〈試作・未完〉めざせサブマリナー! ~めざさぶ~ 作:みん提督
キャラ数が多いので、なるべく小出しにしていきたいと思います。
長浦男子海洋学校は巨大なフロート艦上にある。
かつての海軍施設で主流だったレンガ造りの校舎と、真新しいガラス張りの近代的な校舎が入り混じっている長浦校の校舎施設群は、その独特な景観もあって東洋随一の美しさを誇る学校として知られていた。
そんな校舎に人影は少なく、まばらに集まる生徒たちも次々と校舎から出ていくばかりだった。
それもそのはず。彼らの多くは陸で過ごす時間は1年の半分程度しかなく、ほとんどの時間を海上で過ごすのだ。
つまり、海洋実習である。
入学式が終わればすぐに出航するため、生徒や教員は慌ただしく準備を進める。
そんな長浦校の桟橋には、海洋実習に参加する8隻の潜水直接教育艦が停泊している。
何れも70年以上前に建造された旧式の潜水艦で、その能力は現用艦には遠く及ばない。しかし、長い期間に渡って運用され、様々な改修を施されてきたことで、経験の浅い学生でも安定した運用が可能となっている。
各艦は実習前日に念入りに点検と整備を受けられており、まるでロールアウト直後のように艦体は輝いていた。大量に積まれた燃料、弾薬、食料は1ヶ月間の航海ができるほどに潤沢だった。
そんな教育潜水艦が係留される桟橋に、艦長帽を被った1人の少女が佇む。これから3年間、クルーと苦楽を共にする新たな我が家を眺める。艦首から艦尾まで緩やかに接続された流線的な艦体、水上艦とは違い、構造物が少なくスッキリとした甲板。甲板の中央に聳える艦橋、そこから伸びる潜望鏡やアンテナなど、普段見慣れている船舶とは全く異なる艦影に心が踊る。
「潜水直接教育艦伊126……。この艦の艦長が、私なんだ」
不安や恐れ、緊張も忘れて伊126に見惚れる。
そうしていると、背後から声をかけられる。中学生の時からよく聞いていた声だ。
「遠藤さん、そろそろ出航します。乗艦なさってください」
振り向くと、金色の飾緒を肩にかけた少女が立っていた。長い黒髪を纏めた小さな房を揺らす彼女は、優しく微笑む。
「
副長の
艦橋に登ると、既に出航準備を整えていた航海長の
「遅いよ、艦長。もう出航するよ」
瀬良は活発的な少年のような笑顔を向ける。周りの生徒よりも少し低い背もあって、快活な小学生男児のような印象を受ける。
「ごめんなさい。少し遅れちゃって……」
航海管制員の
「艦長が遅刻なんて洒落になりませんよ~」
なんとかなる。が口癖で、自慢の綿菓子のように軽そうな茶髪がふわりと風に揺られる。彼女にまで言われては、遠藤もまいってしまうものだった。
「うぅ、ごめんなさい……」
艦橋に登る2人から笑われるが、悪い気はしなかった。こうした賑やかで、何気ない会話に憧れていたからだ。
「では、
艦橋へ上がって来た白鷺は、楽しげな雰囲気の3人に声をかける。
「わかりました。発令所はよろしくお願いします、
会釈をすると、慣れた手付きで発令所へ下るラッタルを降りていく。白鷺が降りたのを見届けると、出航準備開始を告げるホイッスルが響く。
「……い、いよいよだ」
緊張でじんわりと汗が出る。鼓動はそこまで早くはならないが、それでも普段よりは落ち着かない。これからの3年間、教室となる大海洋を見つめる。
艦長帽を被り直し、遠藤は艦長として初めての命令を下す。
「出航準備! 前部員錨鎖詰め方。錨を上げぇ!」
命令は直ちに航海長の瀬良が伝声管で艦内各所に伝える。艦首で作業を始めるクルーが、慌ただしく甲板を行き交う。そして、出航の合図である独特な音色のラッパが響く。
揚錨機が錨鎖を巻き上げるガリガリという重い音がし、海底に刺さっていた錨が浮き上がる。
「起き旗確認」
航海管制員の名倉の言葉に、瀬良は頷き、次の指示を艦長に請う。それを確認した遠藤は指示を飛ばす。
「両舷前進微速、150度ようそろう」
そして一呼吸置き、遠い水平線の彼方まで轟くような大きな声で、自艦の船出を宣言する。
「伊126、出航!」
その命令を待っていたかのように、ディーゼルエンジンは唸り声を上げ、始動したスクリューが海中をかき回す。
