先導の英雄   作:無銘のヲタク

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久しぶりの投稿になりました。

何か、色々書いてたら字数が一万超えてて、びっくりしました。

いつもより、長いですが読んでもらえると幸いです。


理不尽と証明

 

「────は、はは…ははははははっ…! おいおい! 何だよ、あれ!」

 

 業火に包まれた大地の一画で、舞い降りた邪神は興奮したように声を上げる。

 そして、その傍らに立つ正義の女神も目の前で起こった出来事に目を見開き、驚愕を露わにしていた。

 

「あの姿、あの気配……あれはもう精霊の……!」

「自分自身を精霊へと昇華させる。そんな出鱈目は古代の英雄達もやってない!」

 

 あくまで、精霊は力を『借りる』ものであって、人間がその存在に至るなんてことは神々にとっても前代未聞。

 

「レイッ!! お前は今、これまでの英雄が、世界が! 成し得なかった『奇跡』を起こしている!! ああぁ…! これだから、下界は面白い! これほどまでの『未知』が溢れているとは!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で、ベラベラと高説を垂れるエレボスは抑えらない衝動のままに大仰に身動きし、身体を震わせる。

 

「さぁ…魅せてくれ、レイ! 神々の度肝を抜くような劇的な結末をっ!!」

 

 ────────────────────

 

「うおぉぉッ!」

「ふっ!」

 

 上段からの振り下ろしと胴体への正拳突き。両者の攻撃がレイの前後から同時に差し迫る。

 並の者ならどちらか一方でも喰らえば致命傷となりうる一撃、そんなものはレイはそれぞれ、刀と掌を用いて容易に受け流す。

 さらには、両者の空いた胴体への反撃の掌底を打ち込んだ。

 

「くっ…!」

「ちぃ…!」

 

 衝撃に後退させられたことで、両者の距離が開く。次の瞬間には後退るザルドの懐へとレイは一気に侵入する。

 一瞬にして目の前に現れた敵の姿に動揺しながら、すぐさま上段に構えた大剣を振り下ろす。

 

 だが、猛然と放たれた一撃は大気を震わせる轟音を響かせながら、空を切った。

 それとほぼ同時に、ザルドの側頭部に強烈な衝撃が走り、思わず体勢を崩す。その状態で揺れる視界の右端に映ったのは、空中で右足を振りぬいた体勢のレイの姿。

 

「猪口才な…っ!」

 

 そんな彼へと再び剣を振り上げるが、またしてもその大剣は虚空を薙ぎ、ザルドの眼下にはレイの姿が映る。

 

「残念…また外れ。────【放て】」

 

 短い一言と共に、押し当てられた掌から蒼炎の砲弾がザルドを遠くの岩壁まで弾き飛ばした。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 そのレイの背中へと、不可視の砲弾が放たれると、凄まじい衝撃音と共に大きく土煙が上がった。

 爆音と共に吹き荒ぶ突風に髪を揺らしながらアルフィアは、その土煙の場所をただただ冷徹な眼差しで見つめる。

 

「(やはり、魔力が探知できない。本来であれば奴のような膨大な魔力を持っている者の気配を察知するなど容易だが、今は何も感じない。まるで、大気中の魔力に溶け込んだかのように…)」

 

 そんな僅かな思考の直後、広がっている土煙の中から風穴を開けるように何かが高速でアルフィアへと飛び出した。

 

 飛来してきた物体から、アルフィアは咄嗟に身を躱す。ゆったりとした時が流れるような視界の中で彼女の目に映ったその正体はレイの持っていた刀。

 

 刀は飛ぶ勢いを落とすことなく、アルフィアの横を通り抜ける──────寸前、突如として軌道が曲がり、鋭い刃が彼女へと牙を向く。

 

「!!」

 

 再び回避を試みるアルフィアだが、僅かに間に合わず刃が肌を掠める。さらに追撃するように振り下ろされる刃は自身に到達する前に手套で受ける。

 足を止めたアルフィアは、今一度目の前で振るわれた剣を…いや、それを握るレイの姿を鋭く睨みつける。

 

「自らが投げた刀にあの一瞬で追いつくとは、一体どういう【敏捷】(あし)をしている」

「反応できるアンタもアンタだろ。てか、相変わらず丈夫な装備だな。結構本気で切ったんだぜ?」

「私の付与魔法(エンチャント)に触れているというのに、消えずに残るその武器の方が余程奇怪な代物だろう」

「そうかも…なっ!」

「ふっ!」

 

 レイが受け止められた刃を振り抜くのに合わせ、アルフィアは刃を押し出すようにバックステップ、相手との間合いを開ける。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「遅ぇ!」

 

 放たれた音の弾丸を前に刀を振り上げ、即座に切り裂く。そのまま再びアルフィアとの間合いを詰め、接近戦を仕掛ける。

 今まで以上の速度で放たれる剣戟をアルフィアは後衛職とは思えぬその優れた身のこなしで何とか往なすが、それでもやはり…速さが足りない。避けるよりも早く、レイの刃が彼女の肉体を掠め、徐々に傷を増やし続ける。

