六
2020年2月11日。買収騒動から 1週間後、実に不思議な事件があった。
新時代の到来を告げる天からの啓示ともいえる。斯波一門に討ち取られかけた物部にとっては僥倖そのものだった。
未確認飛行物体、空飛ぶ円盤が地球に来訪したのだ!
日本、そして世界中大騒ぎとなった。円盤に皇居上空を占拠されたが、内閣総理大臣臨時代理となった荒垣健防衛大臣が戦闘機で蹴散らしてみせたのだった。
当時42歳の荒垣大臣をスターとして喧伝することで、物部政権は延命することとなる。
2020年9月。物部泰三内閣総理大臣辞任。激動の政局が始まった。
最長任期の幹事長御屋敷芳弘の支持を得て内閣官房長官を務めた羽賀信義が出馬。
「私は秋田の苺農家に生まれました」
因幡守、岸本勇雄を下し、実務家庶民目線をアピールし当選した。
羽賀政権は物部政権で関係が温められた新興国の南興社会主義人民共和国、通称南南興との関係を深化させた。
羽賀信義内閣で秋津文彦は国土交通大臣に昇格。58歳で初入閣を果たした文彦は、日興友好議員連盟を発足。岸本派の岸本勇雄元政調会長、森田正好と酒の席を持つようになる。
その席で、党内の世代交代を訴える岸本らに感化され、派閥の脱退を考え始める。
もっとも、世代交代というのは実は方便で国交大臣として中国に土地が買われるあの問題に切り込むためでもあった。背景には親中派の御屋敷が2つの政権で幹事長の座に君臨し続けていることが大きい。親中かどうかはともかく首相在任中の物部が岸本を幹事長に推薦したところ御屋敷に阻まれたこともあった。何故幹事長ポストにこだわるのだろう?
岸本派の森田正好参議院議員が狙う衆議院鞍替えの公認を巡っても、政局争いが激化した。物部・青梅に毛利明税制調査会長を加えた通称3Ⅿは羽賀・御屋敷と火花を散らす。
「これは権力闘争です」
青梅一郎副総理兼財務大臣が言ったその矢先、事件が起こる。
【NKHニュース速報:秋津文彦国土交通大臣、無人運転車プライムスの市街地実証実験で人身事故】
議員辞職には至らなかったものの、無人運転車の所管大臣として国交相を辞職せざるを得ない。文彦と悠斗は幹事長の陰謀におののいた。車に細工されて罠に嵌められたのだ。
幹事長には二種類のキャラクターがいる。自身も総理総裁を目指すキャラと、黒幕となり時のリーダーを動かすキャラだ。御屋敷芳弘は後者と言える。
御屋敷芳弘は次の主君を青山春之助とさだめた。
「さあ走ろう、あの夕日に向かって!」
青山はまさしくそのような昭和の青春ドラマの主役を張り、歌手として活躍。政界に転身し、千葉県知事を3期12年務める。年配の有権者には人気のキャラクターだ。
昭和の青春タレントと最長任期幹事長の枢軸!
文彦の選挙区に青山を刺客候補として擁立。文彦の妻、つまり教職員組合の組織票によって辛うじて落選は免れていた。
羽賀政権も新型感染症対応で行き詰まり、2021年の秋に再度総裁選が行われた。 物部派から早乙女ミエ元総務大臣、岸本派から岸本勇雄前政調会長、青梅派から奥羽太郎元外務大臣、御屋敷派から青山春之助が出馬。
結局、党内融和を図る自然作用で保守党は中間派閥の岸本勇雄を顔に選んだ。
七
秋津、玉川、そして系列の専門学生である美咲は世良田大学を根城とすることとなる。
「すっかり遅くなってしまったな」
夕刻、大学図書館から本を借り、研究室に向かうのが彼らのルーティンであった。
今日は物部政権の荒垣健防衛大臣直々の、真のリーダーシップは何かと問う濃密な特別講義であった。政経学部の秋津はもちろん、医学部の斯波も立ち見するほどだ。
「兄貴、俺はますます考えを強くしたよ。内側から保守党を変えないとだめだ」
秋津は純粋だから特別講義で感化されたのだろう。
「やあ、面白い話をしているね!」
「荒垣防衛大臣!?」
秋津と玉川がのけぞる。
「君たちが噂の秋津悠斗君と玉川芳彦君だね? せっかくだし党本部においでよ」
「お待ちください荒垣大臣。外部の方を入れる訳には……警視庁の藤原です」
藤原永満なる私服警察官が見せたバッジは公安のものであった。
「ここからは公務ではない。党務だ。秋津君は党員だよね?」
「では止めません」
藤原は引き下がった。
煌びやかなネオンサインを背景に黒塗りのセダンが高速道路を走る。
自らハンドルを握る荒垣健。政界の英雄を秋津と玉川は後部座席からまじまじと見る。ミラーで目が合い、慌ててそらす。荒垣は不敵に笑った。
荒垣は航空自衛隊戦闘機パイロットとして東北の基地で飛び立てぬままに機体が津波に呑まれた過去を持つ。東日本大震災によって民衆党の政権運営に疑問を持ち三等空佐で退官したのち政界に転身。盟友で実業家の立花康平を事務局長に据えて改新党を結党する。
