麻雀の名門、千里山女子高校に通う園城寺怜は高校二年の初夏、病に倒れた。娘を心配した両親は、彼女を連れN県のT村に居るという名医のもとを訪ねる――

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怜…病んでさえいなければ…

 高校二年生の園城寺(おんじょうじ)(とき)は、麻雀部員である。

 麻雀は国際的な人気競技であり、ここ日本でも高校女子麻雀は大人気。春の選抜高校麻雀大会(センバツ)と夏の全国高校麻雀選手権大会(インターハイ)に至っては、数々のスターを生み出してきた夢の舞台と言われていた。

 

 怜の通う千里山女子高校は、その高校女子麻雀の名門校である。

 インターハイでは、北大阪地区の代表の座を幾度も勝ち取ってきた。関西で一、二を争う強豪だ。

 

 そんな千里山女子麻雀部での怜は、どちらかというと落ちこぼれで、三軍ポジション。皆の憧れであるインターハイの団体戦で戦うには、全く実力が足りていなかった。

 怜が麻雀を本格的に始めた時期は、小学五年生の頃。だが、小学生から始めることは特に早い時期ではない、むしろ遅いくらいであるらしい。彼女が周囲の部員達から話を聞くに、それこそ幼稚園の頃から麻雀の英才教育を受けるケースも珍しくはないそうだ。さすがは名門校、と怜は感心しきりだった。

 

 始める時期が遅かったのならば、それを埋めるだけの努力を重ねればいい。スポ根漫画の主人公ならばそんなことを言ったかもしれない。

 だが、怜はスポ根漫画の主人公にはなれなかった。

 彼女はあまり身体が丈夫ではなかった。努力の才能という言葉が世の中に存在するが、怜はいわば、努力の才能に恵まれていない身体と体力の持ち主だったのだ。

 

 それでも、怜は諦めずに部で麻雀を続けている。

 麻雀の名門と言っても、部内の雰囲気は柔らかく、そして明るい。団体戦のレギュラーにはなれないが、毎日楽しく麻雀を続けていた。

 

 だが、そんな彼女を悲劇が襲う。

 ある日突然、怜は発作を起こし倒れ、生死の境をさまようことになった。

 

 幸い、命は取り留めた。

 だが、しばらく入院することになり、夏の高校麻雀予選大会の期間を病室で過ごすこととなる。

 

「……まあ、どうせ三軍やけどな」

 

 他の入院患者に聞こえないほどの小さな声で、怜はぼんやりとそうつぶやいた。

 病室で北大阪地区予選の試合中継をラジオで聞きながら、怜の高校二年の初夏が過ぎていく。

 

 怜が病室でしょんぼりと過ごしている一方、怜の両親はしょんぼりどころでは済まないほど、気が沈んでいた。

 

 突然の発作、突然の入院、そして突然の病名申告。

 怜の両親は、担当医から怜の症状について聞かされていた。怜は難病に冒されているのだという。その病は完治が難しく、一生付き合っていかなければならない病であると。

 

 嘆き悲しむ両親だが、それで病が癒えるわけではない。

 少しでも症状を緩和できる方法はないか。治療法はないのか。彼らは方々を訪ねまわった。

 そんな彼らの努力が報われたのだろうか。怜の父が、関東から転勤してきた同僚からこんな話を聞いた。

 

「昔、取引先の佐野印刷ってところでよ。外国から受け入れた従業員が神経の病気にかかったらしいんだわ。それをスーパー外科医が治したらしくてな」

 

「外科医か……」

 

 怜の病気はどちらかといえば内科の領分だ。スーパー外科医、それこそスーパー脳外科医が居ても怜の病気は治らない。そう怜の父は言う。

 

「まあ、最後まで聞けよ。そのスーパー外科医、外科が専門じゃなくてな。あらゆる病気を治すスーパードクターだっていうんだ」

 

「なんやて! な、名前は!?」

 

「さすがに名前までは覚えてないなぁ。でも、通称があったな。そっちは覚えてるぞ」

 

「通称でもええ、教えてくれ!」

 

「ああ、確か……」

 

 ドクターK。曰く、世界一の名医だと。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 怜の両親は、ワラにもすがる思いでドクターKなる人物のことを調べ上げた。

