悪の組織の新米幹部 死にかけの魔法少女を拾いました! 作:黒月天星
ひゅるり。ひゅるり。
岩だらけの荒野に乾いた風が音を立てて吹いていく。
ざらりとした細かな砂埃が舞い、空からは強い日差しが地を照らす。そんな居るだけで体力と水分を奪っていく過酷な環境で、
「……はぁ……はぁ」
「どうしました? もう立てませんか? 隊長ならこの程度、五秒息を整えるだけで平然と立ち上がってきますよ」
二人の女が向かい合っていた。
いや、向かい合うというよりは、片や全身から大粒の汗が珠のように噴き出し息も絶え絶えに膝を突くアズキを、まるで息を切らせていないメレンが見下ろすという形なのだが。
「……はぁ……まだ行けます」
「そうですか。なら……次に行きますよ」
フッと一瞬メレンの姿が朧げになったとアズキが認識した瞬間、
「……くっ!?」
ガキイィンっ!
硬い物同士がぶつかり合う音が荒野に響き渡った。
それはアズキが咄嗟に前面に構えた訓練用の長剣と、メレンの脚がぶつかり合った音。
そう。ただの、脚甲も着けず薄いパンツスーツのみの生身の脚が、刃を落としているとはいえ長剣と鍔迫り合い轟音を響かせていた。
どうにか力を入れ、長剣を振るいメレンの脚を押し返すアズキ。だが、
「ふんっ!」
ズガガガガァンっ!
一拍置き、メレンの蹴撃がアズキに機関銃の如き勢いで襲い掛かる。
(やっぱり見えないっ!? この人の蹴り、速すぎて直感で防ぐのが精いっぱいっ!?)
アズキとて魔法少女として悪心と戦ってきた身。つまり戦闘勘という意味でなら多少は一般人より秀でている。その直感を信じ、先ほどは一撃を防いでもみせた。しかし同じような蹴りが数十と襲い掛かってきては流石にどうしようもない。
初撃は防いだ。二撃目も弾いた。三撃目は流した。それでも出来たのはそこまで。
「ぐうぅぅ……がはっ!?」
頬に一筋の紅い線が走り、肩を、腕を、太ももを、脛を。アズキは必死に守っている人体の急所、正中線以外の全身を余す所なく打ちのめされていく。そして、
コンっ!
予想外の一撃は下からやってきた。
全身を打ち据える鞭のような蹴りが一瞬収まったかと思えば、小さく軽い音を立ててアズキ……の持つ剣の柄頭を打ったのだ。
結果その方向、即ち上にアズキの両腕ごと跳ね上がり、
「がら空きですね」
「しまっ……」
守りのなくなった腹部に、くるりと回転しながら横薙ぎにメレンの踵が死神の鎌のように振るわれて、
ピピピピピっ! ピピピピピっ!
ブオンと風を切って迫っていた蹴撃は、アラームの音が鳴った瞬間アズキに直撃する寸前で停止する。それを理解したアズキは大きく息を吐いてその場に崩れ落ちた。
「時間ですね。訓練終了。設定解除」
メレンが何か空中で指を動かしたかと思うと、それまでの世界は荒野から施設の特別訓練場へと一瞬の内に切り替わる。
「今回の訓練の感想戦はまた夜に行います。それまでに何が良くて何がダメだったのか、自分で確認しておくように。……立ちなさい。この程度の軽い運動でへばっていては、アナタを評価する事等出来ませんよ」
「……はい。ご指導、ありがとうございました」
アズキが全身の疲労を必死にこらえながら一礼すると、メレンは軽く一瞥してすっと背を向け出口へと歩き出し、アズキもゆっくりとそれに続いた。
外へと出ると、迎えるは同じように朝からトレーニングに勤しんでいた職員達の無数の瞳。
痛々しい者を見る目。同情するような目。そしてほんの僅かに責めるような目。
メレンはいつも通りの微笑を浮かべながら、静かに良く響く声で一言。
「さあ。本日の業務を始めますよ」
そう。これこそがアズキにメレンより課された仕事にして課題。
もう既に一週間繰り返されている、壮絶な悪の
午前八時。執務室にて。
朝の軽い運動を終え、シャワーで汗を流して朝食を終えてからがメレンの業務の始まりである。
「おはようございます! メレン副隊長」
