寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたんだが。   作:リベリオン

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今回のポイント

・クラウドの正体が発覚

・シノのんのヒロイン力が急上昇

あとこれを書いてる現在指がかじかんで辛いです←


第6話 雲は霞む

第6話 雲は霞む

 

 

「っ……」

 

 なんで、なんで……っ、今になってあの銃が――!

 追いかけていたはずの《死銃》、そいつが私の前に姿を現して、黒い拳銃を見せつけるように取り出すと、グリップパネルにある特徴的な黒い星の紋章に思考は凍結し、全身の力が抜け出ていく感覚を私は覚えていた。

 ――黒星 五十四式。忘れるはずもない……あの時私が撃った銃がなんで、今、ここに、あの銃が……っ。

 混乱する私の前に、フードの下の仮面が“あの時の男”と重なって見える。

 あいつは私に復讐するためにこの時を待っていたんだ。どんなに足掻いても逃げることはできないんだ。全部、全部無駄だったんだ。どこにいてもこの男に追いつかれて……殺される。

 強さの意味、戦うことの意味……クラウドと一緒にいれば分かると思ったのに。

 ……いつからだろう。最初はただ分かりやすい目標だったのに、頼れる相棒と思えるようになったのは。

 けれど彼一緒に戦って、肩を並べられるくらい強くなれば……追い越せるくらい強くなれば、弱さを克服できると思っていた。

 

「(イヤだ……イヤだイヤだイヤだ! こんなところで死にたくない!)」

 

 まだ死ねない……死にたくない。その必死の思いが動かない身体をどうにか動かそうとする。

 諦めたくなかった。この大会で正々堂々と戦って勝つことができれば、何かが変わるはずだから。

 キリトとも、クラウドとも、まだ約束を果たしてないのに……!

 《死銃》が黒星のスライドをコッキングし、弾を込めると両手で銃を構え、その銃口が私を捉える。

 

「(クラウド……助けて)」

 

 こんなのを願っても叶うはずはない。

 

「――りゃぁああああああっ!」

 

 ――――なのに、雄たけびと共に彼は本当にやって来た。

 愛用の光剣から灰色に輝く刃を伸ばし、ジェットエンジンに似た音を響かせて。

 声に気づいた《死銃》はすぐに離れて柱の影に身を隠す。

 私に背を向けて黒いコートを風にはためかせて、《死銃》の前に立ちはだかって。

 

「クラ……ウド……」

「――間一髪、クラウド超特急で来て正解だったな」

 

 顔が見えなくても分かる。いつもと変わらない、背を向けていても思い浮かぶ能天気に笑って明るく言うクラウドの声。

 だけどいつも聞いているトーンよりも少し低くて、微かな怒りを含んでいるように聞こえた。

 でもなんで?……なんでクラウドがここに?

 

「おい《死銃》、お前の狙いは俺かキリトだったはずじゃなかったのか?」

「……そう、だ。お前、たちは、最後の、お楽しみ、だ」

「はっ。あいにくと俺は好きなものは先に食べるタイプでな。それに1つ勘違いしている。確かに俺はご同輩だが、お前の知っている《黒の剣士(キリト)》とは別人だ。お前が探しているのは黒髪の方だよ」

「ほう……。なるほど、やはりお前も、俺たちと、同じか」

 

 私に背を向けたままクラウドはボロマントと何かを話しているけれど、抽象的過ぎて理解できない。

 

「ここでぶっ飛ばしてもいい……んだが、それよりも優先することがあるんでな。とっとととんずらさせてもらう」

「できる、と、思っている、のか」

「やってやるさ――」

 

 次の瞬間、少し離れた位置でカンッ、と何かが音を立てて落ちる気配。

 すると青白い閃光と大音響が炸裂し、思わず目を瞑る。

 ふわりと誰かが私の身体を抱きかかえて走る感覚。目を開けるとすぐ近くにクラウドの顔があって、私だけじゃなくヘカートも担ぎ街中を走っていた。

 いくら筋力も上げているって言っても、20キロ近くあるヘカートまで持っていると少し苦しそうな顔をしている。

 

「もういい……置いていって……」

「はっ! だが断る!」

 

 こんな時なのにふざけた返事をするクラウド。だけどその目は真剣で、同時にどこか安心感を私は覚えていた。

 と、その時、背後から1発の銃弾がクラウドの肩を掠めて看板の固定具に着弾すると音を立てて落下する。

 いくらクラウドでもこんな状況は無理。だからもう1度、私を置いていくように言おうとしたのをエンジン音が遮った。

 

「2人とも乗れ! 早く!」

「おっせーよ! 今までどこほっつき歩いていたんだ!」

 

