僕の悪平等アカデミア   作:エゴイヒト

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意味不明のスキル『錯ふ(インコヒーレント)

 1回戦での初戦敗退。その後の事は、安心院にとっては特筆すべきことも無かった。

 緑谷は釈然としない気持ちのまま、轟と対決し敗退。その轟も消耗し過ぎたのか決勝ではまともに戦えず、体育祭は爆豪の優勝で終わった。

 緑谷と轟の間の確執というそれらしいイベントが見られたことで、既定路線も見えた。主人公が敗退してしまったが、意味のある敗退であったので問題はないだろう。

 

 そんな中、飯田の兄がヒーロー殺しと呼ばれるヴィランに敗れ入院したという話を耳にして、彼女は少し関心を持った。主人公の成長が順調なこともあって、他に気を回すのも悪くないと思ったからだろうか。

 まず間違いなく、飯田の周りで近々イベントが起こる。

 

 その予想通り、雄英体育祭が終わって間もなく1年ヒーロー科は次なる重大イベントを迎える。

 ずばり、職場体験。

 体育祭を見た各ヒーロー事務所からのオファーで、ヒーローの卵達は更なる実戦経験を積んでいくのだ。

 さしあたって彼らはヒーロー名を決めた。ショート、天哉、デク、安心院さん。名前を直接含む、または由来とするヒーロー名に決めた者が数名いたが、自らの指針を定めた1年ヒーロー科は気持ちも新たにいよいよ職場体験に臨む。

 

「……で、何でテメェがここに居やがんだ」

「それは質問自体がナンセンスと言わざるを得ない。僕はどこにでもいるってこれ何回言ったんだろうね?」

 

 爆豪は、巫女服姿の安心院の姿を見て突っかからずにはいられなかった。

 何のことは無い。職場体験先の事務所が被ったのである。

 ナンバー4ヒーローベストジーニストが経営するヒーロー事務所ジーニアスに、二人は居た。

 

「強いて言えば冗談でも『手ブラジーンズ』とか言ったのが間違いだったかな。いやはや全く。口は禍の門、舌は禍の根とはこのことだぜ」

 

 舌の根も乾かぬ内に戯言を重ねる安心院。

 

「ごちゃごちゃうるせぇよ。サッサと他所に行きやがれ」

「それは困るな。二人を指名したのは私だ」

 

 よりにもよって相性最悪の二人を指名したのはこの事務所の主、ベストジーニスト。

 

「片や実力は既にサイドキックとして即戦力級の体育祭優勝者、しかし気性の荒さと素行不良が目立つ」

「あぁ!? わざわざ指名して説教かよ」

「そして第一から最終種目まで圧倒的な実力差を見せつけて尚、底は未知数の少女。しかし自ら勝利を放棄するやる気のなさ」

 

 ベストジーニストはプロヒーローとして第一線で活躍しながら、後進の育成にも余念がないことで有名だ。凶暴な者達を矯正しているのだとか。

 

「しかし一つ解せない事がある。ここの事務所では女子を見かけない。僕を指名するのは、君の方針も考えるとズレてる気がするんだけど」

「この私に限って、ズレ縒れ解れなんてある筈がない」

 

 彼は誇るようにそう言った。口元をジーンズで隠していながら、口角が上がる様が目に浮かぶようだ。

 

「ジーンズは性別を選ばない。前々から思っていたのだ。この事務所にも新たなスタイルが必要だとな」

 

 ここに入りたがる女子が居るのかは甚だ疑問だ。ベストジーニストの容姿に惹かれる者はもしかしたらいるかもしれないが。

 かくして、矯正は始まった。

 お生憎様、言葉使い(スタイル)なら間に合っている安心院である。拘束され散々弄りまわされる爆豪に対して、安心院はのらりくらりと躱す。

 その日のうちにベストジーニストは恰好から教化するのは諦め、心を改めさせる方針に変えることになった。

 

 

 


 

 

 

 爆豪達が何日もそうしている間、事件は起きる。

 保須市でのヒーロー連続襲撃事件の主犯、ヒーロー殺しステイン。そしてヴィラン連合の脳無による、一連のヴィラン騒動である。

 

「僕の名前を生涯忘れるな! インゲニウム! お前を倒すヒーローの名だ!」

 