 すると、驚くほどの情報が見つかった。ドクターK。『KAZUYA』という名の医者は、同僚が話した通りあらゆる分野にわたる病気の患者達を救い続けていた名医だった。

 だが、さらに調べると、KAZUYAは既に癌で亡くなっていると分かった。

 

「ここまできて駄目なんか……」

 

「待ってや、お父さん。これ!」

 

「!? ドクターKに後継者が!」

 

 光明を見出した怜の両親二人は、なんとか退院した怜を連れて、ドクターKの居るという診療所まで車を走らせた。

 

 N県T村。大阪とは比べ物にならないほど田舎の山村。

 そこにこぢんまりと建つ診療所に、園城寺一家は辿り着いた。

 

 持参した診断書と資料を看護師の女性に渡し、診察室に呼ばれるのを待つ。

 診療所はオンボロ木造建てで、怜は「わびさびのある場所やなー」などとぼんやりと考えていた。

 

 やがて、名を呼ばれた怜は、両親と一緒に診察室に入る。

 そこに待っていたのは、白衣を着た巨漢だった。服を着ていても分かる筋肉が、その男をより大きく見せていた。

 

 女子校通いで男慣れしていない怜は、その迫力に気後れする。

 だが、怜の両親は話に聞いていたドクターK像そのままの姿に、希望を見出した気持ちになった。

 

 神代(かみしろ)一人(かずと)。ドクターKの名を継ぐ者として、数々の難病を治してきた、正真正銘の名医である。

 その名医が、怜の目を真っ直ぐと見ながら言う。

 

「確かにこの病気は難病と言われ、一生付き合っていかなければならない病とされてきました」

 

 その言葉を怜はただぼんやりと聞いていた。

 

「だが……今は違います」

 

 迫力のある眼光に射貫かれながら、怜はただ「ほーん」とだけ思った。

 

「最低三ヶ月。あなたの病気を完治させるために必要な期間です。継続的な投薬治療が必要となるため、入院となります」

 

 怜は、後ろで両親が息を飲んだことに気づいた。

 どうやら、自分の命は繋がったらしい。怜はそう思った。いや、そもそもすぐ死ぬような病気ではないのか。発作を起こした場合は、危ないらしいが。

 

 怜は、病気で倒れ目覚めてからずっと、今いるここが現実でないような気持ちでいた。

 何かがぶれて、現実に夢が重なっているような。そんな感覚がずっとまとわりついていた。別に、夜眠れなくなるだとか、酔って気分が悪くなるだとか、そういったことはなかったため、医者にもそのことは言わなかった。

 

「さて、ではどこの病院に入院しますか? 私が定期的に回診している大学病院に入院するか……それとも、この診療所に入院するか」

 

 怜がぼんやりしている間に、ドクターKと怜の両親の話が進んでいたのか、詳しい入院の話に入っていた。

 

「できれば、私の目の届くこの診療所に入院していただきたいですが、ここは辺鄙(へんぴ)な村です。年頃の娘さんを長期滞在させるには大学病院が無難かもしれません」

 

 そんなドクターKの言葉に、怜は最近まで入院していた病院のことを思い出した。

 その病院も大きな病院で、滞在するにあたって不自由は少なかった。

 一方、この診療所は山の奥にある田舎も田舎だ。スタッフも少なそうであるし、不自由は多そうだと怜は思った。

 

「それなら、大学病院で……」

 

 そう、怜の父親が言いかけたところで、怜の口から言葉が漏れた。

 

「私、この村でええよ」

 

「ええっ、ええんか?」

 

 怜の父が、驚きながらそう怜に聞き返す。

 

「なんや空気の綺麗そうな所やし、ここの方が治りがいい気がするわ」

 

 なんとなくだが、怜の感覚がそう知らせてくるのだ。この診療所の方が明るい感じがすると。

 何が明るいのかは、怜自身、分かっていなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 T村での怜の入院生活が始まった。

 

 診療所のスタッフは、少ない。医者は一名。ドクターKこと神代。看護師は麻上(あさがみ)夕紀(ゆき)という女性がこれも一人だけ。

 医者でも看護師でもない協力者として、神代の弟子である高校生男子の黒須(くろす)一也(かずなり)と、研究者の村井(むらい)。それと、イシという名の老婆が通いで手伝いに来る。

