死んだお目々のステフちゃん 作:イクリール
在エルキア・東部連合大使館の位置を、“エルキアと東部連合の国境付近”から“首都エルキア”に変更しました。
「おや、どうやらどこぞの
そのジブリールの言葉を聞いた瞬間、まるで弾かれたようにステフちゃんは書類に向けていた顔を上げ、
「ジブリール様、すぐにわたくしを屋上へ」
「はい、承知いたしました♪」
すると次の瞬間、一瞬にしてエルキア王城の執務室からジブリールとステフちゃんの姿が消失しました。
ジブリールとともにエルキア王城の屋上に現れたステフちゃんは、迷わず東部連合の方角を見やります。
――そこには、ステフちゃんが思い描いていた通りの光景が広がっておりました
支えもなく宙に浮かび、
螺旋を描いて雲を貫き、
――巨大な
「……
ステフちゃんは、その目に尊敬と戦慄の色を浮かべて感嘆します。なぜなら……
東部連合を守護し、全種族を統一して唯一神へ挑まんとする異世界最強のゲーマー……“
先日の会談の時点ではステフちゃんと互角のやり取りを繰り広げていたはずなのに――
まだあれから1か月も経っていないというのに――
――
***
「結論から言うぞ。状況は爺さんから聞いていたものより遥かに悪い。東部連合は“
厳しい表情で言う空を見て、周囲の
ステフちゃんと会談した翌日――空と白、そしていのは東部連合の首都である
原作にて“東部連合の大陸領土は全部、元はエルキア領土”とあったことからもお察し通り、エルキアから大陸を奪えていないこの世界の東部連合は完全な島国であり、いっさいの大陸領土を持っておりません。
したがって、エルキア王国の首都“エルキア”にある“在エルキア・東部連合大使館”から巫鴈を目指す場合、まずは大陸の端まで移動し、そこから船で移動する必要があります。
つい最近いのに秘書として引き抜かれたリス族の女性が白を、いのが空を背負う形で、獣人種の身体能力にモノを言わせた超スピードの大陸移動を行った後、船上で波に揺られて約1日。
巫鴈に到着してから、更に翌日の現在……空、白、いのの3人は、今まさに東部連合の全権代理者であるキツネ族の獣人――“巫女”に会談の結果を報告している最中です。
空の発言を聞いた巫女は、ピクリと頭頂部の大きな狐耳をふるわせると、スッと目を細めました。
そんな彼らが厳しい表情をする時点で“事の重大さ”が推し量れます。獣人種の超人的な五感で、その生理反応から“彼の発言が嘘ではない”と理解できてしまうのであれば尚更でしょう。
「いいか?
ですが、いくら“空の発言が嘘ではない”と理解できていても、“発言した内容が理解できるかどうか”については、また別の話。
空の言った内容に疑問を抱いたいのは、いぶかしげに眉をひそめて言います。
「……空殿。確かに我が国は資源不足を盾にされてエルキアに要求を呑まされることも少なくはありませんが、流石に『国を引き渡せ』と言われて首を縦に振るようなことにはなりませんぞ? その言い方は少々おおげさではないですかな?」
いのの疑問に、空は自分の髪をグシャグシャと右手でかき混ぜながら、眉をひそめて苛立たし気に答えます。
「
そんな兄の発言を、彼の膝の上に座る白が引き継いで言いました。
「……この国の、情報……ほとんど……賢王様に、筒抜け……」
ギョッと大きく眼を見開いて動揺するいのに向けて、空はスマホの画面を向けます。
――そこには、壁際に並んで控えている4人の侍女の姿が映っておりました
「爺さんは見てたから知ってるだろうが、コイツは会談中に俺の背後の映像を撮影したものだ。コイツをよ~く見てみろ」
「……?」
いのがジッと画面を見つめますが、特におかしなところは見当たりません。
ただ、人類種の侍女が静かにたたずんで待機しているだけのように見えます。
しばらくすると、一番左の侍女が移動して画面から消え、入れ替わりに別の侍女がやってきて同じ場所に待機しました。
そのまましばらく見続けますが、何も変化は起こりません。獣人種としては極めて優秀な個体であるいのの目から見ても、特筆すべきようなものは何も映っていないように見えます。
画面の中では未だ会談中の空が、腕を下してスマホを下に向けたのでしょう。いのが見ていた画面が真っ暗になりました。
ここで、白が画面下に人差し指を走らせます。すると動画が早回しされ、白が指を離したとき、再び空の背後の映像が映る画面の中では、左から2番目の侍女が移動して画面から消え、入れ替わりに別の侍女がやってきて同じ場所に待機しました。
「……
巫女は納得の声を上げると、その鋭い視線を画面からいのへと移して問います。
「いの、
「は? ……いえ、感じておりませんな。もしそのような気配を感じておりましたら、即刻会談を中止し、エルキア王殿に対して厳重に抗議しているところですぞ」
“国の行く末を決める大事な会談で、こちらが了承していない魔法を使われる”などあまりにも危険かつ失礼な行為です。
もしやられていたら、外交官として厳重に抗議しなければならないでしょう。
どうしてそのような質問がされるかわからず困惑するも、いのは素直に答えます。
「……次。
「た、確か……だいたい10分から15分おきくらいだったかと」
「なんで、そんなしょっちゅう入れ替わっとるん?」
「……ティーポットを常に熱々のものと入れ替えておりました。不思議なことに、エルキア王殿は空殿や白殿を異常なほど歓迎しておられましてな? 王室御用達の菓子や紅茶をふるまうだけでなく、“いつでも熱々の美味しいお茶が飲めるように”と頻繁にティーポットを入れ替えておられたのです」
エルキアの文明水準は15世紀初頭のヨーロッパのレベルです。電気ポットどころか魔法瓶すら存在しません。
ティーコゼーくらいならありますが、その保温能力はそこまで高くはなく、100度のお湯も10分後には大体85度程度に下がってしまいます。
紅茶を美味しく抽出するのに適した温度は95度以上なので、それでは美味しいお茶を淹れることはできません。
紅茶の風味に大事なタンニンがお湯にうまく溶けてくれないだけでなく、80度でよく溶けるカフェインばかりが出てきてエグミのある味になってしまうからです。
