この図書館には…これといった想いはない。
強いて言うならば…そう、ジブリールと交わした無数の言葉の羅列だろうか。
だが、もうその殆どの記憶は残っていない。交わした盟約の、義務の一環としてひたすらその場しのぎの返答をしていただけだ。
質疑応答の音声情報は、耳に入り、脳に伝播、取捨選択の選別を受け、優先順位を確立し、記憶媒体の片隅に保存され…結果的には、意識しても思い出せない事実となっている。
ジブリールにとってこれらの行為は、鬱陶しいことこの上無かっただろう。なんせ一度読んだり聞いたりしたことは、否応無しにそのハイスペックな頭に永久に記録されるんだから。
俺にとって、図書館は、通過点でしかなかったんだ。
…そう、思っていた。
■■■
輝くステンドグラスが、網膜を貫く。家のガラス窓なんかとは比べ物にならない程、緻密に陽の光を計算して設置、装飾を施された細工の技術作品に、改めて魅了される。
そんな光の中に、影があった。
その影は俺の事をただ見つめていた。さっきまで俺の頭を掴んでいたくせに、あんな遠くへ一瞬で行けるモノ。
「…。」
「…。」
…何秒お互いに見合っていたかわからない。ただ、その静寂に永遠など訪れない。いや、訪れさせては駄目なのだ。
(俺は、覚悟を決めたのだから。)
そうして、口を出す。
「ジブリール…話がある。」
「…。」
その言葉を聞いたジブリールは、ゆっくりと地上に降りてきた。改めて見て、外見だけは本当に天使に見える。綺麗で、潔白で、何よりもまばゆい程に。
「…こちらへ。」
そうして、ジブリールは席に着いた。いつも俺たちが言葉をぶつけ合った席の一つに。
そして促した。自身が座る席の隣を手の平で。
「…。」
その招きにはもう、強制力は無かった。この図書館の所有権はあれど、俺に対する『盟約』は破棄されている。
(いつもは背を押される感覚があったんだが…、本当に盟約が無くなったんだな…。)
ジブリールとの盟約が本当に無くなっていることを実感しつつ、席に手を掛ける。
「よっこいせっと。」
ちょっとだけ座り心地が変わったか…?いや、違うか。
「…あなたの席はそこではない筈ですが?」
「…そうだな。」
今目の前にはジブリールの顔がしっかりと見える位置にいる。大衆用の長机を挟み、対面するように。
ここはジブリールの言うとおり、定位置じゃない。俺の定位置はジブリールの隣、いつもそこで質問に答えていた。
理由はジブリールが『あなたのアホ面を見ながら話したくありません。』と言った時から、そうだった。『隣ならあなたの醜い姿を極力視界に入れずに済みますから』などと。それも小学生の頃からである。子供は愛嬌というが、どうやらジブリールには通用しないものらしい。
「…わかっていて、その席を選んだと?」
「…カビきった脳みそでも、考えあってこうしてるんだよ。」
「…。」
いつもなら突っかかってくるはずのジブリールが、真剣な眼差しを向けるだけ。明らかに様子が違う。
それは、ジブリールから見た俺も、そうなのだろう。
対面の位置に座る。それは、盟約を交わすため、ゲームをするために唯一座った位置関係。その位置に座った意味を、ジブリールはこう捉えるだろう。
「では…再び盟約を交わしましょうか。」
ジブリールが手をかざし、机上に現れたのはチェス盤。特別なルールは無い。本当に何もない、『チェス』。
それで盟約を過去に交わした。そして、成す術もなく、いや、何もせずに負け、盟約を受け入れた。
盟約を調整するときも、チェス以外の簡単なゲームをして、そして負ける。それだけの儀式。
ただその時だけは必ず、対面に座っていた。
だから、ジブリールはゲームを提示した。それは当然の行為で、当たり前で、自明で、明白な、俺たちが決めていた暗黙の了解のようなものだった。
だけど、
「俺はゲームをしに来たんじゃない。」
その言葉に、ピクリと身を震わし、射殺さんばかりの視線で睨みつける。
「俺はジブリールとの関係を回帰させる為にここに座ったんじゃない。」
「…あなたは…っ!!」
ジブリールが俺の言わんとする事に気づいて叫び止めようとする。が、構わずに続けた。
…続けなければならないんだ!!