 

 アルフィアが放った貫手は往なされ、返すように放たれた掌底が彼女に叩きこまれ、隙をついて距離を取り魔法を放とうともすぐさま切り裂かれ、逆に隙を晒す。

 

 少し前まで優位にすら立っていた近接戦闘において、今は完全にレイが圧倒していた。

 

「ちっ…! 【福音(ゴスペル)】!!」

「!! 広域か…」

 

 再び放たれたアルフィアの魔法、だがその矛先はレイだけでなく、あたり全てを蹴散らす広範囲の攻撃。

 

 放たれる音の衝撃波を前にレイは蒼炎を盾にするように展開するが、ドーム状に広がる魔法はレイの体を空中へと障壁ごと押し上げる。

 

「────はぁぁっ!!」

「っ!」

 

 そして、空中に身を晒すレイの背後からザルドが現れ、振り下ろされた大剣がレイを捉える。

 

 だが、背後から迫るその一撃をも、レイはその手に握った刀で受け流す。

 

「!! これにも反応するか…!」

「落ちろ────『戦鎚』」

 

 その一言とともに、レイに握られていた刀が変形し、ザルドの体躯に見劣りしないほどの大鎚へと姿を変える。

 そのまま頭上に掲げた大鎚を、ザルドに向けて振り下ろす。

 

 大剣の上から強引に叩き潰すような一撃。抗う術なく地面へと叩きつけられたザルドの全身を、衝撃波が突き抜ける。激しく波打った地面は砕け、四方八方へと亀裂が広がった。

 

「(武器の形状が変化して────)」

「さらに追い討ちだ」

 

 地面を背に倒れるザルドが目を閉じた一瞬の内に、レイは彼の目の前に現れ、さらに追撃する。

 魔力の大鎚と、頑強な大刃が交錯し、轟音を鳴らす。

 

「っ…なんだ、似合わん得物を振り回して…!」

「そっちこそ、らしくもなく地面に倒れちゃって…今どんな気持ち?」

「抜かせッ!」

 

 押し付けられる戦鎚をザルドは力ずくで弾き飛ばし、そのまま体勢を立て直すと大剣をレイに振り下ろす。

 それをゆるりと回るように躱し、その勢いのまま戦鎚を体の側面から叩きつけて弾き飛ばす。

 

 飛ばされながらも上手く態勢を整え、地面に着地するとすぐさまザルドは武器を頭上に構える。

 そして、ザルドの視線の先。レイを挟んだその先では、アルフィアがその掌を前へと向ける。

 

「!! 挟まれて…」

 

「【福音(ゴスペル)】」

「おおおおおぉぉぉッ!!」

 

 短い詠唱が解き放つ福音の轟砲と、豪腕から振り下ろされた大剣の衝撃波。地表を無残に捲り上げながら驀進する二つの破壊は、逃げ場のないレイを核として正面から激突した。

 

 一点で激突した二つの衝撃は爆ぜ、轟音と共に逃げ場のなき破壊の余波が周囲の大地を根こそぎ粉砕した。

 荒れ狂う暴風と土煙がすべてを呑み込み、中心地には凄絶な破壊の痕が刻まれる。

 

 だが、その爆心地にレイの姿はない。

 

「っ…いない…!」

「上か!」

 

 上空に目を向けた二人の視界に映ったのは、あの攻撃から上空に逃げ延びたであろうレイと────その周囲に浮かんでいる無数の雷の剣。

 

 その全ての矛先が、自分達へと向けられていた。

 

「「!!」」

 

「【剣の雨】!!」

 

 その言葉と同時に浮遊していた雷剣の全てが一斉に、眼下のアルフィアとザルドへと降り注ぐ。

 

 迫り来る雷剣の雨を前にザルドは大剣を盾のように構えて凌ぎ、アルフィアは素早い身のこなしで剣の雨を潜り抜ける。だが、凄まじい速度で飛来する剣の全てから身を守ることは叶わず、数本が二人の肉体を掠め、その身体に傷をつける。

 

 その攻撃が止んだ後に残ったのは、地面に突き刺さる無数の雷剣に、片や数本の剣が刺さった男と片や黒いドレスに幾つもの傷を負った女の姿。

 

「これはまた…派手にやったな」

「まったくだ……?」

 

 突き刺さった無数の雷剣を視界に収め、アルフィアは微かな、しかし決定的な違和感に眉をひそめる。

 

「(消えない…?)」

 

 

 だが、その違和感を突き止める暇は彼女にはない。

 

 

「────何か考え事?」

 

 最短距離。最短時間。回避を許さぬ速度でレイの拳がアルフィアの懐へと叩き込まれる。

 反射的に防御の姿勢を取るアルフィアだったが、その一撃はただの打撃ではない。拳が触れた瞬間に蒼炎が炸裂し、彼女の体躯を容易く弾き飛ばした。

 

 後方へと吹き飛ぶアルフィア。それには目もくれずザルドは目の前に現れた標的に狙いを定め、大地を踏み込む。

 