震災で死に体の民衆党政権はゆ党との連立を模索。船橋喜彦内閣で内閣官房副長官に抜擢され、物部政権以降も保守党政権で防衛大臣に在任している。
円盤襲来事案を契機に荒垣一派は保守党に合流。今、改新党は大臣はじめ副大臣、政務官を輩出する派閥の一つ、青嵐会となっている。
そんな英雄の彼ですら長老支配、特に御屋敷芳弘には苦しめられたという。
「派閥。長老支配。いずれも避けては通れぬ道だ。理想と現実の妥協点を探ることが大切なんだ」
車は千代田区の保守党本部に着いた。赤絨毯を若い足取りが踏みしめる。番記者はもう引き上げた時間だ。それに党本部は厳重に警護されている。
あ、と悠斗は叫ぶ。
車椅子に座るのはテレビでよく見知った顔だった。
「静和会の物部泰三です」
「同じく会長代行の西村篤志です」
西村の娘の美咲もいた。
「玉川君のおかげで保守党は支持率下落。美咲さんの親父さんである西村代議士が派閥領袖に収まることで何とか持ち直した」
物部は握手もせず切り出す。
「それはどうもすみません」
「玉川君、いや、斯波さん、責めているんじゃない」
「そして秋津君は、自身が紹介党員になることによって国政民衆党学生部、特に斯波シンパを保守党内に潜入させた。党内での発言力を高め国政選挙立候補のための勧誘ノルマは満たしている」
秋津はうなだれた。
「だから、秋津君も責めているんじゃないんだって」
物部は秋津の肩に手を乗せた。
数をそろえてから長老を切り崩す、若き物部もよくやったことだ。
「世間は、政争に巻き込まれるリスクも知らないで世襲議員だから、若いからとレッテルを貼る。だが大事なのは、どうやって政治家になったか、ではなく、何をするために政治家になったか、だ」
物部が発破をかけると、美咲が悠斗の前に歩み出る。
「秋津君、あなたはどんな政治がしたいの?」
今、試されている。そう感じる。意を決して悠斗は口を開いた。
「物部先生、確かに大泉構造改革を引き継いだ物部ドクトリンで大企業の景気は良くなりました。行政の無駄を省き雇用を増やした。だが実態は図書館の司書や市役所の窓口に至るまで派遣や非正規になっている。私事で恐縮ですが私の彼女がそうです」
物部の肉厚な顔が歪む。
「親中派の幹事長が道路行政を仕切りながら居座り、中国に土地が買われた。クールジャパン機構は女性をモノ扱いすることに税金を使った。論点が分かれる議案は強行採決。昔の保守党はそんなんじゃなかったでしょう。政務調査会や総務会が全会一致なのは、とことん話し合って納得のいくゴールを見つけるからです。それこそが保守だ」
リーダーシップのみを強調し根回しを軽んじるなにわ維新の会に聞かせてやりたい台詞だ。
秋津はひるまず、言葉に魂を込める。ここが政治家人生のターニングポイントだからだ。
「私は国民の衣食住を守るためなら、野党との野合も恐れない。学術会議にもう一度頭を下げて社会学者の知恵を借りる。不完全であっても、理不尽な今を変えたいという意思を持ち続けることが大事なんじゃないですか」
「ああ、不完全だ。幼すぎる」
物部は断じた。
「だが、生まれ変わる保守党を担うに相応しい」
悠斗は頭を跳ね上げた。
「仕方ないわね。今度の、いえ、そのまた今度の衆院選の南関東比例の名簿順位、譲ってあげる」
多くを語らずともわかる。保守党最大派閥領袖の娘が順番を譲るつもりだ。
「竹内蔵之介、御屋敷幹事長の妨害が予想される。代議士までは物部派がなんとか幹事長を説得して保証できるが、その先は険しい道だぞ」
そこへ玉川が割り込む。
「しかし物部先生、先生の政権で御屋敷を幹事長に抜擢したのは……」
「政権内に取り込んで抑えるためだよ」
保守党には総裁と幹事長を別派閥から出す習わしがある。愚問だった、と玉川は恥じた。
「秋津君の目指す党改革にはどのみち御屋敷幹事長との摩擦が避けられない。そして静和会は天下教会の問題で反主流派に転落した」
物部は傷痕の残る首筋をさする。
「天下教会で保守党が汚辱にまみれた今、若き英雄が必要だ」
「秋津悠斗の立候補を陽動として、潜在的な敵を排除するというのですね」
斯波の解説に物部は顎を引いて首肯した。
キャラが多すぎるか?
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YES
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NO