 バギーに乗って乗り場から飛び出してきたキリトにクラウドは一瞬足を止めて嬉しそうに笑い、すぐに後部座席に私とヘカートを乗せ、自分も飛び乗ると腰からプラズマグレネードを取り出してバギー乗り場に投げ込み、「出せ!」と合図する。

 キリトがアクセルを回してバギーを発進させて数秒後、起爆したグレネードが激しい爆発が起こして駐車していたバギーやロボットホースを吹き飛ばした。

 

「悪かった、《死銃》だと予想したプレイヤーを倒そうと別れた所を狙われて……」

「迎えに来たからチャラにしてやるよ! 足は潰したしこれで……いや、待て」

 

 言いかけたクラウドの顔から笑みが消えて後ろに振り返る。耳を澄ませると、私たちの乗るバギーとは違うエンジン音……。

 

「くっそ、追ってきた! スピード上げろキリト!」

 

 スタンバレットの効果が切れ、ようやく身体が自由に動けるようになると後ろに振り返る。

 そこにはあのボロマントが誰かの運転するバギーに乗って私たちを追跡していて、また“あの男”の顔が浮かんで……っ!

 

「いや……追いつかれるっ!」

「もっとスピード出ないのかよ!?」

「無茶言うな! こっちは3人だぞ!」

 

 苛立ちをぶつけるクラウドにキリトも同じように返す。

 少しずつ距離が詰まって、ボロマントが黒星を取り出した。

 予測線が、私の頬に当たる。

 

「右!」

「っ!」

 

 クラウドが私を抱き寄せて叫ぶと、キリトも即座にハンドルを右に切った。

 バギーが右に寄り、直後に発射された銃弾が私の前を過ぎる。

 さらに発砲。その銃弾はリアタイヤのカバーに当たって、ボロマントは銃をホルスターに戻した。

 

「やだよ……たすけて……たすけて……!」

「っ……シノン、お前のクルツ貸してくれ!」

「えっ……?」

「早く! このままじゃ追いつかれる!」

 

 戸惑う私は言われるがまま、震える手で腰のホルスターから《MP5KA4》を取り出すとクラウドに渡す。

 するとクラウドは右手にクルツを、左手に自分の《M10》をそれぞれ持ち、ボロマントに銃口を向けた。

 

「当たらなくても牽制くらいは……っ」

 

 毒づきながら2つのSMGをフルオートで斉射。だけど元々精密射撃に向かない暴れ馬の《M10》と、精密射撃は可能だが不規則に揺れ動くこの状況、しかもフルオートではその力を発揮できない《MP5KA4》では命中率はほとんど期待できない。

 仮に当たっても、威力の低い9ミリパラベラムではバギーの車体も貫通すらしなかった。

 

「くっそダメか……!」

「シノン、このままだと追いつかれる! 君が奴を狙撃するんだ!」

「むりだよ……!」

「当たらなくてもいい、牽制だけでいいんだ!」

「むり……! あいつ……あいつだけは……!」

「だったら俺が降りてあいつらをぶった斬ってくる!」

 

 怯える私にクラウドはいきなり言い放ち、《MP5KA4》を私に渡すとバギーから飛び降りようとする。

 その瞬間、急にクラウドがどこか遠くへ行ってしまいそうな錯覚がして反射的にその腕を私は掴んだ。

 

「ダメ……あいつは、あいつは本物なの……! いくらクラウドでも殺されちゃう……だから絶対ダメ……!」

「けど、他に方法が無いだろ!」

 

 ……ううん、ある。

 あいつが怖い。向かい合う勇気なんて無い。……けど、このままクラウドを見殺しにしたら、私はずっと後悔したまま生きていくと思う。

 ……それだけは絶対にイヤだ。

 

「…………っ」

 

 恐怖に竦む身体をどうにか動かして、ヘカートを構えてスコープを覗く。

 けれどトリガーだけはどうしても引けなかった。

 

「撃てない……撃てないの。指が動かない……ごめんなさい……私もう、戦えない……」

「だったら俺が一緒に戦ってやる、俺が一緒に撃つから!」

 

 その言葉と共にクラウドの右手が、グリップを握る私の手に重ねられた。

 彼の右手の温もりが、氷のように動かなかった右手に動かせるだけの力を与えてくれる。

 だけどそれだけじゃどうにもならなかった。

 

「ダメ…! こんなに揺れてたら照準が……!」

「おいキリトッ!」

「5秒後に揺れが止まる! 2、1…今!」

 

 次の瞬間、バギーが路面に転がっていた車をジャンプ台にして高く飛び上がった。

 一瞬の滞空――その僅かな瞬間に私はクラウドと一緒にトリガーを引く。

 強烈な反動が肩に掛かり、マズルブレーキから盛大な噴煙を上げて大口径の弾丸が撃ち出された。

 けどあれはボロマントには当たらない。ボロマントたちが乗るバギーの右に大きく逸れていく。

 