 ようやく見つけた怨敵を前に飯田は声に怒気を孕ませ、瞳に殺意を宿し、四肢に力を漲らせ、頭に血を昇らせる。

 

「そうか、死ね」

「誰が!!」

 

 一瞬の交錯。飯田はいとも容易くあしらわれてしまう。

 ステインに直接戦闘を補助する個性はない。刀という武器の有無があるにしても、エンジンによる加速という圧倒的アドバンテージがある飯田が負けることが異常だった。

 五体を地に伏せた彼に、ステインは吐き捨てる。

 

「インゲニウム、兄弟か。お前は弱いな。お前も、お前の兄も弱い。偽物だからだ」

 

 単純に、実力差が開き過ぎているのだ。兄もそうだった。なまじ強力な個性を持つために、それに頼りきりで実践的な戦闘技術に乏しい。

 

「成程ね、確かに君の言うことは正しい」

「誰だ!?」

 

 ステインが不心得者に制裁を加えようとしたところで、彼女は現れる。

 

「どっかの主人公も言ってたぜ。偽物が敵視するのは何時だって悪人ではなく悪役だ、とね」

 

 街灯の光も僅かな路地裏に、少女の声が響く。

 

「けど、そんなのはどうだっていいんだ。悪人だろうが悪役だろうが。正義だろうが正義の味方だろうが。例えそれが正義の味方ごっこだとしても」

「嘘だ、何故ここにいる……」

 

 それは、ここにいるはずが無い者の声だった。

 

「偽物も本物も、押し並べて価値はないんだから」

 

 その瞳を見ただけで、ステインは彼女の異常性を理解した。

 虚ろでありながら、自我を宿した目。

 正気でありながら、狂気に染まった目。

 

 一言で表すなら。

 

「人外め」

 

 安心院なじみ。平等なだけの人外がそこに居た。

 いつもの巫女服は着ていなかった。雄英高校の女子制服でもなかった。それは、飯田が入試の時に見た彼女の恰好と同じものであった。

 

「また子供か。こいつの仲間か?」

「安心院さん、逃げろ……!」

「なんだい、のっけから馴れ馴れしいな。親しみを込めてくれるのは嬉しいけれど、しかし僕は君のことなんて知らない。ここにいるのはただの安心院さんだ。雄英高校ヒーロー科の安心院なじみじゃないんだぜ」

 

 何を言っているのか分からなかった。こんな状況でも巫山戯た態度を崩さない安心院に飯田はいい加減腹が立ったが、体は立ち上がりそうもない。

 

「さて、用件は一つ。そこにいる飯田何某は僕の庭で育てた(・・・・・・・)ものだ。泥棒はやめてくれ」

「くだらん。邪魔をするならお前も死ね」

「それは望外の申し出だが、しかし君では無理だろう。そこで寝転ぶ彼ですら期待はしていない」

 

 いい加減鬱陶しいと思ったのか、ステインは標的を安心院へと変えた。

 

「やめろおおおお!!!!」

 

 その絶叫は敵を取られると思ったのか、あるいは安心院を案じてか。

 ステインの脚を掴もうと伸ばした手は、彼が刀身に伝う血を舐めると止まる。

 全身の神経が切断されたかの如く、動けなくなった。

 

 そして、そのままヒーロー殺しはその刀身を構えて。

 彼女は避けることもなく。

 正面から。

 見事に。

 それはもう誰が見ても間違いなく。

 心臓に突き刺した。

 

 

 


 

 

 

 保須市。

 脳無達が暴れまわり民間人を襲うことで、街中はパニックに陥っていた。

 それを眼下に見下ろして、ヴィラン連合の長、死柄木弔は嗤う。

 

「何がヒーローだ、何がヒーロー殺しだ。現在を壊す点では同じ? 回りくどい性に合わない馬鹿馬鹿しい。見ろ、これが僕だ。気に入らないものは壊せばいい」

 

 ビルの屋上、給水塔の上に立つのは死柄木と傍に控える黒霧。

 

「なあ、お前もそう思うだろ?」

 

 そして客人がもう一人。

 

「気に入らないといえば、僕は全てが気に入らないぜ。……ううむ困った、君に迎合したら僕は全部を壊すしかなくなる」

 

 それは今まさに、ヒーロー事務所ジーニアスでベストジーニストの指導を受け流し、保須市の路地裏でヒーロー殺しステインに刺されている、安心院なじみその人だった。

 ここにいる彼女もまた、どこの学校のものでもない赤と白のセーラ―服を着ていた。

 