艦は岸壁からするすると離れ、速度を上げて港湾の外へと舵を切る。
前例の無い大航海の幕開けは、平凡なものだった。
晴れ渡る空、水平線のはるか彼方まで一切の障害物も見えない静かな海。かもめの姿も見えないほどのずっと続く広い海は、軽やかな潮風を運び、伊126の艦橋に吹き流れる
「いやー、やっっぱり海はいいなぁ。そうだろ、名倉」
艦橋で大きく背伸びをしながら航海長の瀬良が言う。
「全くですね、航海長。天気も快晴、エンジン好調、進路よろし。どこをどう取っても完璧な航海です。さすがは我らが航海長どのです」
「そうだろう、そうだろう! 私は海洋学校に飛び級入学した天才なのだ。 この程度朝飯前よ!」
煽てる名倉に、いい気になって上機嫌になる瀬良。艦橋は出航前から相変わらず賑やかだった。そうして笑い合う2人。まだ実習が始まって2日しか経っていないものの、既に意気投合していた。そんな2人の元に来客が訪れる。
「艦長いませんか?」
足元のハッチから副長の白鷺が顔を現した。
茶番劇を中断し、2人は顔を見合わせる。
「艦長? さっきまでいたよな?」
世良の言葉に、名倉は肯定する。
「はい、ついさっきまで
名倉がそう言うと、白鷺は優しく微笑む。
「ありがとう。機関室に行ってみますね」
そのまま梯子を降りて行った白鷺を見届けると、名倉は瀬良に耳打ちする。
「ねぇ航海長。副長が腹黒って本当ですか?」
遠慮が無さすぎる質問に、瀬良は苦い顔で返す。
「君、だいぶ失礼だね。 ま、それに関してはおそらく本当だね。腹黒でなくともあれは普通に性格悪い」
中学での補助実習期間の士官会議で嫌というほど感じていた人としての不快感を思い出し、燦々と照りつく太陽熱など関係ないかのように艦橋を凍り付かす。
「あれが艦長じゃないのは奇跡だ。でなきゃこの艦は今頃『鬼の信濃』になっていたかもしれない……」
溌剌な性格で、人を貶める言動を嫌う瀬良が容赦なく吐き捨てる副長の人格に身震いする。と、同時に名倉は疑問を抱く。
「じゃ、なんであの昼行灯が艦長になれたんです?」
「それがわからん」
2人は見えなさすぎる難題を前に、艦橋で首をかしげていた。
「…………私が知りたいですよ、本当に……」
ラッタルの中程で、白鷺が聞き耳を立てているとも知らずに。
伊126の機関室は特に狭くて暑く、油の匂いが常に漂い、およそ健全な青少年が勤務するような環境とは言えなかった。ここに3年間缶詰になると言われれば、もはや拷問に等しい。しかし、屈強な肉体と精神を育む海洋学校の生徒子女にとって、それは苦にもならず、何なら楽しむのだから不思議である。
そんな機関室に真新しい汚れの少ないセーラーとスラックスに身を包んだ遠藤が、軽やかに入室する。独特な油の匂いが鼻腔に飛び込むと同時に聞こえるディーゼルエンジンのけたたましい音に耳を塞ぎそうになる。
「機関長? ……望月さん、聞こえますかー!」
なるべく大声を出すも、返事は聞こえない。あるいは返事があるのかも知れないが、肝心の遠藤の耳には届かない。
もっと奥に行こうとしたときだった。
「あ、あー、艦長か。ちょっと待ってて、今行く」
ようやく奥から聞こえる返事に胸を撫で下ろす。ピストンやバルブ、無数の配管で構築された巨大なエンジンの後ろから、小柄な生徒が顔を出す。只でさえ小さな身体は猫背のせいでさらに小さく見えて、血色の悪い肌はススだらけ。明らかに頼り無さげな小さな生徒が伊126機関長の
「どしたの、艦長」
望月は眠そうなタレ目をなるべく大きく開けながら遠藤に質問する。
「いや、特に用があるわけではないんですけど……そろそろ集合地点だから、最後に艦内を見て回ろうと思いまして」
うんうんと頷きながら話を聞いている望月。ゆったりとした言動もあって今すぐに寝落ちしそうな雰囲気だった。
「そっか。
望月の言葉に呼応して、機関室の奥から声が聞こえる。口々に元気だよーとアピールしているようだ。
「みんな元気そうで何よりです。到着したらすぐに実習が始まるので、よろしくお願いします」
小さく口角を上げて、望月はサムズアップしながら答える。