「(外した……)」

 

 ぼんやりと思っていると、逸れた弾丸は大型トラックに命中し、残っていたガソリンに引火。弾痕から炎が吹き上がるとボロマントたちが乗るバギーが通りかかった瞬間大爆発を起こしてバギーを爆炎が飲み込む。

 バギーが地上に着地してから改めて炎の中を見ると、ボロマントたちが乗っていたバギーもガソリンに引火して誘爆を起こして炎を吹き上げるのが見えた。

 偶然なのか、それともヘカートが外すことを許さなかったのか……私には分からない。

 

「――グッジョブ、シノン」

 

 ただそう言っていつもみたいに笑いかけるクラウドの顔を見て、胸の内に安堵が広がっていた。

 

 

 その後キリトは私たちを乗せて北上し、いつの間にか砂漠地帯まで進んでいた。

 流石に時間も経って落ち着いたから、追われていた最中に考えていた事も冷静に考えてそんなはず無いとはっきり断言できるようにもなっている。

 ――むしろ「そう思い込んだ」のは黒星が原因で、《死銃》は“あの男”と同一人物のはずが無いのに……。

 

「……ここじゃ場所が悪すぎないか?」

「仕方ないだろ、街中にいるよりはマシだと思ったんだよ」

 

 呆れるクラウドにキリトもむっと口を尖らせて返している。さっきまでの緊迫感は和らいでいたけど、警戒は怠っていなかった。

 けど確かにここじゃ見晴らしが良すぎて、格好の的ね……?

 

「ねえ。あそこ……たぶん洞窟がある」

 

 何か無いかと周りを見回していた私は、右手の先に段差になっている地形を見つけて指差した。

 洞窟の中だと衛星スキャンは避けられる。あるいはキリトがやっていたように水中に潜っていても。

 ひとまず次のスキャンを避けるのならあそこが良いかもしれない。

 

「よし。行こう」

 

 私の提案をキリトは受け入れ、バギーを洞窟に向かわせた。

 洞窟内部は3人が隠れるには十分な広さで、私はバギーを降りるとそのまま壁際に座り込む。

 けどクラウドだけは仏頂面を浮かべ、ずいっとキリトに顔を近づけていた。

 

「で? 何があったか話してくれるんだろうなぁ?」

「だから、《死銃》だと予想していたプレイヤーを倒そうとして別行動を取ったら、その隙を突かれたんだよ。シノンの近くに突然現れたんだ」

「メタマテリアル光歪曲迷彩って言うアビリティよ。衛星スキャンもそれで回避しているんだわ。……私たちは橋に現れた《死銃》を追って、川沿いを監視しながら街まで来たの。そうしたら……」

「ところがどっこい、光学迷彩で隠れていてシノンが1人になったのを狙われた、か……でも銃声くらいあるだろ?」

「無理よ、相手の使ってるのは《L115A3》……サイレントアサシンよ。よほど近距離じゃなきゃ発砲音は聞こえないわ」

「ステルスにサイレンサーつきライフルって……最強の組み合わせだなそれは」

 

 私の説明にクラウドも納得して肩を竦め、そのまま私の隣に無遠慮に腰を下ろした。

 

「ここなら大丈夫だと思う。下は粗い砂だし、透明になっても足音は消せないし足音も見えるから。さっきみたいに、いきなり近くに現れるのは無理」

「なるほど。それじゃあ精々、耳を澄ませてないとな」

 

 キリトもそれで納得し、クラウドの隣に腰を下ろした。

 

「にしても……あのボロマントと一緒にいた奴は何なんだ?」

「恐らく、《死銃》の協力者だと思う。たぶん……いいや、間違いなくあいつも《死銃》と同じだ」

「厄介の種が増えたって事か……なら俺を監視していたのはあっちの方だな」

「監視?」

「ああ。本選が始まってからずっと、誰かが俺をマークしていた。姿こそ見えなかったが常に視線だけは感じていてな。正体を暴いてやろうと思ったんだが……邪魔が入ってしくじったんだ」

 

 ごく普通に話しているクラウドに、そう言えば……と私は今の今まで忘れていた疑問を思い出した。

 

「ねえクラウド。クラウドはどうしてあそこに居たの?」

「あー、元々2人と合流するつもりで探していたんだよ。《死銃》がキリトを狙っているみたいだから、ちょっとやばいんじゃないかなって思って」

「……ごめん。俺、《死銃》の正体がお前なんじゃないかって疑ってたんだ」

「俺が?《死銃》??? はは、似ても似つかないって」

 

 ……確かにクラウドと《死銃》は似ても似つかないわね。なんでキリトはそんな風に考えていたのかしら。

 ……そう言えば予選の時、クラウドの試合を見て何か言っていたけど。それでクラウドが《死銃》と何か関わりがあるって思ったの?