ですが、“紅茶を淹れなおす”のではなく、“淹れ終えた紅茶を保温する”のであれば、話は別。
ヒトは65度以上の温度を“美味しい”と感じるそうですから、ティーコゼーを使えば、おおよそ30分くらいは美味しくいただくことができます。
紅茶を飲めば飲むほどティーポットの中の紅茶の量が減り、冷めやすくなってしまうので、実際に美味しく飲めるのは10分~15分といったところでしょうか。
そのため、ティーポットの紅茶の消費量に応じて、紅茶が美味しくなくなる前に、新たに紅茶を淹れなおしたティーポットと交換するために侍女が入れ替わっていたのです。
流れとしては、
1.“熱々の紅茶が入ったティーポット”や“お菓子”などの入ったティーワゴンとともに侍女Aが入室
2.空達の背後にいた侍女Bが、食べ終わったお菓子などを片付けつつ、冷めたティーポットをもう1台のティーワゴンに乗せて部屋を退出
3.侍女Aが、空達の背後に待機
といった感じです。
部屋に1台ティーワゴンが常駐し、新しいティーワゴンが入ってきたら入れ替えるイメージですね。
このような心配りをしていたからこそ、会談が終わってステフちゃんが『紅茶を温めなおせ』と指示した直後、すぐに新しいティーカップをティーワゴンから取り出し、ティーポットから熱々の美味しいお茶を注ぐことができた、というわけです。
この対応は会談の間ずっと続けられ、しかも“ティーポットが交換されるたびに茶葉の種類が変わる”という、高級茶葉を湯水のように消費する凄まじく贅沢なサービスでした。
さすがにあまりに贅沢すぎたのか、会談終了後のゲーム親睦会に入るとそのサービスは終了してしまいましたが……それでも“今までに出された茶葉の中で気に入ったものを注文すれば、すぐにその茶葉で紅茶を淹れてくれる”サービスは用意されており、これまでのステフちゃんからすれば不自然なほどに空と白を歓迎していることをいのに感じさせたのでした。
……いのに対しては今までそんな対応をしてくれたことがなかったのに、よりによって人としてあまり尊敬できない空たちに対してこのような心配りがなされたことについては、いまいち納得しがたいものがありましたが。
いのの答えを聞いた巫女は、ますますその視線を厳しくしつつ、さらに彼に問いました。
「……最後や。空はん達……会談中、
「な、何故それを!?」
空の話が終わったらすぐにでも報告しようと思っていたことを、まさか報告する前から当てられるとは思わず、いのは仰天します。
聞きたいことを聞き終わった巫女は大きく溜息をついた後、右手で頭を抱えて言いました。
「……かなんなぁ~……あの女王はんだけでも厄介なんに、そこにいのすら感知できん魔法が加わるんか……どないせぇっちゅ~ねん……」
「あ、あの巫女様……? それはいったい、どういう……」
いのの疑問に、巫女は視線でスマホの画像を示しつつ、言いました。
「
「視線……?」
巫女の言葉に、いのは首をかしげます。
「
「……まさか!?」
大きく目を見開くいのの疑問に答えるように、空は言いました。
「その“まさか”だよ。こいつら全員、
原作の“ ”がやってきたエルキアでは、既にジブリールに国の図書館を奪われてしまっていたため、当初、“ ”は他種族の情報をほとんど知らない状態からスタートしておりました。
しかし、この世界の彼らは東部連合からスタートしているため、国の図書館をしっかり利用できています。
おまけにとある獣人種から政治的に重要な立場をゲームで奪ってしまったため、政府のデータベースにすらアクセスできる権限を持っており、原作とは比較にならないほど多くの他種族の情報を入手することができています。
そのため、彼らは“吸血種が隠密と幻惑に特化した魔法使いであること”、そして“吸血種の魔法は術者の視界に対象を捉えることが重要であること”を知っています。
原作でも、いののお孫さんの少女が『吸血種の魔法、気配がしたら眼から逃げろってじーじ言ってやがった、です』と言っていましたね。
そんな彼らに対し、ステフちゃんとの会談に向かう前に、いのはこのように発言しました。
――『噂ではゲームで
この一言のおかげで、空は吸血種を警戒し、スマホの動画アプリを事前に起動させておくことができたのです。
そして空達の正面や横など、空達の視界に入る範囲の侍女たちは、特に理由が無ければ彼らに視線を向けることはありませんでした。
――であれば、確認すべきは自分達の視界の外
原作の東部連合の描写にさりげなくテレビが登場していたことからも分かる通り、東部連合にはテレビに流す映像を撮影するための道具――ビデオカメラに当たるものが存在します。
10年に渡り東部連合と付き合ってきたステフちゃんがビデオカメラの存在を知らないとは考えにくいため、自分の膝に座る白の身体でスマホを隠しつつ、空は自分の肩越しに背後の光景を撮影していたのです。
動画アプリの起動音を聞かれないようにするため、会談に入る前から動画アプリを起動させておく都合上、長時間撮影は必須。
つまり、容量がパンクしないよう低画質モードにしなければならなかったわけで、少々画質は荒くなってしまいましたが……それでも充分に空の知りたかった情報――“侍女の視線の向き”は撮影されており、空は“彼女たちが吸血種である”と確信できたわけです。
「バカなッ!? この侍女たちは、どこからどう見ても人類種にしか見えねぇぞ!? 魔法を使わずに人類種の姿に化けているとでもいうのか!?」
吸血種はコウモリのような翼と鋭い牙、そして悪魔のように尖った尻尾を持つ種族です。牙は口の中に、尻尾は服の中に隠すことはできるでしょうが、その大きな翼まで侍女服の中に隠すことは難しいでしょう。
であれば当然、魔法を使って翼を隠すことになりますが、いのは一切そうした魔法の気配を感知することができませんでした。彼女達が吸血種であるとは、いのにはとても思えません。
「そうじゃねぇよ、逆だ。
「な、に……!?」
「“魔法の気配を感知したら、吸血種の視界の外に逃げる”?