「俺は話をしに来たんだ。俺が掲げた『真の目的』の為に、ジブリールにすべき事を。」
その言葉を聴いたジブリールは、少し驚いた表情を見せた。だが、それも束の間。
「…私を…。」
「…この
ジブリールの肩の震えが一層激しくなり、遂に弾けた。
「あまつさえ、この私を使い捨てて行くとでもっ!!?調子にのるな劣等種っ!!!」
真の目的の為に行動している俺が、盟約の再結をしない。その意味を理解したジブリールが激情に駆られて叫ぶ。
溢れ出す怒気、迸る嫌悪、剥き出しの殺意。限界まで広げられた腰の翼が、全てを白く塗りつぶす兵器に見えた。俺相手でも敬語をやめなかったジブリールが、初めてそれ以外の口調を晒した。
『最終番個体』、作られた順番が最後という事もあり、
そんなデフォルトをかなぐり捨て、全力で見下し、掌握し、圧殺し、屈服させる。どんな手を使ってでも。
…それほど、『必死』なのかもしれない。
盟約でそれらが不可能だということを、念頭に入れてないはずがないジブリールが余裕を失う程の、迫力の影にちらつく焦りが見えるようだった。
だからあえて、口にする。
「…俺は、最初からそうだったじゃん。お互いに利用しあって、必要がなくなれば解消する。盟約の施行権はジブリールにあるにせよ、互いの損得が合わなくなれば盟約は破綻する。」
もしかしたらそれは、最初から破綻していた盟約。だが十年も続いた、その事実だけは揺るがない盟約の軌跡。
けれどもそれは、終わりがある筈だった。王城へ勤めに行くときに、断ち切ることのできなかった鎖。
いや、俺は断ち切れるだろうと、本当に思っていた。
十年も、本当に無味乾燥な返事ばかりしていた筈だ。いや、真剣に考えていなかったわけではない。でも知識量や想像力の限界はある。その全てにおいて、ジブリールを上回ることはなかった。むしろ、教えられてばかりだった。
本当に無能だったのだ。俺は。
ジブリールからしたら何の利用価値もない存在。ただジブリールの庭に唯一立ち入ることを盟約の制限下で認められた
なのに、ジブリールはその盟約を却下することは、一度として無かったのだ。
互いに利用価値が無くなっても、その鎖は繋がれたまま。その鎖に縋っていたのは他でもない。
目の前で死を体現しているジブリールだ。
失うという恐怖を感じ、掌に置けないと怒り心頭する感情を、わけもわからず解き放っている彼女が、である。
だけど、俺は怯まない。
もちろん、盟約に守られているという面が強い。盟約上、挑む側より、挑まれる側の方が圧倒的に有利なのだ。ジブリールもそれを理解しているからこそ、やるせなさでいっぱいなのだ。
だからこそ…
「ゲームをするぞ。ジブリール。」
■■■
「…あの、ジブリール=サン?」
「何でございましょう?」
「この【質問】、答えなきゃ駄目っすかねぇ…?」
「もちろんにございます。」
「いやだ!!答えたくな…っ!!」
「答えなければゲームの続行拒否となり、敗北となりますが…よろしいですか?」
「…う、うおおおおおおおおお!!!」
「はい、ではあなたの手番にございます。」
「ノーコメントかよ!?くっそう、なら仕返し…だっ!!」
シュウは盤上の手駒である『ルーク』を動かし、ジブリールの手駒である『ポーン』を討ち取る。すると席を立ちジブリールへ指をさして叫ぶ。
「【質問】っ!!『アズにゃんに色んなスキンシップをされて、正直気持ち良いと思った事がある。イエスかノーかでお応えください』っ!!どうだ!!嫌だ嫌だと言っても、性感帯だとさえ言った翼を触られて『気持ちぃ〜』と思った瞬間くらい…。」
「一度としてございません♪」
…バタン!!