 

「《死銃》たちがあの爆発で死んだって……可能性は?」

「いや、トラックが爆発する直前、バギーから飛び降りたのが見えた。無傷とは思えないけど、死んだとは思えないな」

「ってことは俺たちと同じようにどこかに身を潜めて、ダメージの回復に努めているって事か。それが終わったら――」

「ああ。今度こそ俺たちを殺しに来る」

 

 はっきりと、その言葉を口にする。

 

「でも、俺がやらないとな」

「――自分1人でやる、なんて水臭いこと言うなよ」

「え……でも、無理に付き合う必要なんて……」

「何のために俺がBoBに出たと思ってるんだ。手を貸して欲しいなら、言ってくれれば喜んで手を貸したっての」

「クラウド……なんで? あなたは怖くないの? 相手は本当に人を殺せる力を持ってるかもしれないのよ?」

仮想世界(ここ)から人を殺すことなんて出来ない。仮に出来たとしても、そんなの俺に通じないからな」

 

 はっきりと《死銃》の力を否定するクラウドに、私は呆気にとられた。

 なんでこうも……なんでこんなにも、この2人は強いの。それに比べて私は……5年前の私よりもずっと、ずっと弱くなってたのに……!

 

「……私、逃げない」

「シノン?」

「私も外に出てあの2人と戦う」

「シノンまで無理に戦うことなんて無いぞ?」

「クラウドだって言ったじゃない。『仮想世界(ここ)から人を殺すことなんて出来ない』って。もし仮に《死銃》にそんな力があって、殺されるかもしれなくても……私は構わない。さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。情けなくて、悲鳴を上げて……そんな私のまま生き続けるのなら、死んだ方がいい」

「――それ、本気で言ってるのか」

 

 静かに、感情の込められていない平坦な声でクラウドが呟く。

 私はそれに答えず、立ち上がって洞窟を後にしようとしたけどクラウドの手が私の肩を掴んで止める。

 

「……離してよ」

「シノン、お前……自分が何を言ってるのか本当に分かってるのか?」

「ええ。もう怯えながら生きるのは疲れたの。別に付き合ってくれなんて言わないわ。1人でも戦えるか――」

 

 その瞬間、クラウドが強引に私を向き直らせると手を振りかぶり、パァンッと乾いた音が洞窟内を反響した。

 何をされたのか一瞬わけがわからなかった。頬が熱を伴う痛みがして、クラウドが私を打ったのだと気づくと痛む頬に手を触れながらクラウドを見上げる。

 

「寝ぼけたこと言ってるなよ、お前……。死んだ方がいい? 何も知らないくせに死ぬなんて口にするなよ。死ねばそこで終わりなんだ、残された人たちはずっと喪った悲しみを背負って生きていくんだぞ? お前があいつに殺されたら、俺もキリトも悲しむし一生悔やみ続けるんだぞ?」

「……そんなこと頼んでない。1人で戦って1人で死ぬ、それが私の運命なのよ」

「そんな運命なんてクソ食らえだ! 犬でも食わないほどクソマズイ代物だよ!」

「クラウドには関係ないじゃないっ! 偉そうに説教して何様のつもりよ!?」

「俺はお前の相棒だ! それ以上のことが必要あるか!?」

 

 相棒……。

 そう、私とクラウドは相棒。

 最初は倒すべき相手だった。次は越えるべき目標だった。その次は互いを預けられる相棒だった。

 でも……それだけよ。

 私は彼のことをほとんど知らない。

 彼は私のことをほとんど知らない。

 ここでしか繋がりがない、蜘蛛の糸みたいに細くて切れやすい繋がり。

 

「ッ…! ならっ! ならクラウドが一生私を守ってよ!」

 

 押さえ込んでいた感情が一気にあふれ出し、クラウドの襟首を掴むと涙を流しながら叫ぶ。

 

「何も知らないくせにっ! 何も出来ないくせにっ! 勝手なこと言わないで! そんなこと言って、私のことを知ったらどうせ離れていくんでしょう!? 私は……私の罪を、あなたが背負ってくれるの!? この……この、人殺しの手を、あなたが握ってくれるの……!?」

「――――なんだ、そんな簡単なこと」

 

 握り締めた右手が、暖かい感触に包まれる。

 ごく自然に、クラウドは笑いかけながら両手で私の右手を包み込んでいた。

 さっきまで怒っていたのに、いつものように笑みを浮かべるクラウドに思わず虚を衝かれる。

 