空の言う通り、魂を十分に補給した吸血種は“魔法の気配”どころか、“魔法の燃料となる精霊の気配”や、“存在そのものの気配”すら隠ぺいすることができます。
原作のプラムが森精種の高位術者を完封するシーンでも、“森精種の術者が扱う精霊の気配は分かるのに、プラムからは魔法・精霊・存在すべての気配が感じられない”と、傍にいたいのが戦慄しておりましたね。
あのジブリールをして『大戦時はそれなりの脅威だった』と言わしめた種族が吸血種なのです。
“魔法の気配を感知したら眼から逃げる”程度でどうにかなるのなら苦労はしません。
いのは動揺に声を震わせながらも、なんとか自らを落ち着けるよう努力しつつ、空に向かって反論します。
「で、ですが……吸血種の魔法は、天翼種や森精種などの魔法と異なり、魂を消費するのですぞ? そんな長時間の間、姿を変える魔法を……ましてや“魔法の気配を隠す魔法”すら並行して発動させながら続けるなど、とても魂が持つとは……」
「
「……白たちが、あそこで……資源の不均衡を、たださなかった理由……わかった……?」
「
肩をすくめる空に、いのは口を開けて絶句します。
――贅沢なサービス?
――空と白を歓迎している?
とんでもない勘違いです! “熱々の美味しい紅茶をいつでも飲めるサービス”は、自分たちの喉元に突き付けられたナイフのように致命的な罠でした。
さながら銃弾を使いつくす前に弾倉を交換するかのごとく、いつでも充分な威力・精度の認識偽装魔法を放てるよう、ステフちゃんは“魂を満タンにした吸血種の侍女”を準備していたのです。
このせいで、空たちは資源の不均衡を正すべく、会談中に盟約を利用した取引や契約を結ぶことができませんでした。
下手に【盟約に誓おう】ものなら、背後にいる吸血種から認識偽装魔法をかけられてしまいます。
そうなれば、“ステフちゃんの発言”や“契約書の内容”など、どこの認識をどのように偽装されて、どんな認識外の契約を結ばされてしまうか分かりません。
“空たちから見た吸血種の姿”を偽装できるのであれば、“ステフちゃんの発言”や“契約書の内容”も偽装できるでしょう。
十の盟約による“自分たちの認識の保護”は当てにできない、と考えるべきです。
「い、いえ、しかしですぞ……? もし吸血種がそこまでの魔法が使えるのでしたら、そもそも“自分たちの姿そのもの”を消せばよいのではないですかな? そうすれば、入れ替わりだって好きな時に好きなタイミングで行えるはずでは?」
当然と言えば当然のいのの疑問に対し、空は逆に質問します。
「爺さん……ひとつ訊くが、“『見えない刺客がお前を狙っているぞ』って言われる”のと、“実際に凶器を持った奴らが背後に立っている状況”……
「!!?」
声を失ういのに、空は続けます。
「あれは女王様が少しでも会議を有利に進めるために、俺らにプレッシャーをかけてたんだよ。吸血種の偽装魔法なら“視線の向き”だって偽装できるはずだろ? あのわざとらしい“視線の向き”は、俺らに対して“こちらはいつでも魔法をかけられる状態だぞ”っていうメッセージなんだよ」
「メイドさん、が……紅茶を、入れ替えてたのも……“魂の補充は万全”、っていう……メッセージ……」
「“自分たち吸血種の姿を人類種に見せることができる”ってんなら、“
「それも、しろたちに……プレッシャーを、かけるため……」
「会談の後の親睦会が始まる前に、女王様が『“何かを賭けろ”だなんて無粋なことは言わねぇ』『純粋にゲームを楽しもう』っつってたろ? あれは『純粋に俺らと親睦を深めたいから、吸血種でプレッシャーをかけるのは終わりにする』って意味も含まれてたんだよ。実際、あの後から侍女たちの視線も俺たちから外れて自然な動きになってたぜ?」
いのの背筋を冷たいものが走りました。
“侍女の入れ替わり”を“弾倉交換”に例えるのであれば、“侍女の視線の向き”は“銃口の向き”に例えられると言えます。
