡易的な脳波検査をした結果、少し脳波に乱れがみられました。現在は落ち着いていますが」
脳波検査……ナース神姫もそんなことまで出来るようになったんだ。前まではあくまでもお医者さんや看護師さんのサポートみたいな立ち位置だったのに、簡易的な検査まで任されるようになるなんて。
「持病等は無いようですし、考えられるとすれば、何か精神的な強いショックを受けたか……何にせよ、かなり特殊なケースですね」
「特殊なケース……もしかして、お化けが見えたとか!」
「それでばたんきゅ~……って、アニメじゃないんだからさ……」
「あ……で、ですよね……あはは」
ああ……またトンチキなことを口走ってしまった……ユミさんの苦笑いが心に突き刺さる……。こ、こうなったら別の話題で雰囲気を変えるしかない!
「えと、それで、目を覚ますのにどれくらいかかりそうですか?」
「そうですね……ハッキリしたことは言えませんが、同じ症状で運ばれてきた他の患者さんは意識が回復されたみたいですので、そこまで時間はかからないかと」
「同じ症状……?」
「ええ。唐草さんともう一人、まったく同じタイミングで運ばれてきた学生の方が居たんです」
同じ症状、同じタイミングで搬送された二人の患者……何だかミステリードラマのような展開になってきた。まさか、マスターは本当に事件か何かへ巻き込まれてしまったのだろうか。
「それってもしかして、二人とも同じ現場に居合わせたってこと?それともほんとに偶然?」
「さあ、そこまでは……私は簡易検査と容体の観察を命じられただけですので」
「……そっか」
いずれにせよ無関係のナース神姫さんに尋ねたところで仕方がない。けど、やっぱり気になる。もしも何者かに襲われたり、事件に巻き込まれたのだとしたら……マスターがひどい目に遭っている間、わたし達は何も知らずのうのうと料理をしていたことになるのだから。そう思うと、自分の無力さを嫌でも思い知らされる。
そんな考えに耽ってどんよりしたわたしを気遣ってか、ユミさんはとある情報を提供してくれた。
「でも、お二人以外に唐草さんへの面会許可を申請された方々がいるらしいんです」
「え?誰それ」
どういうことなんだろう。混乱を避けるため、身内の人以外にまだこの話は伝えていない筈なのに。マスターのご両親という可能性もあるが、二人とも県外で働いているため、仕事を切り上げて車でとばしたとしても片道三時間はかかる。よって面会は明日にするという手筈になっていた。
「あの、差支えなければ、その人の名前とか教えて頂いてもいいですか?」
「構いませんよ。確かお名前は……」
親切にも面会者の名前を教えてくれるようだ――と、口を開こうとしたユミさんを絶妙なタイミングで邪魔する人物が、開かれた自動ドアからのそのそと入ってきた。
「あっ……と、ども。透崎です」
その人物とは、何だかヘラヘラしたスーツ姿のお兄さんだった。ぼさぼさの髪を右手で掻くその風貌は、まるでやる気のない若手サラリーマンのようである。
「透崎さんですね、お話は伺っております。ですが申し訳ありません、まだ面会出来る状態では……」
「いえいえ、ちょっと様子を見に来ただけなんで!」
どうやら彼がわたし達以外の面会者らしい。透崎さんかあ……うーん、神姫メモリーから該当する人物の名前を検索してみたけど、該当するものは見つからない。マスターとはどういう関係なんだろう。
「お、神姫?ってことは彼の……でいいのかな」
透崎と名乗るお兄さんは、机の上で待機するわたし達を覗き込んでまじまじと観察してくる。何だかちょっぴり恥ずかしくて、わたしはもじもじしてしまう。
「……あのさあ、あたし達見世物じゃないんだけど。てゆーかアンタ誰?話の腰折った癖に謝罪も無しとか、ちょっと失礼なんじゃない?」
「おっと、ごめんごめん。普段中々神姫と接する機会がないもんでさ……はは」
そんなわたしとは対照的に不愉快な様子のイブキちゃん。彼女の容赦ない一言に一瞬たじろいだお兄さんは、こほん、とわざとらしい咳払いをすると、緊張感なさげに自己紹介を始める。
「僕は透崎達海。栄生警察署で刑事をやっている者です。唐草ほまれくんの事情聴取をさせてもらいに来たんだけど」
「け、けけけ警察っ!?マスターは何も悪いことなんてしてませんよ!?」
「いや、被疑者として聴取しに来たわけじゃなくてね……」
警察というワードにひどく動揺してしまったわたしに対し、透崎さんは若干引き気味になっている。あたふたするわたしの代わりに、イブキちゃんは淡々と事情を聞きだした。
「てことは、被害者として……ってことだよね」
「まあね。それに、この一件は事件性も極めて高い」
その一言を聞いた途端、疑惑は確信に変わり、湧き上がる罪悪感で胸が締め付けられていく。先ほどの動揺は深い沼に沈められたがごとく、暗い気分に塗り潰されてしまった。
「えーと、それでさ。改めて確認するけど、君たちは彼の神姫で間違いないんだよね?」
「は、はい。メブキと申します」
「……あたしはイブキよ」
ため息をついた透崎さんは、困った様子で髪をわしゃわしゃとかき乱す。
「そうかぁ……じゃあ、何があったか説明しといたほうがいいよなぁ」
「ぜひ、お願いします」
マスターに何が起きたのか。彼に仕える神姫であるわたし達には、詳細を知る権利と義務がある。例えどんなに辛い事実でも、目を背けることは許されない。それが、マスターを守れなかったわたしへの罰でもあるのだから。