「守る……か。そうだな、それが出来たら本当に良いだろうな。でも――仮想世界(ここ)が俺にとっての現実(リアル)だから」

 

 違う。いつもみたいな笑みじゃなかった。

 なんでもない話をしている時、彼は時々どこか哀しそうに笑うことがあった。それが妙に印象に残っていたからずっと気になっていた。

 溢れ出していた激情が、そのどこか哀しげな笑みで冷えていく。

 私は言葉を紡ぐことも忘れて、その笑みを見上げていた。

 

 

 

 散々泣いて、散々叫んで疲れきったシノンはまた壁際に腰を下ろすと、隣に座った俺の肩に頭を載せてきた。

 

「ごめん……少し、少しの間だけで良いから」

「ん……別に構わないけど」

 

 そのまましばらく、誰も口を利かなくなる。けれど静寂を破ったのはシノンだった。

 

「……私ね、人を……殺したの」

 

 ゆっくり、その言葉を口にするシノン。

 それから少しずつ、ゆっくりと自分の過去を語りだした。

 

 ――それが起きたのは5年前、東北の小さな町で起きた強盗事件。

 

 報道では犯人は銃の暴発で死んだことにされていたが、真相は違った。

 本当はその場にいたシノンが強盗から拳銃を奪って、撃ち殺したのだという。

 

「5年前……?」

「11歳の時……。私、それからずっと銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。銃を見ると、殺した時のあの男の顔が浮かんできて……怖いの。すごく、怖い」

「けど……」

「うん。この世界なら大丈夫だった……だから思ったんだ、この世界で1番強くなれたら、きっと、現実の私も強くなれる。あの記憶を忘れることができる……って。なのにさっき、《死銃》に襲われた時、すごく怖くて……いつの間にか“シノン”じゃなくなって、現実の私に戻ってた。本当はね? 本当は、死ぬのは怖いよ……でも、それと同じくらい怯えたまま生きるのが辛いんだ。《死銃》と、あの記憶と戦わないで逃げちゃったら、私きっと前より弱くなっちゃう……!」

 

 きっと仮想と現実は同じようでいて違うからシノンは平気だったんだ。

 たぶん無意識の自己暗示みたいなもので、現実の自分と仮想世界の自分は別人……と考えることで銃を見たり触ったりしても平気だったんだろう。

 けど、そうか……シノンはずっとそれを引きずっていたのか。

 

「……俺も、人を殺したことがあるんだ。4人も」

 

 あの時シノンが取り乱していた理由に納得していると、隣にいたキリトがポツリと呟いた。

 その言葉を聴き、えっと驚いたようにシノンは息を呑み、俺越しにキリトを見やる。

 

「前にも言ったろ? 俺はあのボロマント……《死銃》と他のゲームで顔見知りだったって。そのゲームのタイトルは――――ソードアート・オンライン」

「じゃあ、あなたはやっぱり……」

「ああ。SAO生還者(サバイバー)ってやつだ。そしてあの《死銃》たちも。それに――」

 

 そこで一旦言葉を区切ると、ジロリと半眼を俺に向けてくる。

 

「……そろそろ話してくれても良いんじゃないのか? ()()()

「……ミスト?」

「………………」

 

 キリトが何を言おうとしているのかさっぱり分からないシノンは、きょとんとしながら俺を見る。

 俺は長い溜息をついて天井を見上げた。そして――

 

「大せいかーい☆」

 

 それまでのシリアスムードを修復不可能になるまでブチ壊すように、にっと笑って明るく答える。

 その反応にぎょっとして言葉を失うシノン。対するキリトは完全に呆れていた。

 

「やっぱり……」

「参考までに聞くけど、どうやって気づいた?」

「色々あるよ。まずはプレイヤーネーム……クラウドは雲で、ミストは霧とか霞だろ。そして雲が地表面に接触している状態だと『霧』って呼ぶそうじゃないか。それに戦い方……システムアシスト無しにSAOのソードスキルを使っていたなら、まず間違いなくSAOにいた人間だ。

 そして最後に、『何のために俺がBoBに出たと思ってるんだ』……って、俺がBoBに出場した理由を知ってる上で言っただろ。俺がGGOにダイブした本当の理由を知っているのはミスト以外知らない。

 ならクラウドは俺の知り合いで、しかも理由を知っている人間……ミストに限られるんだよ」

「あー……まあ隠すつもりは無かったし、別に今更バレてもいいんだけどうぉっと」

「で? 何でお前がGGOにいるんだ。しかもシノンの口ぶりからすると結構前から居たみたいじゃないか」

「いやー、はは。それは何というか説明すると長くなるんだけどなぁ」

 

