オグリキャップの良馬場SS。
甘めの話です。

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親愛オグリキャップ

「オ、オグリ……? はぐれちゃうから仕方ないけど……歩きづらいよ」

 

 

 私の腕の中に収まったトレーナーが困ったように振り返る。

 私はその言葉に耳を貸さず、更にぎゅっと抱きしめた。

 

 

「すまない……どうもこれがしっくりくるんだ」

 

 

 そう言うと、彼は諦めて前を向いてくれた。

 後ろから見た彼の耳は少し赤くなっている気がする。

 私はそれが嬉しくなって尻尾を大きく振ってしまった。

 

 

「ふふっ……」

 

「あー! 笑わないでくれ!」

 

 

 思わず漏れてしまった笑い声を聞いて、トレーナーが恥ずかしげに抗議する。

 しかしそれは照れ隠しだということは私には分かっていたので、ただ微笑むだけで何も言わなかった。

 ただ、彼と離れないようにしっかりと掴まっていようと強く思っただけだった。

 

 

----

 

 

 中央トレセン学園には、日本全国からたくさんのウマ娘が集まっている。 

 なので、その近辺はちょっとした学生街だ。

 学生たちを呼び込むためにゲームセンターやカラオケ、映画館に水族館と娯楽施設もいっぱいある。

 その一角に佇むアクセサリーショップに今日はトレーナーと買い物に来ていた。

  

 ウマ娘用のアクセサリーを扱う店で、お洒落なのに頑丈で雨にも強いと学園でも話題になっている。

 アスリートになるべくやってきた集団とはいえ、流行りやお洒落に興味津々で、日々話に花開かせるのはどこも同じだ。

 

 私自身も、実をいうと少しばかり気になっていた。

 可愛いものは好きだし、先日行ってきたばかりのクリークが楽しそうに話しているのを聞いてもしかすると可愛い耳飾りが見つかるかもしれないと思っていた。

 そのことをトレーナーに話すと、いつも頑張ってくれるオグリへのご褒美に行ってみようと言ってくれた。やっぱり、私のトレーナーは優しい。

 朝からわくわくしてトレーナーを引っ張って店まで案内しようとしたがまったく違う方向に行こうとしていたらしく、手を引いて連れてきてくれた。

 す、すまない……。

 

 

----

 

 

「おぉ……綺麗なアクセサリーがたくさんあるな」

「見てくれトレーナー、向こうの棚にも、その向こうにもずっと商品が並んでる。すごい」

 

「こんなに商品があるんだね。ゆっくり見ておいで」

「すごい人だから、迷子にならないように近くにいるんだよ」

 

「分かっている。だから今日はこうしてトレーナーにくっついていく」

 

 

 私は繋いでいた手を引き寄せて、トレーナーの腕に自分の腕を絡ませた。

 自分が道に迷いやすいタイプであることはちゃんとわかっている。

 中央に来た時も最初はまったく道が分からず、その上都会の慌ただしい人の流れについていけずに途方に暮れていた。

 そんな私を助けてくれたのがトレーナーだった。

 

 腕を絡めると手を繋いでいた時よりお互いの距離がとても近くなる。

 それでもトレーナーは嫌がるそぶりもなく自然に受け入れてくれた。

 それが何だか嬉しくて、大勢の人の中でも二人を感じられて居心地が良かった。

 

 ふとトレーナーが何かに気が付いたようにこちらを見て微笑んだ。

 

 

「む。私の顔に何かついていただろうか」

 

「オグリの耳がぴこぴこ動いててなんだか可愛くて。そんなに来たかったんだね」

 

「むぅ……」

 

 

 言われて初めて耳が動いていたことに気が付く。尻尾もぶんぶん動いていたらしい。

 なんだか恥ずかしくなり、今日はゆっくり見て回ろう、というトレーナーを引っ張って耳飾りを探しに行く。あくまでゆっくりと。

 

 

----

 

 

「どうかなオグリ。何か気に入ったものは見つかった?」

 

「ああ、どれも素晴らしいものばかりだ。それがこんなにたくさんあると迷ってしまうな」

 

 

「これなんてどうだろう。これならトレーナーの耳にも似合うと思うぞ」

 

「い、いやー……これは僕の耳には大きすぎるかな」

 

 

「トレーナー! この耳飾りを見てくれ、とても綺麗だ」

 

「わあ、すごい綺麗。とっても似合ってるよ、オグリ」

「これいくらだろう……!? ……オグリ、これは見なかったことにしよう」

 