「捉えた────ッ!」

「…っ! 待てっ、そこから離れろザルド!」

「!?」

 

 武器を振るわんとするザルドの視界に映ったのは、今なお残り続ける赤雷の剣。

 それらは放たれた後にも関わらず魔力が迸り、赤い光を放っていた。

 

「遅えよ────【炸雷(サクラ)】」

 

 紡がれたのは一言、それは滞留した魔力の残滓を遠隔で炸裂させる、『爆散鍵(スペル・キー)』。

 

 詠唱に呼応して、足元に刺さる無数の剣の光が一層激しさを増し……その全てが一斉に炸裂した。

 

 

 

「ふぅ……ここまで派手にやったのは久しぶりだな…」

 

 無数の赤光が炸裂し、激しい衝撃と共に周囲を大きな土煙が覆う様を傍で見据えるレイは、一息ついてそう呟く。

 

「しかし……っ、疑似精霊化(これ)、結構しんどいな……」

 

 そう話すレイの手は僅かに震えていた。

 

「(人間が精霊に至るなんて無茶…そう長く続くわけがない。今の俺の『器』じゃ、持って精々あと数分……だが────)

 

 

 アンタら倒すには、それだけあれば十分だろ」

 

 視線の先で負傷をしている二人を前に、レイは今一度不敵に笑う。

 

「口の減らない餓鬼だな」

「今まで散々人をボロ雑巾みたいに扱ってきたあんたらの姿を目にしちゃ、口数も増えるってもんよ」

「お前とてその身体、それなりに無茶をしているだろうに」

「俺ぐらいの齢の男の子なんて、無茶してなんぼよ」

 

 まぁ、精神的には爺さんもいいところだが、なんてレイは心の中で苦笑する。

 

「…さて、アンタらもかなり疲弊してるみたいだし、お互いここで終わりにしてもいいんだぜ?」

「……そうだな…」

「ああ、確かに…」

「お、もしかして────」

 

「「そんなわけないだろ、馬鹿が」」

 

「ですよねー」

 

 そう上手くいくわけないとは思いながらも、多少は期待していた気持ちもあったのか、レイは少し肩を落とし残念そうにため息をつく。

 そして、再びその手に刀を作って構える。

 

 呼応するように、相対する二人もまた…ザルドは闘志を込めて大剣を構え直し、隣に立つアルフィアは淡々と手套を整えた。

 

 ──刹那。彼女の細い肢体から噴き上がったのは、辺り一帯を塗り潰すような絶大な魔力の奔流。

 これまでも幾度か感じた、肌を刺し、肺を圧迫するようなその「静かなる咆哮」を前に、レイは思わず息を呑み、僅かにその瞳を見開いた。

 

「!! なるほど、ここからが正真正銘の本気ってわけ?」

「お前の魔法を前に【静寂の園(シレンティウム・エデン)】は意味もないだろう。いや…正確に言えば、お前のそれは凝縮した状態でしか効果を発揮しないようだが」

「…みたいだな」

 

 レイが二人の様子を改めて注視すれば、ザルドにはまだ体から僅かに魔法の雷撃の痕跡が残っているのに対し、アルフィアにはさっきの魔力の炸裂に多少巻き込まれていたというのにその痕跡がまるでない。

 

「これでハッキリした。お前の武器が私の『魔法無効化』を無視した理屈は、お前が私の砲撃を切ってみせたのと同じ」

「アルフィア、それはつまり…」

 

「『魔法無効化』という『魔法を切った』。そういうことだ」

 

「大正解」

 

 レイの蒼炎の性質は『魔を払う』聖なる炎。それ故にその蒼炎を圧縮した斬撃はアルフィアの砲撃を見事切り払ってみせた。

 では、その原理の通り、今度は今まで以上の量と密度で圧縮した剣ならば、アルフィアの魔法に無効化されるより早くその『鎧』を貫くことを可能にした。

 逆に言えば、膨張する魔力の爆発ではアルフィアの魔法は突破できないということでもある。

 

精神力(マインド)の潤沢なお前だからこそ可能な、他の者では再現性もないバカげた方法だな」

「お褒めに預かりどうも…ただ、そんなバカげた魔力の爆発を生身で耐えてる人もいるみたいですけど?」

「こいつは元来、【力】と【耐久】だけが取り柄の筋肉達磨だからな」

「アルフィアっ、お前────」

「なんだ?」

「……いや、なんでもない」

「怖。そっちにもキッチリ上下関係あるよなぁ…。しかし、このやり取り…前と()だよな」

 

 レイの呟いたその言葉に、アルフィアは僅かに眉を顰める。

 

「『逆』だと?」

「だってそうだろ? 今までは、アンタらの弱点や能力の絡繰りをこっちが探してたってのに、今度はアンタらが俺の力の分析をしてる。これじゃあまるで…

 

 

 

 アンタらが俺に『挑戦』してるみたいじゃない?」

 

 

 

 一瞬の静寂。

 だが、確かにレイの放った一言に、アルフィアとザルドはピクりと体が動いた。

 