 ぐいっと襟首を掴んで顔を引き寄せてきたキリトに、目を逸らして適当にはぐらかす。

 いや嘘は言っていないんだ、本当に。ただ俺がここで何をし続けていたのかを話すとなると……少し、困る。それは本当に。

 

「ね…ねえ、ちょっと待って。さっきから2人で何の話をしているの? クラウドとキリトは知り合いだったの?」

「ああ。こいつはミストって言って、俺と同じSAO生還者の1人だよ」

「いや、それはちょっと違うだろ。俺死んでるんだし」

「死んでる? クラウドが? でも……」

「……彼女には何も話していなかったのか?」

「話せるわけ無いだろ、大体こんな話したところで信じるか普通?」

「だから、2人だけで勝手に進めないでくれる!? どう言うことか説明してよクラウド!」

 

 肩を掴んで振り向かせるシノンに困ったように頬を掻く。

 説明……説明かぁ。ここまで聞いたらシノンにも話さなきゃいけないんだろうけど、ややこしい上に突拍子もないし長いんだよなぁ全部話すと。

 

「えーっと、それもまた別の機会に……ってことで」

「ご・ま・か・さ・な・い・で」

「いや、本当、話すと長くなるんだって。BoBが終わったら改めて、きちんと説明するから!」

「……絶対よ? 絶対に、全部説明しなさいよ?」

 

 しつこく念押ししてくるシノンにわかったわかったと約束してから、話を戻すべく改めて真剣な顔を浮かべてキリトに尋ねた。

 

「それで……《死銃》は何者なんだ? SAO生還者って言うのは間違いなさそうだが」

「――ラフコフ……《笑う棺桶》。奴はその1人だ」

「ラフコフ――って、本当かそれ?」

「ああ、間違いない。あいつの腕にラフコフのタトゥーがしてあった」

 

 ……信じがたい話だが、キリトの目は真剣そのものだった。

 《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》。SAOに囚われた人間たちの間でその名を知らない人間は居ない。無論、この場合は悪い意味で。

 SAOではどんなことがあってもHPを全損させてはいけないと言う不文律があった。0になったら現実の自分も死んでしまうから当然だ。

 だがラフコフの連中は違った。奴らはシステムの抜け穴を利用し、ありとあらゆる手段で積極的にPKを行っていた。奴らに殺された人間は何百人にも上るらしい。

 最期は攻略組が動き、討伐隊を作って捕獲しようとした、らしいが……。

 

「だけど情報が漏れていて、逆に奇襲を受けたんだ。物凄い混戦の中で、俺はラフコフのメンバーを2人、殺した。確かあの時、ミストは……」

「ああ、討伐隊に参加していなかったからな。参加していたとしてもステータスにプレイヤースキルが伴っていなかった俺じゃ、足手纏いにしかならなかっただろうし」

 

 当時の俺は弱くて、それでも一応攻略組だったから参加要請が来ていたんだけど断っていたんだ。だからラフコフの人間とは面識が無い。道理で心当たりが無いはずだ。

 

「……じゃあ、あのボロマントと一緒に居たやつも?」

「きっと同じラフコフのメンバーだろうな。《死銃》と同じで、討伐戦で捕まった後に牢獄に送られた」

「はー……まったく、ここに来てあんなのが出てくるなんてな」

 

 呆れて何も言えなくなり、俺はため息をつくと両手を組んで頭の後ろに回した。

 いまさら何でまた殺人を……いいや、頭のイカれた奴らの考えなんて理解できるはずも無いか。

 

「キリトはその記憶を……どうやって乗り越えたの? どうやって過去に勝ったの?」

「いや……乗り越えていないよ」

 

 シノンの問いに、キリトは静かに首を横に振ると否定した。

 

「昨夜、俺はその剣で殺した人たちの事を繰り返し夢に見て殆ど眠れなかった。アバターが消える瞬間の彼らの顔、声、言葉……俺はきっと、2度と忘れられないだろう」

「そ…そんな……じゃあ私、どうしたら――」

「……なんかさ、小難しく考えすぎじゃね?」

 

 失意に落ち込むシノンや、悲観的に考えるキリトを見てやや間を空けて口を挟んだ。

 

「殺してしまった事は仕方が無い。その事実は変えられない。けどその結果、2人に救われた命だって確かにあるだろ?」

「そんな軽々しく……人を殺したことも無いのに、気軽に言わないでよ」

「人殺し……人殺し、か。そうだな、シノンの言うとおりだな」

「ミスト、お前……」

 

 俺が何を言おうとしているのか、察したらしいキリトに手を挙げて止めた。

 