「おいジブリール、こっち覗いてたアズにゃんが倒れたぞ!?」
「『知らぬが仏』とはこの事でございましょう。あ、きちんと答えておりませんでした。『ノー』でございます♪」
…バターン!!
「二段構えが無慈悲にアズにゃんの心を打ち砕いたぁ!!」
「勝手に詮索するのが無作法というものでございましょう?」
「それには同意するけども…。」
と、アズリールを哀れんだところで…コホン。
ご無沙汰しております。シュウです。今現在、私の提案により始まったゲームの最中でございます。
ルールについては何も特筆することのない、平凡極まりないチェス。勝手に駒が動いたり、新勢力が湧いて出る事もありません。
しかし、このチェスには敵の駒を倒した際に一つ、施行できる権利を獲得することができます。
…まぁ、上記のやり取りをご覧になった方々ならお察しでしょうが、その権利とは…
『相手に【質問】を1つしてもよい。相手はその【質問】に正直に答えなければならない。』
…というもの。ちなみに質問の内容に制限はございません。
…自分でこのルールを決めておいてアレだが、中々に答えづらい質問を度々寄越すジブリールに苦戦しております。そんなジブリールは即答。羞恥の欠片も見えないという有様である。
念の為に勝利報酬を提示しておくと、ジブリールが勝利した場合『再度盟約を締結する権利』を獲得し、俺が勝った場合『盟約の再度締結を永続的に不可能とする権利』を獲得するという物だ。
普通に戦えば勝つ可能性は万に一つもない。ならばその精神をゆさぶり、動揺によるミスで勝ち筋を見出さん!!…と、思ったのだが…。
「さて、私の手番にございますね…。」
「あの、もう少し質問の内容に手加減をば…!!」
そんな悲鳴を耳に入れず、スッと駒を動かし、ジブリールは告げる。
「はい、あなたの『ルーク』を討ち取りました。それでは【質問】にございます。」
「いやあああああ!!!」
むしろこちらが辱めを受けて状況が不利になりまくる始末である。そしてそんな俺の姿を見てジブリールはニッコニコであらせられる。
「くそぅ!!こんなはずじゃなかったのにぃ!!」
「アホ猿の世迷言など述べずに答えをお聞かせくださいませ♪」
「…わ…。」
「わ?」
「はい、では馬鹿の手番にございます。」
「せっかくだから最後まで聴いてぇ!?」
(とあるアニメに影響されて作りあげた約1000文字の厨ニ台詞がぁ!!)
「…はぁ、しかし、マスターに食らいつく程の実力が無いあなたが、どうしてチェスで私に勝てると思ったのでございましょうか?」
「…それは次の【質問】フェイズにてお聞きください。」
「いえ、これは【質問】にございません。言うなれば疑問ですので問題はないかと。」
「屁理屈を言うんじゃありません…っと、はい、次ジブリールな。」
考えた末に次の一手を打つ。しかし、この手ではジブリール側の駒は取れなかった。
というか、もう俺の手駒は『ポーン』が1体と『キング』のみだった。
「…さて、そろそろ終わらせて差し上げましょうか。」
「…。」
互いに駒を取り合いながら、【質問】を投げあっていたのも、こちらの手駒が表すように、終盤へと向かっていた。
ジブリールの方の手駒は『クイーン』やら『ビショップ』やら、優秀な駒が多く残っており、こちらの勝機は無いも同然の盤面だった。
が、ここで終わるわけには行かない。
(…そろそろ始めるか…。)