 試練を与える側であり、先程までは確かに格上だったはずの二人に対して、挑戦者であるはずの存在から送られた、挑発とも取れるような発言。

 

 それを受けた二人は、心の内に何を思うか……。

 

 

「絶望を乗り越えさせるのが試練だってなら────

 

 

 

 俺という理不尽を越えてみせろよ! 『挑戦者(チャレンジャー)』!!」

 

 

 

 そんなの決まっている────

 

 

 

「「────ほざけ、糞餓鬼がッ!!」」

 

 

 

『ぶちのめす』。

 

 それ以外に選択肢なんて在りはしない。

 

 

 怒りの咆哮と共に。

 振り下ろされた剛腕から生まれる衝撃波が。

 細腕の先から放たれた破壊の渦が。

 

 目の前の男にひたすらに突き進み、炸裂した。

 

 凄まじい衝撃に、音は空気を震わせ、激しく土煙を巻き上げる。

 発生した激しい風が二人の頬を撫でるとともに、僅かな静寂がその場を支配する。

 

 

 

 だが次の瞬間、土煙の中から飛び出す一筋の流星。

 それは、空気を切り裂くように直進し、ザルドと衝突。

 

 激しい衝突音。黒鉄と魔光の刃がけたたましく火花をまき散らしながら、レイは勢いそのままザルドの巨体を一気に後方へと押し出していく。

 

「はあぁぁぁッ!!」

「おおぉぉぉッ!!」

 

 戦士の咆哮が戦場に鳴り響く。両者の意地と力のぶつかり合い。

 突き進む勢いが落ち着いたかと思えば、次に始まるのは武器を振るっての激しい剣戟。

 

 一度振り下ろせば大地を粉砕するザルドの剛剣を受け流し、そこから放たれる連撃がザルドを攻め立てていく。

 

「はぁっ!」

「くっ!」

 

 目にも止まらぬ速度とまるで気取られぬ気配から生まれる不可避の剣戟は容易に逃れられるものではない。

 

 しかし────まだ完全ではないが、ザルドは確かに雷の如きレイの動きに反応し、その連撃を凌いでいた。

 

「おいおい…! アンタ、これも見え始めてんのか!」

「少し違うな。お前の動きは多少は見えてはいるが、その透明な気配は未だ感じ取れない。だだ────」

 

 レイが地を蹴ったと同時に、ザルドの目の前からレイの姿が霞のように掻き消える。

 ザルドの背後。敵の死角から振るわれる一撃は無防備な背中に至る──────その寸前に、現れた黒き大剣が迫りくる光の刃を阻んだ。

 

「見えないまま斬っているだけだ」

「なんだそれ…!」

 

 防がれた刀ごと一度弾かれ、二人の間に僅かに距離が開く。

 

「(見えないもの以外全部見えてりゃ、見えてんのと変わんないってか? ふざけんな。どういう理屈だ…!)」

 

 レイは己が相対する存在の理不尽さを今一度目の当たりにする。

 そして、そんな理外の存在はザルド一人ではない。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「っ!!」

 

 凄まじい魔力の気配を感じ取ると同時に、レイはその場から瞬時に飛び退いた。

 だが、着地した瞬間にレイは気づく。

 既に今自分がいる場所に対しても膨大な魔力が迫ってきていることを。

 

「っ、【守れ】!」

 

 咄嗟に魔法を用いて、全身を覆い隠すほどの蒼炎の壁を生み出し、身を守る。

 直後、展開した防御を殴りつけるような圧倒的な衝撃。

 今までとは一線を画す威力の砲撃を打ちつけられ、炎は激しく揺れ、暴風がレイの体に吹き荒ぶ。

 

 衝撃が止んだ後、消した炎壁の先にいるのは、案の定こちらに掌を向けて佇むアルフィアの姿。

 

「防いだか…」

「どうやって、俺の動きを捉えてんのかねぇ?」

「なに、ただ…()()()()()()を見ているだけだ」

「……ああ、そういうこと」

 

 レイが一度集中し、周りの気配を探れば、周囲に感じ取れたのは音の残響。

 アルフィアが魔法を放った痕跡であり、魔法の残滓。

 

「アルフィアが『爆散鍵(スペル・キー)』を使ってないのはこのためか」

 

 自分(アルフィア)の魔力が滞留する中に存在するレイという異物を探知した。

 そんな、自身を捉えてみせた原理に気づき、道理で自分の動きが先程から捕捉され始めていたのだとレイは呆れたように渇いた笑みを浮かべる。

 

 

 両者の対応はどちらも似通ったものだった。

 

 片方は戦士として研ぎ澄まされた感覚で、『見える』全てを捉え、そして自身の感覚でも捉えられぬ存在を浮き彫りにする。

 

 片方は自身の魔法の残滓を広範囲に滞留させ、その中で自身の魔力ではない存在を炙り出した。

 

 どちらも共通しているのは、自身の周囲を己の領域(テリトリー)とすることで、そこに属さないレイという『空白』を捉えたということ。

 直接、存在を感知できないまま敵を感知するという荒業である。

 