いのは全く気づいておりませんでしたが、空と白は常に銃口を背後から突き付けられ、時折目の前でこれ見よがしに弾倉を交換されているかのようなプレッシャーにさらされながら、ステフちゃんとの会談を続けていたのです。
親睦会の前にステフちゃんが『“何かを賭けろ”だなんて言わない』と言っていたのは、『“何かを賭けるような契約をしない”=“偽装魔法を使う機会の破棄”』を意味していたのです。
自分の認識外で行われていた高度な心理戦に、いのは額に汗を浮かばせて戦慄しつつ言います。
「空殿たちが背後にいる吸血種の存在に気づかなければそのまま認識偽装され、気づけばプレッシャーをかけられる……“相手の実力を測っていた”のは空殿たちだけではなかったのですな」
うなるように低い声で発せられたそのセリフに、空は少し困ったように首をひねりながら言いました。
「ん~……
「……は?」
いのはポカンと口を開けて、頭に大きな疑問符を浮かべます。
「“実力を測る”も何も、あの女王様、とっくに俺らのことを最大級に評価してたんだよ。それどころか“俺らのことを自分よりも格上だ”って認識してる感じだった」
「賢王様に、とって……しろたちが……吸血種の罠を、見抜くのは……
「“姿を隠そうが隠すまいが、俺らなら吸血種の存在なんて見破って当然”、“だったらせめてプレッシャーを与えるくらいの役には立ってもらわないと”ってとこだな。あの女王様は吸血種にはその程度にしか期待していなかったんだよ……。もちろん、“俺らがミスって何らかの契約を結ぼうとしようもんなら、容赦なく認識偽装を仕掛けてきただろう”とは思うけどな?」
肩をすくめる空の姿に、いのは言葉を失います。
ステフちゃんからすれば、空は読心術士のようなものです。
空の洞察力のほんの一部が種明かしされるシーンで、彼はこのように言っています。
――『ポーカーフェイスには限界がある。
――『“表情”は育ちや文化にかかわらず、どんなに意識しても一瞬……0.25秒未満程度、無意味に“感情”が出る。これを“微表情”と言い、この原理を利用した噓発見器まで開発されてる』
――『“喜び”……つまり笑顔も、4秒以上続けば“作り笑い”だ。逆に瞬間的な笑みでも、目尻が下がってなければ本心じゃない。本心からの笑みは頬が吊り上がり、下まぶたが持ち上がる。だが、それも片方だけだったら“軽蔑”……つまり“嘲笑”になるわけだな。だが、それが誰に対する嘲笑かまでは微表情ではわからん。もし“嫌悪”の特徴も出ていれば“自分に対する嫌悪”の可能性もある』
――『対抗策は簡単だぞ? 顔を隠せばいい。そして……顔を隠したら、今度は声と動作に集中される』
――『けど声と動作は微表情ほど瞬間的じゃないから、獣人種みたいに血流音や心拍音まで読み取る奴らは別として、人類種相手なら意識すりゃ芝居でミスリードできる』
――『……が、
はい。平たく言ってバケモノですね。
ポーカーフェイスが通用せず、たった0.25秒の一瞬一瞬の微細な表情を都度読み取り、しかもその内容があまりにも複雑かつ多種多様。
こんなトンデモ芸当をこなせる彼が声と動作を読めば、そちらもまた信じられない精度でヒトの感情や思惑を読み取ることでしょう。
海棲種が自分たちの種族を“種の存亡の危機にすら気づかないほどのおバカである”と偽らなければならない都合上、海底資源の取引の窓口は、同じ
そして、エルキアと
――さて、そんな“他人の認識を操る超危険な種族が協力関係にある噂”が流れている中で、あの空が『“吸血種に関する質問”をステフちゃんにしない』なんてことが起こり得るでしょうか?
――そんな怪物レベルの洞察力を持つ彼がステフちゃんに“吸血種に関する質問”をしたとして、“ステフちゃんが仕掛けた吸血種の罠に気づかない”なんてことが起こり得るでしょうか?