「じゃあシノンに質問だ。えっと……シノンの場合なら1人を殺してその場に居た数十人の命を救った罪と、殺しはしなかったが6000人あまりを見殺しにしてでも生きようとした1人の罪……どちらが重い?」

「えっ……? それは」

「そう、後者の方が罪は重い。こうなってくると単純な数の問題さ。だからさ、そんなに悲観的に捉えなくてもいいんじゃないか? こうしてここに、大切な人たちすらも見殺しにして生きようとした男がのうのうと生きているんだし。そんなやつと比較すれば、シノンはまだ救いがあるって」

「――――――」

 

 あまりにも想像を絶する話の内容に、シノンは絶句していた。

 それもそうだ。あまりにもスケールが違う上に、自身の想像をはるかに上回る事を明かされれば言葉も出ないだろう。

 

「……本当、なの? 本当にクラウドは……」

「……ああ。結果的にミストは、当時SAOに囚われていた6000人あまりの人間を見殺しにしようとした。それを俺が止めて、殺した」

「あのなぁ、まだあの時の事を気にしているのか?」

「当たり前だろう。もっと早く知っていればあんな事にならなかったかもしれないのに……!」

「……無理だよ、それは。遅かれ早かれああなるのは避けられなかった。けど俺は自分の選択に後悔はしなかったし、あの時お前に討たれたのも受け入れていた」

 

 またもネガティブに嵌ろうとするキリトに釘を刺すと、キリトは気まずそうに目を逸らしてしまう。

 良いか悪いかで言えば、結果的に言えばあの結果は良かったんだろう。あの世界を最後まで戦い抜いても、隣に大切な人が居なかったなら何の意味も無い。

 その結果シリカ……珪子に悲しい思いをさせたのは、今でも悪いと思っているが。

 

「クラウドは、その……どうしてそうしようと思ったの? 大切な人たちを見殺しにしてまで、何をしようとしたの?」

「……生きたかった。それ以外に理由が要るか?」

「でも、それじゃあ……!」

「そう。俺がやろうとした事は結局矛盾なんだ。大切な人たちと少しでも長く同じ時間を……なのにやっている事はその逆だ。だけど俺には、これ以外方法が浮かばなかったんだ」

 

 あの世界でしか……いいや、今もこうしてここでしか存在できないから、例え誰かを見殺しにしてでも最後まで進むしか無かった。

 ――その結果がこれなんだから、自業自得だ。

 

「要はさ、もう過去は覆せないんだからそれを受け入れて、殺した人たちの分も生きていく。それが贖罪なんじゃないか?」

「じゃあクラウドも……?」

「俺の場合は今ここに存在していること、それが贖罪なんだろ」

「なによそれ……答えになってない」

「……全部終わったら、全部話す。俺に……俺たちに何が起きたのか」

 

 明らかに落胆した様子のシノンだが、こればかりは仕方が無い。全てを話すには時間がかかるから。

 ただまあ、他にも自分なりに贖っている方法があるんだけど、これは伏せておこう。

 

「それで、また話を元に戻すけど《死銃》はどうやって殺しているんだ?」

「……スタンバレットで相手の動きを止めてから、十字を切って《黒星》で撃つ。ペイルライダーはそうやって殺していた」

「けど仮想世界から現実の肉体に……少なくとも致死に至るような影響を与えることは不可能だ。それはとっくに結論を出していただろ?」

「そうなんだよな……それにゼクシードもたらこも、脳の損傷じゃなくて心不全だったそうだし」

「え……心臓?」

 

 そこが奇妙な所だ。アミュスフィア……と言うか、ナーヴギアくらい出力が高ければ、脳を焼いて殺す事はできる。

 けど死因が心不全って……さっぱり分からん。

 

「心不全……って言うと、ちょっと違うけど名前を書かれた人間は死ぬ死神のノートが浮かぶよなぁ」

「何よそれ?」

「知らないか? デ○ノートって」

「……ミスト、今なんて言った?」

「デ○ノートのことか?」

「違う、その前!」

「……名前を書かれた人間は死ぬ死神のノート?」

「――そうだ、それだよ!」

 

 大声を上げて納得するキリトに、俺とシノンはえっと呆然となった。何を言い出すんだキリトは?