 

 そんな田舎村の診療所生活は、暇を持てあますと怜は思っていた。

 だが、意外なことに、怜は暇をしていなかった。怜は次から次へと診療所にやってくる村の老人達に、アイドル的な扱いを受けたのだ。

 

「怜ちゃんの学校は千里山女子なんだって? やっぱり麻雀部なのかい?」

 

「そやな。麻雀部や」

 

「じゃあ、入院でインターハイは出られなかったのかぁ。残念だな!」

 

「そもそも私じゃ出られへんわ。三軍やで、三軍」

 

「千里山は三軍まであるんか! いやあ、おいちゃんも学生時代は麻雀部だったけど、団体戦は人数ギリギリだったよ」

 

 そんな会話を村の老人としたら、次の日から怜の病室に麻雀牌を持った老人達が集まってきた。

 そして、病室に備え付けられたテレビで全国高校生麻雀選手権大会(インターハイ)の中継を見ながら、怜は久しぶりに麻雀牌を触った。

 

「今年のN県代表は、風越(かぜこし)女子じゃなくて龍門渕(りゅうもんぶち)かぁ」

 

「一也の泉平高校の麻雀部はどうなんだ? 強いのか?」

 

 怜の対面の老人が牌を切りながら、怜の背後で観戦する黒須一也に尋ねる。

 

「男子も女子も、大会を勝ち進んだって話は聞かないですね」

 

「一也は麻雀やらんのか?」

 

「いやー、幼い頃は外で遊んでばかりで、麻雀はルールも知らなくて……」

 

「おいおい、いまどき麻雀のルールも知らないとか」

 

「リーチ。なんや黒須くん。麻雀知らないんか。せやったら、どうせ入院している間、暇やから教えてあげよか?」

 

 リーチ棒を出しながら、怜が言う。

 女子校通いで男慣れしていなかった怜。だが、入院生活で村の男達にすっかりなじみ、同年代の一也とも正面向かって会話をできるようになっていた。

 

「うーん、麻雀かぁ……どうかなぁ……」

 

 渋る一也だが、そこに老人の一人が言った。

 

「一也も、いずれは医大を受験して上京なりするんじゃろ? 同世代の大学生達と交流を深めるなら、麻雀は必須じゃぞ」

 

「ええっ、そうなんですか?」

 

 一也は驚くが、老人達は一斉にうなずいた。

 

「うーん、それなら覚えるかな……」

 

「ツモ。リーチ一発平和ドラ2や。怜ちゃんの授業は厳しいでー」

 

 と、そこで怜が手牌を倒した。

 

「かー、やられた!」

 

「ワシの親が!」

 

 老人達が額に手を当てて天を仰いだ。

 そして、老人達は「さすが千里山だ」と怜をおだてた。

 すると、横から闘牌を眺めていた老婆のイシが、目を細めて怜に言った。

 

「怜ちゃん、リーチ一発何回目だい?」

 

 すると、老人達も何かに気づいたように、卓に置かれたリーチ棒を見つめた。

 

「……もしかして今日、全部リーチ一発で和了ってないかい?」

 

 対面の老人が、目を見開きながら怜に尋ねる。

 

「せやなー」

 

「せやなーって……」

 

 老人達が絶句するが、ルールを知らない一也は不思議そうに言う。

 

「リーチ一発って何かすごいんですか?」

 

「いやいやいや、すごいってものじゃないぞ」

 

「そうじゃな……何十種類もある牌の中から次にどの牌が来るか、たった一回で正確に予測しないとできないんじゃよ」

 

 そんな老人達の説明で、一也はぼんやりとイメージをつかむ。

 

「ええっ、すごくないですか?」

 

「だからすごいって言っているだろ!」

 

 すると、一也は怜に向かって言った。

 

「さすが園城寺さん! 名門校なだけあるね!」

 

 さらに一也は、「それだけすごいのに三軍なんて、一軍はどれだけすごいんだろう!」と微妙に怜に対して失礼な事を言った。

 