「いいね、中々分かる奴だ。それに免じて先日の件は水に流そう。こっちに来い、安心院」

 

 死柄木は安心院を見つめ、誘いの言葉を掛けた。

 

「君達に与して、僕に何の利益があると言うのかな」

「利益なんて後からついてくる。お前は間違いなくこちら側の人間だ」

「僕と君達が同じ側の人間? とんでもない誤解だよ」

 

 前提からして間違っているのだからお話にならない。そういう顔だった。

 相互理解を初めから望んでいないから、勘違いを訂正する気もない。

 

「僕は今が収穫時と見込んでいる。というか、これ以上待つのは飢えに耐えきれない。僕は気が短いからね。せいぜい3兆年しか待てないよ」

 

 一廉の『悪の主人公』になるのを待っても良かったが、それも結局はサブプランに過ぎない。

 遅いか早いかが鍵となるかはそもそも彼女の中での予想に過ぎない。

 確かめてみるのも一興だ。

 

「何のことだ」

「僕にとっては君も果実だってことさ。何だったら今ここで確認してもいいんだぜ」

「……舐めてるのか、お前?」

 

 言葉の意味はさっぱりだが、こちらを下に見ているのは分かる。こういう態度の奴が、死柄木は嫌いだ。

 

「いやいやとんでもない、むしろ期待しているくらいだよ。五指で触れたものを何でも粉々に破壊する個性、『崩壊』! 実に強力な力だ。そんな君なら訳無いだろ――」

 

 わざとらしい程に煽てる。だらりと下げた両手の平を見せるようにして、言った。

 

 

「1京2858兆519億6763万3865個の個性(スキル)を持つ、この僕を殺すくらい」

 

 

 何言ってるんだこいつは。それが死柄木達の最初の感想だった。

 1京2千……何だったか。上手く覚えきれなかった。とにかく、1京個だ。

 1京個の個性を持つ?

 呆れて言葉も出てこない。死柄木は脳無の事を詳しく知らないが、現状で5、6個が限界だ。

 それを百を一飛びに千を背に、万を跨いで億を置き去りにし、兆を超越して京?

 無量大数を連呼する幼稚園児じゃないんだから、いい加減にして欲しいものだ。

 

「あーはいはい、もういい。お前にその気が無いのは分かった」

 

 ――だから、死ね。

 

 死柄木はその五指で彼女の顔を掴んだ。

 

「いけません、死柄木弔! 先生は連れてこいとの命令です!」

「五月蠅い、黙ってろ黒霧。それに、もう遅い」

 

 少女は粉々に砕け、死んだ。

 後には、死の灰だけが残った。

 

 

 筈だった。

 

 

「「全く、ままならねーな現実は」」

 

 同時刻。二つの場所で。

 ぴったりとシンクロするように、彼女は言葉を発した。

 

「「まるで二次創作だぜ」」

 

 一人は、ヒーロー殺しの前で。

 心臓を一突きにされた彼女は、確かに絶命した。

 絶命してなお生きていた(・・・・・・・・・・・)

 

「な、に……。何故だ、何故生きている」

 

 彼女が胸に刺さった刀身を掴んで力を籠めると、パキリと折れた。

 

「ああ、折る場所を間違えた。もっと残しとかないと、前から引き抜けないぜ」

 

 仕方がないので、腕を背後に回して背から突き出た穂先の方を持ち、引き抜く。

 

「あ、安心院さん……?」

 

 最早、飯田のことなど眼中になかった。そして、冷徹に淡々と述べる。

 

「実験結果1。主人公でない者には殺せない」

 

 彼女の雰囲気の変化に、ステインは気付いた。先程までとは人が変わったようだ。ステインは大きく距離を取り、警戒を強める。

 

「喜べ端役(モブキャラ)。それでもまだ、お前の価値は零ではない。お前にはまだ役割が残っている。そこにいる飯田何某も然り。だから、()の物に手を出そうとした罪は赦そう」

 

 飯田は彼女の口調が普段と明らかに違うことに気付いた。

 上手く言い表せないが、何というか安心院さんらしくない(・・・・・・・・・・)

 

「おっとしまった。僕としたことが、化け猫の皮が剝がれちまったにゃん。いや、剝がれちまったぜ?」

 