「うん、わかった」
遠藤はにこりと微笑むと、敬礼して機関室を後にする。エンジンの間の狭い通路を抜けて、重たい水密扉を開き、これまた極狭な廊下に出る。水密扉を開くと、そこにはちょうど副長の白鷺が立っていた。
「見回りですか、艦長?」
金色の飾緒に照明が反射してきらきら輝く。彼女の美しい長髪をやさしく照らしているようだ。
そのまま美しさに見惚れそうになるが、すぐに意識を呼び戻す。
「はい。もうすぐ集合地点なので、最後に艦内を確認しておこうかと思いまして」
「では、私も」
そう言うと白鷺は自然と遠藤の後ろに立ち、目配せをしてくる。行くならすぐに行けという圧を感じた遠藤は、配管や無機質な白い壁に覆われた通路へ向けて1歩を踏み出す。
「……えっと、まずは発令所から見ましょうか」
機関室から弾薬庫、内火艇格納庫を過ぎるとすぐに発令所に到着する。発令所は特に様々な計器に埋め尽くされている。ただでさえ狭い空間に、中央を貫く潜望鏡が鎮座し、潜水管制盤や水雷盤に記録台、遮光カーテンで仕切られた海図室がギュウギュウに詰め込まれている。これでも自動化と近代化で大分スッキリしているらしい。
発令所に入ると海図室の遮光カーテンが開かれ、中から大柄な少女が顔を出す。
「お、艦長に副長。見回りですか?」
航海員の内野信夫だ。発令所とは仕切られた海図室勤務だが、一応は発令所要員でもある。
「そうです。調子はどうですか、信夫さん?」
遠藤の問いに少し唸ってから答える。
「良くはないかな。何分体が大きいもんなんで、窮屈ですね」
やれやれと首を横に降りながら答える。確かに、この狭い艦内では信夫の身長では不便そうだ。そう考えていると潜望鏡の奥からもう1人現れた。
「いいのー、艦長。暇そうにしてるけど」
そう言ってからかうのは航海員(水準操作担当)の高嶺舞姫だ。パイプ、バルブフェチという前代未聞の変態で、自他共に頭のネジが飛んでいることを認めている。発令所では水準操作(タンク注排水、バラスト管理)を担当している。
「いや、その、暇な訳じゃなくてですね、到着前に見回りをと思いまして……」
しどろもどろに成りながらどうにか言葉を繋げる。慌てる様子を見てそばかす顔の彼女はケタケタと笑う。
「あはは、そんなに恐縮しなくたっていいのに。別に怒ってる訳じゃないしさ!」
陽気な彼女につられて笑顔になる。一緒にいると舞い上がるような気持ちになる魅力がある少女だ。
「えぇ、まぁ……。ところで光川さんいますか?」
発令所の定位置に姿が見えないのは、書記・記録員の光川夏だ。普段は発令所にいるはずの彼女だけおらず、室内を見渡すが、やはりいない。
「そこにいなければいないね」
急につっけんどんに言う高嶺。すかさず何故か黙っていた白鷺がツッコむ。
「百均の店員かな?」
「副長、そいつは心外だよ」
高嶺は、少し悄気てまた潜望鏡の奥に引っ込んで行った。彼女がすっかり死角に入るのを見届け、見回りを再開する。発令所の中でも、計器や舵輪に囲まれて一層狭く感じる前部に移動する。2人の操舵員が横並びになる潜水艦独特の操舵装置に挟まれた2人の少女が、こちらを振り向く。
「お、艦長」
「と、副長か。舞姫ちゃんからかいに来たの?」
やたらニヤニヤしてこちらを見るのは操舵員(
「そうじゃないですよ、見回りをと思いまして……」
困り顔で返す遠藤。剣崎は人をからかうのが好きな、いわゆるお調子者。とあるブルーマーメイドに憧れて他人の尻をよく揉んでいるらしい。
「艦長、それよりケツ出せよ」
「ふぇっ?!」
「言い方考えなさいよ!」
アメリカのヤンキー映画でしか聞かないような派手に物騒なワードを聞いた凪川の突っ込みが、剣崎の後頭部に物理的に叩き込まれる。
「いってぇなオイコラ、夏樹。何も叩くことねえじゃねえか」
クセのありすぎる大波を描く頭髪を擦りながら言う剣崎だが、はっきり言って自業自得だ。
「あんなセリフ吐いてよく言うわね! 本当、あり得ない、不潔」
「んだと、夏樹」
いつもの調子な2人。繊細な舵取りを得意とする凪川と、大雑把で大胆な舵取りをする剣崎では、根本的に人間性が対立することがよくある。だが、それゆえに凸凹な名コンビだ。