 

----

 

 

 ぐいぐい、とトレーナーの腕を引っ張ってお店の中を巡る。

 最初は耳飾りを探しにきたが、いつの間にかそれ以外のアクセサリーも二人で一緒になって見て回っていた。

 

 綺麗なものや珍しいもの、可愛い見たことのないアクセサリーを前にしてははしゃいで、感想を言い、お互いに試着してみたりした。

 男性であるトレーナーには退屈なんじゃないかと不安だったが、隣で一緒に楽しんでくれている姿を見るとそんな考えもなくなった。

 

 都会の知らない場所に出かけるというのはとても不安なことだったが、トレーナーと一緒にこれてよかった。

 故郷みたいに、山や畑に囲まれた場所なら迷わずに行き来することが出来るのだが、都会のような人と建物がたくさんある所では上手くいかなかった。

 

 中央に来たばかりの時は、本当に心細かった。

 レースやそれに関わる環境ももちろんだが、場所も人も故郷とはあまりにも違い過ぎて、ここでやっていけるような気がしなかった。

 いつどこに行っても誰かと出くわす人の多さも、慌ただしく動き続ける人の流れも、互いに助け合うような余裕もない社会の雰囲気も、当時の私には苦痛だった。

 

 何もわからず、動けなくなっていた私にトレーナーは手を差し伸べてくれた。

 私のペースに合わせてゆっくりと、何度も向き合って導いてくれた。

 

 良いトレーナーに巡り合うことができたありがたみを噛み締めながら、二人で歩いた。

 私にはトレーナーが必要だ。ここはとても広くて、私一人では迷ってしまうだろうから。

 最初は手を繋いでいたが、それだけでは不安なので体全体でぎゅっと後ろから彼に抱き着く。

 うん、これなら絶対にはぐれることはない。

 

 

「オ、オグリ……? はぐれちゃうから仕方ないけど……歩きづらいよ」

 

「むぅ……だめか?」

 

 

 耳元で尋ねると、困ったように頬をかいていたが、少し照れながらも受け入れてくれた。

 

 

---

 

 

「ねえ、あれってオグリンじゃない?」

「えっ、ホントだ!」

「きゃー、オグリーン!!」

「サインください! 握手もお願いしますっ!」

 

 

 突然声をかけられたので振り返ると、そこには私のファンだというウマ娘たちがいた。

 普段であれば笑顔で応じるところなのだが、今はトレーナーと買い物に来ている。

 ここで騒がれると彼にもお店にも迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 

「すまない、今日はトレーナーがいるんだ。また後日にしてくれないか」

 

 

 そう言うと、彼女たちは残念そうな顔を浮かべたがすぐに納得してくれた。

 

 

「そっかぁ……。でもオグリンのトレーナーさんにも会えてラッキーかも。いつもありがとうございます! これからのレースも応援しています!」

 

「ありがとう。君たちも頑張ってね」

 

「はい!がんばりますっ! じゃあね、オグリーン」

 

「ああ、さようなら」

 

 

 彼女達が去った後も、私たちの周りには人だかりが出来ていた。

 

 

「やっぱりオグリンだ」

「本物だー」

「写真撮らせてください」

「お忙しいところすみません。是非とも一言コメントを」

「乙名史さん、取材は学園を通してからにしてください」

「オグリーン、こっち向いてー」

「オグリキャップさんですよね」

「オグリちゃんかわいいー」

 

 

 皆が口々に話しかけてくるので、何と言っているのか聞き取れないが、きっと私に好意的な言葉を掛けてくれているのだと思う。

 

 

「オグリ、行こうか」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 ひとしきりしてからトレーナーが声を掛けると、周りの人たちもぞろぞろとその場から離れていった。

 

 

「ごめんオグリ。せっかく楽しく買い物していたのに」

 

「いや、いいんだ。私が有名人だからいけないんだ」

 

「そんなこと言わずに。みんなはオグリが好きで会いに来てくれたんだと思うよ」

 

 

 トレーナーは自分のことのように嬉しそうに笑う。

 ファンの中にはトレーナーをよく思っていない人も一部いる。

 それでも彼は私のファンの人をありがたく思ってくれるようだ。

 

 

「そうだろうか……」

 

「うん。それに僕だってオグリのファンなんだ。もしオグリに何かあったら全力で守るよ」

 

「ふふ……それは頼もしい限りだ」

 