「いやー、あんな。実はちゃうねん」

 

 と、怜が背後の一也に向けてポツリと言う。

 

「あ、園城寺さん、実は一軍だったとか!?」

 

「いや、三軍や。そうやなくて……こんだけできたのは、生まれて初めてや」

 

「ん? どういうこと?」

 

「実はなー。さっきから見えるんよ。一巡先」

 

「一巡先?」

 

「うん。卓上の一巡先の未来が」

 

 その言葉に、病室内の空気が固まった。唯一、テレビに映るインターハイの音声が、病室の中に鳴り響いている。

 怜は、そこで後悔した。

 いや、未来が見えるってなんだよ、と。確かに見えているが、そんなオカルトな現象を正直に告白して、どうするんだよ、と。これでは村で電波ちゃん扱いを受けてしまう。そう後悔した。

 

「す……」

 

 と、そこで一也が、沈黙を破るように息を吐く。

 

「すごい! 園城寺さん! 未来予知能力!? 無敵じゃないか!」

 

「お、おう……」

 

「麻雀は詳しくないけど、これってすごく強いんじゃないですか!?」

 

 一也が、老人達に話を振る。その一也の目はとてもキラキラと輝いていた。純粋に尊敬する者を見る目だった。

 

「おー、そうじゃな。結構強そうじゃ」

 

 そう言って、老人達もワイワイ楽しげに言葉を交わし始める。

 

「あー、なんや、気味悪いとか思わへんの?」

 

 ぼんやりと怜が老人達に尋ねるが、老人達は「プロ麻雀を見ていたらその程度では驚かない」と笑って返す。

 さらには、イシがスッとテレビを指さす。

 画面に映っていたのは、インターハイの二回戦。N県代表の龍門渕高校、天江(あまえ)(ころも)選手が役満で和了り、相手三校同時に点数をマイナスにするという離れ業をやってのけていた。

 

「気味悪がられたかったら、全国区の相手にあれくらいやってから言うんじゃな」

 

 ごもっともだ、と怜は苦笑した。

 そして、怜達は麻雀を再開した。

 牌を積み、配牌して南三局を開始する。

 

「一巡先の未来が見えるというけど、見えた未来と違う行動を園城寺さんが取ったら、どうなるの?」

 

 怜の背後から、一也が尋ねる。

 

「せやな。見えた未来に反応して自分の行動を変えると……二巡くらい経つまで何も見えへんくなるな」

 

「へー。たった二巡で復活するのはすごいのかな?」

 

「いやあ、二巡は長いで」

 

「そうなんだ。じゃあ、一巡先の未来じゃなくて二巡先の未来が見えたらもっとすごそうだね」

 

「……せやなー」

 

 後ろから聞こえる一也の声を聞きながら、怜は考えた。

 

「見てみるか。二巡先の未来」

 

「えっ、能動的にできるものなのかい!?」

 

「できそう」

 

 ぼんやりした怜の声に、対戦相手の老人達は引きつった顔をする。怜の未来視はすごいが、戦うがわとしてはたまったものではない。そんなことを思ったのだ。

 

「行くで、二巡先――」

 

「!? 園城寺さんッ!」

 

 あれ? 何かが回って?

 怜はそう頭の片隅で思った後、意識が暗転した。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 園城寺怜、倒れる。

 よりによって入院先の病室でのできごとだ。順調に快復に向かっていた病も、その時を境に悪化する始末だ。

 そのときの様子をドクターKこと神代は、居合わせた面々から詳しく聴取した。

 

「確かに、麻雀は少なからず体力を使う競技だ。だが……」

 

 快復しつつあった怜が、半荘一回で倒れるのは不自然。それが神代の見立てであった。

 

「あの……園城寺さんは、未来視の能力に体力を使っているということはないですか?」

 

 皆が寝静まった夜。神代の医術の特訓を受けながら、一也が言う。

 

「オカルトの領域か……正直、そんな物は存在しないないと言い切りたいところだが……」

 

 神代が苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 

「オカルトは、未来視は、ありますよ」

 

 神代に向けて、一也はハッキリとそう告げた。

 

「そうか……お前がそう言うならそうなのだろう。しかし、その領域は俺の専門外だ」

 