「(というか、気配を感知しても、そもそもある程度速さに対応できてないと意味ないはずなんだがなぁ…やっぱ、この人たち化け物だわ)」

 

 内心肩落とすレイへと、僅かな地響きに遅れてザルドの大剣が振り下ろされる。

 一歩足を引いて、それを躱すと、返す刀で横一閃。再び、両者は激しく切り結ぶ。

 

 凄まじい速度から生まれる手数を用いて、ザルドがレイを押してはいるが、それでも徐々にザルドによって攻撃が防がれる頻度が上がり、レイに対する反撃も正確さを増していく。

 

「おおぉぉッ!!」

 

「(こっちがどれだけ、限界超えても────)」

 

 剛力から放たれる大剣の一撃。

 それから身を躱すようにバックステップし、間合いを取る。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 その僅かな隙間を縫って横合いから、砲撃が襲い掛かる。

 砲撃が自身に到達するより先に、俊敏に安全圏へと離脱するが、その場所にも追撃と言わんばかりに魔法が放たれる。

 

 鳴りやまない轟音の爆撃を、自身の駿脚を以て大地を駆け、回避していく。

 

「(それすらも更なる力で塗りつぶしてくる────)」

 

 だが、そのレイの動きを読んでいたかの如く、突如正面からザルドの大剣が地を這うように肉薄し、咄嗟にレイは刀で受け止めた。

 

「(いや、この人ら本当に────)」

 

 その瞬間、ザルドはニヤリと嗤うと、レイの体ごと剣を振り上げる。

 そして、空中に投げ出されたレイに向けて、アルフィアはその掌を翳す。

 

 

「(理不尽だ────)」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

 

 

 

 

 

「────けど、今回はそうはいかないんだ」

 

 

 今、放たれんとする砲撃を前にレイは自身の掌を前に掲げ────

 

 

「【息吹よ】」

 

 

 そう、一言紡ぐ。

 

 掌から溢れ出した竜の息吹(ブレス)の如き砲撃がアルフィアの砲撃と空中で衝突し、爆音とともに破裂した。

 

「ッ!? 私の全力の魔法を相殺……いや、むしろ威力はあちらの方が上……っ!」

 

 アルフィアが目を見開き、心に動揺が走った直後、彼女の前方から赤雷の槍が高速で飛来し、アルフィアは何とか身を躱す。

 そこでアルフィアの目に映ったのは、その槍に乗っているレイの姿。

 そして、次の瞬間には振りぬかれた右脚によって、アルフィアの体は岸壁まで弾き飛ばされる。

 

「かはっ…!」

「ッ!!」

 

 その光景を前にして、ザルドは再びレイへと肉薄する。

 だが、それより早くレイはザルドの横腹を切りつけながら、その背後に移動していた。

 

「ぐっ…! 先程よりもまた一段速い…! だが!」

 

 焼けるような痛みが走る中、それに耐えながらザルドはレイに意識を集中させる。

 捉えたレイの動きは、自身の右。既にその両手にはレイの身の丈ほどある大剣が握られており、それは今自身の肉体に叩きこまれようとしていた。

 その一撃を防がんとザルドは大剣を、相手に向けて振り下ろす────

 

 ────その瞬間、勢いが乗り切る前の大剣が何かに衝突し、阻まれる。

 

「ッ!!?」

 

 驚愕を感じるよりも早く、ザルドは視線を頭上に向ける。

 そこにあったのは、空中に浮かび、自身の大剣を抑えるように交差している、二振りの蒼炎の剣。

 

「(この高速戦闘と並列して、的確に魔法発動したのか……!?)」

 

 遅れて現れた驚愕。そして、忘れてはならない。

 自身に放たれた攻撃は止まってなどいないのだから。

 

「────がっ…!」

 

 訪れた、ザルドの身体を圧し潰すような、大きな一振り。

 振りぬかれるとともに、ザルドの身体はくの字に折れ曲がり、そのまま吹き飛ばされる。

 

 吹き飛ぶ肉体は、幾度か地面を削りながらもあまり勢いを落とすことはなく、僅かに残った森林の木々を薙ぎ倒した後、ようやく止まった。

 

「────ふぅ……」

 

 大地を背に起き上がらんとする二人の強者。その視線が自身に収束する中、レイは大きく息を吐いた。

 

「……あんたらがどれだけやっても、対応してくるって言うなら……」

 

 振り抜いた大剣を地面と水平になるように、レイは再び構えを取る。

 

「さらなる威力と、反応できない速度と、対応しきれない手数を以て、その全てを握りつぶしてやる」

「「……っ」」

 

 レイから、伝わってくる圧迫感に二人の身体が僅かに強張る。

 自身の力を越える存在に対し、弱者が抱くもの。

 

 戦慄。畏敬。それすなわち『恐怖』に他ならない。

 

「今度は俺がアンタたちに教えてやるよ──────『理不尽』ってやつを」

 

 ────────────────────

 

「(────自分の力が通じないと感じたのはいつ以来だ)」

 