少なくとも、ステフちゃんにはとてもそうは思えませんでした。
だから、ステフちゃんはあえて吸血種の部下たちに侍女の姿を取ってもらうことで、空たちにプレッシャーをかける役割を与えたのです。
とはいえ、ステフちゃんからすれば“このプレッシャーも大した効果は無いだろうな”というスタンスでした。
なにしろ、相手は“ ”です。綱渡りのようなギリギリのゲームを楽しめる人たちなのです。
であれば、このようなプレッシャーなんて“そよかぜ”も同然。むしろ、
どちらかと言えば、『“ ”に
ちなみに、吸血種たちに“ステフちゃんの微表情を偽装させる”といった手段を取ることはできませんでした。
“ ”との会談は、一瞬一瞬に多くの策や思惑が飛び交う非常に厳しいものです。
つまり、ステフちゃんが瞬間的に考えた策を、次の瞬間には実行に移す必要があり、しかもその中にはステフちゃんの声音や動作を用いて、相手にブラフを仕掛けるようなものも含まれています。
それらの内容を瞬時に連続してステフちゃんから読み取り、“ ”に対して最も適切な微表情や声音、動作を偽装して伝える、というのは如何に吸血種といえども厳しいものがあります。
なぜなら、“ステフちゃんがどのような表情で、どのような仕草をしたときに、どのように偽装すればよいのか”が非常に複雑かつ多種多様すぎて、どうしても微妙な“ズレ”が発生してしまうからです。
その微細な“ズレ”は“ ”を相手にするには致命的でしょう。
原作のプラムが森精種の
“認識偽装でステフちゃんの顔も声音も動作も全部わからないように隠してしまう”のなら、“主体的に場を支配する人物”が吸血種でなくステフちゃんであっても問題ないかもしれませんが……それをしてしまうとステフちゃんの意図した仕草や声音などが全く空たちに伝わらなくなり、“ブラフを信じさせる”・“ミスリードで誘導する”・“プレッシャーをかける”といった様々な行動の“攻撃力”が大幅に落ちてしまいます。
“ ”は攻撃を捨てて守りに入る……いわゆる“受け身の姿勢”で勝てるような相手ではありません。
だから、ステフちゃんは自分自身の表情や動作などの偽装をあきらめたというわけですね。
「んで、重要なのはここからだ。今、爺さんが言ったように、
「
「
いのの顔を滝のような汗が流れます。
もし彼らの言うことが本当であれば、ピンチどころの騒ぎではありません。
“東部連合の機密情報が一つ残らずステフちゃんに渡ってしまっている”ということは、“
原作の空は、“ゲーム内容を他国にリークしたうえで、東部連合側からゲームを仕掛けざるを得ない状況を作る”という方法で追い詰め、“獣人種のコマが奪われること”を巫女に覚悟させています。
結局、“ゲーム情報のリーク”といった諸々の内容は、ほぼ空のブラフであったわけですが……彼ら獣人種からすれば、“国防ゲームの情報が漏洩する”というのは、それほどまでに深刻な事態であり、種の存亡にかかわるものなのです。
――『いいか?
いのは、ここに至ってようやく空が言いたいことを理解しました。
ステフちゃんは、“国防ゲームの情報”を利用することで、いつでも獣人種を脅して国を、あるいは“獣人種のコマ”を獲ることができる状況にあったのです。
それをしなかったのは……
――『……いや、“幸い”でも“どういう訳か”でもねぇよ。見事に手玉に取られてんじゃねぇか。“自分たちでは敵わない交渉力を持ってる”、“でも、獣人種に好意的だし、譲歩してくれているから、無理に噛みつかなきゃいけないほど追い詰められてもいない”、“
……“
エルキアは“大陸資源”を盾に、東部連合から富や技術を吸い取り、ゆるやかに、そして確実に国を成長させ、国民すべてに豊かな生活を送らせることができているのです。
無理に東部連合を、“獣人種のコマ”を獲りに行く必要なんてありません。
へたに獣人種を追い詰めれば、“なんとかして東部連合が滅びる運命を回避しよう”、“自分たちが滅びるくらいなら、せめて一矢報いよう”と、手痛い反撃を受けてしまうかもしれません。
場合によっては、“東部連合を救うため”という名目で他国からエルキアが攻められてしまう可能性もあるでしょう。
“無敵のゲームを持つ東部連合への侵略を唯一成功させた国家”と脅威に思われて、他の国々から包囲網を敷かれてしまう可能性すらあります。
ですが、だからといって“現状維持”が崩れた時のための準備を怠る理由もありません。
東部連合が何らかの理由でエルキアと国交を断とうとしたり、エルキアを攻撃しようとしたりしたときのために、しっかり相手の首根っこを押さえる準備もしておく必要があります。
だからステフちゃんは吸血種を使って、東部連合の情報という情報を抜いてしまいました。
東部連合は、いつの間にかエルキアにしっかりと首輪をつけられ、飼いならされ、しつけられてしまっていたのです。
「し、しかし……それらがエルキア王殿のブラフという可能性も……」
「
「……賢王様……可愛い、顔して……チョー、えげつない……」
空と白は、若干表情を引きつらせながら、そう言います。
よく見れば、2人の顔に冷や汗が流れていました。あの“傍若無人”を人類種の形に固めたかのような兄妹が、です。
これだけで“いかにステフちゃんが彼らにとって手ごわい相手であったか”がうかがえる、というものでしょう。
巫女もまた、表情を引きつらせます。
それはそうでしょう。
今の発言が確かなら、絶対に知られてはならないゲームの内容だけでなく、その仕組みや機材のメーカーに至るまで把握されてしまっているということなのですから。
いえ、先ほど白が『この国の情報がほぼ筒抜け』と言ったのですから、それ以外の情報についても、ステフちゃんから“知ってる”反応が出たのでしょう。