 

「え、まさか《死銃》の正体はキラで本当にデ○ノートを使って……?」

「違うっ! 俺たちは勘違いしていたんだ!」

「勘違い?」

 

 唖然として問い返すシノンに頷くと、キリトは自身の推理を語って聞かせた。

 ざっくり言うと、《死銃》があの光学迷彩マントを使って、総督府のBoB受付端末に入力しているプレイヤーから個人情報を盗み見る。入手後、得られた住所から現実世界での実行役……もう1人の《死銃》がダイブ中のプレイヤー宅に侵入し、仮想世界に居る《死銃》が銃を撃つタイミングに合わせて殺害する……と。

 

「仮に、それができるとしても忍び込むのに鍵はどうするの? 家の人とかも居るでしょう?」

「ゼクシードとたらこに限って言えば、2人とも1人暮らしで家は古いアパートだった。多分、ドアの電子錠もセキュリティの甘い初期型だろう」

「ターゲットが1人暮らしで、しかもGGOにダイブしている間なら現実の肉体は完全に無防備。多少解錠に手間取っても気づかれる可能性は無い……か」

「じゃあ死因はどう説明するの? 心不全って言っていたでしょう? まさか、クラウドが言ったように名前を書かれた人間は死ぬとか言うノートでも使ったの?」

「それは流石にありえないけど、何か薬品を注射したとか……死体は発見が遅れて腐敗が進んでいたそうだ。それに、寝食も忘れてゲームに打ち込むコアなVRMMOプレイヤーが心臓発作で死ぬ例も無いわけじゃない」

 

 なるほど……確かにキリトの推理ならかなりしっくり来る。

 

「……タネが割れると、なんてことの無い、しょうもない仕掛けだった……ってことか。ほんっと、くだらない」

 

 《死銃》のやっていることは大きく矛盾している。本物の死を齎すとか嘯いておきながら、自分の力で殺してなんかいない。その力すらもない。

 

「……? けどキリトの推理だと、よほどタイミングを合わせなきゃ銃撃と同時にターゲットに薬品を注射するなんて出来ないんじゃないか? いくらなんでも撃ったら偶然薬品を注射した、なんて無理だろ」

「だな……もしかしてあの十字を切る仕草は、腕に仕込んだ腕時計を確認するための物で、同時に共犯者へ準備は整った合図を送るのも兼ねているんじゃないのか?」

「そう言うことか……って待てよ、その法則で行くと……シノン、《死銃》はお前に十字を切ったか?」

「……していた、わね」

「前に1人暮らしって言っていたよな?」

「ええ。鍵は掛けてあるわ。家も初期型の電子錠で、チェーンは……してなかった、かもしれない」

 

 って事はつまり……。

 

「落ち着いて聞くんだシノン。……今、君の部屋には《死銃》の協力者が侵入していて、君があの黒い拳銃で撃たれるのを待っている……という可能性がある」

「っ…………!」

 

 その言葉にシノンは大きく目を見開き息を呑む。

 確かにバギーで追っていた時も奴はあの銃でシノンを撃っていた。なら今、シノンはいつ殺されてもおかしくないってことに……!

 

「イヤ……ッ! イヤよそんなの……っ!」

「おいシノン落ち着け、今自動切断したら逆に危険だっ! ゆっくり、大きく深呼吸だ……」

「あ……あっ……!」

「あの銃で撃たれていない今、《死銃》の共犯者はまだお前を殺せない。けどお前が今自動切断して共犯者の顔を見たら、そいつは口封じのためにお前を殺してしまう。怖いだろうけど今は落ち着くんだ」

 

 怯えて俺にしがみつくシノンに、俺は優しく言い聞かせながら頭を撫でて落ち着かせる。

 シノンのこの状況を打破するには、ともかく《死銃》たちを倒すしかない。そうすれば現実世界にいる共犯者も立ち去るはずだ。

 落ち着いたシノンを離すと腰を上げる。どうするかなんて最初から分かりきってる。

 

「俺はこっちでの《死銃》の共犯者を倒す。キリトはスカルフェイスの方を倒せ」

「分かった」

「ちょっと、まさか1人で相手をするつもり!? いくらクラウドでも危険よ。私も一緒に……」

「いや、シノンはキリトのサポートを頼む。俺よりもキリトの方が心配だ」

「だけど……」

 

 それでも渋るシノンに、俺は笑いかけて手を彼女の頭に載せた。

 

「大丈夫だって、俺には『お守り』があるんだからさ」

「クラウド……」

「おいキリト、俺の相棒を危険な目に遭わせたら承知しないからな」

「ああ」

 

 キリトとの間にそれ以上言葉を交わす必要はなかった。やると言った以上、必ずやる。ならそれ以上話す必要もない。

 さあ、この大会の幕を引きに行くとしようか……。心の中で呟くと、俺は右手をサムズアップしながら洞窟の外へと歩いていった。




ついに明かされるクラウドの驚愕する正体! それはなんとミストだった!(棒

うん、アニメ2話分の話をぶっこんだら長い長い。ALO側の話カットしていても長い(白目

次回はいよいよクラウド(ミスト)ともう1人のデス・ガンとの決着。シノンとキリトの話? カットで!(えー
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