悪の組織の新米幹部 死にかけの魔法少女を拾いました! 作:黒月天星
地元民からの評判も良く、他の町からも来店する者が居るほどの人気があり、常連からはチョーシドーというダジャレと掛けた愛称で親しまれている。
しばらく前の第二次悪心大量発生の際、悪心によって店の一部が損壊するも、先日修復工事が終わって不死鳥の如く営業再開。またお客様方に美味しい和菓子を提供するべく、従業員一同が心新たにして少ししたある日の事。
「この棚のここからここまで、ぜ~んぶ頂戴っ!」
「はい?」
嵐がやってきた。それも一つ間違えば店丸ごと全壊する特大の大嵐が。
「ふふ~ん! どれもとっても美味しそうっ! 今日はお腹いっぱい食べるよ~っ!」
甘味食べ放題に浮かれ、満面の笑みを浮かべ全てを食い尽くさんと舌なめずりする暴君に、従業員達は一様に震えあがった。
「はむっ……むふ~っ! 何この豆大福っ!? 生地に確かな弾力があって、それでいてもっちりと気持ちよく伸びる伸びるっ! それにこのあんの甘さと豆の僅かな塩っ気がマッチしてまるでくどくなくて」
「ほらネルさん。口元に粉が付いていますよ」
「んっ……ありがと」
ぺろりと舌で口元を舐め取り、続けて目を輝かせながら豆大福をほおばるネルを見て、アズキはどこか気が抜ける思いだった。
特別任務と聞いて覚悟を決めて決めて行けば、そこに居たのは自分と(見た目は)同年代の少女。そして渡した荷物も銃器や薬物ではなくただの変装グッズとそこそこの金額のお金。
ならば何をやらされるのかと思えば、言い渡されたのは町の案内とネルの接待である。
勿論最初は少し疑っていた。接待というのも実は口実で、本当は裏に別の目的があるのではないかと。
しかし、アズキが見た限りでここまでの事を思い返してみれば、ネルがやった事と言えばどれもこれも本当にただの観光だった。
「じゃ~んっ! どうよこれ似合ってる? あ~良い良い言わなくて良い。あたしくらいになるとただの変装グッズだってばっちし着こなせちゃうんだから!」
最初に人目を避けて近くの公共トイレに駆け込み、変装グッズを装着して出来上がったのは、水色のツインテールを帽子に押し込め小さな伊達眼鏡を掛けてドヤ顔するネル。
さあ観光の前に腹ごしらえと、アズキが近くの定食屋に案内すれば、ネルはいきなり店のオリジナルメニュー『カツ断層丼(下から順に豚、牛、鶏の三種のカツを乗せ、それぞれを薄焼き卵で挟んだ物)』を見た目が気に入ったと注文。
「い、いきなりそんな大盛りを頼むんですか?」
「これくらい楽勝だけど? あっ!? 安心しなって。勿論甘味食べ放題に備えてちょっと控えめにするし、それによく言うじゃん? 甘い物は別腹って。あれって科学的にメカニズムが証明されてるんだってさ? 不思議だね。……あっ! もうすぐなくなりそうだからお代わり頼んどいて」
結局ボリューミーなカツ断層丼を三杯も平らげるネルを見て目を白黒させるアズキだったが、これでも本当に控えめと言われてしまっては笑うしかなかった。
さて、ネル曰く甘味食べ放題は少し時間を置いてからが良いらしいので、それまでまずはどこに連れて行ってくれるのかとネルが視線で問えば、アズキとしては困りものだった。
何故なら誰かを一対一で接待するなんて経験はない。多少上流階級相手の作法等は母に仕込まれているが、目の前の相手はそういう類には見えず、どこへ連れて行けば満足するのかも分からない。
あまり悩む時間も取れない中、ふと足が向かったのは……とある商店街だった。
(なんで……そっか。ここ、コムギと初めて二人で遊びに行った場所だ)
かつて、友達と遊びに行くなんて初めてで、徹夜で遊ぶコースを下調べしたけれど手違いばかりでまともに回れなくて、それでまごついていた自分の手を引くコムギと行った、何でもないけど特別な場所。
「ふ~ん。ここがアンタが案内したい場所?」
「はい。すみません。ワタシふと思いついたのがこの場所で。あまり見栄えは華やかじゃなくてお気に召しませんでしたか?」
「い~え。そうやって何となく浮かんだって事は、無意識の内に誰かに薦められると思ってるって事でしょ? さっ。腹ごなしに行こ行こっ!」
「はい。案内します」
そうして、かつてコムギが自分にしてくれたようにネルの手を引いて歩くアズキだったが、意外にもネルはすぐにこの場所を気に入ったようだった。
「あっ! そこの店員さん。見てたよ。そのコロッケ揚げたてでしょ? 一つ……いえ二つ頂戴!」
「私は案内役なので別に」
「ざ~んねん。もう買っちゃったもんね! ほら一つ取って。こういうのは揚げ立てが美味しいんだから!」
良い匂いにつられてさっき散々食べたのにまた揚げ物に手を出したり、