国防ゲームのことをいったん置いておいたとしても、東部連合の手札も戦略も全て丸見え。これでは如何に“ ”といえども勝負になりません。状況は絶望的です。
余談ですが、ステフちゃんが会談前に盟約を使って“東部連合の機密情報の忘却”といった自身の記憶操作をしなかったのは、単純に“ ”がステフちゃんよりも格上だからです。
“情報を忘却する”ということは“その情報があった場合に採れる行動や選択肢を全て捨てる”ということと同義です。
仮に“東部連合の無敵の国防ゲームの情報”を忘却した状態で会談に臨んだとしましょう。
この場合、もし“ ”から国防ゲームを受けざるを得ないよう追い込まれてしまったら、ステフちゃんは“あえて国防ゲームを受ける”という選択肢を採ることができなくなってしまいます。
“自分は国防ゲームの詳細を知っている”、“仮に国防ゲームを受けたとしても勝利できる”という情報を忘れてしまっているからです。
つまり、ハンデを抱えたうえで戦っているようなもの。凡人のステフちゃんが“ ”という最強のゲーマー相手にそんなマネをすれば、あっという間にボッコボコにされてしまいます。
読心レベルの洞察力を持つ空を相手にすれば、“東部連合の機密情報をステフちゃんが知っていること”がバレてしまいますが、そのリスクを背負うことを承知で、ステフちゃんは“自分の全力を出せるようにすること”を選び、自身の記憶を盟約で操作しなかった、というわけです。
空の回答を聞いたいのは、大慌てで辺りを見回します。
そう、“この国の情報がエルキアに筒抜けである”という空の話が真実であれば――
「おいっ!? ってことは、
――“そもそも東部連合内での密談そのものが不可能である”ことを意味するからです
ところが、顔を真っ青にして慌てるいのに、兄妹は不敵な笑顔で答えます。
「安心しろよ、爺さん。
普段であれば腹立たしいだけのはずの空の余裕に満ちた笑みが、荒れた海のように波立ついのの心を静めていきます。
「白が言ったろ? 『“
空と白が揃って右の人差し指を突き付けます。
「……
「ああ。あの女王様から“知らない”反応が出た情報は、ぜんぶ“
“いかにも何か企んでいます”と言わんばかりに、空はニヤリと表情をゆがめて言いました。
「【
***
結局のところ、空が行ったことは非常にシンプル。
――“巫女の身に縛られていた神霊種を解放する”
これだけです。
たったこれだけで、東部連合とエルキアの立場は引っくり返されてしまいました。
東部連合の全権代理者である“巫女”は、獣人種の統一国家――“東部連合”を誕生させるという離れ業を為した偉人です。
彼女は、放っておくと勝手に自殺してしまう、精神を病んだ神霊種の少女を盟約で縛り、自らの肉体に宿すことで少女の精神を安定させ、その状態で獣人種の様々な種族をゲームで下して統一しました。
とはいえ、神霊種の少女は巫女に手を貸したりなどしていません。
彼女が為したことは、巫女が“もう無理だ”とくじけそうになるたびに『何故?』と問いかけることだけでした。
ですが、それこそが巫女を“いや、無理ではない”と奮い立たせ、統一国家を築き上げるまで支え続けてきたのです。
少女がいなければ、東部連合という国家は存在しえなかったでしょう。
この経緯からもわかるとおり、巫女は基本的に“少女の神霊種としての力を利用しよう”とは考えておりません。
現在、東部連合でエネルギーインフラとして利用されている少女の“神霊種の力”も、当時は“
もし、この力の正体が“少女の力だ”と分かっていたら、巫女はその力を動力として利用する指示を出さなかったかもしれません。
巫女にとって、あくまでも少女は友達であり、対等の関係であって、巫女の個人的な願いのために利用すべき存在ではなかったのです。
そんな巫女には、“盟約の縛りがなくとも、少女に心穏やかに過ごしてほしい”、“少女に自立してほしい”という、誰にも言っていない密かな願いがありました。
“ ”という自らを超える知性を持つ存在を目の当たりにした巫女が、“彼らならば少女の心を救えるかもしれない”と考えて、少女を自らの肉体から解き放つ――これが、原作における“神霊種の双六ゲーム”の始まりです。
ステフちゃんが見た、天空へと延びる螺旋の大地……それは少女の創った“双六盤”であり、この世界においても“神霊種の双六ゲーム”が開始されたことを意味するものだったのです。
プラムの一件があった際、『賭けられる“種のコマ”が大幅に減っているから、“神霊種の双六ゲーム”は起こらない』とステフちゃんは考えておりましたが、それは大きな間違いでした。
よくよく原作の記憶を掘り起こしてみれば、そんなものなどなくとも簡単に“神霊種の双六ゲーム”のイベントは起こすことができたのです。
原作の巫女は、神霊種の少女を自立させるために、自分から離れるよう改めて盟約を上書きしようとしますが、当初、少女は巫女の要求を拒否してしまいます。
ですがその直後、『――ほなら、あては今すぐ命を絶つで』と自らの命を盾に脅すことにより、神霊種の少女を無理やり盟約に誓わせていました。巫女と共に暮らす日々は、巫女の死をもって少女を脅すことができるほどに深い友情を築いていたのです。
弱みを握って脅せば、どんな条件でも飲ませることができます。
“種のコマ”なんて賭けなくとも、巫女の命で脅してしまえば、“神霊種の双六ゲーム”をプレイすることは十分に可能だったのです。
“ ”はそのことにアッサリ気づいたのでしょう。こういった細々としたポカからも、ステフちゃんの凡人さ加減がうかがえます。
ステフちゃんは、自らのふがいなさにお目々の光を失いつつ、ヒシヒシとそう思いました。
……さて、
――それほどまでに巫女に深い友情を抱いている神霊種の少女が、巫女の肉体から解放されて“神霊種の力”を発揮できるようになった後、“巫女の味方にならない”なんてことがあるでしょうか?