ジブリールが駒を取ろうとした時、息を吸い、声を投じる。
確実にゲームに勝つ、『唯一の一手』を。
「あー、ジブリールが勝ってしまったら、『真の目的』が達成できなくなるなぁ…。」
「…っ!!?な、何を…言って…!!?」
「だから、ジブリールが勝って、盟約が再締結したら、『真の目的』が達成できなくなるって言ったんだ。」
「…あ、あなたは最初から、それを見据えて…っ!!」
「そう。だからジブリールは勝っても、なんの得もない勝負をしてたんだよ。」
「…っ!!」
先程まで俺をからかって楽しんでいたジブリールは一変。怒気を顕にしてこちらを睨みつける。
そう、このゲームは最初からジブリールは得にならないゲームとして提案したチェスなのだ。
普通にやれば、俺には万に一つも勝ち目のないこのゲームを提案されて、ジブリールは自身の目的を達成するのにこれ程楽で、確実な方法を断る理由は無いのである。
だがここに、『
ジブリールの勝利によってもたらされた盟約は、『
その事を理解したジブリールは、更に強い視線を送り、叫ぶ。
「…どこまでも、私を舐め腐るおつもりのようで…っ!!」
「…。」
「ですが、その『真の目的』とやらが不明瞭なままゲームに負けるのは癪にございます。よって…。」
そして、ジブリールは俺の最後の『ポーン』を討ち取って告げる。
「【質問】あなたの言う『真の目的』とは、何でございましょう?」
嵌められた腹いせにその質問を寄越してくる。
「ありがとう。ジブリール。」
「…はい?」
待っていた。この時を…。
(ようやく、ここまで来た。今こそ、このゲームの真の目的を達成する時!!)
そう、実はこのゲームに勝つことはさほど重要では無い。
ジブリールに勝つことでも、『真の目的』という罠でジブリールを嵌める事でもない。
今までの過程は、あくまでこの瞬間に導くための、手段にすぎなかったのだ!!
(さて、今まで曖昧にしてきた『真の目的』の表明をするか…!!)
誰にも宣言することなく、しかし自分の中で確固たるものとして掲げていた目的を、ジブリールに告げる。
(俺のけじめとして、嘘偽りの無い言葉で伝えなければならないから…)
もし、俺がジブリールの大切なモノになったんだとしたら…。
(そうはなれないと、ちゃんと告げる必要があるだろ!!)
そして、盟約の力を借りなきゃ言えない事を、今、宣言する。
「…。」
ジブリールは目を見開いて固まった。
口を小さく開けたまま、呆然として、佇んでいた。
そして…。
「えっ?」
突然ジブリールの表情が崩れ、口から息を吹き出したかと思うと、
「ぷっ…くくく…ふふふっ…あははっww」
「なっ…なんでそこで笑うの!?」
閉じた瞼から涙を流しながら、腹を抱えて笑いだした。
「ふふっ、な、何を言い出すかと思えば、そんな事でしたか…!!」
「そ、そんなこと!?」
「えぇ、そんな事にございます。何を勘違いしているか存じ上げませんが、私は最初からドラちゃんなど眼中に入れておりませんので。」
「え、あ、はい?」
ジブリールから怒りの罵倒やら、悲しみの言葉、果ては天撃の一つでも受ける覚悟でいたのに、予想外の事態に困惑して生返事しかできない。
「では、遠慮なく勝たせていただいましょう。とっとと次の手を打ってくださいませ。」
「お、おう?」
ジブリールの心境がよくわからないまま、最後に残った『キング』を一歩後退させて手番を終える。
(え?あ、あれ?これって…どゆこと?)