「専門家を呼べば、どうにかなりますか?」

 

「そうだな。俺も、患者のためにそれぞれに相応しい分野の専門家に頼ることは多い」

 

 一也は、神代がしばしば助っ人として呼ぶ整形外科医の寺井や、麻酔医の道尾の顔を思い出した。

 さらに一也は、今回のケースに相応しい専門家の顔を思い浮かべる。

 

「では、俺の方から専門家にお願いしてみます」

 

「頼めるか?」

 

「はい。久しぶりに、顔を見たくなりましたし……」

 

 そうして、一人のオカルトの領域に立つ者が、N県T村を訪ねてくることになった。

 己の手で患者を治せないことをドクターKは悔やまない。どのような手順を経ようとも、患者が救われるならそれが一番なのだ。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「えーと、かあさんです」

 

「いやいや、黒須くん。急に親御さんを紹介されてもな?」

 

 病室に見知らぬ中年女性を連れて来たと思ったら、急に母親だと紹介しだした一也に、怜は目を白黒させた。

 いったいどういう展開なのか、頭の中がぐるぐると回った。

 

「彼女は、オカルトの専門家だ」

 

 と、病室に追加で神代が入ってきて言った。

 ここでまさかの主治医登場に、怜は怪訝な顔をする。

 

黒須(くろす)麻純(ますみ)です。未来視……とは少し違いますが、ある特定の未来を察知することができます」

 

「あっ、そういう……」

 

 女性の自己紹介を聞き、怜はようやくこの状況を理解できて、ホッと息を吐いた。

 

「未来視、未来視か……」

 

 怜は、その言葉を口の中で転がした。

 そして、思う。

 そういえば、昔から未来の光景らしきビジョンが見えること、たまにあったな、と。

 

 とりあえずそのことを素直に主治医の神代に話してみると、彼はうなずいてから黒須麻純の方に目を向けた。

 

「では、詳しく聞いていきましょう」

 

 そう言って、麻純は怜に芽生えた一巡先の未来を見る力と、幼い頃から持っていた未来のビジョンを見る力について聞き取りしていった。

 

「なるほど。園城寺さんの能力は、現在型にはめられておらず、不安定な状態にあると言えるでしょうね。大きすぎる力が不安定なため、ただでさえ弱いあなたの身体を蝕んでいる……」

 

「どうにかなりそうですか?」

 

 話をじっと聞いていた神代が、麻純に向けてそう尋ねる。

 世界一の名医がオカルトに頼る。なんともすごい光景だな、と怜は思った。

 

「ええ。こういうのは、修行をすればいいんです。私も学生時代ははげんだものですよ」

 

「修行……?」

 

 何やら予想していなかったワードが飛びだしてきて、怜は思わず聞き返していた。

 

「園城寺さんは、今年の麻雀のインターハイに永水女子という高校が出ていたことを知っていますか?」

 

「え、ああ、神代(じんだい)小蒔(こまき)いう、えらい選手がいるらしいですね」

 

「ええ、その神代さんは、神の力……言ってしまえばオカルトのパワーを制御する修行のために麻雀をしている、神境の姫なのだそうです」

 

「神って、またスケールの大きい……」

 

 麻純の説明に、怜は驚くべきなのか、呆れるべきなのかよく分からなくなってしまった。

 しかし、未来を見るという行為を実際にできてしまうので、オカルトを荒唐無稽な話だと笑うことだけはできなくなっていた。

 

 そして、麻純は言う。

 

「つまりですね……麻雀は、オカルトパワーの修行になるというわけです」

 

「なるほどなぁ……」

 

「では、一局打ちましょうか」

 

「えっ、今からですか?」

 

「ええ。私も本職がありますから、のんびりしていられないんですよ」

 

「本職……オカルトの仕事ですか?」

 

「いえ、看護師です」

 

「オカルト関係なかったかぁー」

 

 そういうわけで、病室に持ちこまれていた麻雀牌を使って、半荘を打つことになった。

 打つのは、怜、麻純、神代、そして看護師の夕紀だ。

 

「とりあえず、倒れるという二巡先の未来を見るのは禁止です」

 

「はーい」

 

 東一局。怜は一巡先の未来を見ながら、牌を切っていく。

 そして――

 

「リーチ」

 

 和了る未来が見えたので、怜は宣言牌を捨て、リーチ棒を出そうとした。

 しかし、そこで怜は思ってもいなかった言葉を聞く。

 

「ロン」

 

 それは、麻純の声だった。

 まさかのロン。怜は絶句した。こんな未来、見えなかった!