――巫女に『エネルギーインフラ以外でも東部連合を助けてくれ』とお願いされて、“力を貸さない”なんてことがあるでしょうか?
はい、エルキアからしたら状況は絶望的ですね。
なにしろ、相手には神様が味方に付いてしまったのですから。
いちおう、少女は“仲間になったら
元々、巫女の肉体に縛られた少女は、“神霊種としての力”をほとんど発揮できない状態でした。
原作の記述には、こうあります。
――巫女を通してしか、何も知り得なかったろう
――自立した今なら、こうして千里眼さながらの力も使えるだろうが……
このように、本来千里眼さながらの力を持っているのに、巫女の肉体に縛られている間は使えなかったことがわかります。
盟約を上書きする過程で、少女を巫女の肉体から解放することで、はじめて少女は本来の力を発揮することができるようになったのです。
ところが、“神霊種の双六ゲーム”で“ ”が勝利し、神霊種の少女が巫女の肉体から完全に解放されたことにより、再度少女の精神は不安定化します。
具体的には“自己否定”。
“全てを疑う”という概念の神として生まれた少女は、“自分自身”や“自己の存在”すら疑い、肯定することができなかったのです。
“神霊種の力”は“概念の力”であり、“想念の力”……自己否定の想いが極まれば、核となる
あくまで不活性化するだけなので、厳密には仮死状態と言うべきですが、少なくとも“生きている”とはとても言えない状態でしょう。
――新たに盟約を上書きする過程として、巫女が一度仮死状態となって少女を解放している
――だが、上書きを確定させるためには“神霊種の双六ゲーム”を終わらせる必要がある
この、“巫女に以前の盟約で縛られつつも、一時的に巫女の肉体から解放された状態”という、極めて限定的な状況下でしか、少女は本来の力を発揮することができなかった、というわけです。
原作では、盟約の上書き後、“ ”の説得により自己否定が止まることで少女の死は避けられましたが、それでも“疑うこと”そのものはやめられず、“自分を疑う”少女は大幅に力を失うことになる……という筋書きです。
神霊種は非常に多種多様かつ強力な力を持つため、そのままの力で仲間になると、“ ”ではなく神霊種の少女が活躍するお話になってしまうので、当然と言えば当然かもしれません。
ですが、その力は弱体化してなお非常に強力です。
少なくとも、現在のエルキアと東部連合の状況をひっくり返す程度なら、全く問題ありません。
“神霊種の双六ゲーム”の次のお話――“
地表から朱い月までの距離は平均19万kmという機凱種でも転移困難な程の超長距離にあり、しかも公転速度は毎秒3kmに及びます。
ジブリールが空間転移で利用した空間の亀裂をたどったとしても、ジブリールたちは朱い月とともに移動しているため、追跡は非常に困難な状況です。
にもかかわらず、少女はアッサリとジブリールたちを発見するどころか、あまつさえ断絶空間にいともたやすく侵入してしまうのです。
少女いわく『“
神様から見れば、たとえ空間を断とうと“断絶”空間とは言えないそうです。おそらくは“因果律”そのものを断つ必要があるのでしょう。デタラメとしか言いようがありません。
……はい、もうお分かりですね。
“
原作でプラムが認識偽装を使うシーンに、このような記述があります。
――他者の知覚認識を改ざん――直接“侵害”することは“盟約”によって不可能。ならば……
――『歓迎とお近づきの印の――“
そう、相手の断りなく吸血種が他者の知覚認識を改ざんする際は、基本的に空間を偽装する必要があります。
空間を断絶しても問題なく相手を追跡できる特性を持つ“因果律”は空間偽装の影響を受けないため、吸血種は『神霊種の“因果律”を知覚する認識感覚』に対しては偽装を施すことができないのです。
天翼種の
空間を伝わる声や物音を聞こえなくしたり、空間内に存在する吸血種の姿を見えなくしたりすることはできるはずです。
ですが、“因果律”を偽装できないのであれば、いかに“そこにいないように”見えても対象を捕捉することができてしまいます。
つまり東部連合に潜伏するスパイたちは、神霊種の少女から見れば丸見えです。
吸血種による東部連合へのスパイ活動は、実質的に封じられたと言えるでしょう。
逆に、ステフちゃんは“東部連合への諜報”ではなく、“エルキアからの情報漏洩を防ぐこと”に吸血種の人員を割かなければなりません。
相手はジブリールの断絶空間すら無意味にして侵入できる超諜報――重要な会議や資料閲覧のたびに神霊種を欺けるレベルの空間偽装を展開する必要があるからです。
吸血種に魂を補給するための体液の消費も当然増大することでしょう。
ここに、情報のアドバンテージが丸ごとひっくり返ったわけです。
こんなデタラメな認識能力を持っているのです。いくら現在の少女が“巫女を通してしか世界を認識できない”状態であったとしても、少女が認識できる範囲に吸血種のスパイを配置してしまえば、一瞬にして“因果律”を捕捉し、スパイを認識してしまうかもしれません。
ステフちゃんが、巫女の周囲にだけ吸血種のスパイを配置できなかったのは、こういうわけでした。
あとは資源の不均衡の問題ですが、これもまた、少女がいれば問題は簡単に解決できてしまいます。
