悪の組織の新米幹部 死にかけの魔法少女を拾いました! 作:黒月天星
アズキへの特別任務であるネルの接待。
一つ間違えて機嫌を損ねれば、比喩でも何でもなくこの店、朝四堂くらい簡単に吹き飛ばせる小さな暴君とのお茶会。それは、
「あははっ! な~にそれ。おっかし~のっ!」
「でしょう? それでその時コムギったら」
今のところ、非常に和やかに進んでいた。
これはアズキが対人スキルに長けていて非常に接待上手だから……という訳ではない。そもそも同じ機関の生徒相手の上辺だけの付き合いや。母親に引き合わされた著名人との当たり障りのない会話ならいざ知らず、こういう一対一での会話はアズキは不得意だった。……コムギ相手なら何時間でも一緒に居られるとは本人の談だが。
なのに普通に会話が弾み、その上カラカラと笑い声まで響く。二人が座っているテーブルの上のとんでもない量の菓子の空き袋にさえ目を瞑れば、何とも微笑ましい光景だと今も働く店員達も思っているほどだ。
これは、本来もてなされる側のネルに理由があった。普段のネルを知る者からすれば目を疑うほどに、今のネルはご機嫌かつ愛想が良くおまけに寛大なのだ。
「そのコムギって人。中々見所があるじゃない。ほらほら。手が止まってる。こっちの饅頭も美味しいよ。中に餡じゃなくて果物と生クリームが入ってるの」
「そうなのよ。コムギはとても良い子なのよ……はむ。美味しいわね。新商品かしら。前にコムギと来た時はこんな物売ってなかったけれど」
「つまり今日来たあたし達がツイていたって事ね! ふふっ!」
アズキの話題は割と自分の友人の事が多かったが、少なくとも本気でその友達の事を語っているのは分かったのでネルも下手に口を挟まず相槌を打ち、時折自分の自慢話や苦労話を面白おかしく語って話題を振る。
そして気前良く買った和菓子を分け(まあ大半は自分で抱え込んでいるが)、仲良く舌鼓を打ちながらもまたたわいないお喋りに華を咲かせる。凄まじいほどの上機嫌だった。
それは、まるで本当にタダの友達同士の会話の様で。そんな中、
「妹? ……へぇ~。アンタ妹が居るんだ?」
「えぇ。あまり、仲は良くないけど。こういう話題は嫌だった?」
ふと、話の流れでアズキがチサの事をポツリと漏らした。普段なら自分から家庭の事を話すという事はなかったのだが、ずっと気を張っていた中でのこの穏やかな一時に、つい口から出てしまったのだ。
一瞬目を細めて聞き返すネルに、あまりそういう事は聞きたくなかったかなとアズキが止めようとすると、ネルはいいえと首を横に振る。
「ちょっと突っ込んだ事聞くけど、どうして? その妹が自分よりめっちゃ優秀で気に入らないとか?」
これまでより少しだけ静かで、しかしどこか適当に答えてはいけないと思わせる態度に、アズキはぽつりぽつりと妹の……チサの事を語る。
チサは真面目で努力家で、間違いなく将来は立派な人になるだろうという事。
でも気に入らないとかではなく、寧ろ自分としては仲良くしたいとさえ思っている事。
コムギが言うにはチサの方も自分の事が完全に嫌いというほどでもないという事。
でも中々二人きりだと上手く行かず、コムギの仲裁なしだといつも最後はチサに突っかかられて喧嘩別れのようになってしまう事等を。
ネルは一つ一つの言葉を何も言わずに聞き、時折菓子を齧りながらうんうんと頷いていた。
そして、いつしかアズキがチサの事を話した時間がコムギについての時間と同じくらいになり、テーブルの上の菓子の大半がネルの胃袋に収まってきた頃、
「……あっ!? ごめんなさい。ワタシばっかり話をして」
「別に良いよ。話を促したのはこっちだし」
気が付けばそこそこの時間が経っていて、それだけ話に付き合わせてしまった事にアズキが頭を下げると、ネルは鷹揚に手をひらひらと振る。実際ネルの機嫌自体は特に下がってはいなかった。
「やっぱり、今思い返してみてもワタシはあまり良い姉じゃないみたいね。母の事も、妹の事も、今でも良く分からない。……血の繋がった家族なのにね」
「そうかなぁ? あたしは別にそうは思わないけど?」
そこで急に、これまで基本相槌しか打たなかったネルが、大きく抹茶饅頭に齧り付きながらそう断じた。
「血の繋がった家族なら互いの事を何でも分かってなきゃいけないの? 分からないと良い家族じゃないの? ……そうじゃないよ。
そう言うとネルは、菓子を食べる手を止めてちょいちょいと指で手招きする。アズキがそっと身を乗り出すと、ネルは辺りを少しだけ気にしながら小さな声でこう言った。
「実はね…………
アズキが目を見開くと、これ内緒の話ねと口に指をあててネルが微笑む。
「あたしの所は……ちょっと生まれが複雑でさ。それぞれ別の所で育てられたの。妹が居るって知ったのも結構時間が経ってからだったし。妹も妹であたしが言うのもなんだけどちょっとその…………拗らせてるというかなんというか」
そうさりげなく厄介な事情をポリポリとこめかみを掻きながら語るネルを、アズキは何も言えずに聞いていた。
「でもね。やっぱりお姉ちゃんとしてはさ、妹の事は気になるし気にするの。分からない事も多いけど、だからこそもっと知りたいし、もっと頼ってほしい訳よ。あと……ついでに
「わ、分からせ?」
しれっと変な単語が混じった事を不思議に思いながらも、それ以上は何も突っ込まずにおくアズキ。
「だからさ。アズキもそう思いつめなくたって良いと思うよ。アンタはきちんとお姉ちゃんとして妹を気にしてるし、分かろうとしている。それだけでも充分良いお姉ちゃんだと、あたしは思うよ」
「……うん。ありがとうネル」
「別にぃ。あたしはただなんとなく思った事を口にしただけだよ」
「それでも、ありがとう」
なんだか自分が接待されている側みたいだと思いながら、アズキはもう一度そっと礼を言った。
その後もなんとなく互いに名前は伏せながらも、妹談議に華を咲かせていく二人。すると、
「ははは……あっ!? 菓子が無くなっちゃった」
机を探っていた手が空を切り、いよいよ買った分を食べきってしまうネル。無くなったらそれでお開き……とはならないのが悪の組織のやり方である。
「……よっし! 二週目を頼んでくるよ」
「二週目っ!? それならワタシが」
「良いって良いって。アンタまだ自分の分残ってるじゃん。ついでに帰りの職員用のお土産も頼んでくるから、アズキはそこでのんびり茶でも飲みながら待っててよ」
ネルは大分中身が寂しくなった金の入った封筒をひらめかせて、一人受付まで歩いていく。アズキはそれを見送って、残った自分の分をまた一口齧る。
(ふぅ~。大分話し込んじゃったな)
アズキが気が付けば席に着いてから一時間近く経っていた。それだけ食べ続けてまだお代わりをしようとするネルの食べっぷりに感心しながらも、アズキは温かい茶で口の中に残るあんを優しく洗い流そうとして、
「ずず~…………ぶっ!? ゴホッゴホッっ!?」
偶然見えた外の光景に茶を噴き出しかけて咳き込む。
窓から見える外の通り。そこには、
「ほらチサちゃんっ! こっちこっちっ! やっと着いたよ」
「ちょっと待ってくださいよコムギ先輩っ!?」
お姉ちゃんはどこも色々大変なのです。