 アルフィアは、激しい戦闘を繰り広げる最中、心の中で独りごちる。

 

 深層の階層主をも捻じ伏せる威力の魔法。

 その砲撃を目の前の青年は短文詠唱、そして迫りくる魔法以上の出力を以て薙ぎ払う。

 膨大な魔力の衝突によって、吹き荒れる暴風。それを引き裂くように、赤き光がアルフィアに迫る。

 

 飛来する幾本の雷槍を流麗な動作で躱していくが、僅かに標的から意識が逸れたその一瞬、背後に現れたレイの刀剣がアルフィアの身体を僅かに灼く。

 そこを目掛けて、すぐさまザルドが大地を強く蹴る。

 

「【鎖よ】」

 

 だが、そのザルドはレイに一瞥もされずに赤雷の鎖に縛り付けられる。

 そのままレイが短い詠唱共に手を振り下ろせば、振り注いだ蒼炎の剣がザルドの巨体に突き刺さり、そこから動けぬザルドへと容赦なく回し蹴りを叩き込んだ。

 

 二人相手にも関わらず互角…いや、それ以上のレベルで渡り合っている、その姿がアルフィアの瞳に強く映る。

 

「(……あのイカれた団長達(バケモノども)以来か)」

 

 脳裏をよぎったのは、かつて自らが所属した【ヘラ・ファミリア】の頂点──レベル9という神の領域に最も近かった女帝。

 そして、それを差し置いて都市最強と謳われた【ゼウス・ファミリア】のレベル8の豪傑(マキシム)

 世界そのものに愛され、あるいは疎まれるほどの圧倒的な「力」を振るった、かつての彼らの影が、今目の前の青年に重なる。

 

 ただ、アルフィアが彼らとの差を感じていたのはレベル7になる前。

 そこに至った瞬間から今までに彼女も、ザルドも()()()相手にここまで圧倒されることなど無かった。

 寧ろ自分達が、猪坊主(オッタル)や道化の眷属達に辛酸を嘗めさせる側に立っていた。

 

 そんな、どこか感慨にふけるようなアルフィアの顔には何故か笑みが浮かんでいた。

 それに気づくと、アルフィアは少し驚いたような表情で自分の口に手をやる。

 

「笑っている…? 何故?」

 

 強者に挑むことのできる興奮か。

 

 いや違う。

 

 圧倒的な理不尽にもはや、笑うしかないのか。

 

 違う。

 

 その答えは至って単純だ。

 

 

「(あぁ…私は──────喜んでいるのか)」

 

 

『喜び』。

 

 自分達(レベル7)という存在を、蹂躙する強者(レイ)の存在。

 それが、目の前にいるという事実に、安心した喜び、そんな感情がアルフィアの心の中には満ちていた。

 

あの邪神(エレボス)も中々、良い働きをしたものだな……だが────」

 

 そう言葉を切ると、アルフィアは前で戦っているレイへと照準を定めるよう掌を差し向ける。

 レイも気づいたようで、目の前のザルドを後方に弾き飛ばし、その手をアルフィアへと向けた。

 

「【福音(ゴスペル)】」

「【息吹よ】!」

 

 闘いが始まってから何度目か分からない、両者の魔法の衝突。

 凄まじい熱量の蒼炎と破壊を齎す轟音が、起こす衝撃が、熱せられた階層の空気を伝い、周囲に伝播する。

 吹き荒ぶ熱風が頬を撫でる中、その空気を引き裂くようにレイがアルフィアへと突撃する。

 

 最早、理解が及ばぬほどの神速を以て迫るレイが、アルフィアの目の前まで肉薄した瞬間。

 

「──────【炸響(ルギオ)】」

「!!」

 

 驚愕に表情を染めるレイ。

 広範囲に渡って仕込まれた、アルフィアの魔力の残滓が、その一言で一気に解放。

 炸裂した魔力は、レイも音も飲み込み、辺り一帯を悉く破壊していく。

 

 解き放たれた魔法がやがて収まった中、そこに残っていたのはアルフィア────そして、蒼炎の繭に身を包んだレイの姿のみ。

 

「危ねえな…しかし、どういうつもりだ? 態々自分の領域を破壊するような真似して」

「……まだ、足りない」

 

 足りない。

 

 レベル7が用意した、理不尽な試練に抗い、挙句の果てにはその二人を凌駕するほどの力を示したレイに対して、その言葉は余りにも相応しくないように思えた。

 

「あの黒き終末を屠るには……この程度では不十分だ」

 

 その言葉に、レイは瞠目する。

 

 確かに、今のレイはレベル7という怪物を相手にこれ以上ないほどの戦果を上げ、さらには嘗ての最強を重ねるほどに、その強さは確立されていた。

 

「だが、その程度の強さなど、黒竜を前にしては何の意味もありはしない!!」

 

 オラリオ最強の冒険者だろうが、レベル9だろうが、そんなものは何の意味も持たない。

 なぜなら、彼らは負けたのだから。

 自慢の剣も、拳も、魔法もその何もかもがかの災厄には通じず、かつての最強に残ったのは惨めな敗北の事実のみ。

 