 遥か遠方から、途轍もない速さで誰かがやってくる音がする。彼女だけがそれを聞き取っていた。

 主人公が来る前に、彼女は退散した。

 

 

 一方その頃もう一人の安心院……いや、もうよそう。

 彼女(・・)は、何事もなかったのように死柄木の前に現れた。

 

「こ、これは一体……!?」

「有り得ない、確かに殺した筈だ!」

 

 この場には、確かに安心院の遺灰が残っている。幻覚を見せられていたわけではない。

 

「実験結果2。悪の主人公には殺せない」

 

 溜息混じりに言葉を溢した。その瞳はどこまでも暗闇で、絶望に染まっているように見えた。

 

「嫌になるな、全く。あと何年続ければいいんだ、なあ?」

 

 教えてくれよ

 

 

 

「……無視かよ」

 

 虚空への呼びかけに返答は無い。彼女は、諦めて演技を続けた。

 

「さて、君達の処遇について話そうじゃないか」

「……っ! 黒霧、こいつヤバい!」

 

 死柄木の言葉に、呆然としていた黒霧も状況を理解する。

 攻撃を加えたのはこちらからだ。

 思い浮かんだのは、報復の二文字。

 相手の実力は未知数。信号はレッド。

 しかし。

 

「何故っ!?」

「何やってる黒霧、早くしろ!」

 

 ワープゲートを開こうとするが、開かない。

 

「つれないな、逃げること無いじゃないか。そもそも誘ってきたのはそっちだろう?」

 

 

 スキル部分無効化のスキル『手の舞い足の踏むところを知らず(スタンディングオベーション)

 

 

 黒霧の身を纏う靄までもが消えたわけではない。ご丁寧にワープ効果だけが無効化されている。

 

「ば、化け物」

「確かに僕は人外だけれど、その呼ばれ方は好きじゃないな。僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい」

 

 今となっては、彼女の1京個の個性を持つという発言も信憑性を帯びてきた。

 死柄木は、首筋が痒くなって皮が剥げるほど頻りに引っ搔く。

 チートが。最初は、オールマイトに吐き捨てたのと同じセリフが口を突いて出ようとした。

 が、もはや彼女はチートとかそういう言葉で片付けて良いレベルではないのだと悟る。

 

「任意コード実行……」

 

 それはゲームの製作者が用意すらしていないイベントを創って発生させたり、ゲーム内で別のゲームをプログラミングして遊ぶことすら可能とする。

 彼女はチューリング完全なマシン(この世界)が取り得る状態であるなら、如何様にでも遷移させられる。死柄木的にはそう形容するのが一番しっくりきた。

 

「中々本質を突いた発言だね。君ほど洞察力の高い人間は今までいなかった。感心するよ」

「黙れ……」

 

 悪態にも覇気が無い。理解してしまったのだ。

 オールマイトは常勝無敗。だが彼女は勝つとか負けるとか、そういう土俵にない。

 チートが対戦ゲームなどで不正に勝利するために使われるとしたら、任意コード実行は半ば遊びで用いられるもの。システムの欠陥を芸術に昇華した道楽だ。

 

「今はまだ君達をどうこうするつもりはない。その価値が完全に収穫されるまではね」

 

 彼女は怒った様子もなく、あくまでも普段の彼女に比してではあったが、朗らかな顔で彼らの身の安全を保障した。ただ、後半は聞き捨てならない不穏な言葉があったが。

 

「価値ってのは何だ? それが収穫されるとどうなる?」

「こっちの話だ、お前が知る必要はない。キャラクターが設定に首を突っ込むんじゃねーよ」

 

 煩わしそうに、尊大に見下す。

 

「僕もそろそろヒーロー側にいるのも疲れてきてね。条件次第じゃ君達の方についてもいい」

「それは……」

 

 この力が自分達の手に入るというなら願ってもないことだが、素直に喜べそうもない。

 彼女が信用ならないというより、もう信用できようができまいが関わりあいになりたくなかった。

 しかし勧誘したのが死柄木達である手前、今更断ることも難しい。

 

「何、要求は一つ。今日ここであったことは忘れて、僕のことは気にするな。君達は今まで通り(ヴィラン)をやってるといい」

 

 その時が来たら、僕も合流しよう。そう言い残して、彼女は消えた。

 

 

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