ジブリールの手駒がなにやら恐ろしいものに見えて、今にも逃げ出そうとする姿勢は、手駒の『キング』の動きそのものだった。
「さて、では、『
そう笑ってジブリールは『クイーン』の駒を動かし、『キング』を討ち倒して、言う。
「い、いいえ…。」
「まぁ、そうでございましょうね。」
絞り出すように告げた言葉を、まるで意に介さない速度で返事をしたジブリールは、
「ですが、それは"今"の話にございます。」
「えっ!?」
「あなたは私がようやく見つけた"とまり木"にございますれば、何が起ころうと手放しはいたしません。」
「ですがその『真の目的』とやらの為に邪魔だというのならば、"今"は『盟約』は施さないでおくとしましょう。」
「ですがその後は、手段を選ばずに私の鳥籠の中へと引きずってでも格納致しますので…」
「ちょ、ちょっとジブリールっ!?」
ふわりと席から身を乗り出したジブリールは、俺の頬に手を伸ばして…。
「…んあ?」
「…。」
ジブリールの額が俺の額にくっついていた。
そして、ジブリールは閉じていた瞳をゆっくりと開き、俺の瞳を覗き込んで、言った。
「覚悟しておいてくださいませ、
□□□
私はこのアホ猿を、最初はただのクソガキと思っておりました。
一時の気の迷いで使用を許可した図書館を、その日のうちから走り回り、埃を立て、手垢を付けまくる姿に、
(殺したほうが本のためでしょう♪)
と、手をかけそうになりました。
私の質問に回答する時はいつも不機嫌そうな態度で答え、あれがわからない、これがわからない、そんなの知るか、と答えるアホに、
(脳味噌を洗浄したほうが手っ取り早いかもしれませんね♪)
と、幾度となく思っておりました。
毎回来るたびに雑草や根を持ってきては、切り刻んで湯で煮て変な臭いを漂わせる馬鹿に、
(本に腐った土の臭いが付く前に、体液から消臭しましょうか…♪)
と、実験体にしようと試みていると、逆に料理の味見役という実験体に仕立て上げられる始末。よくわからない味や食感を聞かれ、
(そんなに料理の意見を聞きたくば、同種に振る舞うという知恵は無いのでしょうか?)
と、匙を投げたのは何本か…。
ですが、しばらくそのような毎日が続いていた頃、学校の用事か何かは存じませんが、猿が1日来なかった日がございました。
『…。』
その時から、なにやら不思議な、そして不可解な感触を抱いていたのを覚えております。
そして、最初の頃は私の腹辺りまでしかなかった子猿の身長は、日を追うごとに伸び、遂には私の身長を越えた頃、私は恐怖という感情を持ったのでございます。
我々
どうか失いたくないと、そう思っていたのです。
果てに、私は絶対の繋がりである盟約の鎖を解かれ、何かが壊れたように飛び回ります。
かつては自由に空を飛び回る事に、なんの感傷も抱かなかった私が、その浮遊感に、あろう事か不安を覚えて…。
その唯一の繋がりであった鎖を、どうにかして手繰り寄せようと。無我夢中で模索していたのです。
そして…そんな中で行き着いたその気持ちの正体は…。
□□□
「いつまでくっついてるのにゃあああ!!!」
「うおっ!?」
「おや?アズリール先輩。もう気絶からお覚めになったので?」
「そうにゃ!!…って、そんなことどうでもいいにゃ!!」
プンスカと地団駄踏みながら、ジブリールに向かって叫ぶアズリール。
「ハッと起きて見てみたら、ジブちゃんがとても良い顔をしてたのにゃ!!なんにゃあの笑顔はぁ!?うちですら初めて見たにゃ!!それをこんなクソ猿に向けるなんてどんな天変地異にゃぁありがとうございます!!」
「おい最後本音出てんぞ!?」
最後はなぜか腰を45°曲げて礼をするアズリール。それを見たジブリールは、
「まぁ、今回はアズリール先輩がいなくてはこうはならなかったでしょうから、一応お礼を言っておきますね。ありがとうございました。アズリール先輩。シュウをここに連れてきてくださって。」
アズリールに向かって、感謝の意を伝えた。なんともアズリールに対するジブリールらしい感謝だった。
「ふ、ふん!そ、そうにゃ…妹のためなら何でもするのがお姉ちゃんにゃ…。」
「そうでしたか…。」
真正面から感謝を伝えられて照れたアズリールはそっぽを向いて答える…が、何やら物足りないのか調子に乗ったのか、ジブリールの方をチラチラと見て、
「…あ、あの、ちょっとお願いがあるんだけどにゃ、ジブちゃん?」
「何でございましょう?」
「お、『お姉ちゃん』って、い、言ってみてくれないかにゃ〜なんて…。」
「ふむ…。」
今なら行けると自分の願望を乗せたわがままを伝えた。が、流石にやりすぎだと思ったのか、視線の明後日の方向へ走らせ、とっさに取り繕った。
「にゃ、にゃはは!!ちょっと調子に乗り過ぎたかにゃ!?今のは忘れ…」
「…!!!!!!!」
ばたんきゅ〜!!