 アルフィアの胸の中には、今もなおその存在が強く刻まれていて、レイの姿を見ても、その恐怖は、不安が拭えずにいた。

 

「お前のその【敏捷】(速さ)も、魔法も! あの存在の前には児戯に等しい! アレ相手ではお前であろうと私は、無様に生き恥を晒すとしか思えない!」

「────なら、その考えを覆すにはどうすればいい?」

 

 何をすれば、アルフィア(あなた)を納得させられるのか、レイは真っ直ぐに見つめ、問いかける。

 

「お前があの黒竜を打破するというならば……私達が『挑戦者』だと宣うのならば……」

 

 そして、アルフィアの瞼が開かれ、異なる色彩の双眸がレイへと注がれる。

 

「私如き『弱者』の一撃など…軽々と超えてみせろ!!」

 

【静寂】を関する彼女とは思えぬ、溢れ出る感情に身を任せるような、内にある『熱』を吐き出すような猛々しい程の咆哮が階層中に響き渡る。

 

「…そして────」

 

 次に彼女の顔に浮かんだのは、優しい微笑み。慈しむような、あまりに温かな眼差しが、真っ直ぐにレイを射抜いた。

 

 

 

「────『英雄』となる姿を……私に見せてくれ」

 

 

 

 紡がれたアルフィアの請願。

 レイはその言葉を一言一句、逃さずその魂へと刻み込んだ。

 

「……【(ほど)け】」

 

 そして、レイは刀をアルフィアを前に構えた。

 

 返答はなかった。だが、短い一言と共に胎動を始めたレイの魔力。アルフィアを射抜く、覚悟を秘めた強い瞳がその答えを物語っていた。

 

 アルフィアはその姿を目にし、微かに笑みを深めると…

 

 

 

「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 

 

 自身の持つ、最大の魔法。その詠唱を開始した。

 

「【(みそぎ)はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 それを前にして、レイも自身の刀に己の『力』を集中させていく。

 

 

 本来であれば、レイが態々アルフィアの詠唱を待つ必要などない。

 詠唱をするアルフィアへと接近し、その刀を振り下ろせばそれで片が付く。

 

 だが、それでは何の意味もない。何の証明にもならない。

 

 レイは誓ったのだ。

 

 必ず、彼らに『理不尽』というものを教えてやるのだと。

 彼らの心に巣食う絶望(りふじん)を、自分という希望(りふじん)が握りつぶしてみせると。

 

「そのためにこんな打ってつけな機会は他にねえな……今、アンタの『最強』を真正面から打ち砕く…!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、決意を宿したレイの想いに呼応するように、その刀身が強く輝き、波打つ魔力が研ぎ澄まされていく。

 

「【神々の喇叭(らっぱ)、精霊の竪琴(たてごと)、光の旋律、すなわち罪過の烙印】」

 

 詠唱の進行とともに、階層全体の空気が目に見えて歪み始める。世界から色彩が抜け落ちていくような錯覚。ただ、彼女の声だけが純度の高い滅びの旋律として、レイの鼓膜を直接震わせた。

 アルフィアを中心に渦巻く魔力は、今までに無いほど膨張し、高まり、濃密に収束していく。

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】」

 

 呪詛に近い、けれどどこまでも透き通った声。

 アルフィアの背後に、巨大な灰銀の『鐘』がその輪郭を現す。

 かつて、三大冒険者依頼(クエスト)の一つであるリヴァイアサンをも塵へと変え、最期を看取った滅びの聖鐘。

 それが顕現するだけで、地面は耐えきれず陥没し、暴風が階層に蔓延る業火を激しく靡かせる。

 

「【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】」

 

 レイは、眼前に迫る絶望的なまでの質量を前に、ただ一歩、深く足を踏み込む。

 疑似精霊化によって蒼と赤、二つの色が混じり合い、レイの身体を脈動する魔力の全てが、その手に握られた刀へと吸い込まれていく。

 独立した二つの力は、刀という一点において、混ざり合い段々とその一刀は煌々とした紫紺色の光を放ち始める。

 

 アルフィアとレイ、それぞれが生み出す膨大な魔力の対流のぶつかり合いに、耐えきれないとばかりに空間が慟哭(ひめい)を上げる。

 

 死域と化した空間の中心で、二人の視線が交差する。

 アルフィアの唇が、最後の一節を紡いだ。

 

「【哭け、聖鐘楼】──────

 

 ──瞬間、世界から音が消失した。

 

 

 

【ジェノス・アンジェラス】ッ!!!」

 

 

 

 爆砕する灰銀の鐘。そこから放たれたのは、全ての物質、魔法、魂をも無に帰す『滅界の咆哮』。

 逃げる場所などどこにもない。防ぐ手段など存在しない。

 押し寄せる死の波が全てを塗りつぶしていく。

 

 

 