「あ、笑ってくれて良かった。オグリにはずっと笑っていて欲しいから」

 

「……」

 

「オグリ……? どうしたの?」

 

 

 トレーナーの言葉を聞いて、私は胸の中に暖かいものが湧き上がる感覚を覚えた。

 

 

---

 

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気が付くともう日が落ち始めていた。

 

 

「楽しかったな。付き合ってくれてありがとう、トレーナー」

 

「こちらこそ。素敵な休日になったよ」

 

 

 夕陽に染まる街並みを見ながら二人並んで歩く。

 まだ話したいことがたくさんあるのに、言いたいこともたくさんあるのに、今日の出来事を振り返ると上手く言葉にならない。

 それでもなんとか気持ちを伝えようと必死に言葉を紡ごうとするが、うまくまとまらない。

 

 

「……」

 

 

 トレーナーはふとこちらの様子に気付くと、手をつないだままじっとこちらを待っていた。

 人通りもまばらになってきた通りを静かに二人で歩く。

 こちらに合わせて歩く速度を落としてくれるおかげでゆっくりと言葉にすることができた。

 

 

「トレーナー」

 

「うん。どうしたの」

 

「今日も一緒に来てくれてありがとう」

 

 

 自然と感謝の言葉が口に出た。

 

 

「私はあまり話すのが早くないし、人と話す事が得意な方でもない」

「トレーナーはゆっくりとしか歩けない私にずっと付き合ってくれた」

 

 

 少しずつ、確かめるようにぽつりぽつりと言葉を連ねていく。

 トレーナーは静かに耳を傾けて続きを待ってくれた。

 

 

「君が私を待っていてくれるから、隣にいてくれるから思ったことがすぐに伝えられる」

 

 

 素直な気持ちがまっすぐに伝わる。それは

 

 

「それはありがたいことなんだ、とても」

「君は私のことをよく見ていてくれるし、私以上に私のことを考えてくれる」

「それが嬉しくて、安心できて、ほっとして、幸せになれるんだ」

 

 

 心の中にある想いをゆっくり丁寧に伝えていく。

 

 

「……だからありがとう、トレーナー」

 

 

 言い終わると同時に、繋いでいた手にぎゅっと力を込めて握った。

 彼は少し驚いたような顔をしたが、優しく握り返してくれた。

 そのまましばらく歩いていると、小さな公園が見えてきた。

 

 

「ちょっと寄っていこうか」

 

 

 そう言って、ベンチのあるスペースまで連れて行ってくれる。

 二人で座って、ぼんやりと目の前の風景を見る。

 少し冷たい風が頬に当たるが、今はむしろ心地良いくらいだ。

 

 

「ねえ、オグリ」

 

「なんだ?」

 

「また、こうして出掛けようか」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

 彼と一緒ならばどこにいてもきっと楽しめるだろう。

 

 

「今度はもっと遠くへ行ってみようか。色んなものを見て回ろう」

 

「楽しみにしている」

 

「うん。僕もすごく楽しみだよ」

 

 

 彼の笑顔につられるように、私も笑顔になる。

 この時間がいつまでも続けば良いと思った。

 

 

「そうだ」

 

「……?」

 

 

 首を傾げていると、トレーナーは立ち上がって私の前に立った。

 そして、私の手を取ってくるりと半回転させた。

 背中には彼の体温を感じる。

 

 

「今日はオグリが後ろだったからね、もう少しだけこのままでいさせて」

 

「ふふっ。わかった」

 

「ありがとう」

 

 

 その後、私たちはじゃれあいながら時間を過ごした。

 

 

---

 

 

「そろそろ帰ろうか」

 

 

 それからしばらくして、トレーナーはそう言った。

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

 その声色はとても穏やかだったが、どこか寂しさを感じられた。

 

 

「また明日からもよろしくね、オグリ」

 

「ああ、これからもどうかよろしく頼む」

 

 

 またいつものように別れてそれぞれの家に帰る。

 だが今日だけはいつもとは違うように感じた。

 それでもまた明日からいつもと同じ日常が始まるのだ。

 私はそれでは満足できない自分がいることに気付いてしまった。

 もっと彼と一緒に居たい。この瞬間をずっと忘れたくない。

 そんな思いが胸の中でぐるぐると渦巻く。

 

 

「ああ、これが……」

 

 

 私は初めて『恋』というものを知ったのかもしれない。




pixivにも同じ内容を投稿しています。
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