「おはようございます。隊長は……そうでしたね。今日は朝からあの方の所に行く日でしたね。少々不快な事項なので記憶から抜けていました」
一瞬、ほんの一瞬だけ微笑みの仮面が外れかけて鋭い視線になるも、すぐに元の様子に戻り自らの机に着くメレン。そしてアズキはというと、
「おはようございますっ!」
「ああ。アズキちゃん今日も元気……じゃないね。うん。思いっきり疲れてるね」
「……いえ。これくらいなんて事ありませんよ」
「アズキさん。それと皆さん。業務中の私語は控えるように」
見るからに疲労の色を隠せないアズキを見て職員の何人かがやり過ぎだという視線を向けるも、メレンは意に介さずぴしゃりと場を正す。
さて。ピーターやメレンは調査隊を預かる者として、各所から上がってくる書類に目を通し適切な運用をしなくてはならない。当然書類に載っているのは機密事項も多い。なので、アズキに見せられない物が大半なのだが、
「アズキさんにはこちらを。よく目を通し、自分の知っている知識と何か違う所があればその部分にチェックを。ほんの僅かな違いでも構いません。後ほど検証します」
「はい。分かりました」
メレンがアズキに渡したのは、独自に調査隊が調べたこの町における悪心の歴史や生態について記した物。
なお、メレンとしてはあまり期待はしていない。こちらはあくまで町に出回っている情報が主なので機密情報とまではいかず、魔法少女だったアズキならまた別の情報を握っている可能性があり何か分かれば御の字という考えからだ。
「では皆さん。隊長が留守だからと言って業務に穴を開ける訳にはまいりません。ただ粛々と、いつも通りに、取り掛かると致しましょう」
こうして、メレン(withアズキ)の悪の組織の業務が今日も始まる。
◇◆◇◆◇◆
そこは、とある島。
見渡す限りの水平線。空は青く、白い雲が所々に浮かび、太陽が眩いばかりに燦々と光っている。光を受けて輝く砂浜にはぽつぽつとヤシの木が生え、穏やかに寄せては退く波がザザ~ンと音を立てる。
時折何かの鳥がクァークァーと鳴き声を上げて頭上を舞う、南国というイメージそのものの場所。そんな場所から少し離れた沖合いで、
ヒュンっ!
「釣れませんねぇ」
「ふふっ! こっちも」
ヒュン……ポチャっ!
小型のクルーザーから釣りに興じる一組の男女が居た。
かれこれ始めてから一時間近くになるが、今の所どちらも釣果無し。備え付けの釣竿を引き上げてはルアーの確認をし、男……ピーターはぼやきながら再び投げ入れる。
「焦っちゃダメ。別に釣れなくたって良いもの。こうやって糸を垂らして、のんびり波に揺られながら待つ。その間こそが一番考え事に向いてるのよん! 相談事にもねっ!」
女はそう言ってウインクすると、ふわぁと欠伸をしてのんびり椅子にもたれかかる。
そのまま少し時間が経って、急にピーターから話を切り出した。
「……実は、少し仕事関係で困っていまして」
「メレンちゃんの事? それとも……この前話題に出したアズキちゃんの事?」
「両方です。それと……今ウチの支部にネルさんも来てます」
「それなんてパラダイ……おっとごめんなさい。それは大変ねぇ」
目をキラキラさせて言う事じゃないですよと口に出そうなのをグッと抑え、ピーターは静かに頭を下げる。
「まずないでしょうが万が一という事もあります。本当にいざとなったら、力を貸してもらえませんでしょうか? “先生”」
「もう。ピーターちゃんったら。前々からずっと言ってるでしょ? ワタシの事は」
女はゆるりと立ち上がり、太陽の輝きにも負けない笑顔で言い放った。
「
メレンによるアズキの超絶スパルタ特訓始まるよ~! なおこれでもメレン的にはアズキに合わせて加減している模様。
あとピーターは……うん。とりあえず困った時は頼れる困ったお姉さんに話を通しておく模様。最悪小さな暴君と微笑みの悪鬼がぶつかる可能性が出てきたからねしょうがないね。