 迫り来る破壊の渦を目の前にして、レイは静かに目を閉じた。

 静まりきった精神、極限の集中。

 刀に流れる力の奔流に意識を向け、ただ『一点』を見据える。

 そして、その荒れ狂う力を制御しようとするレイの両肩に、微かに見える誰かの手がそっと置かれる。

 

 すると、刀身に波打っていた炎も溢れ出そうとしていた雷もその全てが沈黙する。

 そこにあるのは洗練された光を放つ、一振りの紫紺。

 

 

 ──────時は満ちた。

 

 

 開眼。

 斜め上段に構えた刀を、力任せに振り下ろすのではない。

 ただ、迫り来る魔力の奔流を前に、レイは流麗とも思える動作で────振り下ろした。

 

天開

 

 静かな光を宿した一刀は振り下ろすと同時に、虚空に鮮やかな軌跡を描く。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、『空』が────『ズレた』

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされた紫紺の軌跡を境界として、世界が上下に乖離する。

 放たれる極大な魔力の奔流、世界を塗りつぶさんとしていた滅びの旋律、そしてそれらを生み出す灰銀の大鐘楼さえも……その全てが、ただの一刀の前に、まるで紙細工のように無力に両断された。

 

 目の前で起きた、想像を絶するような光景にアルフィアは瞠目する。

 

「今のは…! 私の魔法も何もかも……()()()()切り裂いたのか…!」

 

 自身の絶対の切り札、幾多の強敵を塵へと変えてきた魔法(必殺)

 それを真正面から、それも技の理屈ごと物理的に消滅させた一撃。

 魔を切り裂く蒼炎と天を衝く赤雷。

 両者の力が正しく合わさったことで、その一撃は空間を引き裂き、『天を切り裂く』に至った。

 

 自らの正真正銘、最強の一撃が打ち破られたという事実。

 吹き荒れていた魔力の残滓が塵となって消えていく静寂の中で、アルフィアはその光景を網膜に焼き付けていた。

 

「(……ああ、そうか。私たちは、これが見たかったのか……)」

 

 世界に絶望し、それでも最期まで「次代」を待ち望んだかつての最強。

 その歪んだ願いに、目の前の青年は見事に応えてみせた。

 アルフィアの顔に浮かんでいたのは、何処か清々しささえ感じさせる微笑みだった。

 

 不意に、彼女の膝から力が抜ける。

 レイの力がアルフィアの体を蝕む病魔を抑え込んでいたとはいえ、アルフィアの放つ必殺の反動は絶大。

 極限まで摩耗した肉体からはそれに耐えきれぬかのように、悲鳴がどっと溢れ出した。

 

「……ふっ、ごほっ……ぁ……」

 

 白い手首を口元に当てれば、どす黒い鮮血が指の間から溢れる。

 自らの限界を悟ったというのに、アルフィアの目に焦りはなく、安堵のみがそこにはあった。

 

「……レイ。お前なら、きっと……」

 

 短く、託すような呟き。

 彼女は重い足取りで、ふらりと歩き出す。もはやレイを見ることもなく、ただ自身の終着点だけを見据えて。

 

 まもなく彼女の足が辿り着くのは、巨大な『縦穴』。

『深層』から出現し、紅蓮の炎をもって何層もの階層を貫いて作られた、奈落へと続く深淵の入り口である。

 

「もう十分、見せてもらったよ。私は……満足だ」

 

 その言葉は、誰に宛てたものだったのか。

 重力に身を委ねるように、彼女の肢体がふわりと宙に浮く。

 階層上部を覆いつくす水晶を目に映したのを最後に、アルフィアはそっと目を閉じる。

 

 閉じた瞼の裏に、アルフィアはいつの日かの妹の姿を幻視する。

 

「嗚呼……メーテリア。ようやく、そっちに行くよ────」

 

 亡き妹へと、その温もりを求めるように手を伸ばし、アルフィアの身体は深淵と沈んでいった。

 

 

 

 

 

「────なに勝手に目閉じてんだ」

「!!」

 

 

 

 

 不意に、天へと伸ばされたアルフィアの手を誰かが強く掴んだ。

 驚く間もなく、彼女の身体は大穴の上へと一気に引き上げられる。

 その主は、やはりというべきか、レイであった。

 

 

「お前、どういう……」

「そっちこそ、どういうつもりだよ。自分が言ったことくらい守って欲しいね」

「な、に…?」

「アンタが言ったんだろ。

 

『英雄』になるのを見せてくれって」

 

「!!」

 

「だから────」

 

 そう言葉を切ると、レイはアルフィアに背を向け、一歩を踏み出す。

 その先に見えたのは、満身創痍でありながらも、なお大剣を担ぎこちらを見据える、もう一人の最強。

 

 

「そこでちゃんと、最後まで見ておけよ。俺が『英雄』になる瞬間を」

 

 

 遠ざかっていく、その背中。

 全ての覚悟を背負った青年の姿を、アルフィアはただ、その双眸に焼き付けるように見つめていた。

 





いよいよ、次でこの戦いも最後です。

これが終わったら俺…かわいい女の子キャラとの絡みを書くんだ…!
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