「あ、アズリール=サン!?」
重力を感じない筈の体を、スッと背中から地面に叩きつけ、恍惚の表情で悶るアズリール。
「も…もう死んでもいいにゃぁ…。」
そのまま目を回して、アズリールは静かに気絶した。
「おや、ちょっとサービスが過ぎたようにございますね?」
「そ、そうだな…。」
きっと幸せな夢を見てますように、と祈っておく。
「さて、シュウ。」
「は、はいっ!?」
ジブリールから名前で呼ばれるという未曾有の事態に、まだ困惑は続いている。さっきから心の中が荒れまくってて仕方がない。
「『真の目的』とやらのために、ドラちゃんの元へ行くのでございましょう?」
「…まぁな。」
さっきの事もあって少し後ろめたく思うが、そんな俺の気持ちなど気にしてないのか、ジブリールはすっと手をこちらに伸ばしてきた。
「では、目的地まで
「…お、おう。」
俺がその手を取ると、ジブリールは俺の手に添えるように握って、微笑んだ。
(…なんだかなぁ…。)
今まで俺に触れることはヘッドロック(手掴み的な意味で)くらいしかなかったし、スキンシップなんてありえないことだった。
ジブリールは俺に触れることを極力拒んでいたし、俺が触れようものなら良くて盟約BAN、悪くて天撃なのだ。
だから…まぁ、なんというか…。
(調子狂うなぁ…。)
納得の行かない気持ちを払うように髪を掻きながら、視線をジブリールに移す。
「なぁ、ジブリール。」
「はい?なにか不都合がお有りで?」
「…なんで俺を気に入ったんだ?」
一瞬目を見開いて、『そうでございますね…』と繋いでない方の手で顎を引きながら、
「さぁ…私にも理解できない感情にございますれば、その質問に満足のいく回答はできかねます♪」
「そうかよ…。」
『わからない』を心底楽しそうに感じているジブリールの顔は、とても直視できるものではなかった。
「ですが、今これだけは提言する事が可能でございます。」
「も、もういい!!これ以上は…!!」
「この手を決して離したくないと、そう、思うのでございます♪」
「だあああああっ!!ダメに決まってんだろうがっ!!」
「あん♪」
俺が思うと同時、盟約によりジブリールと繋がれていた手が強制的に弾かれる。
「今そーゆーこと禁止!!早くステフのところへ連れてってくれ!!」
「はて、『そーゆーこと』とは、"どーゆーこと"でございましょう?僭越ながら、
「うるさいですぅ!!いいから転移して下さいってのぉ!!」
「では手を…。」
「繋がなくてもできるでしょうがっ!!次元の穴開けろよ!!」
「…嫌でございます♪」
「ぬ、ぬあああああもうっ!!」
これでは埒が明かないので、ジブリールの手を強引に取って急かす。
…極力ジブリールの方を見ないようにしながら。
「これでいいんだろ!?早く行くぞっ!!」
「…ええ、まぁ、今回のところはこれで良しといたしましょう。私も早めにマスターへ謝罪を述べに向かわなくてはなりませんので。では…。」
「…。」
ジブリールが静かになると同時に、辺りの空気が張りつめ、景色の転移が始まる。
…その瞬間だけ、俺の手を握るジブリールの手の力が、増したような気がした。