 

 牌が倒され、その役が露わになる。七対子だ。

 

「……どうして」

 

 見えていたはずの未来を覆された怜は、なんとかその言葉をひねり出すことができた。

 その様子に、麻純はニッコリと笑みを浮かべて言った。

 

「園城寺さんの未来視に、私の未来視をぶつけました。修行の一環ですわ」

 

「……同じ能力で競り合いになった感じですか?」

 

「ええ。とは言っても、私の未来視は、限定的なもの」

 

 麻純は語る。彼女の黒須家は、奈良時代の頃から、看護師のような役を代々続けていた家柄だ。

 だが、千年も前のそれは、看護と言うよりも死を看取ることの方が多かったと言えよう。

 そんな家系の末裔として生まれた黒須麻純は、『人の寿命が見える』異能の力を持っていた。

 

「人の寿命……」

 

「そんな異能でも、異能は異能。制御するために、麻雀はとても役立ちました」

 

「いやいや、人の寿命を見る力が、どう麻雀に役立つんです?」

 

 命を賭けたヤバい麻雀でもやっていたというのか。怜は思わずそう突っ込んだ。

 

「人の一生の寿命ではなく、人が勝負するうえでの死……いわゆる負け筋や敗因を見られるよう修行したのですわ。……放銃してしまう牌を見極めたり、飛んでしまう局を見極めたり」

 

「拡大解釈やなぁ……」

 

「方向性の定まりきっていない異能は、拡大解釈して筋道を立ててあげることも大事なのですよ」

 

 なるほどなぁ、と怜は自分を納得させることにした。

 何しろ彼女はオカルト一年生。この道何十年かも分からない目の前の女性が言うことを信じるしか、今のところ辿るべき道はないのだ。

 

「さて、では東二局と参りましょうか」

 

「お手柔らかにお願いします……」

 

「うふふ、修行は厳しいものですよ……そうですね……」

 

 麻純は牌をかき混ぜながら、怜に向けて笑みを浮かべながら言った。

 

「私の高校生時代と同じ、全国一位でも目指してみましょうか?」

 

 その言葉に、怜の顔は引きつった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 三ヶ月後――

 

「症状は治まりました。完治したと見てよいでしょう」

 

 T村の診療所にて、園城寺一家はそんな言葉を神代から聞いていた。

 

「ありがとうございます! K先生!」

 

「本当に、お世話になりました……」

 

 泣いて喜ぶ両親に、怜は困ったような表情を浮かべる。

 娘として愛されていることは嬉しいが、こうストレートな感情表現を目の当たりにすると、恥ずかしくてたまらないのだ。

 

「しかし!」

 

 と、ここで神代がギロリと目を光らせた。

 

「お伝えしたとおり、麻雀で無理をさせると何が起こるか分かりません。練習メニューは、こちらの作成した通りの内容を厳守するようにしてください」

 

 その神代の言葉に、怜の両親は困惑顔になる。

 

「は、はあ……」

 

「あの、本当にこの子にそんな力が……」

 

「なんやお母さん、信じてなかったんか」

 

 怜が後ろに振り返って、目を細めて母をにらみつける。

 その表情は、三ヶ月前のぼんやりとしたものとはだいぶ変わっていた。

 

「いやー、その、な? いきなり娘が未来予知できるなんて言われてもな?」

 

「麻雀限定や。お母さんも、プロリーグ見てるならそういうのがいるって分かるやろ」

 

「それはそうやけど……」

 

 言いよどむ母に、怜はフンスと鼻息を吹いた。

 それを見た父は、どこか嬉しそうに言う。

 

「なんや怜、倒れる前より元気になったな。K先生のおかげやな!」

 

「そうか? そやな」

 