2人の喧嘩はなるだけヒートアップさせれば、勝手に燃え尽きるのでいつもクルーはそうしていた。
遠藤もまぁまぁと控えめに言うだけで本気では止めない。ガチ喧嘩中の2人を止めろというのも無理な話だが。
「そうだ艦長、貴方からも言ってやってくださいよ。シルカの舵が乱暴すぎて潜る度に吐きそうになるんですよ!」
「ふぇっ?」
突然矛先を向けられて、思わずすっとんきょうな声を上げる遠藤。こういうのは一方に肩入れすると詰むし、かといって中立は保てない。背水の陣だ。
咄嗟にすぐ横に控えている副長の白鷺に目配せで助けを求めるが、彼女は微笑むのみで助けようという気はない。
「お前は相変わらず失礼だな。そんなことないよなぁ、艦長!」
「えぇっと……」
剣崎の舵は悪くない。が、確かに凪川が言いすぎているとは言え、
「どうなのよ。はっきりして、艦長!」
凪川と剣崎の2人に挟まれて凄まれ、もはや蛇睨み状態。遠藤は成す術もなく喰われる運命にあるカエルと同じだった。
「うぅん……そんなことは……ないでもない……けど……」
尻すぼみな声が消えそうになるのと反比例し、操舵員コンビは声を荒らげて責め立てる。
「聞こえねぇぞ、艦長!」
「シルカ、黙って。聞こえない!」
遠藤を巻き込みながらヒートアップする操舵員コンビ。そろそろ殴り合いになりそうな雰囲気になり、止めようとし始めた時。発令所に2人のクルーが入ってきた。
「そこのお2人さん、艦長が困ってるでしょう。そろそろ止めなさい」
艦首側の狭いハッチをくぐりながらさらりとした茶髪を揺らす少女の声に、操舵員コンビは喧嘩を中断して声のする方を振り向く。
「橋本さん。……と、光川さん。一体何処へ行ってたんですか?」
ハッチをくぐって発令所に入室して来たのは、残る発令所要員の2人。水雷長の
「発射管室の点検をしてました。光川さんにも手伝って貰いました」
橋本の後ろから少しだけ顔を出して、控えめに自身の存在をアピールするのが、ハイトーンカラーの頭髪と、お面のように張り付いて動かない表情を組み合わせたアンバランスな少女、光川だ。
「……」
無口な彼女は記録員専用タブレットを小脇に抱えながら機械的に会釈をする。
「相変わらず無口だねー、なっちゃん」
「……」
高嶺の言葉にも殆んど無反応。最低限の事務作業以外では喋っている姿を見たことがないと言われるほどだから、無口ぶりは相当な物だった。
しかし、遠藤はそういったことを気にすることは無かった。
「橋本さん、発射管室の様子はどうでしたか?」
見回りのことを思い出した遠藤は、発射管室の様子をついでに聞いておくことにした。
「はい。発射管設備及び、発射管室長、
指でグーサインを作る橋本。彼女の柔らかい笑顔に頷き、今度は艦橋に連絡する。
「艦橋、発令所(艦橋へ、こちら発令所の意)……瀬良さん、集合地点まではあとどれくらいですか?」
艦橋で航海指揮を執る瀬良が伝声管越しに元気な声で答える。
「巡航16ノットで、あと2時間ぐらい。集合時間は9時だから、1時間前には着けると思うよ」
「わかりました。その調子でお願いします」
伝声管から聞こえる艦橋当番の声を聞き、いよいよ実習開始が迫ることを実感する。
「いよいよですね、艦長」
副長の白鷺は旅行前日の子どものような、楽しみで溢れた笑顔を遠藤に向ける。変わらずキレイな彼女の笑顔に少し照れ臭くなる。
「そうですね、副長」
艦長帽を被り直し、分厚い外殻の奥にある大洋の姿を想像する。
ディーゼルの振動が艦を揺らす感覚と、鼻を突く油の臭いは否応なしに彼女の心を踊らす。
「では、改めて艦内を回りましょうか」
「そうしましょう、副長」
艦長の遠藤が歩き出し、その少し後ろを白鷺がついていく。
それはまだ互いに胸の内を明かしていない、2人の絶妙な距離感を表した物だった。
前例の無い大航海は、静かに幕を開けつつあった。
2022年 4月7日の朝は、天気晴朗。絶好の航海日和だった。
いよいよ次回から『海洋実習編』が始まります。
イニムクラスがどんな航海をしていくのか、登場予定の個性豊かな学友たちにもご期待下さい。