ステフちゃんの記憶する限り、少女が弱体化した後に何らかの物質を創造した描写はありませんが、弱体化前は空に浮かぶ大地を創造し、その大地の上では絶滅したはずの猛獣すら再現して見せた能力の持ち主です。
そして弱体化の原因は、少女自身の“自分を疑う想い”……
――そう、この世界において、精神的な問題を解決するにあたり、
少女は、ただ『敗北したら10秒間“自分を疑うこと”をやめ、その間に要求された資源をこの場に創造する』と【盟約に誓って】から、ゲームに負ければ良いのです。
たったそれだけで、どんなに希少な資源だろうと、東部連合の望むまま、少女がいくらでも生み出してくれます。
“10秒間”といったように時間を区切らず、ただ“自分を疑わない”、“自分を信じる”と誓わせれば常に少女は“神霊種としての力”を最大限発揮できるようになるでしょうが……おそらく、それを巫女が許すことはないでしょう。
巫女は、少女の独り立ちを望んでいます。“自分の意志で、自分の道を選択し、歩んで行ってほしい”と思っているからこそ、“少女を自分の体から解放しよう”と考えたのです。
そんな彼女が“盟約で少女の意思を縛ること”を望むわけがありません。それは“少女の自由意思”の否定であり、“少女の生き方”の否定です。
“資源を生み出すために一時的に縛る”のならともかく、“恒久的に少女の意思を縛ること”を許しはしないでしょう。
こうして、東部連合は必要な時に必要なだけ、自力で資源を生み出すことができるようになったわけです。
もうエルキアに高いお金を払って資源を買う必要なんてありません。
今度は逆に、エルキアが何とかして東部連合に資源を買ってもらうようお願いしないと、経済的に大ダメージを受けてしまいます。
もはやエルキアにとって、東部連合は大事な大事な“
大量の資源を買ってもらうため、そのお金でエルキア国民が豊かな生活を送るため、エルキアは東部連合の言うことを聞かざるを得なくなってしまったのです。
……そして、“
それは、“
プラムの件でもお話ししましたが、十の盟約は“同意なく意識を失った人を運ぶこと”を防いではくれません。
ステフちゃんが眠っている間に海の底にでも移動させられてしまったら、ステフちゃんは飢え死にの危機ですし、エルキアはトップ不在で大混乱です。ステフちゃんを脅して要求を呑ませることも容易いでしょう。
たとえステフちゃんが“飢え死に”を選んだとしても、次の人類種の全権代理者相手に同じことをすればいいだけです。
東部連合は延々と人類種を脅し続けることができ、要求を呑ませ続けることができるようになったのです。
たとえジブリールや吸血種、海棲種の力を借りようとも、どうしようもありません。
断絶空間にすらアッサリ侵入できるような神霊種であれば、“ジブリールでも通さない空間をステフちゃんの周囲に創ることもできる”と考えておいた方がよいでしょうし、ジブリールたちの感知可能圏外にステフちゃんをさらってしまえば、そもそもステフちゃんを探し出すことすら困難だからです。
頼みの綱の認識偽装で“ステフちゃんの寝ている場所”をごまかそうとしても、因果律をたどられてしまえばバレバレです。
そして居場所さえわかってしまえば、吸血種やジブリールに認識させる間もなく、空間転移でステフちゃんをさらってしまうことでしょう。
本来であれば、“東部連合の国防ゲームの内容”を知っているステフちゃんは、それを使って交渉することもできたのですが……残念ながら、“
――完敗です。もうステフちゃんには、どうしようもありません
たった1ヶ月、たった1手で、ステフちゃんは“ ”に完全敗北してしまったのです!
ステフちゃんのお目々はキラッキラです。まばゆく輝かんばかりに生気に満ち溢れています。
だって、そうでしょう?
――ようやく主人公チームの仲間入りができたのです!
――主人公と力を合わせて、一緒にゲームできるようになったのです!!
――凡人のステフちゃんではなく、超天才の最強ゲーマー“ ”に……“よりふさわしい存在”にエルキアを任せられるようになったのです!!!
先に述べたように“ ”の策は国に大きな負担をかけるものが多いので、そこが少々心配ではありますが、“国防”という観点においては“ ”に任せたほうがはるかに安全です。
たった1手でエルキアと東部連合の状況をひっくり返してしまったことからも、そのことがよくわかります。
エルキアにかかる負担については、ステフちゃん
倍増どころでは済まないであろう“これから”の仕事量を思い、まるで瞬間停電が起きたかのように一瞬だけステフちゃんのお目々が死にました。
そんなわけで、さっそくステフちゃんは東部連合の要請に従って、せっせと“ ”のお役に立つために、東部連合の首都
依頼内容は『東部連合を侵略せんとする不届き者を、東部連合に代わって撃退してほしい』とのことです。
「……それではエルキア王殿、お願いいたします」
「ええ、お任せくださいな」
――鎮海探題府の応接室
いのの声に応え、悠々とした足取りでステフちゃんは前へ数歩進みます。
そして、ステフちゃんをにらむ金髪でとてもスタイルのいい
「いらっしゃいませ、東部連合への侵略者様。ここからは東部連合 外交長官 初瀬いの様に代わり、このわたくし……エルキア王国 第205代目国王 ステファニー・ドーラがお相手いたしますわ」