 元気になった。原因は怜には分かっている。

 病気が治って元気が出たからではない。視界が以前よりクリアになって、気分がぼんやりすることがなくなったのだ。彼女は昔から未来視の能力が常時起動状態にあって、未来のビジョンが視界に重なっていたのだ。

 麻雀の修行でそのビジョンを制御できるようになって、文字通り視界が開けたわけである。

 

 その辺りのことは、怜はちゃんと神代に相談していたが、両親にはまだ話していない。

 まあ、機会があったら話の種にでもしよう。そう怜は考え、神代の最後の診察を終えた。

 

 そして、診療所の皆にお礼の言葉を述べてから、円城寺一家は車で大阪まで帰ることになった。

 

「ようやく麻雀部に復帰できるわぁ」

 

 車の後部座席で、怜がつぶやく。

 それをしっかり耳にしていた助手席の母は、後部座席に振り返りながら言う。

 

「それよりも、夏休み挟んだからといって、学校の勉強遅れていることを忘れたらあかんで」

 

「勉強は大丈夫や。同学年の一也くんに見てもらってたからな」

 

「ほーん」

 

「一也くん、帝都大学医学部志望やで? めっちゃ教えるの上手かったわ」

 

「医者志望でK先生の弟子かぁ……将来有望やな?」

 

「せやな」

 

「せやなって、年頃の娘らしい甘い出来事とかないんか?」

 

「ないなぁ……」

 

「大丈夫かいなこの子は……女子校に入れたの間違いだったかもしれんで、お父さん」

 

 助手席からそう話しかけられた父は、無言で運転に専念した。

 怜が男の子となぁ……でも帝都大医学部か……そんなことを考えながら。

 

「それより麻雀部や。秋季予選(オータム)には間に合わんかったけど、春季大会(スプリング)ではやったるで」

 

「やったるって、一軍目指すんか?」

 

「当然や。勉強の師匠は一也くんやけど、麻雀の師匠は元インターハイ一位やで。目指すはスタメン入りやない。全国一位や」

 

「…………」

 

「なんや」

 

「いや、怜、ホンマに元気になったなぁ」

 

「せやで。スーパー怜ちゃんや」

 

 その言葉に話を無言で聞いていた運転席の父が、思わず吹き出す。

 そして、今までの彼女ではしそうになかった前向きな言動を娘がするようになって、ドクターKに任せたことは間違いではなかったと、心から思うのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 季節は巡り、春。

 山々が長い冬の眠りから息を吹き返し、T村にも暖かい陽気が訪れた。

 そんなT村の診療所にて、一也がテレビを前にして盛り上がっていた。

 

「うおー、いけー! 怜さん!」

 

 テレビに映るのは、春の選抜高校麻雀大会。

 団体戦決勝の舞台、その大将戦が放送されていた。

 

「怜ちゃん、本当に全国決勝まで行っちゃいましたねぇ」

 

 看護師の夕紀も一也の隣で、ニッコリとした笑みを浮かべながら中継を眺めている。

 ドクターKは名医である。その彼が治療する患者は世界的な有名人ということもそれなりにあり、怜が全国の舞台にいることにも夕紀は今さら驚いてはいなかった。

 

「ふむ、試合の最中でも体力に陰りなし。調子はいいようだな……」

 

 そして、ドクターKこと神代も、腕組みをしながらテレビを注視していた。

 彼が気になるのは患者の体調であり、試合結果は二の次。

 一方、一也はテレビ越しに見える怜の応援に燃えていた。

 

『さあ、現在トップの白糸台と、それを追う千里山。その点差はわずか二〇〇〇点。インターハイチャンピオン、宮永(みやなが)(てる)、逃げ切れるか! 千里山の秘密兵器、園城寺怜、どう出るか!』

 

 後半戦南四局。オーラス。

 最後の戦い。

 

 制服のブレザーを着た少女、宮永照が、額から汗を垂らしながら、河に打牌する。

 

「怜さん、そこだー!」

 

 一也の声援は、彼女にはたして届いたのか。テレビの中の怜が、笑みを浮かべる。

 それは、かつての眠たげでぼんやりした彼女からは想像も付かないような、満開の華のような笑み。

 

『ロン! 七対子や!』

 

 

 

<END>

 


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