「むむっ!? まさかこんな所にまで新刊が出ているなんて。流石T&A先生ね! ……正体が分かったらウチに引き込めないかなぁ」
「その作家さんがお好きなんですか?」
「とりあえず見つけた作品は全部読むくらいには。初期の作品だけはオジサンにガキには早いって止められてるけどね。あたしってば立派なレディなのに酷いと思わない?」
本屋でお気に入りの漫画家(初期はR18本も執筆している)の作品を見つけてルンルン気分で購入したり、
「ちょっと買い物してくるから、アンタはここで待機ね待機。二十分ほどで戻るから」
「んっ!? お金ならワタシが。それに何を」
「良いから。こういうのは自分で買わないとね」
わざわざ
「……くすくすっ!」
「何か面白い物でもありましたか?」
「別にぃ~。ただなんとなくね」
休憩がてら行き交う人達を眺めていたら急に微笑んだりと、アズキから見てもそれなりにネルはこの案内を楽しんでいた。
そうしてそれなりに時間も経ち、いよいよメインであるアズキイチオシの、そして偶然にもピーターもまた予定が空いていれば連れていく事を考えていた和菓子屋朝四堂に乗り込む二人。
大量の甘味を見てテンションがおかしくなったネルが棚ごと買う大人買いならぬ富豪買いを敢行しようとし、流石にそれは店にも他のお客にも迷惑だとアズキに諫められるという一幕はあったものの、とりあえず全種類を少しずつ買って店内イートインスペースでぱくつき始めて今に至る。
(思い返してみても……やはり本当にただの観光だったわね)
途中一度だけ「ねぇねぇ。アンタ魔法少女なんでしょ? 魔法少女の本部とか学校とかは案内してくれないの?」と尋ねられた時はアズキも少し警戒したが、少し離れていてそちらに行ったら和菓子屋が遅れると返したらあっさりネルは引き下がった。どうやら甘味に比べたらその程度の興味でしかなかったらしい。
そんな事を考えていると、ネルは豆大福を食べ終わって次の甘味に手を伸ばし、
「……ねぇ。アンタも食べれば? 昼からずっとあたしの案内ばかりで、自分じゃさっきのコロッケとコーヒーくらいしか口にしてないじゃない」
「ワタシは別に。それにお腹も減っていませんし」
「ウソ。ここまで動き回ってそこそこ小腹が空いている筈だよ? さあ座って座って! どうせ今回の軍資金はアンタの分も込みで渡されたんでしょうし、遠慮する事はないって!」
半ば強引にアズキは席に着かされ、どれでも好きなのを取れとばかりにネルに和菓子がてんこ盛りになった皿を差し出される。
「じゃあ……最中を一つ」
「あっ!? 良いの取るじゃ~ん。じゃああたしはこれとこれとこれ!」
少し前のピーターさんとの尋問の時もこんな感じだったなと思い返しながら、手当たり次第に和菓子に食らいついては満面の笑みを浮かべるネルを見てほっこりしつつ、アズキは最中を一口齧る。
(あぁ……美味しい。そういえば最近ここの和菓子を食べてなかったな)
「や~っと笑ったね」
口内に広がるサクッとした食感とあんの味をゆっくり味わっていると、それを見たネルが何故かアズキを見て小さく笑みをこぼした。それに疑問符を浮かべるアズキにネルは机に頬杖を突いて続ける。
「アンタ今日ずっと気を張っててさ、ほとんどまともに笑ってなかったよ。唯一ほんのちょっぴり笑ったのは、この商店街に案内した時にあたしがOKを出した時だけ」
「そう……でしたか?」
「そうだよ。こういうのは案内役も楽しそうにしなきゃね! さあもう一口。こうして美味しい物を食べている時くらいはあたしへの案内ってのも立場って奴もちょびっとだけ忘れてさ。もっと楽にしたって良いんじゃない?」
そう言って笑いながら勢いよくゴマ饅頭に齧り付くネルを見ながら、アズキはふぅ~っと息を吐いてほんの少しだけ肩の力を抜く。そして、
「ふふっ。今度は口元にゴマの粒が付いているわよ
「そうそう。それで良いのよ。こういうオフの時くらいはね?
そう言ってくつろぎながら、互いにもう一口手に持った和菓子に齧りついた。
ちょっぴりアズキとネルの仲が深まりました。互いに同じ机で美味い物を食べて腹を割って話せば大体そうなるという。
ネルのご機嫌メーター 現在9 めっちゃご機嫌!
美味い物を食べ、個人的な買い物も済ませ、いずれ自分が悪の組織の首領として従える(かもしれない)人々の穏やかな暮らしを見て笑い、そしてまた腹いっぱい誰かと一緒に美味い物を食べる。口にはしないけれど、アズキの薦めたぶらり旅はネルのストライクゾーンをきっちり抑えていたり。
なお、下手に気取った上流階級向けの接待をすると、場合によっては逆にご機嫌が低下する模様。変にかしこまって高い外食をするよりも、一緒にそこらのファストフード店に寄ってなんでもない話をしながら気楽に食事する方が良いとはネルの談。実は庶民派。